3話 『Welcome to alterna』〇
「いやー……、ごめんね?」
「助けてもらっといて、文句はない」
可愛らしく、というか可愛く、上目遣いで謝ってくる女の子が目の前にいる。
すらっと伸びた長い手足に、出るところは出た女神もかくやといったベストプロポーション。大きな目と整った顔によく似合った、ロングウェーブの綺麗な金髪。
真っ直ぐと伸びた姿勢は美貌からの自信か堂々とした印象を与え、美しさの中から確かな強さと格好良さを覗かせてくる。
そんな、100人いれば100人が美女と言うであろう彼女はその場にいるだけで絵になりそうだが、腰掛けている無骨なハルバードと身につけた黒い外套が全てを台無しにしていた。
いや、これはこれでありかもしれない。女の子が近未来武装を付けたり、そういうのは男のロマンだったりするし。
「改めて、助かった。ありがとう」
オレは数分前、意識を取り戻してから聞いたことへの礼を、忘れないうちに言っておいた。
どうやら、彼女がオレを助けてくれたらしかった。
約20m離れたところから、ゲームに出てくるような重量級ハルバードを1人の女の子がぶん投げ、異形の首を跳ね飛ばし、ついでにサービスでオレの左腕の怪我まで治したというのはツッコみどころ満載な訳だが。
「お礼なんていいよ。困っている人を助けるのは当たり前のことだからね」
「いいやつなんだな」
「にゃはは、そうでもないけどね」
たった数分言葉を交わしただけで分かる。彼女がドが付くほどの善人だと。
どういう育て方をすればこんなに一点の曇りもない純粋なお子さんに育つのか、親の顔を見てみたいもんだ。もちろん、いい意味で。
「名前は?」
ニコニコしながら彼女は聞いてきた。少し迷ったが、オレは柊木 悠真と本名を伝える。
がしかし、めちゃくちゃ微妙な顔をされた。
「名前が気に入らなかったか?」
「ううん、そんなことないよ。私ったら本名を言わせちゃって……」
どうやら本名を伝えたのがまずかったらしい。名前を教えたら最後、○スノートにでも書かれてしまうんだろうか。
「とりあえず、ユーマくんでいいかな?」
「ああ、好きに呼んでくれればいい」
「ありがとう! 私はレイカ。よろしくね!」
そうやって、レイカは友好のあかしと言わんばかりに握手を求めてきた。
このご時世、女性に触れるというのはかなりリスキー。そのため、その手を握るか、非情に悩ましかったのだが、首を傾げるレイカに半ば流されるままガッチリ握手。
ここへ来て初めてしっかりと人を感じることが出来、心が満たされるのが分かった。
「さて! じゃあ、歩きながらオルタナのことでも話そっか」
「オルタナ?」
「うーん、簡単に言うとこの世界のことかな?」
この世界と来たか、薄々直感していたがどうやらここはオレがいた世界とは別物の世界だったらしい。
その後、レイカから聞いたところによると、この世界は現実世界の裏側に位置するオルタナという世界。
現世で死んだ者がこの世界へと運ばれ、死後の世界を楽しむ。元はそんな天国のような場所だったらしい。
そこに異変が生まれたのがざっと200年前。現世の人間の欲や憎しみ、そんな負の感情が膨らみに膨らみ、死と同時にこのオルタナに徐々に蓄積されるようになった。
そこからオルタナは今のような地獄へと変貌したらしい。世界は朽ち果て、負の感情が凝縮された瘴気に満ち、そんな瘴気に当てられ、意志の弱く影響されやすい者から異形が生まれ、オルタナは異形との争いの絶えない場所となってしまったと。
「そんな中でレイカは1人で闘ってるのか?」
「ちゃんと仲間がいるよ。今ちょうどその仲間のところに向かってたりするの」
なるほど、仲間がいるというのはありがたい。見渡す限り異形だらけだったらどうしようかと思っていたところだ。
あわよくば異形がいない、閉鎖的な居住区画とかがあれば嬉しい。そんな希望的観測から生まれたオレの願いは、すぐに粉々に砕かれるのだが。
「それで……、大丈夫?」
「何がだ?」
言ってもいいのかな? みたいな顔でレイカはオレを見ながら、やがて決心が付いたようで元気よくこちらを向いてきた。
「ユーマくんって、案外死んだこと気にしてないんだね?」
「それなら、レイカが助けてくれただろ?」
「それはこっちの世界での話でね? 現世で死んだことについて……ね……?」
現世、死んだ、意図的に考えないようにしていたが、やはりオレは1度死んだらしい。
実感が薄くて放置していたが、やはり死んでいたらしい。
もう一度言う、オレ死んだの?
