偽りの魔法使いⅧ
俺は何をやっているんだろうか。
ふと、そんな事を思った。
目の前には少女泣き顔。
彼女は三雲静流、俺に決闘を挑んできた少女だ。
ふひ、と唇の端がつり上がり、彼女の顔面に再び拳を振り落とす。
何を、何をやっているんだ俺は。
もう既に元の美少女の面影がなくなるほど、腫れ上がった彼女を前に何故、快楽を覚えるのだろうか。
四肢が切断された彼女は見るも無残、かろうじて読み取れる彼女の表情を見れば、完全なる無抵抗。
既に俺に屈服した状態だ。
これ以上、痛めつけて何になる。
どちらかが死ぬまで終わらぬ決闘。
それは静流が勝手に言い出した訳で、俺がその通りにする義理など無い。
それに、もう彼女は放っておいても死ぬではないか。
何故、追い討ちをかける。
楽しいから?
いつからだ、いつから、俺はそんな快楽殺人者になった。
美少女の顔なんて殴ったら元の美しさが台無しではないか。
それに、俺は足フェチだ。
相手の足を斬り落とすなんて持っての他だ。
特に俺は……これは姫乃には秘密であるが、静流のすらっとしつつも程よい肉付きで黒ストッキングがよく似合うそのおみ足に……ぶっちゃけ欲情していた。
なのに何故!
そもそも、美少女は愛でるもの、決していたぶるものではない。
あぁ、これは俺ではない。
俺であるはずが無いんだ!
(おお……我の契約者は変態であったか。……ははっ! それも一興)
それはふとした瞬間、奇跡的な理性だった。
何か声が聞こえたような気がするが、今はどうでもいい。
一瞬、目の前の風景が歪む。
見えたのは、太刀を構えて対面する静流。
あぁ、そうか、これは。
ジル先生に感謝しなければならない。
ちょうど、今日、授業でやったところだった。
本来であれば太刀を握ってはいない左手に意識を集中させる。
ありったけの体内の魔力をそこへ流し込む。
すると激痛。
本来であれば感じる手首の痛み。
先程まで感じなかった痛みが突如として身体を駆け巡った。
ヒルデガルドから渡された妖刀と契約した時の傷だ。
あぁ、やはり俺の予測は正しかった。
痛みを感じた右手から肩にかけてがこの世界から消える。
今、俺は右腕が無くなった状態だ。
何故ならば、ここは幻想。俺達はあの妖刀の幻術を受けていたのだ。
瀕死の静流の頬を優しく触れる。
何か呟いていたようだが、既に喉を潰していた事から何を言っているかはわからない。
「ーーー今、助ける」
何処からか聞こえてくる、鈍い音。
ふざけるな、契約者まで巻き込む奴がどこにいるんだ。
眩い光に一瞬、包まれると俺は、地面に倒れ込んでいた。
目の前には、穴という穴から吹き出せるものを全て吹き出してへたり込んでいる静流。
既に握っていた太刀は落とし、目も虚ろだ。
……完全に、壊れていなければいいのだが。
(ふむ、中々やるな、お前。 色々……言いたいこともあるが、合格といったところか)
そんな妖刀の上から目線の声が聞こえる。
こいつが実体化していたら二、三発、本気で殴っているというのに。
「ふざけんな……このじゃじゃ馬が! 人の身体で好き勝手すんじゃねえ!」
(くっくく、だが決闘には勝てただろ?)
「はぁ……はぁ……それは結果論だ。 お前には再び眠りについてもらうっ!」
そう言って俺は隣に転がっている鞘に太刀を収めようとする。
今まで勝手に出てこなかった事を考えれば、おそらくこのやばい奴は鞘に収めれば、力を行使出来ない筈だ。
(ふふっ、お前の考えはよく分かる。 我を鞘に収めればどうにかなると思っているだろ?)
「なっ!」
(ふ、安心しろ、間違いでは無いさ。 だが、それは今はという限定的ではあるがな)
「限定的だと? ……まさか、お前、表に出てくるつもりじゃ……」
そんな不穏な台詞。
もうアナタは懲り懲りなのですが……。
大人しく、眠りについてもらえませんかね。
(それもまた一興。 最近、表に出ていないからな。 お前、我と契約した事を忘れたのか?)
