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3話

「あっ──お父さん!」


 ──夕方の『何でも屋 オルヴェルグ』前。

 そこに立っていた少女が、近づいてくる青年と男を見て駆け出した。

 そのまま真っ直ぐ男に抱き付き──男の腹部に顔を埋めて泣き始める。


「お父さん……! 無事でっ、よかったぁ……!」

「……すまない。心配をかけた」


 感動の再会を果たす親子──その横を通り過ぎるジンに、店の前で姿勢正しく立っていたミリアが声を掛けた。


「お帰りなさいませ、ジン様。特に異常はありませんでした」

「おう、ありがとな」

「……それで、今回の依頼の報酬は、何をお求めになるので?」

「あ? ……あー……そうだな……」


 抱き締め合う親子に目を向け──ふっと、ジンが眩しいものを見るように瞳を細めた。


「……ま、今回は初回サービスって事でいいだろ」

「もう。ジン様がそうやって甘々だから、店はいつも赤字なんですよ?」

「そこは、まあ、ほら……あれだ。オレが『地界の迷宮(ダンジョン)』に行って稼ぐからさ」

「ふふっ、冗談ですよ。少し焦るジン様も素敵です。『地界の迷宮(ダンジョン)』に行く時は、一緒に行きましょうね? デートです、デートっ」

「『地界の迷宮(ダンジョン)』でデートとか、クソ不謹慎だな」


 ジンの手を握って嬉しそうに笑うミリアに、ジンの表情も柔らかくなる。


「あ、あのっ!」

「んあ?」

「そ、その……お父さんを見つけてくれて、ありがとうございました……これ、少ないですけど……お金、です……」


 恐る恐るといった様子で、リーナが革袋を差し出す。

 鋭い紅瞳を細め、リーナと革袋を見下ろし──ポンと、リーナの頭に手を置いた。


「金はいらねぇよ。そうだな……知り合いにこの店の事を広めといてくれ。今回の依頼料はそれでいい。その金は、親父の治療費にでも使ってやりな」

「け、けど──」

「納得できないか? なら、今回は初回サービスってやつだ。それでいいだろ」

「……い、いいん、ですか……?」

「んじゃ、今度とも『何でも屋 オルヴェルグ』をご贔屓(ひいき)に」


 ヒラヒラと手を振り、ジンが店内へと消えていく。

 ミリアが綺麗にお辞儀し、ジンを追って店の中へと引き返していった。

 ポツンと、その場に残された親子は──店に向かって深々と頭を下げ、手を取り合って家路を辿った。


────────────────────


「ジン様。夕食の準備が整いました」

「……いつもより早いな?」

「はい。ジン様は朝食も昼食も取られていないので、お腹が空いているかと思い、少し早めに準備しました。どうされますか?」

「食う。正直、腹が減って仕方なかったんだ」

「わかりました。少々お待ち下さい」


 ソファーに体重を預けるようにして座り、ジンはようやく気を抜いたように苦笑を見せる。

 そんなジンを見て、ミリアがどこか嬉しそうに微笑んだ。


「それで……リーナさんのお父様は、どこにいたのですか?」

「木の上に隠れてた。魔獣に襲われたらしい」

「なるほど……災難でしたね」


 机の上に料理を並べ──今の会話に違和感を感じたのか、ミリアが首を傾げた。


「うん……? 『東の森』に魔獣が出たのですか?」

「ああ。『東の森』に『地界の迷宮(ダンジョン)』が発生していた……多分、最近発生した『地界の迷宮(ダンジョン)』だろうな」

「『冒険者機関(ギルド)』に報告は?」

「行ってきた。明日の朝、一緒に調査に行く事になってる」

「でしたら! 私も一緒に行きます! というか絶対に付いて行きます! デートですよ! デートっ!」

「いや、『冒険者機関(ギルド)』の職員も来るからデートにはならんだろ……」


 ジンの言葉に、ミリアが頬を膨らませる。


「……まあ、あれだ。デートは明後日な」

「明後日! いいですね! 場所は……そうですね……どこが良いですか?」

「……んじゃ、『ヘヴァーナ』の中心街でも見てみるか? いつもこの辺の店しか見てないからな。たまには中心街に足を運ぶのもいいだろ」

「それにしましょう! 約束ですよ?」

「ああ、約束だ」


 満面の笑みを浮かべるミリアが、ジンの隣に座って鼻歌を歌う。


「にしても……まさか、『ヘヴァーナ』の近くに『地界の迷宮(ダンジョン)』が発生するとはな」

「そうですね……ジン様はどう思いますか?」

「何が?」

「その『地界の迷宮(ダンジョン)』が自然発生したものか、それとも──何者かによって、()()()に発生させられたものか……どちらと思いますか?」


 先ほどまでの空気が一変──真剣な表情のミリアが、ジンに問い掛けた。

 夕食を食べる手を止め、ジンもまた目付きを刃のように鋭く細める。


「そうだな……ここ最近、『地界の迷宮(ダンジョン)』の発生が相次いでいるし、今回のも()()()()地界の迷宮(ダンジョン)』だろうな」

「という事は──」

「ああ──今回も、『魔族(デモニア)』の仕業だろうな」


 ──『魔族(デモニア)』。

 そもそも、何故『四天王』や『六魔帝(ろくまてい)』が存在するのか。

 それは──強力な力を持つ『魔族(デモニア)』に対抗するためである。

 『魔族(デモニア)』は世界征服を企んでおり──これまでに他種族と戦争を起こしたり、良からぬ生物兵器を作ったりしていた。

 中でも、『七つの大罪』と呼ばれる『魔族(デモニア)』は、『四天王』に匹敵する力を持つとされており──ジンの父親である“先代雷切”も、『七つの大罪』の一人と交戦した事がある。


