勇者を殺した男
いわゆるクズ系勇者の話を、斜め下からねじ曲がった方向で煮込んだ話です。
魔王を討伐すべく異世界から召喚された勇者が、王都の真ん中で白昼堂々、斬殺されてから1年の月日がたっていた。
この国はいくたびも、何十年かに一度、通称として魔族と呼ばれる人類に敵対する存在にその平和を脅かされてきた。
歴史書に残る最初の侵攻より何百年も経ち、今となっては当時に何があったのか本当のことは解らない。天変地異か、何者かの呪いか、人類は滅亡への道へと引きずられていた。
だが当時より国に伝わっている伝説によると、それを嘆いた神がある時国の王に異世界より何者かを呼び寄せ力とする召喚魔法を授けたと言われている。
そして異世界より召喚された人々の尽力により、そのたびに魔族を退け、最も強大な魔族である魔王を討ち取ってきた。
およそ100年前、ひとりの鍛冶師が召喚された。彼は魔族に脅かされる人々を助けるため、1本の剣と1領の鎧を作成した。それが現代に伝わる聖剣と聖鎧である。
両方とも見た目は普通の鋼の剣と軽装鎧にしか見えないが、聖剣はいかなる魔族の鱗も切り裂き、傷口から即座に体を蝕み死に至らしめる波動を発し、聖鎧は守護の波動を発し弱い魔物では近づくことすらできず、強い魔物の爪牙も飴細工のごとく砕き弾き飛ばす、絶対の特効と防御を誇る逸品であった。
不思議な、あるいは当然のことなのかもしれないが、この剣と鎧は鍛冶師本人にしか使うことができなかった。いかなる戦士や魔術師が使用しようとも、その特性は発揮されずただの剣と鎧としてしか役立たなかった。
鍛冶師はこれらを持ち魔王討伐に向かい、死闘の末、悪徳龍と言われた当時の魔王である三頭龍を討伐した。
深手を負いつつ帰国した鍛冶師は王に、私の死後ふたたび魔族に脅かされることがあれば、この武具を触媒に召喚を行いふさわしき勇者を呼び寄せてほしいと言い残したと言われている。
鍛冶師が命を失ってのちに起きた新たな侵攻では、誰にも使えないそれらを使うことができるものが召喚され、彼は勇者と尊称され敬われた。
そして3年前、再び魔族による侵攻が起こり、新たな勇者が召喚されるに至る。
勇者は成人したばかりの男性であり、いかなる世界から来たのかまったく武術の心得はなかった。だが聖剣聖鎧を稼働することはできたため嫌々ながら放り込まれた戦場ででも活躍することができた。戦果を挙げた彼を優遇するため国王は貴族位をはじめとする様々な権限を与えた。
その後勇者の務めを理解した彼は国内を回り、町々を守り、魔族を討った。連戦連勝である。
人々は喜び彼を称えた。都市から小さな村まで、勇者が現れると総出で出迎え歓迎し、美酒美色でねぎらった。
そして1年前、魔族の討伐に向かうため王都の大通りを歩いていた勇者が、抜刀したあるひとりの男に真っ二つに斬殺されるという悲劇が起きることとなる。
男は現場から逃走、王国は追手を差し向けるも、勇者殺害という大事件による混乱も助長しその行方を掴むことはできなかった。
そして1年の月日が過ぎ、ところは王都の西門前。詰所には数人の兵士がたむろしていた。
「さて、もうすぐ日暮れで交代の時間だ。今日も何事もなく終わりそうだな」
「一年前、勇者様が斬られてからこっち、もう俺たち魔王に捕まって食われて終わりかと思ってたけど意外となんとかなるもんだな」
「儂はせめて魔王に一太刀でも浴びせて一矢報いれればと思ってたが、なかなか機会もないな」
「隊長さすがは豪胆ですな。もう俺らはこの国終わった、と目の前真っ暗でしたよ」
「ああ……あの時現場近くに居たからな、あの時何か出来ていればむざむざと勇者様を討たせることもなかったと思うと、居てもたっても居られん。最前線に行くことはできんがせめて王都では前に出たいものよ、と思いこの西門に着けてもらったが」
「気持ちはわかります。俺たちもここに家族いますからね、ただ死ぬわけにはいきませんよ、っと誰か来たようだ」
