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偽りの魔法使いⅨ


「……私を……あなたの物に……してください」


 突然の告白。

 色々と手順をすっ飛ばした告白を俺は、静流から受けていた。


 彼女の風呂上がりの上記した肌が俺を惑わせる。

 瞳は潤んでおり、薄っすらと涙がこぼれ落ちていた。

 あぁ、これはいけない。


 おそらく、俺は一般的な男子高校生としてこの告白に答えてはダメなのだ。

 彼女の怯えた表情、それが全てを物語っていた。


 彼女が目覚めてからの態度や言動を考えてみると、これは推測であるが、あの幻術でPTSD(心的外傷後ストレス障害)になってしまったのではないだろうか。

 あの幻術での俺と彼女の立場は明確。

 俺が強者で彼女が弱者だ。弱者は圧倒的な力をもって蹂躙されていた。

 彼女は俺の顔を見れば、あの下卑た笑いを思い出すだろう。


 もしかしたら、あの幻術の中での力関係が今もあると勘違いしているのだろうか。

 いや、違うと思ったとしてもあの凄惨な悪夢を簡単には忘れることが出来ないだろう。

 だから、彼女はあの幻術の力関係を前提として、俺に()()を求めてきたのだ。


 決して、俺を異性として意識しての決断ではない。

 あの時は自分が俺の敵だった、だから、あんな事をされたのだと。

 味方、それも完全に服従していれば、自分はもう二度とあんな事はされない。

 そう思ったのだろう。


 これは難しい決断を迫られたものだ。


 仮に、俺が彼女の申し出を拒否したのなら、彼女は自分が再び不安定な世界に放り込まれ、再びあの悪夢を体験することになると錯覚するだろう。

 そうなってしまえば、今の彼女はどうなるか。

 発狂することは間違いないだろう……その先は想像もしたくない。


 では、受け入れた場合はどうなるだろうか。

 少なくとも彼女は安心する、もうあの悪夢はやってこないのだと。

 そして、段々と俺に対する依存を強めるだろう。

 常に俺の後を追い、何をするにも俺の判断を求めることになるかもしれない。

 もし俺が彼女を何処かで拒絶したら、彼女は壊れるかも知れないのだ。


 ……不味いな。


 自分自身を殺すことになるし、あの悪夢は幻術だったという現実からも逃避する事になり、彼女の社会復帰は俺なしではなし得なくなる。

 俺が彼女を最後まで面倒を見るか?


 確かに彼女は美人だ。一緒に同じ時を過ごせたら嬉しい。

 でも、それは自分の言うことを常に聞く人形を侍らせることと変わらないのだ。そこに彼女は居ない。

 あるのは抜け殻だけだ。

 それで俺は満足なのか?答えは否である。

 もし一緒になるのなら、彼女は彼女であって欲しい。彼女が俺だったら単に自慰行為と変わるところがない。


 しかし、今断るわけにはいかないのだ。

 まだあの幻術を受けてさほど時間が経っていない。

 この状態で彼女を突き放せば、火を見るより明らかな結果が待っている。


 ……受け入れたほうがマシ……というレベルだろうか。

 仮に俺に依存するとしてもだ、徐々に彼女に色々な権限を与えていけば、もしかしたら彼女が彼女自身を取り戻せるかもしれない。

 それは淡い期待、希望的観測だ。

 今、この場で彼女を壊したくないという俺のエゴだ。


 だけど、だけど俺は…………。


「……わかった。 ……君を俺のものにする」


 俺自身が現実逃避をしたのかもしれない。

 ただ一縷の淡い望みにかけて。


 俺は十分な熟考のあと、答えを出したのだった。

 もう、後には引けなくなると思いながら。


「……くっ。 ……では従者契約を……」


 彼女から流れ落ちる涙。それが何を意味するかは今の俺には分からない。

 それに彼女の言う従者契約というのは…………えぇーと……確か『契約魔法ーはじめての契約(コントラクト)ー』って表題の教科書に書いてあったはずだ。

 思い出せ、俺!