そんな興はやめて欲しい。
それに契約って……そうか。そう言えば、左手の手首を切って盛大に契約したんだっけ……。
現に左手首が流血してるから、あの段階はまだ幻術に陥ってなかったのだ。
「……マジかよ」
(そう焦らなくても大丈夫だ。 我にも色々準備があるからな。 今日のところは大人しくしようじゃないか)
「……助かる」
今日のところはという一点を除けば。
(……ふむ、では、さらばだ。 次の闘争を期待している)
太刀を完全に鞘に収めると今日のところは、えーっと、太刀に取り憑く何某は消えて言った。
次の闘争はありません。
……もう、この太刀使わんどこうかな。
それはそれで、何某かに憑き殺されそうであるが。
表に出るとは、どういう意味なのか。
勝手に俺の身体でも乗っ取るつもりか。
疑問は尽きないが、今は心の内にとどめておこう。
ただ、今は大人しく引き下がってくれて助かった。
まだ、問題は解決していないのだ。
力の入らない身体に無理に力を入れ立ちあがる。
先ずは静流をどうにかしないと。
色々ビタビタであるし、壊れては無いと思うが……色々精神的にヤバそうだ。
その時だった。
パチパチパチと乾いた拍手が背後から聞こえる。
振り返るとそこにはーーー
「いやはや、お見事です。 授業の復習は、バッチリですね。 ただ、それを刺す位置はもう少し右側がいいかと」
ジル先生がいた。
不敵な笑みを浮かべながら木に寄りかかっている。
……やめて下さい、そんな黒幕みたいな登場の仕方。
「っ、先生!」
この人は何処から見ていたのだろうか。
俺の腹部に刺さる物を見て、どこかテンションを上げているようだ。
薄々感づいていたが、この人かなりやばい人なのではないだろうか。
現在、俺の腹部には今日の召喚系魔法の授業で使った儀礼用ナイフが刺さっている。
幻術を解くには、痛みが一番いい。
それを教えたのは、ジル先生の今日の授業だった。
強い幻術には、腎臓の当たりをナイフで刺すといい、というのを俺は実践したのだ。
何故、腎臓なのか。
それは単に痛いからである。
「とりあえず、その怪我の手当てをしましょう。 ……奥の子は治しようが無いですが。 サラ、治しておやりなさい」
ジル先生がそう言うと、木陰からぬっと現れたのはこの学園の女子生徒。
ネクタイの色が同じなので、同じ一年だ。
見覚えはない。
そして、どこから出てきたお前。
移動系の魔法だろうか。
彼女は、小学生、いや、中学に入ったばかりと見紛うほどの小柄な少女だった。
完全に俺の外角低め、ギリギリストライクゾーンの外だった。
もしかしたら、審判によって、いや、そんな事は今はどうでもいい。
「……わかった」
そう言うと、サラと呼ばれた少女は無表情で俺の腹部に刺さったナイフを容赦なく抜き取った。
「がはっ!ぐっ、痛ぇ……。おま、抜くなら抜くと言えよ」
こういうのは覚悟が必要なのだ。
というか痛ぇ!
漫画とかアニメで主人公はこれぐらい大した事ない、とか言ってるけど死ぬほど痛い。
めっちゃ痛い。死ぬ、マジで死ぬ!
