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偽りの魔法使いⅤ


 とりあえずだ、俺は姫乃の手によって魔法回路というのを実装されたらしい。

 しかも桜花家謹製の魔法回路だという。

 火系魔法に特化している云々。これで俺も魔法使いの一員になったのであるが……。


 残念ながら生まれながらのパンピーである俺は、体内に貯蓄できる魔力も生成できる魔力も初級魔法一回分すら無いため、魔法回路なんて物があっても実際に魔法を使うことが出来ないんだとか。

 じゃあ意味ないじゃんなんて愚痴りたくもなるが、そこは流石に聞き分けの良い俺、ならば昨日みたいに魔道具に頼るかと思い、昨日の愚痴も合わせて理事長室に殴り込みをかけていた。


 もっとも、姫乃の裸とか色々と男子高校生として異性を意識してしまう事件があったせいか、あれ?嘘が突き通せれば、彼女と許嫁なんて関係もいいのではないか。

 いやむしろ、バッチコーイなのではないか。

 あんな美人な嫁、俺の普通の人生で見つけられるか、いや、無い。

 などと邪心を抱いてしまったせいで色々と理事長であるヒルデガルトに強く言えないのであった。


「ーーーというわけでして、新しい魔道具をくださらないかなーなんて思いまして」


「ちょっとアンタ、何いきなり低姿勢になってんのよ!昨日の件といい今日の件といい、理事長に一発かますとか言ってたじゃない!」


 一緒に文句を言いにいく、と言って聞かない姫乃も同席していた。

 隣で何か騒ぎ立てている。……なんだろうなぁ。


「おっ、おい姫乃。何言って、あはは、理事長、姫乃は少し錯乱しててですね……」


 こういうのは穏便に済ませるべきなのだ、色々と。


「ちょ!雪人何言って」


「はっはっは、わしの見立て通りじゃのう」


 何か微笑ましい光景を見ているように笑う幼女…………だったはずのヒルデガルト。

 何故か今日は大人な感じのお姉さんであった。

 年齢的には三十歳手前と言ったところだろうか。

 決して幼女とは言えない体型であった。

 ……なにが起こったんだ。

 ていうか、理事長の奴、姿を変えられたりするんだろうか。

 なんかそう考えるほうが自然な気がした。

 ……とうとう俺の頭も魔法に侵食されてきたらしい。

 まだ、二日目なのに。


「見立てってなんですか理事長!と・い・う・か!なんで私とこいつが許嫁になんてなってるんですかっ!」


 詰め寄る姫乃。無理もない、昨日の夜突然決まったのだ。

 お前の許嫁が決まった、さっそく一緒に住めと。

 覚悟もなにもあったものではない。


「いやーこちらも色々あってのう。すまぬすまぬ。まぁ、桜花家にもメリットのある話じゃしの。彼方カナタとエリーから話は行っていたじゃろ?」


 まったく悪びれた表情ではないヒルデガルト。

 どちらかというと、俺の方を見てにやりと笑う。

 お主の退路を塞いでやったわ、みたいな。

 

 ふむ、真っ向から反発したいが俺にも色々と利益があると分かってしまった以上、強くは出られないのだ。

 何となくだが、ヒルデガルトもそれを感じ取った上での笑みをこちらに向けている。

 お主も悪よのぅ、と。


 へっへっへ、越後屋さんほどじゃありませんぜ。


「ぐぬぬぬぬ……確かに電話で話したけども……」


「まぁ、いきなり納得しろとは言わん。徐々に……じゃ。まぁ、納得している奴もいるがの」


「へっ、俺?」


「ちょっと、アンタ!何納得してんのよ!」


「いや……その、だな。個人的にはこんな美人で可愛い女の子と暮らせるなんて贅沢だなーなんて思ったりして……」


「かっ、可愛いって……。なっ、何言ってんのよ!……わ、わたしはそんなんじゃ……」


 ふふふ、()()()計算通り。

 何となくではあるが、姫乃は直接的に行為を述べられると困惑するタイプだ。

 特にこういう恋愛ごとに対しては免疫がない。

 圧倒的に恋愛経験が少ないのだ。それに少し恋愛に夢見がちな部分もある。

 ある意味、それは彼女の弱点だ。


 もちろん、恋愛面については俺も例外ではないが、他人のそういった姿を見ていると妙に落ち着いてしまうのである。


「おうおう、いいノロケじゃの。……ところで、雪人よ。お主、魔法回路を作ったのかの?」


「ん?魔法回路?あぁ、昨日姫乃に作ってもらったんだ。……というか、昨日の魔道具で魔法を吸収したせいで魔力暴走起こして大変だったんだぞ!」


 この点は攻めるべきだろう。

 ……あれはマジで死ぬかと思った。


「はっはっは、まさか渡した初日に決闘なんて真似するわけなかろうと思ってな。それにいくら魔力の少ないお主でも直ぐに暴走するとは思わなんだ。はっはっは、すまぬな、許せ」


