37 「バッタを倒しにアフリカへ」
こんにちは。
今回もまた、科学に関係する本のご紹介です。
実はこれ、だいぶ前にうちの図書館で購入していた本なのですが、とある先生が「読みたいです!」と熱烈におっしゃるのでお貸ししたら余裕で一年以上返ってこなかったという、わが校ではいわくつきの本(笑)。
まあ先生方は基本的にお忙しいので、普段はなかなか落ち着いて本を読むことができない方が多いのですが……って、それはそれで問題なのですけれどね。人にものを教える立場の人間が本を読んでいないって、考えてみればちょっと恐ろしい話。
もちろん授業研究などはなさっているのですが、それ以外の仕事が多すぎるのでしょう。日々そばで拝見していると、直接授業とは関係のない作業や部活のご指導などでいつも本当にお忙しそうです。まことに頭が下がる思いです。
もっとも今年の突発的な長期間臨時休校の間、「何十冊も読めちゃいました!」と幸せそうにおっしゃる先生もおられましたが! そういう体験が素敵な授業へとまたつながっていくことに、ぜひとも期待したいものです。
さてさて、いきなり話がそれました。
今回ご紹介するのは、こちらの本。
○「バッタを倒しにアフリカへ」
前野 ウルド 浩太郎・著 / 光文社新書(2017年)
幼い頃、「ファーブル昆虫記」から影響を受けて昆虫学者になるという夢を抱いた前野先生。この本をご執筆中はポスドクのお立場で、なんとか有意義な論文を沢山書いて大学にポストを得ようと頑張っていました。
先生の研究対象はバッタ。それも西アフリカに生息して、しばしばひどい蝗害を引き起こすサバクトビバッタをフィールドワークで観察・研究することを希望していました。
この本は、先生が西アフリカのモーリタニアで過ごした二年間の七転八倒の記録です。
科学の本、昆虫の研究本というと「ええ? 遠慮しておきます」という感覚のかたも多いかもしれないのですが、こちらは読んで損はさせないはず!
この先生の語り口が簡潔で、落語のようでとても軽く楽しく、どんどん読み進められてしまいます。自分の失敗談も数多く、笑っているうちにページが進んでしまう感じ。
モーリタニアでは珍しい日本人であるがゆえに、次々に給料や商品代金をぼったくられたり、時間にルーズな現地のルールに翻弄されたり。
もちろん気候も、日本とはまるで違います。昼間は灼熱の世界、夜には毛布がなくては寝られないほどに気温が下がる。サソリもあちこちにいて、実際に先生も刺されてしまったという、身の毛もよだつような体験がつづられています。
先生のなにが凄いって、あちらでよく使われているフランス語もしゃべれないのに「バッタの研究がしたい!」という一念で、いきなり現地へ飛んで行ってしまうところ。英語は話せるのですが、あちらに英語をしゃべる人が少ないのだとか。
それでも、運転手として働いてくれた男性ティジャニと片言のフランス語でたいへんに意気投合し、温かな友情を築いていく様が手に取るようにわかります。
あちらのお国柄もあるのでしょうけれども、基本的にこの先生、とても人の好い方なのでしょう。「コータロー、コータロー」といろんな方から好意を受けます。
このティジャニさんの家庭事情のことまで、面白おかしく紹介され、そこもまた見どころのひとつ。
現地での蝗害は、本当に深刻な事態を引き起こしているそうです。これを研究し、なんとかその被害から人々を守りたいという先生の意思と目的は崇高なものです。
が、現実は本当にきびしく、肝心のサバクトビバッタの大群になかなか遭遇することもできません。なにしろ相手は生き物です。研究室の中で飼われている昆虫を観察するのとはわけが違うのです。
研究用にと作ってもらった金網つきの小屋は海風であっというまに錆びて使い物にならなくなるし、パソコンやカメラなども特別製のものでないと砂がすぐに入り込んでダメになるのだそうです。厳しいなんてものではありません。
そんな困難のなか、元気な先生だって何度もくじけそうになります。
研究資金が尽きかけ、とうとう無収入になり、バッタはなかなか見つからず、そのため論文もろくに書けない。ライバルであるポスドクたちは次々に有名な科学雑誌に論文を発表している……。そりゃ、だれだって凹むような状況です。
で、そんなときに、現地の研究所のババ所長がいつも視野が広く心優しいお言葉をくださるのです。
ちょっとその一部を引用します。
『いいかコータロー。つらいときは自分よりも恵まれている人を見るな。みじめな思いをするだけだ。つらいときこそ自分よりも恵まれていない人を見て、自分がいかに恵まれているかに感謝するんだ。嫉妬は人を狂わす』
【「バッタを倒しにアフリカへ」より引用・264ページ】
このババ所長がまた人格的に大変素晴らしいかたです。出てくるたびに、勝手にこちらまでほっとしてしまうほどでした。
楽しく笑って読みながらも、ポスドクという立場の厳しさと研究することの楽しさ苦しさを、またその意義を、リアルに伝えてくれる貴重な本でした。
ぜひ、多くの学校図書館にも入れられて、今を生きる中高校生の目にもふれさせてあげてほしい本だなと思います。