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穀雨祭のよもやま2

「――届かないとはどういうことです!」


 穀雨祭が明日に迫っていた。

 私は白永からもらった資料を読んで過ごしていたのだが、昼を過ぎたころにそんな大声が聞こえた。

 見に行ってみると、文書殿の入り口で、複数人が騒いでいる。

「お運びしていた荷馬車が事故に遭い……申し訳も……」

「他の宮様の荷は無事だというのに、三宮殿下のものだけ駄目だったと?」

「しかも前日になるまでその話が来ないなど、今まで何をしていたのですか?」

 女官たちに詰め寄られている男は可哀想なくらい地べたに伏している。

「……何があったの?」

「――殿下が明日お召しになる礼服が、事故で間に合わないとのことです」

 遠巻きにしていた守衛の女性にそっと尋ねたら、そんな答えが返って来た。

 準備は数か月前から行っており、勿論完成もしていたのだが、その服を積んだ荷馬車が輸送中に事故に遭い、届かないのだという。……同じ場所で作り、同じ時に運んでいた他の王子の服は届いたのに。


 ああ、そういう嫌がらせか。

 ピンと来た。

 間違いなく何か悪意があって、私のだけわざと届かなくした者がいるのだろう。担当者に賄賂を送ったのかそれとも脅したのか。ついでに祭祀の前日に連絡してくるのもいやらしい。

 もっと前なら、浪家がなんとかしてくれたかもしれないのに。


「……あれ、でも浪家が後ろ盾なのは変わらないんだから、事故った人と報告怠った人って結局危ない?」

 貴族というのはどこの国でも体面を気にするものである。自分がバックアップしている王子の礼服が間に合わず、ひとり簡素な服を着ている。もしくは準備不足で欠席となるとそれは浪家の失態になるだろう。

 今の時点ですでに浪家の顔を潰したのは間違いない。何かしらお咎めがあるのでは?

 何の気なしに言った言葉だが、守衛と私と一緒に来ていた雷は黙って頷いた。……また首の危機(物理)か……。


「……何の騒ぎです?」


 母上も騒ぎに気づいて門までやってきた。彼女の後ろには檀子女と甫三女がいる。

 そして、母上も服の話を聞き――眉を吊り上げた。


「――だから、私がやったほうが早いと言ったではないですか!」


 予想外の言葉に、周囲が静まり返った。

「檀子女、私の服で青色のものを全部出してちょうだい。甫三女は小陽が着るものと同じ型の服を探してきて。……装飾品は来ているのかしら?」

「は、はい。そちらはございます」

「すぐに持ってきて」

 さっさと指示を出して来た道を戻る母。檀子女と甫三女は駆け足で去っていく。


「……もしかしてだけど」

「……はい」

「……母上、今から作る気かな?」

「……おそらく?」


 なお、縮こまっていた男は、雷が白永のところまで引っ張って行くことになった。

 件の礼服のオプション(刺繍の豪華さとか柄とか小物の指定とか)を指示していたのは浪家なので、何かあれば勿論浪家への報告義務がある。この期に及んで連絡していなかったら全力で男の上司たちを咎めましょうね、ということらしい。……多分、どこかの部署の人事が一新されそうだ。

 あの男は文書殿への報告を押し付けられた下っ端みたいなので、彼が無事であることだけ願っておこう。可哀想なので。



 彼らを見送ってから母親の部屋に行ってみると、母が大量の服を睨んでいる最中であった。

 いつの間にか母の服も増えていたが、どうも私が外殿へ勉強に行っている間、父王からの贈り物が何度か来ていたらしい。生母は息子の象徴色を着るのが一般的だそうだ。必然的に青い服が多くなる。

 しばらくすると、母上はその見るからに高そうな女性物の衣装を、ためらいもなく解き始めた。

 本気で今から私の礼服に仕立て直すつもりらしい。

「は、母上。あまり無理はしないでくださいね?」

「平気ですよ。昔はもっとひどい期限がありましたから」

「え?」

「全然生地が出来上がらなくて、一晩で三人分作ったこともありますから」

 母の故郷では、新しい生地で作った晴れ着で成人式をする風習があったそうだ。

 ある年、肝心の生地の出来が遅く、最終調整する母のところに品が来たのが前日の夕方。そこから三人分を朝までに仕上げたことがある、と。

「一人分なら刺繍する余裕もあります。気にしないで勉強してらっしゃい」

「……はい……」

 母は強し。私はそう思った。




****


 さて、翌朝。

 私の目の前には、美しい露草色の礼服があった。

 裾には濃い青と薄い青の糸で青海波模様に刺繍がされている。帯は銀糸と金糸でまた別の波模様。

 羽織も太い金糸で装飾されている。金駒縫いってやつではなかろうか。

 ジェバンニが、違う、母上が昨日の昼過ぎからやってくれました。……もうこのネタ古いのかな?

「……母上、すごいです。ありがとうございます」

「気に入りました?」

「はい!」

「良かった」

 母上も嬉しそうに笑ってくれた。……目の下のクマには触れないでおこう。


 母は穀雨祭には出席しないので、このまま朝食をとったら寝ることになった。

 女官たちが大急ぎで私の着付けをしてくれる。

「ああ、檀子女」

 母が檀子女を呼ぶ。

「……はい」

「今後、小陽の新しい衣装が必要な場合は全て私が作ります」

「……それが良いかと」

 檀子女、それは諦めの境地かな?


「浪様には、生地と刺繍糸の手配をお願いいたしましょうか……」

「最初から文書殿に材料があれば、今回のようなことは起きませんものね……」

 コソコソと女官たちが話しているのが聞こえる。

 届かないなら作ればいいじゃない、ということだろうが、後宮的にそれでいいのか。

 何とも言えない気分のまま、私は迎えに来た輿に乗るのだった。

露草色つゆくさいろ

ツユクサの花のような明るい青色。

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