 あー確か、一番上下関係が明確なのは隷属魔法で、従者契約というのは……ほぼ対等な契約だったような。


 契約者相互の魔力供給の効率が上がり、主人たる契約者は自己が契約している関係をそのまま従者に引き継ぐ事が出来たり、契約者相互に傷つけ合う事が出来なくなる魔法だ。

 主人のものは従者のもの、従者のものは従者のもの。

 まったく、主人にメリットがない契約だ。


 昔は魔力の少ないものを従える時に使ったと言われているが、現在では殆ど廃れている。

 なぜなら、主人が圧倒的に不利だからであるし、一族の秘術を他人に使われ分析されるおそれもある。

 だから、今は行われるとしても夫婦間とかの場合に限られている。

 どちらかの家に入った方が従者として契約する事によって、一族が使役してきたものを使えるようにする為である。

 例えば、使い魔とか精霊とか。


 彼女がこの提案をする、ということはおそらく俺の推測は合っていたのだろう。

 彼女はやはり俺の()()を求めていたのだ。


「れっ…….隷属魔法の方がよろしい……ですか。 ……ただ、分家の私を隷属させてしまうと……外聞がいささか……」


「いや、従者契約でいい! むしろ、それがいいっ!」


 隷属魔法では、主人が従者を傷つける事が容易になってしまう。

 主人には無抵抗になる、というのが隷属魔法の本質なのだ。

 そんな事したら今の静流の精神状態を更に悪化させかねない。


「……では、魔法陣は私が、魔力は主人たるあなたがお願いします」


 リビングにあったチョークを利用して、フローリングの床に魔法陣を書いていく静流。

 業界的にフローリングの床に直に書くのが主流なのだろうか?


 ……それになんでリビングにそんな都合よく、チョークなんて……。


 ……姫乃かっ!確か、今召喚魔法にハマってるの私、とか言ってたな。

 ん?でも、床に直に書いてたら後とか残りそうだけど……。


 え?うそ?まさか?