日も傾きいわゆる逢魔が時、人通りも絶えた往来に夕日を背にして一人の男がこちらに歩んできた。
俯き加減のその足取りは重く、羽織った塵除けのローブも傷み破れ、元の色も定かではない。背に大剣を背負い、頭陀袋を担いでいる。風体から察するに冒険者としか見えない。
ローブの左袖がぶらぶらしていた。戦傷であろう、片腕を失ってるようだ。
冒険者とは、平時は山奥や辺境など人の立ち入らない地域に主に生えている薬草や貴重な鉱物、あるいはかつての魔族侵攻の際に魔族が残した遺産、いわゆる魔道具の類や討ち取られた魔族の残留物、甲殻や骨格、人類より奪った宝飾品などそのようなものを取りに行く職である。
厳密に言えばなんでも屋の類であり、そのような過酷な仕事ばかりでなく雨漏りのする屋根の修理や犬の散歩など大したこともない仕事もしていた。
していた、である。
3年前の魔族侵攻以降、冒険者と呼ばれる人々は最前線で魔族と剣を交える、魔族戦専門の傭兵と同義となった。
多数で傭兵として魔族との会戦に参加し、少数でパーティを組み拠点に潜入して群れの長を討ち取る、昼も夜もなくただただ魔族と戦い続ける人々である。
当然、毒爪持つ鳥、鉄も割く虎、術を使い炎氷呼び出す邪導師、鋼鉄の肌持つ生きた鎧、悪魔、枚挙に暇ないが、そのような魔族と戦う彼らの生存率は低かった。殺し殺され華々しくもないがそれでも人々のため、あるいは誰か個人のため、戦い続ける彼らは勇者とは違った視点で人々の畏敬を受けていた。
「冒険者か。すまないがこれも役目、ローブをまくり顔を見せてくれ」
兵士の求めに応じ、ゆっくりと捲られたローブの下の素顔を見て、兵士一同は絶句した。
男の顔の右半分は抉られ、右目もない。頬もなく歯茎がむき出しである。虎か熊のような猛獣の手で叩かれたのであろう、爪痕らしき筋が残っている。
残った精悍な顔の部分にも細かな傷跡が残っており、戦いの跡がうかがえる。所持している大剣もいかにも使い込まれており、男は激戦を潜り抜け魔族を討ち倒し、今ここに立っているのであろう。
「戦い抜かれた歴戦の勇士とお見受けする。さあ王都に入り休まれよ、城壁の中は安全だぞ」
「ああ。ひとつ、頼みがある」
男はそう言うと、何かを探すように片目で兵士らを見まわしていた。その視線が隊長に留まる。
「お主どこかで会ったことがあるよう、な……」
顎に手をやり、男の顔をまじまじと見ていた隊長がある瞬間、いきなり抜刀した。
「全員こいつを捕らえよ!早く!」
「な!隊長、いきなりどうしたんですか」
「思い出したぞ!こいつだ、こいつがあの男だ!」
「あの男というと」
「勇者だ、勇者を殺した男だ。顔を半分失っても見間違えない。あの男だ」
兵士の間に緊張が走る。
だが男はそれを気にした様子もなく背中の大剣をゆっくりと抜くと……地面に投げ捨てた。
「手向かいするつもりは、ない。頼みというのも、それだ。捕らえてくれ」
「どういうつもりだ?」
「俺は、罪人だ。清算に来た。さあ、俺を捕らえて、王に報告してくれ。勇者を殺した男を捕まえた、と」
報告を受けた王と宰相は戸惑っていた。
男は王城まで連行され地下牢に入れられた。勇者を殺したという大罪を犯した男の割にはうろたえるでもなく暴れるでもなく、大人しく地下牢の片隅に座っている。
西門隊長をはじめ当時の現場で犯人の男を目撃している人間に顔改めを行ったが、全員が確かにあの男だと宣言している。勇者殺しなどという大罪を騙るバカ者がいるはずもなく、間違いなく本人であろう。
「宰相、あの男、なぜ戻ってきたのだろうな?」
「私には解りませぬ。こう言っては何ですが、罪を犯した上で無事に逃げおおせているわけです。わざわざ戻ってくる意味がどこにあるのやら」
「うむ。奴には奴なりの目的があるのだろうが」
「ですが検査の結果、魔族に何らかの形で汚染されているわけでもないですし、仮に王の命を狙うにしろ、片目片腕では何もできませぬ」
「そうだな」
