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穀雨祭のよもやま3

 穀雨祭開始まで、立宮した王子たちは控室で待機となる。

 控室と言っても宴会が出来そうな大きい部屋だ。ところどころに長椅子が置いてあり、一応机には軽く摘まめるものも準備されている。ただし、白永はそれらに手を付けないほうがいいと言っていた。


『殿下が控室に入るのは最後から三番目になりますので、もう誰が触れていたかわからない状態になっていると思います』


 毒的な意味です。怖いね。

 王子が手ずから入れるとは思えないけど、儀官もあちこち控えているから油断は出来ない。……まあ私の後は二宮、一宮を待つだけなので何か食べたいとも思わないが。


 誰よりも先に善哉に挨拶しろ、というアドバイスも白永からもらっていた。四宮以降の誰に最初に声をかけても角が立つ。それなら補助をお願いしている善哉が来るまで入り口から動かないで待っているほうが良い、と。

 多分、誰も声をかけて来ないだろうとも言われた。私に友好的に話しかけることで、王妃に睨まれる可能性があるから。

 話しかけてくるとしたら四宮の紫由本人だから、その時は頑張れ! だそうだよ?


「小陽、おはよう」

 幸い、予想より早く善哉が到着した。

「おはようございます善哉兄上。本日はよろしくお願いします」

「ああ。――うん、とても良い服だ。間に合ったみたいで安心したよ」

 昨日の騒動を知っている口ぶりである。私のいぶかしげな顔に気づいたのか、「おじい様が頭を抱えてやってきてね。間に合わないようならわたしの昔の晴れ着を届けてやってくれと言われていたんだ」と説明してくれた。

 そういえば善哉の祖父は後宮管理のトップだった。部下が大失態をして一番胃が痛い思いをした人物かもしれない。


「――何やら大変だったらしいな、小陽」

 私たちが移動する前に、黒衣の礼服を着た少年が控室に入ってきた。私に気づいて声をかけてくる。

 一宮、第三王子の希桂である。

「希桂兄上」

「こんにちは、希桂兄上」

「うむ。元気そうで何よりだ。しかし小陽、あまり見ぬ意匠だな?」

「ああ……母上の故郷でよく使用していたものらしいです」

 とりあえず刺し慣れた柄で攻めたと言っていた。元が女性用の服だったので無地の部分で全て仕立て、刺繍で誤魔化したらこうなったらしい。誤魔化しとは思えない出来ですよ母上。

「ふうん? 下に持っていけば王都で流行るかもしれんぞ」

「ははは、まさか」

 そんな簡単に流行は作れまい。

「まあ刺繍と言うなら……紫由兄上はまた、随分と攻めたものだな」

 視線を向けた先、赤い衣と橙の衣の少年達が何やら話している。

 赤いほうが紫由、橙のほうが小幸のはずだ。

「霜王妃の圧がすごいですね」

「まったくだ」

「圧、ですか?」

 希桂と善哉の話の意味がわからず首を傾げる。

「そうとも小陽。紫由兄上の刺繍、何色に見える?」

 布地自体は紅色だが、刺繍の色というと……金色と、濃淡異なる赤が数種?


真朱(しんしゅ)はまだしも葡萄色(えびいろ)紅藤(べにふじ)と来るとなあ。狙って使っているだろう」


 ……赤と言いつつ紫ともとれる色を使って「次期国王はこの子です」って全力で主張しているってことですか。

 色ひとつで深読みされまくるのはこの国の伝統でしょうか。怖いよ。

 というか、希桂も善哉もよくそんな色の区別つくね? まだ十歳以下だよねみんな? 色の名前覚えるのがひょっとしてこの国の基礎教育だったりする?

 次の授業の時、白永に質問しようと決意した。


「小陽、お前まだ誰にも挨拶出来てなかろう?」

「えっ、はい」

「よし、オレが連れて行ってやろう」

「はい?」

 返事の前に希桂は私の手を掴んで歩き出した。

「希桂兄上、一応補助はわたしなんですが」

 苦笑しても止める気配は無く後ろからついて来る善哉。そういうものなんだと諦めるべきですか? 確かに序列一位だと怖いものは無いだろうけど。

 そして予想通りというか何というか、希桂が最初に向かったのは四宮紫由のところである。

「紫由兄上! お元気でしたか?」

「やあ、希桂。元気だよ。……善哉も小陽も元気そうだね」

 こちらに柔和な笑みを向ける紫由。……顔は父親似だった。父の子供のころはきっとこうだった、と思うような顔立ち。

 紫由の後ろからそっと顔をのぞかせているのは最年少、五宮小幸だ。なるべく優しい顔を意識して笑って見せると、彼もニコリとしてくれた。良かった今回は泣かなそう。

「……小陽は、困ったことは無かったかな?」

「大丈夫です。心配していただきありがとうございます兄上」

「そうか、良かった」

 安心した、という顔をする紫由。

 その顔を見る限り、私に何か含むことはなさそうである。


 けれど、わざわざ「困ったことは無かったか」と質問してくるってことは、やはり昨日の騒動を知っているのだ。

 黒幕として一番怪しいのは霜王妃だと思っているんだけど、どうなんだろう。

 紫由はまだ十歳だし、今回の事に関与はしていない、と思うが。

 ……やだなあ、疑心暗鬼になっちゃうぞコレ。歴史上で身分の高い人がおかしな言動してるのは神経摩耗してたからって説推すぞ。


 さて、残る三人は同じ長椅子に座っていた。

 やはり希桂に引っ張られて向かうと、その中で一番年長の、黄色の服を着た少年が立ち上がる。

「希桂、挨拶に来てくれたのは嬉しいですが、小陽の足がもつれそうですよ」

「その時はオレが抱えるから問題ないぞ華環兄上」

「大問題だと思います」

 六宮華環は困り顔も綺麗な美少年であった。

 多分お母さん似なんだろうな……美人過ぎて男共で喧嘩が起き、埒が明かないから父王の後宮に入った、らしいから。本当かどうかは知らないが、そんな話が通るほどの美女だということだ。

「小陽、希桂にはきちんと意見を主張したほうがいいですよ。それで不快になるような人間でもないですし」

「わかりました華環兄上。あ、小陽です。お話しするのは初めてですね」

「はい、華環です。こちらは小亀と小翼ですよ」

「小亀です」

「小翼です」

「こんにちは小亀兄上、小翼兄上」

 茶色の服が七宮小亀、白色が八宮小翼。

「華環兄上、兄上が二人とも世話されるのか?」

「二人とも真面目なので大丈夫ですよ」

「そうか、ひとりくらい預かっても良いのだが」

一宮(おまえ)と並んで歩かせるのは勘弁してあげて?」

 この後、序列順に並んで会場に行く予定である。

 順番が変わっていて奇異の目で見られるのは希桂ではなく下の二人だろう。二人も全力で首を横に振っている。

 そのことは希桂もわかっているようで、ただ肩をすくめた。








 その後の穀雨祭は、滞りなく行われた。


 私が入った瞬間に妙な喚き声が響いたのと、御簾の向こう側が一時騒がしくなったこと。

 そして、その御簾が上がった時に、父王の隣の席が空いていたことを除けば。


 あと、喚き声が聞こえた瞬間、後ろから「気にしてはいけないよ」と、小さく囁かれた。


 多分あれは、紫由だったと思う。

真朱しんしゅ

黒味の濃い赤色。万葉集では「まそほ」と呼ばれる。


葡萄色えびいろ

山葡萄の実のような暗い赤紫色。


紅藤べにふじ

赤みの薄い紫色。

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