「ーーー終わりました。 では、中へ」


 ()()()()()()()()()()床の魔法陣に俺は促されるまま入る。


「……詠唱を」


「……あっ、ああ。我が知は汝へ、汝の忠誠は我に、我が力は汝へ、汝の身体は我にーーー」


 魔法陣への魔力の流し方は既にジル先生の授業で習っていたし、実践もしていた。

 そして、肝心の詠唱文はというと、基本的な魔法の詠唱文はスマートフォンにデータとして入っていたおかげで、静流が床にカキカキしている間に必死に暗記したさ。

 ……な、なんとか暗記しきれた。


 ちなみにスマートフォンのデータは、姫乃が編集して持っていたものを貰ったのだ。

 ほんに、姫乃様様である。


 魔力を魔法陣へ注ぎながら、俺は親指を少し歯で噛み、指から血を滴らせる。


 そしてそれを目の前に跪く静流に差し出す。

 静流は指に口づけをするかのように血を啜った。


「忠誠を!」


 そう言って、俺は静流の頬を軽く叩くと魔法陣が光を失う。

 契約完了だ。

 本当にこんなことして大丈夫だったのだろうか。

 ……彼女に殺される恐れは無くなったが、もう色々と引き返せなくなってしまったような。

 もう姫乃との許嫁ってだけで詰んでいるのに。


「……ありがとうございます」


 静流はそう言うと、恭しくこうべを垂れた。


「……不束者ですがどうぞよろしくお願いします」


 これじゃあまるで、結婚ではないか。

 そんな突っ込みを入れたくもなるも、今は未だ床に消えない魔法陣をどう綺麗に消すか考えなければならない。


 ……姫乃になんと言ったら……あいつ怒るだろうなぁ。

 なんて思っていたその時。


「……へ?」


 自分の身体の力が抜け、その場に崩れ落ちた。

 何が起こったのか、よくわからない。


 頭を床に打ち付けた衝撃からか、意識がどんどんと遠のく。

 ……あっ……これは、ダメだ。




ーーーーーーーーーー


 怖かった。

 ただその一言に尽きた。

 ()()()を見るだけで吐き気がした。

 あんなにやめてくれと言ったのに、やめてくれなかった男だ。


 だが、それは全て幻だった。

 今の彼は()()()とは思えないほど、温厚だ。

 それに失ったはずの四肢もある。

 私が幻術にかけられていた、というのも納得できる。


 だけど、身体が心が彼に恐怖するのだ。

 頭でわかっていたとしても。

 あの恐怖は忘れられるはずもない。


 私から全てを奪ったのだ。

 それは女としての純情だけでなく、己の誇りすらも。

 あの名門、三雲の子女が何を言っていると言われるかもしれない。


 ……私はダメだったのだ。

 名門にふさわしい人間ではなかったのだ。

 ……何も出来なかった。


 一方、彼は……。


 格の違いというのを見せつけられたと言ってもいい。

 あの悪夢の中では私が一方的に嬲られていたから、私自身が術を解除するというのは立場的に難しかったと言えるかもしれない。

 しかし、私に彼のような覚悟があっただろうか。

 そのままでいれば相手は完全に壊れていたのだ。

 自分が手を下す必要はない。


 ただ、彼の立場からは楽しんでいればよかったのだ。


 それなのに、彼は私を助けた。助けた私に殺される可能性もあったというのに。

 しかも、自分の腹にナイフを刺すという荒業で。


 私にそんな事、出来るだろうか。いや、出来ない。

 そんな発想は浮かばないだろう。

 相手が壊れたのを見て、自分だけ助かる。

 そんな()()()選択をしていただろう。


 それは本当に名門の一員がやることなのか。


 私は愚者だったのだ。

 そもそも、彼に決闘を挑んだのは何故だったのか。

 それは、彼が三雲に桜花を引き入れ、あの伝統と格式ある三雲を破壊しようとしたからだ。