「あるいは良心の責めに耐えきれないなどということかもしれませぬ。所詮人類と魔族は相いれないもの、何を思い勇者を殺すなど行ったかはわかりませぬが、せめて最後は人類の下で、などと考えたのかもしれませぬな」
「うむ、奴が何を目的としているのかはわからぬが、どちらにせよ大罪である。法に従い王都の広場で公開処刑を行うことになろうな。1週間後に行うから準備せよ」
「はっ」
何事もなく一週間が過ぎ去った。王城前の広場には絞首台が設けられ、勇者を殺した男が吊られるのをこの目で確かめようと、王都じゅうの人間が詰めかけていた。広場の外部には屋台も出て軽食が売られていた。悪趣味ではあるが、重罪人の処刑と言うのは一種のイベントでもある。
絞首台の前方には高台が設けられていた。王、裁判長や騎士団長などの重臣が立ち、最後の宣言を行うための場である。
やがてその高台に王を始めとした重臣が姿を見せた。続いて前後左右を厳重に兵士に囲まれた中、縄で片腕を胴に括られ、首にも足にも枷を受けた男が姿を現した。
「あの醜い傷、いい気味だ」
「王様、早く処刑を!」
「私たちの希望を奪った男に裁きを!」
「魔族に肩入れする男を早く!」
広場最前列の男女が、仕切りのロープを乗り越えんばかりに乗り出し絶叫する。
通路を歩き、階段を上がり、全員より見える絞首台の下に連行された男に、民衆より果物や生ごみなどが投げつけられた。
やがて王が片手を上げた。燃え上がる熱をもった騒ぎの声がゆっくり静まっていった。
「みなの者、静かにせよ。これより勇者を殺した男の裁判および処刑を行う。まずは罪人に問う、お主、1年前、この王都の通りで勇者を剣で持って切りつけ、死に至らしめた、これに相違ないか」
罪人の男はまっすぐに王の方を見ると、大きくはないが広場にもよく通る声で答えた。
「相違ない。俺がこの手で勇者を殺した」
「罪を認める、というのだな」
「そうだ。俺は罪を犯した」
「手を貸したものなどおらぬのか。お主ひとりで行ったのか」
「述べたとおり。この手で勇者を切り捨てた。俺ひとりで行ったことだ」
「勇者殺しという大罪、今更言うこともないが極刑以外にはありえぬ。かくのごとくお主を処刑する準備もできておる。何か言うことはあるか」
「ある」
男の返答に王と宰相は内心で腑に落ちた。不自然な自首を疑問に思っていたが、何か言いたいことがあって出頭したのであろうと。王家への批判か、まったくの自儘な愚言か、いったい何を言いだすやらと思っていたが。
「俺が捕らえられたときに所持していた頭陀袋がある。それをここに持って来て、開けてもらいたい」
「は?お主の頭陀袋?」
まったくの想定外の話に思わず問い返してしまったが。
「法の上、極刑の際、ひとつだけ要望を聞いてもらえると聞いている。危険物が入っているわけではないが、いくらでも警戒していてもらってかまわない。それが要望である」
「裁判長、この言い分はどうなる?」
「は。法律上では確かにそうなっております。基本的には最後の晩餐のメニューや、遺族への遺言などそういう話ですが、死にゆく者への最後の慈悲というものなので可能な限りは満たしております」
「お主はどう考える?」
「袋を持って来てくれ、というだけでは簡素な要望ですから受けねばなりませんでしょうが、何分危険さがあるので私の権限で却下いたしたくはありますな」
「うむ……」
あごに手を当て考え込んだ王はやがて、自分の後方へ向けて手を振った。大盾を構え槍を持った近衛兵が王と男の間を遮る。
「警備の兵士に民衆も下がらせよ。あと騎士団長、すまんが地下牢の入り口にこの男の荷物がある、取ってきてもらえまいか」
「は。王がそうおっしゃるのであれば。ですがこの罪人の男の話を聞き入れるのですか?」
「勇者殺し、というのは長い歴史でも初めてのことだ。どうも身勝手な理由で勇者を殺したようでもなし、こうなれば原因を追究しておきたい。何かあってもみなが守ってくれよう」
「は。そういうことでしたら。行ってまいります」
