どちらさまですか?
よくもまあ、毎日飽きもせずに生きているなぁと自分に感心する。だってそうじゃないか。毎日同じ電車に揺られて毎日タイムカードを押して、黙々と言われた仕事をこなして、程よく上司に怒られて程良く辺りが暗くなるまで残って仕事して、少しだけ貰う給料を上げて退社する。そしてまた電車に揺られて家に着く。
誰もいないっていうのに――。
「……ん?」
と、イヤホンから学生時代に聞いていた洋物のロックが響く中、ふと上に顔をあげれば興味深いニュースが流れているではないか。
殺人事件。通り魔らしい。鈍器によって殺されて……ああ、どうやら今日の朝方に起きたようだ。……怖い怖い、と心の中で呟く。
そう、この程度だ。人が殺されたというのにこの程度の反応で終わってしまう。何て冷めた世界だろうか。同じ都内で起こっているというのにね。
そしてふと思い出し、ポケットから携帯を開き、すぐ閉じる。別に何がしたかったわけではない。ただ朝に送ったメールが来たかどうかだけ確かめたかった。マナーモードを解除すればいいじゃない、と思うかもしれないけど、それは面倒なんだ。……まったく、電話もしたっていうのに酷いもんだ。
昨夜、調子に乗って飲んでしまった。酒を、がばがばと若い頃のように飲んでしまったのだ。若い頃に立ち戻りたくなるのも仕方のないことだろう。大学生のサークルメンバーで飲みに行ったのだ。外周りの仕事の関係でかつての母校の付近を歩いていたその帰り道、彼らに出会った。もう肩を叩くや頭をなじるやのハイテンションっぷりを発揮し、そのまま近くの居酒屋へと転がり込んだ。
聞けば、皆やはり仕事や家庭、何かしら生活が上手く言っていないらしくストレスが溜まっていたようだ。だから今日は無礼講だ、と飲み明かすことを決意。学生時代の思い出話に花を咲かせ、悪ノリで色んな人間の悪口、いるいないに関係なしに吐きまくった。……ああいうノリは久々だったから楽しかった。悪ふざけが出来ることなんて、社会に出たらもう出来ないし、そんなものは学生時代で終わりだから。
「……ただいま〜」
誰もいないと分かっているのに、敢えて部屋に呼び掛けた。
鞄とコートをベッドに放り投げると、靴下を脱ぎながら洗濯機に放りに行く兼トイレへと用を足しに行く。
トイレのノブを引き、中に入ろうとするが――
「え? 開かない? …………またかぁ〜」
と溜息を吐く。
どうも家のトイレはボロいらしく、鍵が緩くなってしまっているらしい。だからあまり頻繁ではないものの、内側から勝手に閉まるという事は既に一度は経験済み。だからその際の解決方法も分かっている為、溜息をつくだけで用足しは後回しにすることにする。
――電話が鳴った。何かの童話の曲をメロディにした陽気な電子音。
「はいはい、ちょっと待ってね」
駆け足で白い電話に向かい、受話器を取ろうとするが、ディスプレイに表示された“非通知”に一瞬手を止める。
普通なら出ないだろう。悪戯かもしれないし、セールスかもしれない、ましてや詐欺かも知れないのだ。だから出るべきじゃない。
「はい、もしもし」
の筈なんだが、今日の私は何故か出てしまった。
「どなた?」
エコーの掛かる自分の声が聞こえるだけで、相手の声は全く聞こえない。
悪戯か……と落胆し、切ろうとした瞬間、キャッチが入った。どうせ悪戯だし、と即座に回線を切り替える。
「どちらさまですか?」
今度は無音ではなかった。金属の擦れる音。それが聞こえた。
「もしもし?」
エコーの掛かる、足音が聞こえた。耳に意識を傾けるが、もう何も聞こえない。
その数秒後、ぎし、という木の鳴る音が聞こえた――――後ろから。
「誰ッ――!?」
振り向いたけれど、頭に熱が走って、誰だったのかはよく分からなかった。
本日夕方、殺人事件があったらしい。
――――――どちらさまですか?
読んで下さって有難う御座いました。
微妙〜に色々パターンを考えられるものにしたつもりではあります。
是非是非、もうテキトーでもいいので出来たら感想を下さいまし。