 ……本当にそれは命を賭けるほどの理由だったのだろうか。


 彼は三雲なんてどうでもいいと言っていた。

 ……三雲を知らない彼には、三雲を押し付けるのはお門違いなのではないか。

 それに、もう三雲は息も絶え絶えだ。

 ()()()()でまともである三雲の人間は私と妹、それに遠縁の親族が数えるほどしかいない。

 もう……三雲は単独で名家を維持するだけの力はない。

 だから、他家を引き入れて家を再建するというのも悪手ではないのだ。

 頭ごなしに否定されるべきものではない。


 私はポッと出の彼に嫉妬していたのかもしれない。

 彼は私に無いものを持っていたのだ。

 三雲家次期当主になるにふさわしい血脈。

 魔法協会に顔が利く、ヒルデガルドと桜花家へのパイプ。

 そして、入学初日にあの桜花家次期当主だった桜花姫乃を倒した事による名声。

 今となっては、姫乃を倒した事は八百長が疑われるが、学園で出回っている決闘映像を見る限り、どちらかが気を抜いたとは思えない。


 あの悪夢は、私の全てが打ち砕かれるものだった。

 今まで、私の生きてきた人生が全て否定されたのだ。


 もう、私は……何をすればいいのだろうか。

 三雲の家の件は彼に任せておけば、なんとかなるだろう。

 私なんかが率先して何かするより適任だ。


 私が出来ること……私が出来ることは……何もない。

 だから、せめても三雲をどんな形であれ再建してくれるであろう彼の力になろうと思った。


 そして、自分の身体と心を安心させるためにこの従者契約は必須のものだった。

 これであの悪夢は起こり得ない、もう二度と。


 彼はもう私に無理やりあんな事をすることは出来ないのだ。

 もう、それだけで少し身体が軽くなるのだった。


 しかし、そんな満足感とも安心感とも言える感情を抱けたのは、ほんの一瞬だった。

 目の前で彼がドサリと倒れたのである。


「……え? ……な……んで?」


 わけがわからない。

 今まで彼は元気で私の世話をしてくれていたし、従者契約も上手くいったはずだ。


 解放されたはずの心が再び何か黒いものに取り憑かれる。


「私は……わ……たしは……」


 駄目だ、駄目だ、駄目だ。

 彼が倒れては駄目なのだ。


 彼が倒れたらこれから三雲家はどうなるのだ。

 それに私は……私はどうなる。


 もう、彼なしでは私はどうしたら分からないのだ。


 今までに感じた事がないような不安感が私を襲う。


「……ねぇ、しっかり! ……ねぇ! ……お願い……しっかりして!」


 溢れ出す涙、気付けば私は倒れた彼を必死に揺すっていた。

 もちろん、反応は無い。

 呼吸は……しているようだが、浅い。それに顔色も見る見るうちに青ざめていく。

 いつ止まってもおかしくない。

 何故だ、何故こんなことに。


 どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 私は、私はどうすれば。


「……起きて、起きてよぉ。……あなたがいないと……わたし……」


 ふと、脳裏に浮かんだのは彼が苦悶の表情で腹部にナイフを刺している姿。

 そして、あの悪夢の中で一瞬、見せた彼の優しそうな笑顔。助けてやるの一言。

 あんな状況でも彼は優しく私の頬に触れたのだ。


 …………はっ!

 何をやっているんだ!三雲(ミクモ)静流(シズル)

 私は夢破れた程度で恩人を見放すほど、落ちぶれたのか!

 否!否である!


 私は、絶対にこの人を死なせてはいけない!


 あの笑顔に応えなければ、私はそれこそ存在価値を失う。

 ……冷静に、冷静になるんだ。


 彼が倒れたのは、従者契約の後、すぐにだ。

 その前はピンピンしていた。

 特に体調に問題は無さそうだったような気がする。


 ということは、魔法を行使した後に倒れた……まさか!