「……手段は?」

「近くに『魔道具(アーティファクト)』的な道具も落ちてなかったし……多分、『魔族(デモニア)』の死体を埋めたんだろうな」

「やはりそうですか……相変わらず、目的のためには手段を選ばない奴らですね」


 『地界の迷宮(ダンジョン)』を人工的に作り出す方法として、魔力と密接な関係にある種族の死体を地面に埋めるという方法がある。

 魔力と密接な関係にある種族の代表として、『森精族(エルフ)』や『魔族(デモニア)』、『妖精族(フェアリー)』が挙げられる。

 その死体を地面に埋め、数年の時が流れれば──人工的な『地界の迷宮(ダンジョン)』の完成、というわけだ。


 だが──と、ジンは眉を寄せた。

 『地界の迷宮(ダンジョン)』が発生する時は、付近のモンスターの気性が荒くなる。

 しかし……今回の『地界の迷宮(ダンジョン)』発生の時、モンスターが暴れたりする様子はなかった。

 つまり──あの『地界の迷宮(ダンジョン)』は、モンスターが気づかないほどのスピードで発生したという事だ。


 一応、人工的に『地界の迷宮(ダンジョン)』を作る時、その発生を早める方法はあるにはある。

 それは──『地界の迷宮(ダンジョン)』発生のために使用する死体の数を増やす、という方法だ。


 死体の数が増えれば増えるほど、『地界の迷宮(ダンジョン)』が発生するスピードが上がる。

 故に──モンスターが気づかないほどの早さで発生したという事は。


「最低でも50……多くて70ってとこか」


 そう──あの場所に、『魔族(デモニア)』の死体が大量に埋められていたという事だ。


「そうだな……ミリア。この前行った『地界の迷宮(ダンジョン)』に転移させてくれるか?」

「この前の……あ、『北の森』の『地界の迷宮(ダンジョン)』ですか? いきなりどうしてです?」

「明日『地界の迷宮(ダンジョン)』に行くから、ちょっとした予習みたいな感じだ。それに、あそこに置いてきた刀の様子も見たいしな」

「わかりました。では──」


 ミリアが立ち上がり、手のひらを前に突き出した。

 ──ズズッと、黒いモヤのような何かが現れる。

 モヤは少しずつ大きくなり──やがて、ジンをすっぽりと覆い隠せるほどの大きさになった。


「ミリアはどうする?」

「一緒に行きます」

「そうか……んじゃ、行こうか」

「はい!」


 夕食を一気に胃へと突っ込み、ジンはミリアと共に黒いモヤの中へと入って行った。


───────────────────


「──本当、『空間魔法』ってのは便利だな」


 ──暗い暗い洞窟の中。

 壁に埋まっている『発光石』が周囲をほんのりと照らしているため、何とか地形を把握する事はできるが……暗い事に変わりはない。

 そんな『地界の迷宮(ダンジョン)』の中に、ジンとミリアは立っていた。


「……おっ。あったあった。さすがミリア、転移位置も完璧だな」

「ありがとうございます」


 地面に落ちている三本の刀──その内の一本を手に取った。

 柄を握ってゆっくりと引き抜き──露わになった刀身を見て、ガッカリしたように呟く。