「許せって言われてもなぁ……」


「ちょっと、理事長!どういう事よ!昨日……雪人に魔法回路を作ってる時に気づいたんだけど、なんでコイツ魔力も無いのにこの学園に通ってるのよ!」


 ある意味確信に迫る問い。

 だが残念、理事長もグルなのだ。というか、むしろ主犯だ。


「ふむ……それには色々と事情があってな。まぁ、お主らの許嫁の話にも関係する。お主は三雲本家が皆殺しにされた事は知っているな?」


「ええ、もちろん。聞かされているわ、まさか……とは思ったけど」


「わしはこう見えてもな、三雲家には大恩がある身じゃ。三雲になにかあれば直ぐにでも駆けつける、それくらいじゃ。じゃが、残念ながらその三雲本家はわしのあずかり知らぬところで殺されてしまった。それを知ったのは最近じゃ。この情報はおそらく、三雲の分家が隠していた……としか思えぬ」


「……理事長はまさか、これが三雲家のお家騒動だと?」


「その線は否定できん。何せ三年間もその情報を秘匿していたのでな。わしが大恩があるのは今回皆殺しにされた本家筋の人間じゃ。いくら分家があるとは言え、本家の殺害容疑がある分家など当主にするのは、わしには到底認められるものではない。そこで、わしは雪人に白羽の矢を立てたのじゃ?」


「雪人に?……しかし、彼は魔法が……」


「あぁ、そうじゃ。そこにいる雪人は魔法の才能は無い、だから先代の当主の頼みでわしが一般人として生活できるように保護していた。魔法使いの名家に才能が無い者が生まれてはならない、それは同じ名家出身のお主にもわかろう」


 まぁ、そんな話、嘘ですけどね。


「……それは」


「……だが、雪人は乗ってくれたのじゃ、わしの三雲家再建計画に、魔法が使えないのにも関わらずにな。別に断ってくれても良かった。雪人にとっては顔も知らぬ親兄弟が殺されただけじゃしな」


「……俺にも思うところがある。……それだけだ」


 苦虫を噛み潰したような表情をする俺。

 ほう、そう来たか、と言った表情のヒルデガルド。

 意思の疎通はバッチリだった。


「……そうか、わしは止めはせんよ。わしは三雲家が再建されればそれでいい、それ以上は望まん」


「……そうか」


 俺とヒルデガルドの迫真の演技を見た姫乃は、気まずそうな表情で呟く。


「……雪人……私も出来る限り協力するから……」


 壮大な茶番の始まりだった。


「いや、やめてくれ。俺は君をこの件には関わらせたく無い。桜花家のバックアップがある……そう……思わせるだけで十分なんだ」


「でも……」


「俺は……折角、許嫁になってくれた君を傷つけたくはないんだ」


「……でも、でも、私は一応、アンタの許嫁よ!それに……魔法を使えないアンタなんかより使えるわ。出来る限り協力するわ……何処まで手伝えるかは分からないけど」


「それは有難い……だけど……」


 あれ?このやりとりはこのままだと無限ループじゃないか?

 チラリとヒルデガルドを一瞥し、助けをこう。


「んーごっほん。桜花、いや、姫乃よ。お主、そう言えば、雪人に魔法回路を作ったのだったな?」


「えっ?あぁ、そうだけど……」


「お主の事じゃ、その魔法回路というのは()()()()()()桜花家のものじゃろ?」


「……そうだけど……はっ!()()()()()()……まさか!」


「お主の思っている通りじゃ。魔法回路なんてのはあるだけで魔力を消費する、だが、それは魔法使いにとっては微々たるものじゃ。しかし、それは魔力がほとんど無い雪人にとってはどうじゃ?特に桜花家のあまり魔力消費を気にしない魔法回路だったら?」


 あっ、それ詰んでますわ。


「……雪人の持ってる魔力だけじゃ、維持すらもままならない……かもしれない」


「という事じゃ。お主、責任は取らねばならぬな」


「ぐっ……わかりました」


「なぁ、ちょっと待ってくれ!その責任ってのはーーー」


「魔力供給の事よ」


「魔力供給?」


「そうじゃ、お主の魔力じゃ魔法回路は維持できぬ。だから、毎日そこに居る姫乃から魔力を供給してもらわなければならん」


「……なぁ、もし俺の体内の魔力が尽きたらどうなるんだ?」


 まさか、死ぬとかじゃないだろうな。

 そんな爆弾を背負って生きたくはないんだが。


「死ぬ」


「死ぬわね、私の作った魔法回路に殺されるわ」


 いやいやいや、何作ってくれちゃってんの!