警備の兵士が押し合いへし合いの最前列をなんとか遠ざけ、罪人の男の立っている絞首台との間に大きな隙間を開けているうちに、騎士団長が汚れた頭陀袋を担いで戻ってきた。片手に剣を抜き、片手に袋を持ち、絞首台の階段を上がる。
「王よ、持ってまいりました。くれぐれも気をつけて、用意はよろしいでしょうか?」
「うむ。やってくれ」
騎士団長が剣を持った手で頭陀袋の口を結んだ紐を解こうとした。が、鋼の棒のように固く解けない。
「う、どうなっているんだ。おい、開かないぞ罪人」
「それは魔法の袋だ、封印してある。俺の体の一部分を触れさせてくれ、解く」
「なんだと?」
高台を振り仰いだ騎士団長に、王が頷いた。
「言うまでもないが、不審な真似はするなよ」
騎士団長が頭陀袋を足元に置き、男の裸足のつま先に触れさせる。男が開いている片目を閉じ、囁くように呟いた。
「……Ruhe in Frieden unter der rose,LIZA……」
頭陀袋の結び紐が自然に解けた。大分無理やりに詰め込んであったのであろう、自然と中からいくつかの物品がはみ出てきた。
「なんだこれは?」
騎士団長が出てきたものを剣の先でつついた。今つついているのは手のひら大で黒く六角形をした厚みのある石の板のようなものである。それが十数枚、ざらざらと出てきている。
「それは黒耀神亀の鱗だ」
「黒曜神亀だと!馬鹿な、魔王の側近ではないか!」
「まだある。袋の中身を出してくれ」
騎士団長が袋に手を突っ込み、中身を取り出していく。先の鱗が次々と取り出され、100枚は下らない枚数が積みあがっていく。
そしてやがて、おおよそ人の背丈ほどもある枝分かれした蒼く煌めく角のようなもの、紅と黄の羽毛が美しい、絨毯のように巨大な鳥の右羽根、頭蓋骨ごと削ぎ取られた白い虎の左顔面という物々しいものが取り出された。
「貴様!まさか、これらは……」
「蒼玉海龍の龍角、紅玉陽鳥の右羽根、真珠白虎の左頭部だ」
「なん……だと」
これら4体の魔獣は今代の魔王の側近として、度々人類を蹂躙してきた強大極まりない敵であった。
黒曜神亀は砦ほどもある巨大な亀で、漆黒の鱗で全身を覆いあらゆる武器をはじき返し、その巨体で地形をも変える勢いで町を村を破壊してきた。
蒼玉海龍は海の王であるが、海岸線を津波で浚い、沿岸の地上にまで上がり漁村や港町を滅亡に追い込んできた見渡すほど長い龍である。
紅玉陽鳥は炎の鳥である。もともとから鮮やかな赤と黄で彩られた恐ろしくも美しい巨鳥だが、いざ戦闘態勢に入るとなるや全身から炎を発し何もかもを焼き尽くす炎の化身となる。山が禿げ上がり、農地は灰となり、多くの人が飢えて死んだ。
真珠白虎は名前の通り白い虎で、ほか3匹よりはやや小柄ながら、とはいえ通常の虎の倍以上大きいのであるが、音もなく野山を駆け巡り町村を蹂躙し、朝は北の村、夕方は東の砦、と神出鬼没に現れ王国全土を恐怖に落としいれた。
それら魔獣が目の前で屍になっている。
いやこれだけでは確定ではないが、少なくとも頭を割り取られている真珠白虎は倒されているし、羽が片方捥げている紅玉陽鳥は二度と飛べない。消極的に考えても、相当数の表皮の鱗を無くしている黒曜神亀も傷ついているのは疑いないし、根元から角をえぐり取られている蒼玉海龍も頭部に重傷を負っているはず。
つまりは、人類を苦しめ、脅かした魔王の側近は壊滅した。
「まだだ。あとひとつある」
驚愕にどよめく騎士団長らに、男が頭陀袋を指し示した。
「まだある?この上いったい何が」
騎士団長が手を突っ込んだが、何か金属質の大きなものが手に触れたが取り出せない。仕方なく袋の底を持って口を下にし叩いてみた。
すると手ぬぐいや木皿といった日用品が落下したあと、袋の口は何か魔法の産物なのだろう、何か重く大きなものが口の寸法を無視してずるずるとはみ出てくる。
やがておおよそ成牛ほどの大きさの、鈍い鉄色のものが絞首台の床からはみ出して地面へと落下していった。
