内政チートは開始できるのか
お久しぶりです……。
東菖竜国は、服が高い。
日本でも確かに服は高いものが多い。が、服は古着が100文前後、安い布や糸で自作するなら80文前後。一般の成人男性の一か月の収入が約6銭(600文)である。
服の値段が収入の6分の1(しかも古着)である。手取り15万円の人間がブランド物でもない古着を2万5千円で一着買うと言い換えるとどうだろう。私なら無理だ。
もちろん服が高価なのは理由がある。原料費と人件費だ。
この国は農耕が盛んで食糧はたくさん作っているが、それと比べると服の原料の産地が少ない。更に手織りである。自然と値段は上がる、というか高価な絹や刺繍入りのものを作って貴族相手に売ったほうが利益がある。庶民向けの商品は自然と後回しになる。
これ以上の小難しい話は割愛する。要するに需要と供給が釣り合っていないのだ。供給が足りなければ当然価格は上がる。
……以上が、白永の授業が脱線した際に得た内容である。
「師傅、父上がやってる領地拡大はまだ続きます?」
「どのような終わりであれ、あと十年かそこらでしょう。攻め取れるのは南だけですから」
「ということは、あと十年、十五年後には人口増加に転じるわけですね?」
「そうなりますね」
「で、人が増えれば消費がどんどん増えるわけですよね?」
「そうですね」
「……服、足りなくなりますよね?」
古着どころか布すら価格が暴騰しかねないのでは? と訊くと、白永は微笑んだ。
「では、気づいた殿下はそれをなんとかしましょうか」
良い課題が見つかりましたね、とか言う白永は七歳児に何を求めているのだろうか。
「……ということがあったのが半年前だったような」
「そうですね」
ニコニコと私の前に書類を何枚も広げる白永。
とりあえず読めるところだけ読んでみたところ、どこかの土地を私の――碧晶宮の直轄地にするという王からの許可証その他諸々である。
「何で?」
「強請ってみるものですね。半年で用意してもらえました」
「強請ったの間違いじゃ、ないですよね?」
追加で説明されたのだが、私の直轄地になったのは雁雀という街とその周辺。そこは元々布の生産地で、村では糸や生地の生産、街は仕立て屋や輸送業者が多くいる場所だとか。作っているものは麻から絹まで様々だという。気候どうなってんの。
しかし最近、雁雀はあまり収入がよろしくない。一番稼いでいた高級仕立て屋と輸送業者が廃業したからだ。
お察しいただけただろうか。私の最初の穀雨祭の礼服を届けそこなった業者である。
……うん、途中で私も気付いた。なんか聞いたことある流れだな、と思ったら。
でもそれはそうだろう。王家と高位貴族からの依頼を失敗して、しかも報連相も出来てなかったらその後は縁を切られる。他の王子の品は届いたって言っても、「次はウチかも」と思ったら使わなくなるよ。
でもよりによってそこ私の直轄地にする? 向こうからしたら生活が苦しくなった原因じゃないのか私は。
なお元の領主は遠征先で分捕った土地を治めるよう命じられて移動済みらしい。
「生産地は押さえましたので、ここから増やすよう頑張ってみましょう。大丈夫です、失敗しても殿下の懐も心も痛みません」
「痛むよ!? 心は痛むよ!?」
業者廃業してるんだから今いるのは無関係な人たちじゃん! と叫んだ私は間違ってないはずだ。
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白永から大量の資料を持たされ文書殿に戻った私は頭を抱えていた。
とりあえず原料を増産しないことには始まらないからそこはお任せください、なんて白永は言っていたが、そこを任せて良いならむしろ全部任せたい。こちとら中身は普通の日本人だぞ。領地経営なんてドのつく素人である。某牧場ゲームとも箱庭ゲームとも違うんだぞ。知識が義務教育とネットでたまたま見たやつ、とか何の役に立つんだよ。
胃が痛い……この歳で胃痛持ちとか嫌だ……。
いやよく考えろ文陽。いくら転生者だからって白永が完璧な領地経営求めているわけがない。東菖竜国七年生にそんなこと求めるほど白永は鬼畜ではない。これはあれだ、父上が言ってた「相手の反応を見て楽しむ」ってやつだ。……あれ? 充分鬼では?
ブンブン首を振る。思考がずれたぞ私。
実際、領地経営についてはやってくれると言ったんだ。私に求められているのはアイデアだ、そうに違いない。出来るかどうかはともかく、どうやって一般の人たちに服を行き渡らせるかの案を出せということだ。きっとそうだ。
机上の空論でいいなら得意だ。こっちには日本の歴史と数々のファンタジー小説が味方についている。
展望が見えてとりあえず書き出してみようと思ったが――すぐに詰んだ。
私の知識、産業革命後にしか役に立たない。
原料が増えたところで機織りが出来る人が急に増えるわけではない。昼夜問わず働き続けろ、なんて怖いことは言えない。
かといって紡績機械は存在しない。それを作る? どうやって? 残念ながら私は工学科ではない、文学科出身である。
電気の代わりは多分龍術で何とかなる。明かりが龍術で点くなら電気もどきも出来るはずだ。龍術への熱い期待。
だけど、そもそも「どうやって作るか」がわからない。
うんうんと唸っていたら、母上が首を傾げて私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫ですか小陽。悩み事ですか」
母上は相変わらず私を小陽と呼んでいる。
「……ご心配おかけしてます。師傅からの宿題でちょっと」
「あら、大変ですね。ちょっと休憩しますか?」
「……そうします」
お茶を淹れましょう、と母上が言った途端、檀子女が現れて机に用意してくれた。最近の檀子女の先回りが神がかっている。彼女をセバスチャン、もしくはジェバンニと呼ぶ日は近いかもしれない。
「その宿題は、難しいのですか」
「まあ、私にとっては」
「どのようなことです?」
「まあ、人を増やさずにどうやって布を多く作ろうかな、的なことを」
母上も趣味で機織しているし、昔は機織りと刺繍で徹夜もしたことがあると言っていた。きっと共感してくれるだろうと思って話した。
母上は首を傾げた。
「この国には、自動機織機はないのですか?」
「…………母上、今なんて?」




