割れ鍋と綴じ蓋のお味噌汁
しじみ売りの声が、お天道さんが顔見せる前、薄墨からあけぼの色へと、ほのぼの染め替えた、空の下を流れる。
一日に食う飯を、一気に炊き上げる江戸の朝。ぬくとい甘い香りがほうほう、湯気となり白く家々から出、通りに広がる頃。
「こんのぉ! すっとこどっこい! 朝帰りたぁ! どういう了見かえ?」
「つ、付き合いでい!」
「お言い! 岡場所かえ?」
すりこ木を握りしめた、古女房が朝帰りの夫に詰め寄るのも、よく見るおなじみの光景。
「ち、違う」
剣幕にジリジリ、後退りする夫。
「吉原かえ?鉄砲岸かえ?」
般若の形相そのもので詰め寄る古女房。
「う、違う、吉原の弁天さんなんちゃ、無理!」
「んじゃぁ! やっぱり岡場所かえ? 嘘つくと閻魔様に舌ぁ、引っこ抜かれるぞ! ああ?」
ざわざわ! 隣近所の野次馬がやんややんや、様子を眺めに表に出てくる。
「八っつぁんも、こりんな」
大事になるかと、心配をした家主も顔を見せ苦笑い。
「ええい! こんままじゃ、店賃! どうするんかえ? 塩も味噌も、米も最近、値が上がったというのに! 宿六! 返事をおし!」
火事と喧嘩は江戸の花。
と言われているが、三歩下がって師の影を踏まずという、おなごなどいるはずも無く。
「おめえ!誰のおかげで飯、喰わせてもらってるんでえ!」
と、呑兵衛の夫が喚けば。
「年に三度のお仕着せも新調してもらえぬ貧乏稼ぎ、体たらくが、どの口下げて文句言う!」
受けて立つのが、しとやかな娘から化けた、長屋住まいの古女房達。
『しじみぃ、しじみ〜』
しじみ売りが賑やかな長屋通りに、振り売りに入ってくる。野次馬達の中で、汁の具に、考えていた店子達は、笊を取りに慌てて住まいに取って返す。
すりこ木を握りしめた先の古女房も、へたり込む夫をそのままに、一旦、戻ると。
「買ってきな!」
つっけんどんに笊を差し出す。銭は? と聞きたい夫だが、それを聞けば、すりこ木でカツンと喰らう先がわかっていた。
懐をまさぐり巾着を逆にし、ようよう小銭をかき集めると、しじみ売りの元へ。
それを手におずおず戻り、朝餉の支度が遅れたと言われ、命じられるがまま、あれこれ手伝い。
用意された膳の上には、
ピカピカの炊きたてご飯に、塩辛い沢庵漬け、それと先程買ったばかりのしじみでお味噌汁。
お江戸の庶民の朝餉。
白飯、お味噌汁、あれば、焼き味噌、漬物、佃煮。
かっこみ飯は三杯。
ふくれっ面の古女房と、
朝帰りをしでかした、夫が向かう湯気立つ膳は
おかえりなさいと、家の味。