 死ぬとか、まぁどっちみち、昨日助けてくれなかったら死んでしまったかもしれないけど。

 ぐっ……色々言いたいこともあるが、復讐に燃える男を演じてしまった手前。

 ここで何か派手なアクションをすることはできない。


「そ、そそそそうなのか。……ほう、そ、それは分かったけど、なんで姫乃は顔を赤くしてるんだ?」


 とりあえず、ここは冷静に。

 声がめちゃくちゃ震えっちゃってるけども……なんとかごまかせただろうか。


「お主、効率のいい魔力供給の仕方を知っているか?」


 不敵な笑みを浮かべるヒルデガルト。

 あぁ、こういう場合、ろくなこと考えてないだろうな。

 嫌な予感がする。


「効率のいい?んー、魔法回路があると抵抗(レジスト)機能があるからなぁ……考えられるとしたらその機能を低下させるか、無効させるかして魔力を送る方法かな。それ以上は思いつかない」


「ふむ、まさにその通りじゃ。まぁ、簡単な方法で魔法回路の抵抗(レジスト)機能を低下させる事が出来るんじゃ」


「簡単な方法?」


「ようは粘膜接触じゃ。理由はイマイチよくわかっていないがの」


「ねっ……粘膜接触!?」


「そうじゃ、一番効率がいいのはの……ベッドの中でーーー」


「いやー!やめて、ちょっと待って!べっ……別にその方法じゃなくても……き、キスとかでも効果は変わらないわよ!」


 慌ててヒルデガルトの言葉を遮る姫乃。

 何となくだけど……意味は理解した。

 別に僕はそれでも……構いませんよ。


「んーまぁ、差はトントンじゃな」


「ふーん、そうなのか」


 正直、姫乃は美人である。

 その姫乃からのキスなぞ求める理由はあっても、拒む理由は無い。

 べっ、別に俺は姫乃の事、なんて思春期男子によくある何も生み出さないツンデレで全てをおじゃんにする気は俺には無い。

 はっはっはっ、キスの一つや二つくらい、いつでもしてやるわ!

 俺は魔法回路に殺される可能性があるのだ、そういう役得があってもバチは当たらないだろう。


「そうなのよっ!」


「わしとしてはついでに後継もなんて思ったりするが……こればかりは強要できんからの。とりあえず、雪人、これを渡しておくぞ」


 そう言って、投げ渡されたのは金色に輝くシンプルな指輪。


「それは自分の魔力を外部に蓄積する、電池のようなものじゃ。一旦、自己の魔力にする事で魔法回路の抵抗(レジスト)機能を無効化する効果を持っておる。姫乃から魔力供給を受けたら直ぐにそっちに魔力を注いだ方がいいぞ。お主の魔力容量じゃ、回路の維持に半日持つかもわからん」


