81 「狐笛のかなた」
こんにちは。
とうとうまた、新たな年度が始まりましたね。
各地の学校、学校司書の皆さんは年度はじめの作業で大変な時期であろうとお察しいたします。かく言う私も、兼務であるためもあってバタバタしがちな4月です。
お互い健康には気をつけつつ、また一年頑張って参りましょう~。
さてさて。
今回ご紹介する本はこちら。
●「狐笛のかなた」
上橋菜穂子・著 / 理論社(2003)
上橋菜穂子先生といえば、言わずと知れたあの名作「精霊の守り人」シリーズの著者でいらっしゃいますね。
前にご紹介したかもしれませんが「精霊の木」という作品ともども、図書館に入れておられる学校も多いのではないかと思います。いずれも児童文学であり、読みやすく、それでいてテーマはしっかりしており、小中学校には適している内容ですものね。
おくづけを見ると、上橋菜穂子先生についてすでに「神の守り人」まではご執筆されたかた、という紹介があるので、大体そのぐらいの時期に執筆された作品、ということになるのでしょうか。
上橋先生のあとがきよると、こちらは日本的な内容とはいえあくまでも架空の世界観であり、心の中の原風景のような<なつかしい場所>の物語ということだそうです。確かに地名や人名は日本のものであるものの、実在の人物名などが登場するわけではなく、ざっくり申せば和風ファンタジーとでもいったジャンルになるのかなと思います。
主人公は不思議な<聞き耳>の力を持つ少女、小夜。
<聞き耳>とは、人の考えていることや心の中が望むと望まざるにかかわらず聞こえてしまう力のことです。
小夜は産婆である綾野ばあさんとともに、里のはずれに暮らしていました。
ある夜、小夜は傷ついてどこからか逃げ走ってきた狐の子を助けます。謎の男たちに追われていた子狐を思わず着物の下に隠した小夜を、危険から守るために救ってくれたのが、武家の子らしい少年、小春丸でした。
森の奥まった場所にある森陰屋敷で、なぜか一歩も外に出ることを許されず、隠されるようにして育てられているらしい小春丸は、明るく活動的な少年でした。彼は屋敷の小さな抜け穴を知っていて、勝手にそこから外へ出ては外界をこっそりと楽しんでいたのです。
同じ年ごろの友達もいない小春丸は、小夜と不思議に通じ合うものを感じて、しばらくひっそりと夜にしのび会い、おやつを食べたり遊んだりしたのでした。
実はそのとき助けた子狐は本物の狐ではなく、とある呪者によって使い魔にされた霊狐でした。名を「野火」。本来なら生者の世界にも死者の世界にも属さない、<あわい>に生きる存在ですが、呪者によって呼び出され、強力な術によって縛られてこき使われているという立場です。狐の姿から、人の子、少年の姿に変わることのできる狐でした。
野火は小夜に不思議な親近感をおぼえ、主に逆らえば命はないことを知っていながらも、小夜と小春丸がしのびあっている現場をそっと物陰から覗く日々が続きました。
どうやら野火の主は、小春丸を隠している一族とは敵対関係にある、とある武家に雇われた強力な呪者だったらしく……。
やがて小春丸はなぜか小夜とまったく会えなくなってしまい、そこから数年が過ぎ去ります。
そのあたりから、次第にふたつの武家の確執や過去が明らかになっていき、それにともなって小夜もその争いに巻き込まれていくのでした。小夜の出生の秘密にもどんどん迫っていくことになります。
読みだすと手がとまらず、そこはさすが上橋先生の筆力! という感じ。
平和とはなにか、なぜ人々は平和を求めているのにこの世界には戦争がおこってしまうのか、といった現代的なテーマもしっかりと内包していて、感想文にもしやすそうだなと思いました。
なんといっても、こちらは私としては霊狐の「野火」が気になる作品でした。やっぱり本物とはいえないとしても動物ですからね。基本的に心根が純粋でひたむきで、自然に「幸せになってほしい」という気持ちにさせられるというか。
一方の小夜も、いつもの上橋先生の作品らしく芯のある頑張り屋さんで応援できます。
ふたりの行く末を暗示するラストシーンはまた感動的。
「守り人」シリーズが好きな子はもちろんなのですが、そちらが長くて手にとりにくく感じる生徒にも、一巻完結なので勧めやすいのではないかな……と思いました。
こちらもぜひ、多くの人に手にとってほしい作品です。
それでは、今回はこのあたりで。