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4話 『指南』〇

 半ば強引に、というか強引にレイカのパートナーにされてしまったオレは彼女の後ろを雛鳥のようについて行く。

 寂れた街を鼻歌交じりに歩く、戦斧を持った女の子。それに加えて、生屍(ファントム)-基本的には異形を指して使うらしい-を見かけたのが4回ほど。


 望まずともオレは以前の日常とはかけ離れた生活を送ることになりそうだ。

 一度話が止まってしまうと初対面の相手、それも美少女が相手となるとこちらから話題を振るのも難しく、どうしたものかと考えているとレイカは地面に空いていた穴からぴょんっと地下へ。


 オレはそれに倣って穴へと身を投げるが、予想以上にその穴は深く、尻餅をつきそうになったところをレイカに抱きとめられてしまった。


「大丈夫?」

「悪い、降ろしてくれ」


 久しぶりに会話が成立したのはいいが、女の子にお姫様抱っこされる男という構図はいただけない。

 オレにだって最低限のプライドがあるにはあるし、なによりレイカの主張の激しい胸が腕にあたって不思議な気分にさせられてしまう。

 そんな心中を知ってか知らずか、オレをゆっくりと降ろしてくれたレイカはまた歩き始めると「あとちょっとだから、頑張ってね」と声をかけてきた。


「水は流れてないんだな」

「雨の日は少し流れることもあるけど、雨自体稀かな」


 なるほど。街の荒れ方を見れば下水道に水が流れないことはそんなに驚くことではないのかもしれない。雨が稀ならなおさらに。


「それとそれと、オルタナはお日様? は登らないしずっと夜なんだー。来たばっかりの人は皆驚くよ」

「毎日極夜みたいなもんか」

「きょくや?」


 それなりに長くこっちで暮らしてそうなレイカには聞き覚えがなかったのだろうか? 小さい頃にこっちへ来て、というのも有り得るか。

 死がトリガーとなってこの世界に来るということを考えると、過去のこと(前世のこと?)はかなりデリケートな問題だったりするのかもしれない。恐らく聞かない方が吉だ。


「極夜っていうのは、まあ一日中夜が続く日のことだよ」

「ふむふむ、ユーマくんは物知りなんだ」

「これくらいは誰でも知ってると思うぞ……」


 話の延長で極夜がなぜ起こるのかをレイカに説明したりしたのだが、「うーん、難しいね」とあまり興味はおありでないご様子。

 ただこんなことでも話せば笑顔でびっくりしてもらえるのは、オレとしても別段悪い気はしなかった。


 そうやって地下に降りてから10分くらい歩いて着いたのは明るく広々とした、人が住むには申し分ない三階建てのドーム型空間。

 所々にドアが付いていることから、部屋もあるのだろう。さながらそれは地底人の都。


「到着、ごめんねー遠くて」

「ここがレイカたちの家なのか?」

「家って言えるのかは分からないけど、拠点って感じかな」


 確かに自分で家と言っておきながら、違和感がある。

 拠点。仲間がいるとは聞いたがこれだけ大きな組織だとは思わなかった。恐らく一人一人に役割があって、助け合って生活しているのだろう。


「そうすると、気になるのは部外者のオレがいていいのかってことなんだが」

「大丈夫大丈夫、おーるおっけー? だよ!」

「いやいや……、レイカが良くてもここの統括というかリーダーみたいな人に聞いてみないと分からないだろ?」

「だから、私がいいって言ってるよ?」


 ん? それは、つまり、このオレと大して年齢の変わらないであろう目の前の女の子がこれだけ大きな組織を率いていると?

 ご冗談を。ちょっとイタズラして小悪魔を演出しようたってそうはいかない。なにせ--


「随分と早かったな、ボス(・・)

「は?」


 オレは急に上からかけられたセリフの内容に驚いた。まさか?


