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気が付けば怪我人

碧晶へきしょうはた】です。


歴史ドラマみたいな話を書きたいのと、ファンタジーが書きたいのが混ざった結果。

「この物語はファンタジーでフィクションです云々」を念頭に、あたたかい目で読んでいただければ幸いです。

地の文は主人公の一人称で進みます。

 女性の争いは、陰湿なものと相場が決まっている。

 何しろ拳で何とか出来るような戦いではないのだ。これが男を巡ってのものであれば、更に混迷を極める。

 古今東西、王の寵愛を競う女の話に事欠かないのも仕方が無いことなのだ。どの国に行ってもひとつくらいそんな逸話が残っている。下手したら神話にだってなっている。

 それに合わせてまたよくある話が、身分の低い寵姫へのイジメである。

 源氏物語を知っているだろうか。あれは身分の低い桐壺の更衣が帝に愛され、散々なイジメに遭って死にました、から始まる小説である。自分より格下だと思っている女が夫に愛されているだけで万死に値する、というドロドロさ加減がよく解る。

 よくある話なのだ。ありふれた話なのだ。


 ――ただ、母親のイジメに偶然巻き込まれて死にかけるうっかり王子の話は聞いたことがないかな?


 私はベッドの上でそんなことを考えていた。……何を隠そう、そのうっかり王子は私だった。

 王位継承権的な問題で標的にされる王子の話ならあるが、寵姫へのイジメで廊下に油を塗ってたのにその寵姫の息子が引っかかって頭を打った話はどれだけ考えても出てこなかった。自分のイタズラに引っかかって死んだ幼帝なら居たけど、それとは多分違う。


 私は小陽(しょうよう)、と呼ばれていた。年齢は多分四歳。

 目を覚ましたら医者と母親が青い顔をしてこちらを覗き込んでいた。

 私は三日間、意識不明だったそうだ。医者の問いかけに混乱しながらも答えるうちに、母親は安堵で泣き出し、医者もほっと息を吐いた。

 ……前世の記憶が増えてたことは言わないほうがいいな、と決意した瞬間でもある。

 頭を打つまでの少年の記憶も残っているのだが、今はそれに加えて、日本で暮らしていた女性の記憶があった。なんというか、擬態が得意な軽いオタク。周囲からは歴女と呼ばれる程度の。死んだのかどうかは覚えていないが、四十手前までの記憶しかないのでその辺りで何かあったのだろう。

 小陽としての記憶と女性の記憶を総合した結果、異世界転生したと思うことにした。何しろ部屋や服装を見た感じアジア圏、それも中国あたりの雰囲気なのだが、現代でこんな女の園を作れる国があるとは思えない。私は王子らしいし。過去だったとしても中国史は大雑把なものしか覚えていない。異世界に来た、くらいに思っていたほうが元オタクとしてはまだ胃に優しかった。

 ……転生したにしては動揺していない? めっちゃ心臓バクバクしてるわ、地の文に騙されるな。医者からOK出るまで寝てろと言われ、数日いろいろ考えての結果だ。


 閑話休題。


 異世界だと思えば私は今ただの四歳児だし、これからいろいろ学べばなんとかなるだろうと、思う。

 無事に今後生活できればの話だが。 

 母親は後ろ盾がいないらしい。細かいことは誰も教えてくれないが、母親へのわかりやすいイジメが日常化していたから少なくとも権力者のバックアップは無い。あとついでに言えば父親も見たことないので寵愛もすでに離れていそうである。

 継承権が高ければもっと護衛がいるはずなので、きっとうっかり産ませてしまった毒にも薬にもならない王子なのだろう。……この国の慣例だとどういう風になるのだろうか。

「小陽」

 横になっている私の手を握る母。そちらを見ると、何やら決意の瞳をしていた。

「母が間違っていました。お前に危害が及ばないならと思っていましたが、こんなことが起こるなら話は別です」

 え、どうしたの? 今までの儚い雰囲気はどこに?