「あぁ、助かる」


 半日しか持たないとか色々やばくないですかね。

 その分、姫乃と色々出来るとすると考えものではあるが。


「お主、魔法回路が出来たんじゃから何となくではあるが魔力の流れはわかるじゃろ?」


「あぁ、新たに芽生えた感覚みたいなものがある」


「なら大丈夫じゃ、とりあえずその感覚を指輪に流し込むようにイメージすれば、その指輪に魔力を溜める事が出来るぞ」


「……なんとか、それならば出来そうだ」


 指輪をはめて言われた通りにやってみると、身体から何かがごっそりと持ってかれる感覚。

 そして、感じる疲労感。

 ……なんかすっげぇ疲れた。

 とりあえず、ベッドがあったらダイブしたいぐらいだ。


「ほう、上手くいったの。あと、これじゃ。あの名門、三雲家と言ってこれを持たないわけにはいかんじゃろ?」


「うおっ!あぶねっ!」


 そう言って再び投げられたのは、黒光りする鞘に収められた一振りの太刀。

 長さは一メートル弱ぐらいだろうか、結構重い。


「三雲家は剣術と魔法を融合させた戦闘スタイルの家じゃ。太刀の一本でも持ってなければカッコはつかないじゃろう」


 そんな戦闘民族みたいな魔法使いだったんですね、三雲家は。

 なんか色々やっちゃってるし、もしかしたらこの学園にいる分家の奴に切られたりするんじゃなかろうか。

 ……不安である。

 とりあえず、刀剣類を持ったやつには近づかないでおこう。


「雪人、剣術は出来るの?」


 隣で何故か期待の眼差しを向ける姫乃。

 ああ、一つくらいは三雲らしさがあると思ってるのだろうか。

 残念だ。


「いや、さっぱり」


 体育の授業で一、二時間竹刀を振った程度である。

 もちろん他の格闘術も習得していない。

 ……バリバリの帰宅部です。


「はぁ……理事長、いくらハッタリとは言えこれは不味いんじゃないの?ほら、この学園には私みたいに戦いを挑んでくるような者もいるんだし」


「んーまぁ、雪人には魔法使いの名門、桜花家の次期当主に勝ったという噂が既に流れてるからの、そうやすやすと勝負しかけてくる者もおらんじゃろ。それにこちらを色々と手を打っておるから大丈夫じゃ」


「理事長の大丈夫ほど信用の無いものはないんですが……」


 昨日をその楽観的思考で死にかけたのだし。

 それにあの右手の魔道具は使えなくなってしまったから、男女平等パンチはもう打てないし。

 というか、一度も打ったことは無いんですが。


「まぁまぁ、今回ばかりは大丈夫じゃ。……まぁ、もしピンチになったらその鞘を抜くがよい。なんとかなるじゃろ」


「なんとかなる、って。大雑把過ぎだろ」


「まぁ、そこは開けてからのお楽しみにってとこかの」


「……はぁ、とりあえず期待しとく」


 まぁ、無いよりマシだろう。

 威嚇効果があるなら尚更である。

 まともに戦えない俺はハッタリだけが武器なのだから。


「あーあと、これとこれじゃ」


 ヒルデガルトは机の下からガサゴソと、学園の紋章入りのまだ新しい黒色の仕立ての良いマントとポシェットサイズの金属ケースを取り出す。


「あっ、これは」


 マントについては見覚えがあった。校内で同じものを着用しているものを何人も見たことがある。

 隣の姫乃も同じものを着用していた。確か特待生だけが着れる服装らしい。

 個人的には未だに見分けがつかないが、この学園では通常の制服の上に特待生は紋章付きのマント、一般生徒はローブというのが一般的だった。

 俺は暑かったので特に羽織ってはいなかったが、入学前にローブを買わされていた。

 金属ケースについてはわからないが。


「見覚えぐらいあるじゃろ。これでお主は特待生の仲間入りじゃ」


 差し出されるマントを装着しようとするも、やり方が解らないで苦戦していると、


「はぁ、ちょっと貸しなさい」


 そう言って、姫乃が手伝ってくれたのだった。

 ほう、制服のただの装飾と思われていたところに引っ掛けるとは。

 ふむ、勉強になりました。


「あら、身長が高いからかしら。意外と似合うじゃない」


「ふむ、馬子にも衣装じゃ」


「……そ、そうか」


 面と向かって言われると恥ずかしいな。

 ん?……褒めているようで実はちょっとけなされてない?