 私は急ぎ、彼に口づけし自分の魔力を流し込む。

 私の考えが正しければ、これで彼は助かるはず。


 すると、次第に彼の呼吸が安定し、顔色も徐々に良くなってきたのだった。


「……魔力切れ。 ……しかも、自分の魔法回路を維持できなくなる程に」


 これが意味するところは一つ。

 魔力量が絶対的に少ないという事だ。

 魔法回路が維持できなくなるほど魔力を使うなんて普通の魔法使いであればあり得ない。


 それは、数分あれば回復する程度の魔力で回路は維持できるからだ。

 それを踏まえると、先に私との戦闘があったとはいえ、従者契約程度の魔法で魔力が枯渇するなんて普通はあり得ないのだ。


 あり得るとすると魔力が少ない、それも初級魔法すら使えない程に。


 もし、彼がそうだとしたら…….何故、兄である零一と生き別れになったか理由がつく。


 魔法の名家にはそんな存在は必要とされない。

 むしろ、厄介者である。

 時代が時代ならば、彼は()()されていたかもしれない。


 生かされたのは、両親からの唯一の慈悲か。

 それでも、彼を捨てたことに変わりは無いのだ。

 それは、この世界に足を突っ込んだ彼ならば分かるだろう。


 それでもなお、『十五の年に一度会える』という両親との約束を大事にしていたのだ。

 ……親の愛というものに飢えていたのだろうか。

 それとも、情が深いのか。


 どちらにせよ、


「……馬鹿だ。 ……馬鹿であることに変わりない」


 そんな淡い希望の所為で彼は修羅の鬼となったのだ。

 自分の居場所すら焼き尽くす炎を纏って。


 彼は足りないものだらけだったのだ。

 おそらく、私以上に。

 それでも、彼は独力で補ったのだ。

 様々な代償を犠牲にして。

 自らの地位を確立するために、三雲家を代償に桜花やヒルデガルドと手を組み、自らの身体と引き換えにあの禍々しい魔剣と契約して力を得た。


 彼は何かを失わなければ、私達と同じ場所にたてなかったのだ。


 やはり、私はこの人にはかなわない。


 では、私が出来る事、私が彼の不足を補える事は何だろう。

 彼はこのまま進めば、私という障害が無くなった今、三雲家を手中に収める事が出来る。


 そこで問題になるのはーーー



ーーーーーーーーーー



「んっ? ……静流?」


 あれ?この光景はデジャブかもしれない。

 ぴよぴよと窓の方から聞こえてきたので、もう朝か。

 窓から差し込む柔らかな日差しも朝日ならば納得である。

 目覚めると、そこには見慣れてきた天井。

 俺がいるのはおそらく、自室のベッドであろう。

 感覚がそう言っている。

 そして、見慣れてきた女性の裸体。


「起きたか。 ……私は決めたぞ、()()!」


 どこか昨日とは違って、少し覇気を取り戻した静流がそこに居た。

 えぇっ……と、昨日は確か、彼女と従者契約をして……そこから先の記憶が無い。

 それに、どこか身体が怠い。

 体内の血流が悪いような感覚。おそらく、魔力が欠乏しかかっているのだろうか。


 姫乃がこの家を出る前に、数日分の魔力は指輪の方に蓄積していたはずなのだが、どうやら昨日の戦闘でのあの魔剣が相当燃費が悪かったようだ。

 指輪から魔力を引っ張り出そうとしても、反応しない。


 そうだとすると、昨日の従者契約は俺の持っている本来の魔力で行われた事になる。

 …….そりゃ、倒れるわな。


 俺の息が絶えてないところを見ると、どうやら静流が魔力供給をしてくれたのかもしれない。

 まさか、俺と姫乃がやっているような方法で!?

 ……それはそれで色々と不味いような。


 まぁ、今はそれよりも、何故彼女は裸なのかが問題だ。

 既に俺には魔法回路が実装されているため、肌を重ね合わす必要は無いのだが。

 もしかして、魔力供給とは……少しあれな方で行われたのだろうか。

 そんな……奪われた!?

 いや、あの幻術の中で奪っときながら俺は何を言っているんだろう。

 奪ったんだ、奪われても文句は言えないだろう。


 まったく、何の理論だと突っ込みたくなるが。


 ……ふう、姫乃の時とは違い、色々と彼女の裸体には耐性があったため、少し冷静になれている自分がいる。

 もちろん、下半身は決して冷静ではなかったのだが。


「……決めた?」


 まず、彼女が何を決めたのかを探りたい。

 こういう場合は、現状把握が一番大事だ。


「私はお前の子を作る!」


 突然過ぎる。

 何をトチ狂ってるんだ彼女は。

 ついにイカレタか。


「は? ……な、何を言っていらっしゃる」


「では、早速ーーー」


 容赦なく、布団の中の俺の下半身へ向かう静流。

 惜しいが、理由が分からないままというのも納得がいかない。

 必死で彼女の頭を掴んで防戦する。


「いやいや、何が早速なの!? ねぇ!」


「雪人、お前と戦う三雲は私一人で十分だ」


 キリッとした表情で宣言する静流。

 その表情だけならば、絵になりそうではあるが、彼女の手つきは非常に怪しいものである。

 左手が俺の下半身を攻めようとしているのを必死で掴んで止める。

 完全なる貞操の危機である。


「は、はぁ。 ……こちらからもそう言ってくれると助かりますが」


「だが、お前は本来、従兄弟である筈の私ですら知らない存在だ。 いくら理事長の後押しがあったとしても、一族に容易には迎えられないだろう」


 今度は彼女の右手が俺を狙う。

 もちろん、それも防ぐ。

 せめて真面目な話をしている時ぐらいは大人しくして欲しい。


「まぁ……そうなるなぁ」


「そこでだ。 重要になってくるのが、この私だ。 よかったな、私が女で」


 どこかドヤ顔の静流。


「……すまん、話が見えないんだが」


「仮にお前が三雲家当主になったとしても、その子供が皆が認めるような血筋ならば、一族は文句は言わないだろう」


「それは……一代限りならば余所者でも許されるとでも?」


「そうだ。 ……このまま行くと私が三雲家の当主を継ぐ事になっていたからな。私との子であれば文句はあるまい」


「ちょ……ちょっと待て! それだと姫乃は、桜花家はどうなる?」


 桜花家は三雲家の簒奪を狙っている。

 少なくとも俺と姫乃の子を次期三雲家当主にしたいとの思惑があってこその許嫁だった。


「大丈夫だ。 三雲家は長子が本家筋になる。 私が先にお前の長子を孕めば問題はない。 桜花家との子は分家筋になってもらえば問題は無いだろう。 三雲との縁は切れる事はない。 もっとも、乗っ取る事はできんがな」


