92 「イルカの家」
こんにちは。
今回は、前回のディッキンソンを尊敬していたという話をご紹介したサトクリフ作品へ戻ります。
これまで何度かサトクリフ作品についてはご紹介してきたわけですが、今まで配属された学校図書館にはなかった作品が、今回配属された学校にはおかれていて個人的にとても嬉しかったもので……!
というわけで、さっそく参りましょう。
〇「イルカの家」(原題:THE ARMOURER’S HOUSE)
ローズマリー・サトクリフ・著 / 乾 侑美子・訳 / 評論社(2004)
これまで「第九軍団のワシ」にはじまるローマン・ブリテンシリーズやアーサー王シリーズ、「血と砂 愛と死のアラビア」「落日の剣 真実のアーサー王の物語」などなど、男性が主人公のわりと固い内容の歴史モノ、というイメージの強かったサトクリフですが、今回のこれは様子がまったく違いました。
まず、主人公が小さな少女。
タムシン・ターナーというイギリスの女の子です。
両親を亡くし孤児になったタムシンは、おばあさんの家にひきとられていたのですが、このおばあさんが亡くなってしまいます。大好きなマーティンおじさんは船乗りで家にいることができないので、タムシンはロンドンに住むギディアンおじさんの家に引き取られることになったのです。
住み慣れた小さな家を離れること、大好きなマーティンおじさんに会えなくなることが悲しくてさびしくてたまらないタムシンでしたが、ロンドンに住むギディアンおじさんの家族はとても温かくタムシンを迎えてくれたのでした……。
タムシンにはとある夢がありました。
船乗りになって、大海へ出、冒険がしたいという夢です。でも、女の子であるタムシンにはそれが許されるはずもなく。冒頭、何度も「男の子だったらよかったのに」とタムシンが悔しく情けなく思う、という描写があります。
にぎやかな家族、にぎやかなロンドンの下町で暮らすうち、タムシンは少しずつそこでの生活に慣れ、人々にも溶け込んでいきます。
ところで温かなギディオンおじさんの家庭にも、実はとある悲しい過去がありました。船乗りになった長男の少年が、海難事故で帰らぬ人となっていたのです。本当は自分も海の男になりたいと願っていた次男、ピアズはその願いを押し殺し、父の仕事である刀鍛冶と鎧づくりの仕事をするため、日々訓練を積んでいます。
この少年とタムシンの心が、「海に出ることへのあこがれ」という一事をもって急速に近づき、互いを理解してゆく様がとても温かくさわやかに描かれています。
これまでサトクリフ作品にはつらく重い使命や、人間の愚かしさ、戦争などで命があまりにも軽く失われてゆくことの虚しさなどが容赦なく描かれてきましたが、ごく初期の作品である今作にはそうしたものはありません。花の咲き乱れる地方で幼少時代を過ごしたというサトクリフの経験が大いに発揮され、さまざまな花にたとえて情景を描写している部分がとても多いな、という印象でした。それが非常に鮮やか、かつ美しいのです。
なんとなく、時代はちがうのですが全体的に幼いころのサトクリフ自身を彷彿とさせられるような作品だなと思いました。
こちらもぜひ、おすすめしておきたいと思います。
ではでは。