「……特に変化なし、か……」


 もう一本を拾い上げ、刀身の色を確認するが……一本目と同様、変化は見られない。

 実験は失敗か──そんな事を思いながら、三本目の刀を握った。

 瞬間──ジンは、違和感に気づく。

 ……なんだ? この刀は、こんな重さだったか? オレの記憶では、もう少し軽かったような……?

 まさか──


「……おお……」


 元の色は白銀だったはずの刀身が──赤黒く禍々しい刀身へと変化していた。

 ──魔力の影響を受けた剣は魔剣へと、石ころは魔石へと、道具は『魔道具(アーティファクト)』へと名称が変わる。

 そして、魔力の影響を受けた刀は──妖刀と呼ばれるようになるのだ。

 妖刀には不可思議な力が宿っており、商人の間ではかなりの高値で取引されている。


「一ヶ月放置して、妖刀になったのは一本だけか……どういう規則性があるのはマジでわかんねぇな……」


 そんな事を呟きながら──ふと、ジンが振り返った。

 視線の先には──黒い狼のような生き物がいた。


「グルルルルル……!」

「ガァァァァァ……!」


 暗闇に光る四つの白い瞳に、額の部分にある凶暴な口。

 ──ダークウルフ。しかも、『地界の迷宮(ダンジョン)』の影響を受けて魔獣化している。

 視認できるだけで八匹──遠くからこちらの様子を伺っているのが、およそ五匹。

 こちらをエサとしか見ていない魔獣の群れを前に──ジンは楽しそうに笑った。


「……ちょうど良い。妖刀の切れ味でも試してみるか」

「ガァアアアアアアアアアアアッッ!!」


 二つの口を開き、鋭い牙を剥き出しにして迫る魔獣化ダークウルフ。

 対するジンは──動かない。

 魔獣化ダークウルフの牙が、ジンを体を無慈悲に食い千切る──寸前。

 ──ヒュンヒュオッ。

 風を斬る軽い音が二回聞こえた──直後、ボウッ! と、四つに分断されたダークウルフの体が燃え上がった。


「へぇ……」


 赤々と燃えるダークウルフの死体を見ながら、ジンは『地界の迷宮(ダンジョン)』の地面を斬り裂いた。

 だが──何も起きない。

 ──これが、この妖刀の特殊能力。

 斬った箇所から発火させる力。対象は生物のみ。地面などには発動しない。


「斬った相手を燃やす赤黒い刀……うん、そうだな──この刀は、『妖刀 炎魔(えんま)』だ」


 満足そうに笑みを浮かべ──腰に下げていた『雷切』を抜いた。


「さて……二刀流なんて初めてだが──」


 一斉に襲いくる魔獣化ダークウルフの群れと向かい合い、ジンは『雷切』と『妖刀 炎魔』を振り回す。

 瞬く間に魔獣化ダークウルフの群れを全滅させ──二本の刀を鞘に収めた。


「──実戦で使うなら、もう少し練習が必要だな」

「お見事です、ジン様」

「ん、ありがとな、ミリア。さて……とりあえず、戻るか」

「わかりました。では──」


 ミリアの出現させた黒渦に入り──ジンたちは、店へと戻って行った。

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