穀雨祭のよもやま1
突然だが、古代王朝には祭祀が多い。
神様と密接に関係していた頃だから、当然といえば当然だ。神様を祀り、今後の安寧、繁栄を願う。
現代日本にだってその名残は多々ある。正月の門松はその年の歳神様をお迎えするためのものだし、七夕は元々は豊作を祈る行事だった。冬至のゆず湯だって厄払いの意味を持っている。現代でこれなのだから、平安時代なんて儀式だらけだ。
さて、東菖竜国でもお祭りは存在するし、王宮主催の祭祀も数が多い。
私――小陽の最初の授業は次にくる祭祀の説明と準備になった。
「穀雨祭は田植え前に豊穣を願う祭祀ですが、今回はいろいろ重なったので多少規模が大きくなります」
「いろいろとは?」
「まず、陛下の凱旋です。ここ一年ずっと遠征されていましたが、序列の儀を行うために戻ってこられました。陛下がお戻りになられて最初の祭りですから、盛大にしようと担当者が」
白永が単語をひとつひとつ書きながら説明してくれる。……文じゃなくて単語ならギリギリ読めた。
「本来、国王――今ですと芳玄王陛下ですね、陛下の責務の中には年に二回の竜巣籠があります。守護獣様がおわす山頂に陛下が数日籠られるものですが……遠征で出来ていませんからね。穀雨祭のすぐ後に執り行うので、まず穀雨祭で守護獣様に良い印象を与えようと」
「そんな感じでいいんだ……」
「ここ数十年は遠征続きで竜巣籠がおざなりなので、祭祀が豪華になっている傾向があります」
なお、竜巣籠が終わったらまた父親は遠征らしい。本当に序列の儀のために帰って来たようだ。
「そして立宮された宮様方が初めて参加する祭りとなりましたので、様々な場所が活気づいておりますね」
「あー、参加者が多いから気合いも入る、と」
「衣装や身に着ける装飾も以前から準備されておりますよ」
象徴色は歴代決まっているので、布を用意して後は仕立てるだけ、というところまで準備は出来ているらしい。すると私は青色の服を着るわけだ。
「宮様方は服の色を見れば誰かわかりますから、これを機に御顔をご覧になってきて下さい」
「はい」
善哉と第八王子の顔しかわからないと言ったら宿題を出された。
布地は象徴色、他に使用する色も自分より上位の色は使わないという慣例があるため、祭りで覚えるのが一番わかりやすいそうだ。
一宮、黒曜宮希桂。第三王子。色は黒。
二宮、翠園宮善哉。第四王子。色は緑。
四宮、香赤宮紫由。第一王子。色は赤。
五宮、山橙宮小幸。第八王子。色は橙。
六宮、光朗宮華環。第二王子。色は黄。
七宮、伽羅宮小亀。第五王子。色は茶。
八宮、雪輝宮小翼。第六王子。色は白。
幼い子供は「小○(○の中は名)」と呼び、成長して字で呼ぶ。古代中国だと成人した人の呼び名だが、東菖竜国ではある程度無事に育ったら、らしい。また、名と異なる字を使うことが大半だが王子の字は名を入れるのが慣例だという。
第五王子以下の呼び名はそのうち変わるのでそのつもりで覚えるようにと言われた。
「了解ですけど……なんというか……色……」
「下に行くほど色の設定が雑ですよね」
「そこまで言ってないです」
「いえ、雑なんです。正直宮様が八人もいることはないのですよ」
元々四宮までだったものを何代か前に六人の王子が生まれてしまい、その時に八まで増やしたそうだ。最初は黄色が五宮だったが橙のほうが赤に近いだろうといういちゃもんで交代したとか。
あとこれ以上増える場合は全部白らしい。考えるのが面倒になったのがよくわかる。……わかるよ……冠位十二階も実質六色だったもの……濃いか薄いかで分けてたものね……。
「ちなみに、王の象徴色は紫です。宮時代の色も合わせて使用します。現在の陛下ですと黒と紫です」
「ああ、父上は一宮だったわけですね」
「その通りです。なお陛下には三人、弟君がいらっしゃいましたが、全てお亡くなりになっています」
「……流行り病でもあったんです?」
「二人は戦死、残る一人はお体が弱かったので選定の儀前に鬼籍に入られました」
王子三人が戦に出て二人が戦死って、相当ひどい時代だったようだ。そこに生まれなくて良かった。
話を戻す。
私の兄弟のうち、一番気を付けなければならないのは四宮だと白永は言う。
紫由、という名前で私もピンと来たが――彼の母親が父の正妻、霜王妃。
おわかりいただけただろうか。私が三宮と聞いて怒り狂ったと噂の王妃である。
この王妃、感情の起伏が激しいと有名で、父王のことを愛しすぎて扱いが難しいそうだ。
今までは息子と同い年である第二王子の母親を目の敵にしていた。同時期に夫に愛されていた女が気に入らなかったらしい。
王子のほうが王妃より大事なので、周囲が実害が出るのを阻止していたとのこと。王妃の父親は戸部尚書(土地や人事関係を扱う部署の一番偉い人)だが、常識人なので止める側に回っていたのも幸運だった。
……それが、序列の儀で悪化した。
自分の息子の上に、後ろ盾の無い女の息子が割り込んできた。割り込むも何もないのだが、話が通じる女性なら今まで苦労していない。
『わたくしの子があの負け犬にすら及ばないなど、そんなことがあるものか!』
そう喚き、物を投げつけたという醜聞がすでに官舎にまで届いているという。
私は遠い目をするしかない。
「とりあえず二宮殿下とその周辺に話は通しましたので、祭祀の間は二宮殿下の傍にいるようにしてくださいね。幼い宮様を年長者が手伝うのはよくあることですので」
幸い五宮に第八王子がいて、彼が第一王子を頼るから私が二宮に世話されるのは自然だ、とのこと。
私の師傅に白永が来たのって、もしかして霜王妃の暴走を抑止するためもあったりする? 後ろ盾に四大家の浪家がいたら正面から喧嘩を売ろうとはしないだろう。
なお、白永の長兄――浪家の当主は裁判を司る刑部の長官だそうだ。うん、下手なことはできないね。
読んでいただきありがとうございます。
人名も増えてきたのでそろそろ毎話ルビふるのはやめて新しいものだけにしようと思います……。