「……こういうのは一気に抜いてしまったほうがいい。 ……意識すると余計痛い」
ごもっとも、ではあるかもしれない。
だが、痛いものは痛いのだ。
彼女に敵意が無いことはよくわかった。
何だかんだで俺はこれでも二度の決闘を経験している。
相手の敵意の有無ぐらいは何となく感じ取れるようになっていた。
患部に手を当て魔力を流し込むサラ。
「ーーーこれは?」
魔力供給とは違う。
身体の中に魔力が入ると言った感覚ではなく、表層をなぞるようなーーー
「……治癒魔法」
「おやおや、三雲君は治癒魔法は初めてですか?」
「……はい」
どこか驚きの表情のジル先生。
たが、どこか嬉しそうだ。
「まぁ、術者にとって適正の有無はありますからね。 いい機会です。 サラのをよく見とくように。 治癒魔法は見るより、感じた方が勉強になりますからね」
それは確かにと思う。
魔法を構成する魔力の流れというものは、一度実感できると再現しやすい。
何というか、感覚的にどうすればいいのかわかるのだ。
魔法回路のおかげだろうか。
おそらく、魔力供給なんかもやろうと思えば俺は出来るだろう。
ただ、相手に分け与えるだけの魔力なんてのは無いのだが。
みるみる内に腹部の傷口が塞がっていく。
このサラという少女、中々の術者だ。
既に腹部には傷一つない。
「……腹部は終わり。……でも、筋肉がほとんど無くなった状態だから、数日したら鍛える事をオススメする」
「ふふ、サラの治癒魔法は優秀ですよ。 それこそ、そこら辺のヤブ医者なんかよりも」
どこか自慢気に話すジル先生。
彼女とジル先生は一体、どのような関係なのだろうか。
親子、というには顔が違いすぎるし、単に教え子というには、この場にいるのが少々不可解である。
だが、そんな詮索よりも今は優先すべき事があった。
「先生、彼女は……」
サラが手首の傷を完全に癒した頃、俺は完全に瞳の焦点が定まってない静流に目を向ける。
……個人的には、俺よりもあっちの方がヤバい気がするのだが。
「あぁ、彼女ですか。 まぁ、因果応報ですよね。 自分で決闘を挑んだのですから。 ふう……残念ながら彼女は施しようがありませんね」
大げさに肩をすくめる。
何か解決法は知っていそうだが、静流を見る目はどこか侮蔑の表情だった。
まさに自業自得だと言わんばかりだ。
……なんかこの人の俺に対する好感度の高さが怖い。
……背後には気を付けるようにしよう。
「……施しようがない?」
「えぇ、おそらくあれは幻術の影響による精神的なもの。 治癒魔法の守備範囲外ですよ」
「先生、それでは……彼女は……」
「時間が解決してくれるんではないでしょうか? まぁ、私は精神科医では無いのでなんとも。 三雲君に一任しますよ」
そう言って、ジル先生が投げてきたのは二つの試験管。
中身の色は紫の蛍光色である。
これは、これは。
飲んではいけないような見た目である。
「先生、これは?」
「一定時間、周囲に自分の姿が認識されなくなる薬です。 まぁ、索敵魔法を使えば一発でバレますけど、学園内で使う物好きはあまりいないでしょう」
血だらけの制服である現状、とても有り難いのだが……。
「何故、これを?」
「そこの三雲さんをあなたが運ぶ為ですよ」
「……俺が、ですか……」
「こんな明らか、決闘しましたという生徒を私が医務室に運ぶわけにはいかないでしょう。 私も教師である手前、君達に一定の処分を下さなければなりますし、それに伴う書類仕事も大変ですし」
絶対、後者が主な理由な気がする。
……とんでもなく厄介な仕事を押し付けられてしまった。
目の前の静流は、もうなんと言うか。
……好き放題された感じなのである。
まぁ、好き放題したのだけど。
良くわからない満足感が俺の罪悪感を苛む。
おそらく、ジル先生は人の目を気にする必要が無いように先程の薬を渡したのだ。
だから、二人分ある。
「あっ、医務室はダメですよ。 記録が残っちゃうと大変なので。 彼女は外傷がないので、とりあえず、三雲君の寮に運び込むのなんてどうでしょう?従兄弟なのだし」
うぐっ、それを言われると断れない。
そういう、話になっているのだから。
まぁ、家で引き取りますと言うのが普通なのだろう。
それに何故か、彼女は一般生徒。
特待生では無いので一部屋二人一組の一般学生寮だ。
いくら認識されないからといっても隠して通せるはずがない。
確かに、俺の特待生用のマンションに連れ込むのは最善手である。
……今日はちょうど姫乃が実家に帰ってていないしな。
「……わかりました」
こんな状態の静流と二人っきり。
色々とマズイような気がするが今は仕方ない。
とりあえず、彼女を身綺麗にする必要がある。
「一般寮の方には私から連絡しときます。 休日を利用して実家に帰ったと。 ……来週まで響いたら、まぁ、その時考えます。 この現場の処理は私達がやっときますから、三雲君は早く彼女を連れてって下さい。 下手に誰かに見られて噂になるのはマズイですから。 それに汚いですし、私潔癖なんですよ」
それは生徒に対して言っては不味い発言なのでは?