教会の鐘を全力で突き鳴らしたような轟音とともに地面に転がったそれは、鉄でできた巨大な牛の頭部だった。牛の頭部と言っても先で言った通り頭だけで成牛ほどもある。
「まさかこれは……」
今代の魔王は牛頭六腕二足の見上げるほどに巨大な獣人だった。鋼の皮膚を持ち、毒の息を吐き、六腕に構えた武器を縦横無尽に振るい、数多くの軍、冒険者、民衆を葬ってきた。
山を割き河を汚し、人々や動物を葬り土地を毒で穢した生きとし生けるものすべての敵。
溶けた鉄を飲み、人を食う忌まわしき魔王は、今、首だけになって王都民衆の前になれの果てを晒していた。
「これで最後だ。魔王蚩尤の首だ」
何百人という人々がいるにもかかわらず、針の落ちた音さえ聞き取れそうな静寂が広場を満たした。
やがて。
「魔王が、死んだ」
「魔王が討ち取られた!」
「やったぞ。俺たちは、俺たちは生き残ったんだ!勝ったんだ!」
事態を理解した広場は喜びで爆発した。そこかしこで歓声がうるさいほどに挙げられる。
長い3年間だった。何百人という老若男女が苦しみの上で死んでいき、その何十倍もの人々が忍耐と絶望の日々を過ごしてきた。生まれ育った土地から追われ、方々で魔物に襲われ、櫛の歯が欠けたように人々は消えていった。
勇者が殺され、もはや滅亡は避けられない。今日は生きていられるのか、明日は子供は生きていられるのか、未来に光はまったく無かった。
それが、目の前で魔王と側近の4匹が無残な残骸を晒している。
喜色満面の民衆の騒ぎは留まるところを知らなかった。だが、王が進み出て片手を上げたことで静まっていった。
王の発言に民衆の期待が高まる。
「皆の者、王都の、そして全国の民たち皆々。見よ、今、魔王は我々の前に屍を晒している。魔王は倒された。我々は勝ったのだ!」
宣言とともに突き上げられた王の拳に、ワァァっと民衆の歓声がこだました。
「まだ幾多の魔族の生き残りはいるであろう。だが、主たる魔王の亡き今、もはや奴らは残党である。王国騎士団の、そして今この時も戦っているであろう冒険者諸君が、きっとすべての魔族を討ち果たし平和をもたらしてくれるに違いない。民よ、今日ばかりは騒げ、喜べ、我々は勝ったのだ!」
歓声がこだまする中、再び王が片手を上げた。歓声の声が静まっていく。
「さて、王として魔王を討ち果たし、王国を救ってくれた救国の英雄に報いねばならぬ。何か望みがあれば言ってほしい、可能な限り叶えよう」
魔王の首が転がると共に、事態を把握した騎士団長の手により男を拘束していた縄や枷は取り除かれている。縛られるものが何もなくなった男が顔を上げ、王に向かい言った。
「王よ、望みが2つある。共に叶えていただきたく」
「良い。2つと言わずいくらでも言ってくれ。何を望む?」
男は澄んだ、この場に似つかわしくない表情をしていた。自らの功を誇るでもなく、淡々とした顔で王に答えた。
「ひとつは、王都の西に小さな村がある。そこの墓地に俺を葬ってほしい」
「墓地に、葬ってほしい?お主、何を……」
「もうひとつの望みは。法に従い、人殺しとして、俺を処刑してほしい」
「なんだと?」
男の返答に、静まっていた民衆がどよめく。
「待て待て、なぜだ、なぜそんな話になる?お主は魔王を倒した英雄だぞ」
「……言ってもいいのか?王を糾弾するような話だぞ?」
「儂を糾弾するような話?」
「そうだ。言ってもいいのか」
「うむ。解らぬ、お主が何を考えてそんなことを言っているのかついぞ解らぬ。だがお主、それが目的であったのであろう?言ってかまわん。皆の者も、最後までこの男の話を聞け。いかなる無礼も咎めるな」
王の言葉に、男が語り始めた。
「どこから話したものか。まず、俺は先に言った王都の西の村の出身だ。魔王が現れるまでは畑を耕し、魔王が現れたあとは剣を取り、村を守っていた。幸いにも村にはさほど強力な魔物は姿を現さず、妻とふたりでつつがなく暮らしていた」