「あと、このケースに入っているのは錬金術で作られた秘薬じゃ。もしもその太刀を抜く状況になったら飲むがよい」


 金属のケースの中には黄色い液体が入った試験管が三本入っていた。

 見るからに怪しい液体である。

 若干、蛍光色なような……。


「の、飲んでも大丈夫なのか、これ?」


「……それを飲まずに太刀を鞘から抜くよりマシと言った程度かの」


 この太刀、もしかして呪いの武器とかそんな類なのではないだろうか。

 なんだか嫌な気配がする。


「雪人、それは抜かないほうがいいわよ。こういうのには、あんまり詳しくないけど……なんだかそれは禍々しい気がするわ」


「……マジか」


 ヒルデガルトは不敵に笑うのみ。

 ……ここは姫乃の言うとおりにした方が良さそうだ。


「出来る限り、抜かないようにする」


「まぁ、死にはせんよ。死には」


「……それが信用ならないんだって。現に昨日死にかけたし」


「まぁまぁ、とりあえずはそれなりの装備を揃えてやったのじゃ。時間が無かったから多少のリスクはしょうがないじゃろ。今日のところ渡せるのはそれだけじゃ」


 確かの昨日の今日でここまで装備を揃えてもらった事を考えれば上々か。

 まぁ、でも……戦わなければいいだけだし。


「ふむ、わしの話はここまでかの。お主らには朝の内に済ませとく事があるじゃろ」


「……」


 顔を真っ赤にして押し黙る姫乃。

 この後、俺は彼女からの魔力供給を受けなければ、今日中に死んでしまうのだ。

 個人的にはある意味、裸の付き合いをした仲ではあるし、今更感があってそれほど恥ずかしいとは思わなくなってきたのだが……。

 彼女はどうやら違うらしい。


「まぁ、ここは校内だしの。この部屋の外で色々するのは不味いかの。わしはこの後行かねばならぬところがあるから、この部屋を好きに使って良いぞ」


 そう言ってヒルデガルトは席を立つ。

 彼女の今日の姿は表向きの用事がある時なのだろうか。

 んーでも、入試の面接では幼女だったしな。


「あっ汚すでないぞ。……換気もしっかりな」


「ちょ!そんな事しないわよ!」


「……そんな事?はて、何のことじゃの?」


「こんのっ!」


「はははっ、ではの。おそらく戻ってくるのは明日の夕刻になるゆえ、問題を起こさぬようにな」


 いいようにあしらわれる姫乃。

 顔を真っ赤にして怒っていた。


「さて……やりますか」


「は?なんでアンタがノリノリなのよ!」


「いや、だってこういうのはどうせするんだったら楽しまなきゃ損じゃない?」


「た、っ楽しむって……はぁ、まぁいいわ。とっとと終わらせるわよ。目をつぶりなさい!」


「……はいはい」


「こっ……これは緊急事態だからするだけで、アンタのことがどうとかじゃ無いんだからね!」


「はいはい、わーっかりましたって」


「ぐっ!何よ、その余裕……いくわよ。アンタこそヒヨんないでよ!」


 そう姫乃は吐き捨てると、俺の首に手を回し唇を重ねてきた。

 それはどこかーーー


「ぐっ、ぷはっ!ちょ!ちょっと、姫乃さん!」


 ソースの風味がした。そう言えば、姫乃は朝食の目玉焼きにはソースをかけていたっけ、なんて馬鹿な事を考えていたら容赦なく舌を絡ませてくる姫乃。

 ……意外と大胆。何か奪われたような気がした。


「こっ、これが一番効率がいいやり方なんだから我慢しなさいよ!」


「べべべべべ、別に俺はいいんっだだだけどな」


「どどどど動揺しすぎよアンタ。早く続きを始めるわよ!」


「おっ、おう」


 彼女から流れてくる温かい感覚。これが魔力だろうか。

 それを貯蓄用の指輪に俺を介して流し込む。

 ドンドン、ドンドンと。


 そして、十分後。


「はぁ……ねぇ、まだ魔力が一杯にならないの?」


 最初はぎこちなかったキスも段々と慣れていき、快楽を感じ始め少しエロい気分になった頃。

 姫乃が少し甘い声で囁いたのだった。

 個人的にはこのまま押し倒したかったりもする。

 だが、それを未だ辛うじて生きている理性が留める。

 ……流石に理事長室は不味いと。


「……まだ、全然余裕があるみたいだ」


 どうやら指輪の貯蓄量はまだまだ行けるらしい。

 先程から常に魔力を流し込んでいるが、まだいっぱいにならない。


「くっ……なんか悔しいわね。そこまで貯蓄できるなら、今の機会に一気にやったほうが楽だわ。……さぁ、続けるわよっ!」


「えっ、まだやんの?」


 何故かノリノリの姫乃。

 もしかしたら、彼女もーーー


「もっ、もちろんよ!」


 そして、二十分が経過したところで指輪より先に姫乃の方がリタイアしたのだった。


「な……何よその指輪。魔力を蓄え過ぎじゃない?……アンタ、無駄にどっかに放出していない?私の魔力は既に元の三分の一も無い状態よ」


 キスを開始して、十五分を過ぎた頃だったろうか。

 エロい気分はどこへやら。

 立ってキスをしているものだから、首は痛いわ顎は疲れるわ。

 気づけば互いにキスがただの事務作業と化していた。

 あの頃の初々しい俺達はもうそこにはいなかった。


「はぁ……おそらくだけど殆どが指輪に行ってるはずだ。何となくだけど感覚でわかる。……それにしても……顎が」


 この指輪の魔力蓄積量は底なしか。

 と言いたくなるほどに底が見えない。


「それ……私もよ。首も痛くなってきたし、魔力を失ったせいでダルいわ」


「俺もだ。……今度は座ってからやろう。首がつりそうだ」


「えぇ、賛成」


「とりあえず、一限の魔法実技初級の授業にはまだ時間がある。……少し休もう」


「……えぇ」


 そう言うと姫乃は理事長室のソファーに突っ伏した。

 まるで昨日、マンションで出会った時と同じ姿だ。


 それにしても、一日二日で美少女とキス、それも深いやつを出来る魔法界は捨てたものではないが。


 俺のファーストキスは散々だった。







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