まぁ、授業を見ていてもこの人は口が悪い。
傑のことを、そこの頭悪そうな人、と言ったり様々だ。
それにしても、なんでジル先生はこんな手際がいいのだろうか。
全く焦ったという表情でもない。
むしろ楽しんでいるといった感じだ。
まさか、俺が先生の掌の中で踊っている……なんてのは考え過ぎだろうか。
だが、今は助かる。
今は彼の厚意に甘えるべきだろう。
色々と警戒しなければならない人物である事に変わりないが。
理事長に相談……いや、彼女も色々怪しいし。
結局は信じられるのは己のみ。
自分の足で地道に真実を探るしかないという事か。
まるで、刑事になったような感覚だ。
俺はただの一般人だというのに。
「……はぁ。 じゃあ静流を持って帰りますね」
そんな、言葉だけ聞いたら色々と勘違いされそうな事を言い放ち、俺は目の前の虚ろな彼女を背負った。
すると、ズシリと彼女の全体重が俺にかかったのだ。
まったくもって遠慮がない。
……これは。
完全に力が抜けている。
そこで気づいた。
彼女は瞳を開いたまま気絶していたと。
そのまま運ぶのもなんだし、彼女の瞳を閉じる。
ついでの例の薬品も飲ませる。
気絶した美少女の口に無理矢理、何かを突っ込むというのはなんだか……。
性的興奮を覚えるものである。
まったく、けしからんな。
うりうり。
そんな興奮もジル先生の薬のせいで台無しだった。
ヒルデガルドの薬程ではないが、とんでもない薬品臭だ。
それに今度はしょっぱい。
まるで塩の塊を丸ごと食っているかのようだ。
必死に唾液を分泌して、口の中を薄めようと努力するも効果のほどは大したことない。
……あぁ、水が欲しい。
その表情をどこか楽しげに笑っているジル先生。
このマッドサイエンティストめ。
今度こそ俺は、静流の手足をガッチリとホールドして背負い上げる。
「では、先に失礼します」
とジル先生に言い放って。
「あぁ、最後に。連日の戦い、お見事でしたよ。 さしずめ、偽りの魔法使いと言ったところでしょうか。 今後も期待してますよ」
おそらく、既に俺達の事は認識出来ていないのだろう。
ジル先生がどこか虚空を見つめ、手を振ったのだった。
本当に得体の知れない先生である。
それに連日の戦いって、もしかして全部見られていたのだろうか。
今日の件といい、ジル先生は何者なんだ?
俺は夜の帳が下りかけている西の空を眺めながら、考えを巡らすのだった。
もちろん、答えは出なかったが。
ーーーーーーーーーー
美少女を背負って帰るというのは中々にいいものである。
ただし、乾いた美少女であれば。
何を言ってるんだと、思われるかもしれない。
だが、事実だ。
俺が背負っていたのは、様々な液体で濡れるに濡れた静流。
もしその光景を見られでもしたら、周囲からは何と思われるだろうか。
そんな恐れを抱きながらも、無事に誰かに気付かれる事なく、寮の自室に到着した。
その頃には、俺の着ていた制服も静流の液体のせいでびしょびしょに濡れていた。
この時ばかりは姫乃の協力が得られないことを残念に思ったものだ。
俺は自分と静流の制服を剥ぎ取ると、急いで洗濯機の中にぶち込んだ。
リビングのソファーには、下着すらも取り払ってあられもない姿の静流。
もっとも、今は色々と百年の恋も冷める状況だ。
多少は欲情するものの、暖かいお湯を絞ったタオルで静流の身体を満遍なく拭く。
拭く、拭く、拭く。
ほう、女性の身体はこうなっているのか。ほう興味深い。
もう大事なところがなんのとか言っている暇ではない。
大事なことなので二度言うが、そんな暇が無いのだ。
一刻も早く、綺麗にしたいし、俺も綺麗になりたい。
その一心で彼女の身体を丁寧に拭いていた。
別に雑念はない。無いったらないのだ。
今は緊急時なので、静流には、少し小さいが姫乃の部屋から借りてきたパンツを履かせ、俺の私服のTシャツを着させる。
残念ながら、彼女は姫乃よりも身長が大きいため姫乃の洋服では少し丈が足りなかった。