 はははっ、と一本取ったぞ、という表情の静流。

 まぁ、確かに対外的には乗っ取りを宣言するものではなく、縁戚関係を結ぶためではあるが。

 ……桜花家が黙ってるはず無いだろうな。

 それにヒルデガルドも何でも言うか。


 もう、それは正に修羅の道と言えるような選択だった。


「……そ、それはわかるが。 その、ほら、静流も女の子なんだし、自分をもっと大切に……」


 ここは一つ、どっかのフェミニスト主人公の如くこの場を乗り切るしかない!


「はぁ? どの口が言うか! あの幻術の中であれだけ好き放題しといて……もう、私に純情なんてものはないっ! それに従者契約をしてしまったんだ、もうお前以外を選べるはずが無いだろう! ……責任を、責任を取ってもらうぞ!」


 ですよねー。

 確かに従者契約というのは、簡単に解除できるようなものではないし、本来、夫婦間で行われる事が多いですし。


「……いや、責任と言われても……」


「私には三雲の為に長子を孕まねばならぬという使命がある! いざっ!」


 再び、俺の下半身に突撃する静流。

 やばい、彼女は本気だ!


「いざっ! じゃない、あぁ、そこはっ!」


 防戦中だった下半身を隠す毛布が剥ぎ取られ。

 獣となった息子が露わになる。


「……ふふ、身体は正直だな」


 ですよねー。

 こんな美少女相手に何も起きないとか、そこまで枯れてないし、不健全でもない。

 生物学的には彼女だけでなく、俺も適齢期なのだ。

 何が、とは言わないが。


「そっ、それは朝の生理現象だからしょうがないんだっ! 健全な男なら朝はそうなるっ!」


 破れかぶれの言い訳。


 ただ、その時、俺は気づいてしまった。

 下半身を狙う彼女が言葉とは裏腹に身体が震えていた事を。

 俺がそれに気づいた事を悟ったのか、彼女は顔を少し逸らす。

 無理もない。あの悪夢は彼女から全てを奪ったのだ。


 俺は優しく彼女を抱き留めた。

 別に性的な目的ではない。

 あの悪夢とは異なると暗に示す為に。


「……すまない。 ……あの、あの……光景を思い出してしまうんだ」


 彼女の表情は見えない。

 おそらく、嗚咽混じりの顔は今は俺には見せたくないだろう。


 今は、今はこれでいいのかもしれない。


「無理もないさ。 ……ゆっくり、克服していけばいい」


 あの時、好き放題したのだ。

 何を今更と言えるかもしれないが。

 ただ、目下重大な問題が隠されていた。


「……でも、朝の魔力供給はして欲しいかなって、ほら、俺は実はーーー」


 このままだと一両日中には、俺は己の魔法回路によって殺される事だろう。

 頼りの姫乃がいない現状、頼めるのは彼女しかいなかった。

 それに従者契約をした手前、彼女からの魔力供給が一番効率がいいのだ。

 もっとも、その意図は彼女には知られていたようで。


「知っている。 そんな事言わなくてもいいーーー」


 そう言って彼女の方から唇を重ねてきたのだった。


 ……はぁ、まさか俺が魔力が少ないという事も彼女に知られてしまったのか。

 そうだとすると、敵には回せないし……そもそも、彼女が子作りをすると言い出したのは、これが原因か。


 いつか俺が魔力が少ない事がバレて三雲を追い出されるのではないか、と危惧したのではないだろうか。

 静流と既成事実が出来てしまえば、一族は文句言えないだろうと。


 最初は俺の事をいきなり殺しにくる物騒な女という認識だったが。

 どうしてどうして、彼女はこんなにも優しい女性だったのだろうか。


 まったく、これでは彼女を無下に扱う事は出来ないではないか。


 俺は彼女と唇を重ね合わせながら、今後、どう姫乃を説得するかを考えるのだった。



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