46 「王への手紙」
こんにちは。
こちらエッセイではたいへんお久しぶりです。
今回は本の紹介。サブタイトルどおり「王への手紙」(上下巻)です。岩波少年文庫に入っている作品です。
○「王への手紙」上下巻
トンケ・ドラフト・著 / 西村由美・訳 / 岩波書店(2005年)
第44回でご紹介した通り、今年は中学校の教科書が改訂されて内容が大幅に変更されました。それと同時に、国語の教科書の中で読書案内として紹介される本のラインナップも変更に。
こちらは光村図書の中学1年生国語で新たに紹介されることになった本であり、言わずと知れた児童文学の傑作です。ちょっと調べてみたところ、どうやら海外でドラマ化もされているようですね。
……とは書きましたが、お恥ずかしながら私は今まで手に取ったことがありませんでした。
SNSでサトクリフのことを呟いていたとき、ほかのかたから「サトクリフがお好きなら『王への手紙』もきっと気にいるのでは」とお勧めされて、きっと読もうと心に決めていたのです。
そして……読んでみてひと言。
「もっと早く読めばよかったアアアア!」(大体いつもこれ・苦笑)
比較にあまり意味はないとは思うのですが、情景描写を細かくいれてそこに人物の心情描写を重ねることの多いサトクリフと比べると、こちらは読者対象をはっきり児童と想定しているためもあってか、まずなによりもストーリーをスピーディーに進めていくところに主眼を置いている感じがしました。
主人公ティウリは東の大国ダホナウト王国の少年です。
騎士を目指していましたが、騎士叙任式の前夜にある試練の夜、とある人物からせっぱつまった様子で呼び出されて、試練の場から抜け出してしまいます。本当は誰ともひと言も口をきいてはならず、飲食もいっさいせずに丸一日その場にいなければならなかったのに、です。
謎の男はとある手紙を彼にたくして、「白い盾と黒い鎧の騎士に渡してくれ」と必死に頼んできます。ところがやっと見つけた騎士は瀕死の重傷を負っており、ティウリにとある使命を与えてやがて死んでいきます。
それは、この手紙のことをいっさい誰にもしゃべらず、ひたすら隠して、西のウナーヴェン王に届けて欲しいという最後の頼みでした。
結局、ティウリはそのまま謎の敵たちに後を追われながら、遠い西の隣国ウナーヴェン王国への旅に出ることになるのでしたが……。
全編はらはらドキドキ、そしてまだ騎士ではないものの、いわゆる騎士道精神にあこがれを持ち、そういう人物たろうと努力する誠意と勇気をもつ少年ティウリを、読み進めるうちにいつのまにか心から応援してしまっていました。
サトクリフ作品ほど複雑な心情描写がなく、「善人と悪人」がわりとくっきりと分かれていてわかりやすいぶん、中学生にもとっつきやすい内容かなと思います。
未読のかたはぜひ、お手に取ってみてください。
実はわたくし「トンケ・ドラフト」という著者名を見たときに、てっきり男性だと思い込んでいたのでしたが、実はこの方、オランダの女性作家です。
下巻のあとがきによると、1930年に当時オランダの植民地だったインドネシアのジャカルタに生まれ、のちにそこが日本軍によって占領されたために、日本軍の収容所に送られたとのこと。
なんと、そんなところで日本との接点があった方なのですね。
収容所での不安な日々のなか、作家志望の友人とともにお話をつくり、絵を描いて遊んでいたそうです。それを周囲の子どもたちも熱心に聞いてくれていたとか。
その頃からストーリー・テラーとしての才能を開花させていたのでしょう。
のちに帰国して中学・高等学校の美術教師になり、トンケ・ドラフトはそこでも、教室が騒がしくなるとオリジナルのお話をしたそうです。するとみんなしんとなって、そのお話に聞き入ったとのこと。
絵といえば、ドラフトは「王への手紙」の中のイラストも自分自身で描いています。多才ですね!
この「王への手紙」が最初に出版されたのは1962年ですから、ドラフトが32歳のころの作品ということになります。
オランダでは毎年、すぐれた児童文学のための「子どもの本の週間」が設けられており、最優秀作品には「金の石筆賞」が与えられるそうです。もちろん、この年の賞をとったのは「王への手紙」でした。
さらに、2004年に催された同賞は、とりわけ特別なものでした。過去50年のうちの最も優秀な作品に「石筆賞中の石筆賞」を贈ることになったのです。
そして、それに選ばれたのがこの「王への手紙」でした。
オランダの子どもたちが、そしてその後多くの言語に翻訳されて世界中の子どもたちが、いかにこの作品に親しんできたかがうかがえます。
この作品には「野生の森の秘密」という続編も書かれており、それは「白い盾の少年騎士」というタイトルで同じ岩波少年文庫に入っています。そちらにもまた目を通したいと思っているところです。