……ふむ、連れ込んだ以上、何か洋服を買ってきた方が良さそうだ。
サイズは制服を見ればわかるし、今の時間ならば駅前の衣料品店が空いているはずだ。
それに夕飯の買い物もしないとな。
姫乃が何だかんだ言って夕飯は作ってくれてるらしいが、それは一人分。
静流の分は無い。
こんな状態で寮に帰すわけにはいかないからなぁ。
俺はやっとの思いで静流を綺麗にすると、自らの汚れた身体をシャワーで綺麗にし買い物に向かうことにした。
ちょうど、その買い物から帰って来た時、静流の意識が覚醒したのだった。
「ひっ! ………こっ、ここは?」
俺を殺すと息巻いていた強気の彼女は何処へやら。
可愛い悲鳴を上げ、かけられていた毛布で自らの身体を隠す。
まぁ、無理もない、あんな幻術を体験したのだから。
特に年頃の女の子には過酷だったろうに。
まったく、あの太刀に憑いている奴はろくでもないな。
本当にケシカラン。
「起きたか。 ……大丈夫か?」
静流はドタンとソファーから転げ落ちて、壁際まで後ずさる。
おう……やっぱり、そういう反応ですよね。
幻術の中で俺がやった事は俺自身がよく理解している。
ほぼ、無意識とはいえ、罪悪感というものは中々消えてくれないものである。
「はぁ……俺達はアイツの幻術をかけられていたんだ。 現実には怪我はしていないはずだ」
俺は負傷したのだけど。
……そう思うと色々納得できない事が多い。
もしかしなくても、俺は悪くないのではないか。
「ひっ! ……げ、幻術?」
静流は、全身を弄る。そこには失ったはずの四肢があり、身体には目立った傷は無かった。
そう言えば、彼女の身体には古傷が多々あり、過酷な修行か何かを経てきた事が明らかだった。
そんな彼女を一瞬で幻術に陥らせるあの太刀も中々のものであるが、三雲という一族、相当に武闘派である。
本当に面倒くさい案件に首を突っ込んだものである。
「……落ち着いたらでいい。 服は買ってきたからここに置くぞ」
いくら妹がいるとはいえ、男一人で女性ものの洋服を購入するのは中々に過酷なミッションだ。
他の女性客から色々と白い目で見られながらも、何とかこなす事が出来たのだった。
下着を選んでいる時に、同じ学園の女子生徒が通り過ぎた時はマジで焦ったが。
……気づかれていない事を祈りたい。
「ひっ! ……ありがと」
俺を殺そうとしていたのに、随分と可愛くなったものである。
服を取ろうとソファーに近づくも、俺と目が合い再び後ずさる。
おいおい、もっと感謝してくれよ。お陰で今月の小遣いがピンチなんだぜ。
ははははっ!
……姫乃様に借りるかな。
土下座すれば、ワンチャンあるかもしれない。
「……身体は一応拭いておいた。 だけど、まぁ……色々あったからな、風呂は沸いてるから先に入ってくれ」
具体的に何がどうとは口が裂けても言えない。
年頃の乙女が晒してはいけないような姿だったのだ。
俺はタオルを静流に投げると風呂へ促した。
……拭いたとはいえ、まだ少し臭うのだ。
何かとは言えぬが。
「……わかった」
おずおずと俺が指差した浴室の方向に向かう静流。
彼女が完全に部屋に入ったのを確認し……よし!
数日過ごしてみてわかった事であるが、この部屋で一緒に住んでいる桜花姫乃は潔癖なのだ。
そして……臭いにも敏感な面倒くさい女である。
何だかんだで人のこと汗臭いだの何だのと、まだウチの妹のほうが大人しい。
もっとも、ウチの妹はアレはアレで野生児みたいで色々と困るのだが。
彼女が帰ってくるのは早くても明日の夜だろうか。
一応、ゆっくりしてこいと言って送り出したので日曜日の夕方あたりかもしれない。
どちらにせよ、この部屋を汚く使う事は許されなかった。
俺は急いで窓を開けると、百均で購入した容器に詰め替えた消毒用アルコールを片手にソファーを丁寧に拭き始めるのだった。
もちろん、部屋の消臭剤も買ってきてある。
まったく、とんでもないものを引き入れてしまった。
……役得はあったのだが。
まぁ、色々とスッキリしたから帳尻は合うのかもしれない。
ははっ!