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突然の危機にも幸運が光る

本日投稿二話目です。


主人公視点に戻ります。

「殿下、武芸を習うならどんなものがよろしいですか?」

「龍術を使うやつがいいです」


 そんな会話を白永としていた私、文陽。七歳になり――


 現在、崖から落下中だ。


「ギャアアアアアアア!!」

 叫ぶのは仕方ないよね! 私も混乱中だよ! なんでこうなった?



******



 初めての祭祀参加以降、特筆すべき話題は特になく、今までやって来たことと言えば勉強と祭祀の参加ぐらいである。

 いや、平和でいいよ。この歳で特殊イベントが大量発生したら嫌だ。

 そもそもすでに頭打って死にかけたり、使用人の職務怠慢があったり、王妃に目をつけられたりしていたのだ。充分である。

 あ、龍術の鎖は結構簡単に伸縮できるようになったし、鎖で触った物の硬さがわかるようになった。力加減の調節に大変便利である。

 こっそり雷に報告したら拍手をもらって嬉しい。成果はそのくらいかな?


 そして日本でいえば小学生の年齢になった今。

 いかにも武人という体の男性を紹介された。


(りょう)慈山(じさん)と申します」

「涼様は禁軍(きんぐん)中将軍であらせられた方です」

「ふん、耄碌したと言われて辞めさせられたがな」


 禁軍は王直属の軍隊のことだ。本来なら王都の守護や王城の護衛を行うのだが、ここ数代は王様自ら地方遠征に行ってしまうので数が肥大してしまったらしい。左軍、中軍、右軍そして羽林軍の四軍が存在し、右軍以外は全軍遠征要員だ。王都の警備隊は更に別にいるらしい。

 まあ、行った先の土地で徴収するよりはマシなのかな。いちいち徴収するより職業軍人増やしたほうが楽になるくらい戦争しているっていうのが怖いけど。……私定期的に「怖い」って思っているよね。世知辛い世の中である。


「遠征先が年々遠くなっておりますから、陛下も涼様のお体を気にされたのでしょう」

「それが余計な世話だというに。年寄り扱いしおって」


 確かに元気そうである。見た目五十代とか六十代くらいだが、背筋も伸びているし。

 ……むしろまだ元気なうちに後進を育てたかったのかな? 慈山が元気なら次の将軍がうっかりミスして死んでも、もう一度呼び戻せそうだし。勝手な予想だから言わないでおくが。


 慈山は私を頭から足のつま先まで眺め、顔をしかめた。

「おそれながら殿下、何か運動はされておりますか」

「すみません、何もしていません」

 庭を散歩したりするくらいである。将軍からしたらお遊び以下だ。正直に謝った。

「……体力をつけるところから……いやまず現状把握からか……」

「頑張ります! 師匠、とりあえず何からでしょうか。腕立て伏せ? 持久走?」


 体育会系上司と上手く付き合うコツはまずやる気を見せることである。多少へなちょこでもやる気があれば好印象を持ってくれる。

 だが自分の限界をちゃんと把握してもらうのも大事。彼ら「大丈夫だ、まだいける! お前の本気はこれからだ!」とか普通に言うからね。自分の筋肉を限界以上に追いやるのが好きな人たちだからね、言わなくても分かってもらえると思ったら大間違いだからね。




 そして白永の授業の一部が慈山の体育に変わって二週間ほど経った日のこと。

 私は慈山に連れられて文書殿から初の外出をしていた。

 いや結局王城の中だけど。城の中の軍の訓練場のひとつだけど。

「本物の兵士を見るのも一種の訓練です。本日は此処で鍛錬いたします」

「アッハイ」

「礼も不要と言ってあります。申し訳ありませぬが」

「全然大丈夫です」

 むしろ訓練中にごめんねという気分だ。挨拶無しで全然構わない。

 というか兵士たちは、ちゃんと事前に私が来ることを教えられていたのだろうか。挙動不審が何人かいるんだけど。上官っぽい人は一切動じていないので上にだけ話を通したのか。それともポーカーフェイスなのか。

 まあ兵士たちの邪魔にならないよう、端のほうで訓練していたのだ。

 そしてひとり外周を走っている時に、この訓練場が崖の出っ張りのような場所であることに気づいた。

 恐る恐る崖を覗いてみれば、中々な断崖絶壁の光景が下に広がっていた。街とは反対方向の山の中腹らしい。

 ゴツゴツした岩肌が見えていて、なるほど人が住むには向かない山だなと思いながら振り向く。

 するとちょっと離れた場所で兵士がひとり、こちらに手を伸ばしていて。



 強風が吹き、私の身体は宙に投げ出されていた。



******



 ――思い返したけど私のせいだな! 七歳なんて軽い体で崖なんて覗いたせいで風に持っていかれた! 自業自得だった!

 あの兵士には悪いことをした……せっかく注意しようとしてくれていたのに間に合わなかったんだな……彼が責任取らされたらどうしよう……。

 いやそんな場合ではない。今私がすべきことはひとつだ。


「あああああああ鎖くさり鎖伸びてぇぇぇぇ!」


 私の唯一の頼みの綱――鎖だ。

 今使わずにいつ使うのだ! ……あれ、これだと失敗フラグか?

 パニックになりながら使用した龍術は――アホみたいな物量の鎖になって服の袖を無残にも粉々にした。


 その様子に思わず真顔になったし、ちょっと冷静になった。


 必死に気持ちを落ち着け、一部を自分の身体に巻き付け、残りを崖上へ伸ばす。やり直している時間はない。練習場の人たちから見ると突然大量の鎖が襲い掛かってくることになるのだが、緊急事態だ許せ。

 見えない崖上に手あたり次第伸ばし――何個か物体に触れたのでそれに巻き付く。

 えっと、この一番近いやつは比較的柔らかい……一番近いってもしかしてあの兵士じゃない? 駄目だ、道連れになるのがオチだ。

 その他も似たような感触で人だから駄目……なんか硬い感触見つけた。

 その硬い何かに鎖を巻き付けると、うまい具合に落下が止まった。



 助かった……幸運が働いてくれて崖にぶつかることも無かった……巻き付けたのは建物の柱かな? 見つけられて良かった。

 大きく息を吐いていると、上から鎖が何本か伸びてくる。

 ……私の鎖じゃないな? 誰だろう、雷はいないはずなんだけど?

 その鎖が追加で私に巻き付き、そのまま引き上げていく。


 崖上に顔を出すと……恐怖の光景が広がっていた。

 私のせいなんですけどね。

 鎖があちこちに伸びまくり――兵士を何十人も巻き込んで動けなくしていた。


 見た目とってもホラー。


 一番ホラーだったのは――私が柱だと思っていたものは、慈山とその槍だったことである。

「し、師匠!? 大丈夫ですか!? 思いっきり巻き付いてるんですけど骨折れてません!?」

「――ご無事で何よりです、殿下」

 全く動じることなく返事をする慈山。兵士の何人かは気絶してるのに。

「殿下。早く登って鎖を消していただけますか」

「スミマセンデシタ」

 きちんと登り、崖から遠ざかってから、鎖を戻すと――私を引っ張り上げた鎖は、慈山から伸びているものだった。

「へ?」

「――殿下。我が家の鎖術(さじゅつ)がお役に立って何よりですが」

 私に伸びていたもの、地面に食い込んでいたもの、慈山に巻き付きいていたものが全て離れ……慈山の袖に消える。


「殿下はもう少し、繊細な使い方を覚えたほうがよろしいですな」


 真顔な慈山がとても怖い。

 私は大人しく、「はい」と返事をした。

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