「お前を守るためなら、母は遠慮はしません」

「え」

「もう知ったことか」

 ……息子が前世の記憶を思い出したのと同時、母も何か覚醒したらしい。

 その握力も瞳の光も、力強かった。





******



 ベッドから出ることを許されてから、私は外に出るようになった。

 外といっても、自分の住む建物が見える範囲だ。四歳の体力では歩けない。もっとも体力があっても、この後宮から一人で出るのは無理だろうが。

 後宮内は小さいながらも独立した建物が点在し、それぞれ王の奥さんが住んでいる。

 母親に聞いたところ、王様にはたくさんの奥さんがいる。「王妃(おうひ)」と「側妃(そくひ)」と「美人(びじん)」という奥さんの階級があり、いわゆるお(めかけ)さんは「美人」らしい。中華っぽいのに正妃は皇后(こうごう)じゃないのかと思ったけど、此処は王様だからいいのか。なお母は「湖美人(こびじん)」と呼ばれている。

 四歳児の記憶では、「あっちの緑の屋根には怖い目のおばさん」で、「そっちの黒い屋根には綺麗だけと近づきたくないお姉さん」がいる。子供の認識はそんなものだ。でもとても正しい。

 で、一番近い「真っ白な建物」には、「一番母上にひどいことをする女の人」がいるのだが。

 ひとつひとつ見ていき、最後に白い建物に近づいて、やはり首を傾げた。

 どこも、人の気配がしなかったのだ。以前なら臭いくらいにお香が焚かれ、耳障りな笑い声が聞こえたはずなのだが。

 建物のすぐ目の前まで行ったが、物音ひとつしない。

 後宮内でも引っ越しがあるのだろうか。



「殿下」

「ファッ!?」



 突然男性の声がすぐそばから聞こえ、驚いて振り向く。

 そこには蘇芳色の服を着た長身の男が、私を見下ろしていた。

「殿下、このような場所でいかがなさいましたか」

「あ、え、……と、散歩です」

「散歩」

「はい」

 首を傾げる男性。蘇芳色は、後宮で働く人が男女共に着ている色だ。

 しかしこの男性は今まで見たことない。少なくとも、私が住んでいる建物には来たことがない。

「……わたしは蒼蒼殿(そうそうでん)へ参ります。お送りしましょう」

 蒼蒼殿は私が住んでいる建物の名前だ。頷くと、男は私を静かに抱き上げ、来た道を戻り始めた。

 初対面のこの人にならちょっと質問してもいいかな、と思い口を開いた。

「あの」

「何か」

「さっきの白い建物にいたひとたちは、どこに行ったのですか?」

 男は歩みを止めないまま、じっと私を見つめる。


「二度と殿下の御前に現れることはございません。ご安心ください」


 ……安心よりも恐怖を覚える言い方なんだが。

「えっと、なんで?」

「……たとえ母君の身分が低くとも、御身は妃様方の誰よりも優先されるべき御方です。序列の儀を迎えるまで、御身が傷つくようなことは二度と起こりません」

 つまりあれか。

 母親イジメくらいなら目を瞑った――というかそれで後宮が平和なら無視したが、王子が怪我したので罰を下さずにはいられなかったと、そういうことだろうか。

 それで散々に母親を虐めていた周辺の妃を遠くへやった、と。……権力ってやっぱりすごいな。

 なお、「二度と現れない」の深い意味を尋ねるのはやめた。もう土の中です、なんて言われたら寝れない自信がある。


 ――怖い話に気が行きすぎて、「序列の儀」が何かを聞きそびれたことも記憶の彼方になった。



 蒼蒼殿に着き、男に礼を述べるとやはり静かに降ろされ、頭を下げられた。

「小陽? 戻ったのですか?」

 奥から母親が出てくる。

「戻りました、母上」

「お帰りなさい。――あら?」

 母が私の後ろにいる男を視線を向け、不思議そうな声を発した。男はまだ頭を下げている……が、見るとこちらも眉をひそめていた。

「……とにかく、今お湯を持ってきますね」

 母親がまた奥に小走りで戻っていく。

「……殿下」

「はい?」

「ここの者はどうしたのです」

「ココノモノ?」

 男の言葉が何を指すのかわからず、首を傾げてみせると、男は更に顔をしかめた。

「わたしと同じ色の服を着た者たちです」

「――ああ! えっと、おととい来たばかりだから、しばらく来ないと思います。彼らに用事で、ひぇ」

 一瞬で無表情になった男に思わずビビる。本当の四歳児なら泣いてた。


「……普段、お食事はどうなさっているのです」

「え、母上がつくってくれます」


「お召し物は」

「母上が洗ってます」


 答えるうちに、もしかしてまずいことだったかな? とようやく気付いた。

 この建物ではそれが日常化しているが、もしかして後宮的には大問題なのでは? と。


「……………今、湖美人がお湯を、と仰っておりましたが、そのお湯は」

「………………母上が、庭で沸かしてい」

 ます、と言う前に男がすごい勢いで追いかけて行った。

 やはり後宮で焚火はまずかったらしい。

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