80 「熱源」
こんにちは。
今回ご紹介する本はこちら。
●「熱源」
川越宗一・著 / 文藝春秋(2019)(単行本版)(文庫は2022年)
こちら第162回直木賞受賞作ということで、学校図書館で置かれているところは多いのではないかと思います。
とは申せ、例によってわたくし、長いこと敬遠したままほかの本ばかり読んでおりました(苦笑)。
いやほんとよくない、この癖。直木賞をとったぐらいなのだから、多くの本を愛する人から高く評価された作品だと言えるわけでして、そういう人さまのご評価を勝手に低く見積もるようなことは本当によくないなーといつも反省しつつ、ついつい「いま、自分にとって旬の作品」ばかり読みに走ってしまい……反省。
こちらは特に、最近実写映画化もされたマンガ作品「ゴールデンカムイ」がお好きな人にはお勧めしやすいかもしれません。中・高生なら「ゴールデンカムイ」が好きな子も多いのではないかと思いますので、これをとっかかりにお勧めできるかも?
なぜなら舞台がサハリン(樺太)であることと、日露戦争から世界大戦に至る数十年の物語であるということ、さらにアイヌの人々のことがたくさん描かれているからです。
今回たまたま、わたくしこちらを単行本と文庫本の双方で読んでいたのですが、文庫本の方には作家・中島京子先生によるあとがきも入っております。そちらも一読するのをおすすめしたい内容。
基本的には群像劇といってよい作品で、「史実に基づいたフィクション」と説明がある通り、ストーリー中には歴史上の人物も多数登場してきます。
主人公としておもな人物はふたり。
ひとりは樺太アイヌのヤヨマネクフ。もう一人は、ポーランド人の民族学者、ブロニスワフ・ピウスツキ。
第一章ではヤヨマネクフの若かりし頃の来歴、第二章ではピウスツキの来歴がそれぞれ語られていくのですが、両者に共通するのはなによりも「大国によって故郷とアイデンティティを奪われた」または「奪われかけている」人であるというところ。
ヤヨマネクフは大日本帝国とロシアが勝手に結んだ「千島樺太交換条約」によって故郷を奪われ、北海道に強制移住させられた人。そこで無理やりにも日本国の「臣民」となるべく教育を受けさせられ、名前も勝手な漢字をあてられて妙ちきりんな音で呼ばれています。
学校にいる日本人教師は信念をもったいい人ではあったものの、それでもアイヌの人々に対して「しっかり日本語を学んで『賢く』なり、『立派な日本人』になれ」というようなことを平気で勧めてくる。そのことに、ヤヨマネクフは疑問に思い、心の底で反発しています。
一方のポーランド人ブロニスワフもまた壮絶な若い時代を過ごしています。
ポーランドは帝政ロシアによって解体させられた国家であり、人々は母国語を禁じられ名前すらロシア風の読みで呼ばれている。そのことに、ピウスツキはひどい胸の痛みを覚えています。
学生だった彼は、皇帝暗殺を企てた反政府運動をする学生たちに巻き込まれる形で逮捕され、ひどい拷問といい加減な裁判の果てに流刑地サハリンへ送られ、強制労働させられることに。そこで現地の民ギリヤークたちと知り合うことになり、言葉や文化に触れたことから民俗学へと傾倒していきます。
それはとりもなおさず「我々高い文明をもつ者が、『低い』文明の者たちを教えさとし、導くのが正しい」というような、ある種傲慢な「文明国」の考え方に反発するものでもありました。
何もなければ交わるはずもなかった二人の人生がやがて交錯していくところは、ほんとうに胸アツです。
長い長い物語の中、有名な歴史上の人物もちらほらと出てくるものの、基本的には大国から虐げられて苦しい生き方を余儀なくされている市井の人々の生きざま、信念、悲しみや愛といったことがテーマの物語なのではないかと思われました。
物語の中での時間の流れが非常に大きいのだと思いますが、単行本は分厚いものですし、なにしろ読み終わったときの達成感がすごいです。
いま現在おこっているウクライナやガザでの戦争についても、つい思いを馳せてしまう物語でもあります。あのまま侵略が成功してしまったなら、その後に起こるのはこうした悲劇に違いないわけですから。
人間とはなにか、文明とはなにか、そういうことを若いうちにしっかりと考えておくことは大事なことだろうと思いますので、ぜひ中高生にも読んでほしい作品だなと思いました。
こちらもぜひぜひ、多くの若い人に手にとってほしい作品です。
それでは、今回はこのあたりで。