「およそ2年前だ、魔王が現れて1年になる。村に勇者がやってきた。勇者は召喚されたころは頼りなかったそうだがそのころにはいっぱしの剣士になっていたようだ。村は総出で勇者を出迎え労った。貴重な肉や甘味、酒など、小さな村でできるだけの歓待をしていたそうだよ。俺は警備で村の周囲に居たから実際の宴は見ていないがね。」
「警備中に村長からと焼肉や酒の差し入れをもらった。酒は遠慮したがひさしぶりの焼肉は旨かったな。それで夜中に自宅に帰ると、妻がいなかった。探しに出ようとしたら床に倒れそのまま朝まで、さ」
「妻は、家の裏の木にぶら下がってたよ。村は小さいものでね、色でも持て成したそうだよ。俺に睡眠薬を、嫌がる妻に媚薬を盛り、力ずくで、だそうな。……何も死ななくてもいいのにな」
「俺は1年、勇者を観察した。勇者は、俺でないと魔王は倒せないと増長していた。周囲の連中は勇者でないと魔王を倒せないと、勇者のするあらゆることを黙認した。あるいはその手助けをした。女子供を泣かせても、男を死地に送っても、すべて「伝説の勇者」のために、そいつも、こいつも、あんたも、すべて目をつぶった」
男の糾弾に、王をはじめ国の重役は目を逸らした。王自身はそこまでの深い実態を把握していなかったが、把握していなかったならばそれはそれで罪深い。
あからさまに心当たりがあったのであろう、高台のいち貴族が男に叫んだ。
「仕方ないであろう!勇者でなければ魔王は倒せなかったのだ。勇者が魔王を倒さねば国は滅びるのだ、多少の勇者への優遇は当然である!」
「俺の、妻の命は、多少か?」
「ぐっ」
「だから、俺は勇者を殺した。魔王も4魔獣も討伐に行くこともせず、木っ端のような魔獣を倒して悦に至り、町や村を回り酒と色に溺れていただけの勇者を殺した。ゆえに俺は人殺しだ」
男の糾弾に広場が静まり返る。やがて壇上の王が口を開いた。
「だがお主はこうやって魔王と4魔獣を滅ぼし、王国に平和をもたらした。勇者殺しは大罪ではあるが、魔王を討った功により罪は相殺されるべきではないか」
「王よ、俺が殺したのは勇者だけではない」
そう言うと、男は振り返り民衆の方に叫んだ。
「俺は1年前に勇者を殺した。この1年で身内を、友を、恋人を魔族に殺された者はいないか。俺が1年前に勇者を殺さなかったら、死なずに済んだものを持つ者はいないか」
男の問いかけに、僅かながらも顔を上げる者がいた。
「ここにいるぞ!」
男は再び王の方に振り返った。
「かくのごとくだ。俺は勇者だけではない、俺の勝手で俺と同じ人間を生み出してしまっている。俺を人殺しとして裁いていただきたい」
「しかしお主が言った通り勇者は怠惰であった。そこはお主の責ではないのではないか」
「あるいはそうかもしれない。そうでないかもしれない。勇者が俺より早く魔王を討ち、死なずに済んだ人がいたかもしれない。ならば現実として俺は俺の罪を受け入れよう」
「だがお主の功は大きい。何も処刑まで受け入れなくともよいのではないか」
王の言に、男は初めてその顔に怒気を浮かべた。
「俺は功などいらぬ。俺は勇者が憎いのだ。なぜ俺の妻が死ななくてはならぬ。勇者を増長させたのはその壇上のお偉方だろう、そして俺の村の村長であり、何年も甘やかした周囲だ。だが実際に手を下したのは勇者だ、あの男だ。だから俺は勇者からすべてを奪う」
「亀を微塵に砕き、鳥の羽根をもぎ取り谷底に突き落とし、龍を開きにして海底に沈め、虎の顔面から腹まで抉りとってやった。魔王の鋼の首を叩き落し物言わぬ牛頭にしてやった。すべて勇者でないと成しえないと言われていたことだ」
「王よ、俺を裁いていただきたい。救国の英雄でなく、勇者殺しではなく、ただ、妻を殺された男が加害者を殺したと。名もなきただの男が、名もなき男を殺したと。俺と勇者を取るに足らぬ男として処刑していただきたい」
世界を救った功と、人殺し、軽重はどちらに傾くのか。
小という犠牲があったとしても大という結果を出せば不問にしてもかまわない?
人それぞれ意見はあるかと思うゆえにここで話を終わらせています。