「坊主のことじゃない。その横の嬢ちゃんのことだ」


 そう笑いながら2階から飛び降り、目の前へと着地した男にレイカは「その呼び方はやめてよー」と何やら楽しそうに会話している。


「え、マジでレイカがリーダー?」

「嬢ちゃん、部下の教育が行き届いてないみたいだが俺がした方がいいか……?」

「にゃはは、爺やの好きなようにどうぞ? とだけ言っておくかな〜」


 不穏な言葉と共に、くたびれたモッズコートを着た白髪混じりの中老の男がオレへと手を伸ばしてくる。

 爺やと呼ばれるには少々見た目が品性に欠けている気がするが、服の上からでもしっかりと肉体が鍛えられていることが分かった。そんな男に掴まれたらどうなるのか、鉄拳制裁と言わんばかりに教育という免罪符で前時代的にボコられかねない。

 オレは男の手をじっと見つめ、すぐに対応が取れるようにしたが--


「そう構える必要はない。取って食おうって訳じゃないんだ」


 そんな言葉と共に赤子にするように、頭をぽんぽんと叩かれた。なるほど、これは爺や感がないことはないかもしれない。焦らせんな爺や。


「俺のことはマサとでも呼んでくれればいい。疲れてるとこすまんが、嬢ちゃんはちとこれから用がある。お前さんは俺と留守番だ」

「はぁ……」


 いきなり色々と言われ、なんと返せばいいかイマイチ掴めないが、このマサさんといればいいらしい。レイカはここのリーダーとして多忙なのだろう。

 未だに彼女がリーダーなのは信じ難いが。


「話が早くて助かるよ。爺やはユーマくんのことお願いね」

「こちとらついさっき帰ってきたばかりなんだがなぁ」

「よろしく〜」


 マサさんが文句を垂れている間に、レイカは奥へと消えてしまっていた。自由奔放な彼女と隣の男の付き合いは長いのだろうか。

 長ければかなり苦労しているだろうな……とオレは同性として少し同情などしてみた。


「ユウ。とりあえずこっちだ」


 ユウという二音が自分のことを指していると理解するのに数秒を要した。その間に先に行ってしまうマサさんをオレは目で追いかけた。

 彼はすぐ目の前の扉を開けると狭い入口に身体をねじ込むようにして、中へと入っていく。


「今から何するんですか?」


 率直な疑問だった。


「世の中を満足に生きていくためには、金やら権力やら、そうだな、人望とか運でもいい。目に見えても見えなくても何かしら力がいる」


 確かにその通りだ。生きていくことだけならそう難しくはないが、そこに『満足に』と付けばそれ相応の力がいる。


「だがそれは、前の世界の話だ。この世界で生き残るのに必要な力。それはなんだと思う?」


 こちらには見向きもせず、マサさんはオレに問うてきた。


「力ですか」

「そうだ。どんな力だ?」

「シンプルな暴力と言うか……」


 オレのあやふやな答えに彼は「50点だな」と口にした。では残りの50点分はなんなのか。


「この世界には法律もなければ、規則もない。無秩序な世界だ。例えばここで、俺がお前さんをどうしようがなんの問題にもならん。あらゆる意味で個人の意志、価値観、良心、そんなものが指標になってくる」


 生活を共にするレベルのコミュニティは存在しても、こんな世界にそれ以上大きな組織は存在しない。あくまで物事の判断は当事者に委ねられると。

 言われてみれば至極当然だ。


「中には殺しを楽しむような連中や、非道なやつらもいる。そんな外敵から己や大切なものを守るために、暴力が必要と」


 そうだ。生屍(ファントム)からレイカがオレを救ってくれたように、無秩序な世界ではより強いものが勝つ。超弱肉強食社会、この世界は言うなればそんなところだろう。


「だがな、もっと大切なものがある。それは自分の正義を一点の曇りもなく信じる意志の力だ。こんな世界だからこそ、他人に流されず、己の信念を貫き、常に自分の中で正しい選択を出来るかが重要だ」

「意志の力……」

「お前さんの正義が正しいのか間違ってるのか、そんなことは分からんが、自分の中で固まった指標がないとな、俺たちはヒトとして生きれなくなる」


 『ヒトとして生きれなくなる』その言葉は重かった。彼が何を思ってそう言ったのか、完全に理解することは出来ないが、それは異形へと堕ちるとか、そんな単純なことを指しているのではないことだけは確かだった。


「意志を強く持て。この世界で生きるには何よりも大切なことだ。想いの力、意志の力はきっとお前さんを助けてくれる」


 そこまで言って、恥ずかしくなったのかマサさんは一つ長いため息をついた。

 言うことは伝えた。この話は終わりだと言わんばかりに。


「それで、今から何するかだったか……?」

「はい」

「この身体の使い方を教えてやろうと思ってたところだ。常識を越えた身体能力と、異能力、燃えるだろ?」


 得意気にこっちを見てくるマサさんはどこか若返って見えた。


 

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