「マジかよ……」
「うん、大丈夫? よしよし……」
SEが付きそうなほどガックリと、項垂れたオレを優しいレイカは止まって慰めてくれる。
嬉しいことではあるが、慰められても人が生き返ることなんてないのだった。
「生き返りたいとか思ってる?」
「そんな方法があれば考えなくもないが、そんな都合のいいものないだろ……」
ダメ元でレイカの方を見ると、彼女は聖母みたいな笑顔でこちらを向いていた。
これはあれだ、自分の考えたプレゼンに獲物が乗ってきた時に見せる笑顔。商品紹介とかのときによく見るやつ。
してやったり。そんな言葉が今にも聞こえてきそうだった。
「オルタナには、得た者の願いをなんでも叶える負のエネルギーの集合体『マトリックス』があるんだよ」
「ほう、それで?」
「それがあれば、死人を生き返らせることもできるっていうわけ。もちろん、回数制限とかもないから何回でも、色んな願いを叶えてもらえるの」
なるほど、ということはそれを手に入れればいいんだろうが……、そんなもの求めるやつは多いだろうし、無用な争いごとはごめんだ。
ここが死後の世界っていうなら、死後くらい楽に楽しく生かせてくれ。というのがオレの思いだった。だから、親切心で教えてくれたレイカには悪いがそんなものは求めない。
「オレは事なかれ主義だからな、争いとかはごめんだ」
「そうだね、私も出来ることならそうしたいよ。でも、世界は残酷なんだよね」
そう言って足を止めたレイカは心底悲しそうな顔でこちらを向く。そんな彼女の長く揺れる金髪は月明かりを反射させ、虹色に輝いていた。それはどこまでも幻想的で--
「さっき、この世界の話はしたよね。次は私たちがどんな存在なのかっていう話。これも軽くになっちゃうけど」
レイカがオレを助けたときに何をしたのか、聞かされたことを素直に信じるならば、彼女(或いは彼女だけでなくオレも)がただの死人と考えるのは無理があると薄々感じてはいて、その話を聞いてしまうと戻れなくなる気がして、あえてその辺は聞かなかったのだが。
「私たちは異形も含めて、自分たちのことを生屍って呼んでるの。生屍は瘴気を糧に生きる肉体を持った亡霊。願いと欲のために生きることを強制された存在」
レイカは尚も続ける。オレの意志など関係ないと、そう告げるかのように。
「私たちに与えられた選択肢は大きく3つ」
一つ、他人の負の感情、つまり瘴気に屈し異形へと落ちること。
一つ、オルタナでの仮初の生にしがみつき、他人を殺し生き続けること。
一つ、『マトリックス』を手に入れ、自らの願いを叶えこの世界から解放されること。
その3つの選択肢から、レイカはオレに選んでと言ってきた。
異形となるのはもちろん却下だ、人を殺してまでこの仮初の命とやらに執着するのも却下だ、とすると必然選ぶものは決まっているわけで。
「3つ目を選ぶしかないが、それだって結局は争わないといけないはずだ」
それ故にレイカはさっき争いはごめんだというオレに対して、出来るならそうしたいと言ったんだろう。
「そう、私たちは異形へと堕ちることを許容しない限り争う他ないよね」
オレの結論を確認するように、教師が生徒に授業するように、レイカは満足そうに頷く。
「重要な決断は後回しにできない。その選択を世界が待ってくれる保証なんてどこにもない。いつだって世界は理不尽で、突然で、最低なもの」
だから--と彼女はとびきりの笑顔でこう言った。
「私のパートナーになるって今決めて?」
「は?」
突然思いもよらない言葉がレイカの口から出て、素っ頓狂な声をあげたのは多分仕方がないことだ。
「闘う術と生き残る術は私が教えるから、この世界を終わらせる手助けをしてくれないかな?」
こちらの混乱をいいことに、レイカはグイグイくる。案外積極的というか、抜け目がないというか。
なんのことだか未だにしっかり分かってはいなかったが、レイカの他に頼れる人間もいなければ、彼女が悪人であるとは何故か思わなかったりで、オレは流れに乗って「ああ」と答えてしまった。
こんな訳の分からない世界で、今の少ない説明だけでやっていける気はしないし、正直オレに何が出来るのかは分からない。習うより慣れろの精神でいくとしても不安は山積み、最低限色々とレイカに聞かなければならないこともあるだろう。
本当に、勝手に物事を決められるこの性格には困ったものだ。
だが、「ようこそオルタナへ! ユーマくん!」と言う嬉しそうなレイカの笑顔を見るとこの選択は間違っていない気がする。
そんなこんなで、オレは可愛いってつくづく得だなと思うのだった。
書き殴り申し訳ないです。今後3話にはすぐに修正が入ると思います。
ですが、次話から本編が始まるので先にそちらを!次話は今晩更新を予定しています。
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