偽りの魔法使いⅡ
かくして俺は、一般人であるが魔法学園の生徒として過ごすことになったのだが、目下の問題は魔力測定で突如抜け出したことをクラスメイト達がどう評価しているかであった。
……もしかして、魔力がないのがバレているって可能性も……。
そう戦々恐々しながら教室に戻ったのだがーーー
「ってお前、理事長に呼ばれたんだって? あーやめだ、やめだ。 お前と勝負して勝てる気しないわ」
そうばつが悪そうに、約束を反故にするのは後ろの席に座った傑。
俺が理事長室から教室に帰ると既にクラス全員の魔力測定は終わっており、自己紹介もクラス内の役割分担も終わり放課後になっていたのだった。
なので、俺はクラスメイトで知っている者はこの目の前の傑だけなのである。
ある意味、まだ教室に残ってくれていて助かった。
この傑の反応、おそらく俺が理事長室に呼ばれたのを好意的に解釈してくれたのだろう。
……良かった、これで首の皮一枚繋がった。
初回でゲームオーバーは絶対に避けたかった。
どうやら、新入生はこの後、部活の見学に行くのが慣行になっているらしく教室内でどこの部活を見学しようか、と友人になったばかりの者たちと相談する声がチラホラと聞こえた。
……いいなぁ、ああいうのがまさに高校に入学したってやつだよなぁ。
それにしても、未だ消されていない黒板の役員一覧には何故か俺の名前も書かれていた。
副委員長、三雲雪人。
「や、約束なんてどうでもいいさ。 ……それよりなんで俺の名前が黒板に書かれているんだ?」
「そりゃ、理事長に呼び出されるような男がクラスで何の役職にも就かないとか、うちのクラスの体裁が悪いだろ。 だから俺が推薦しといた」
さも、当たり前だろっていう反応をする傑。
俺はこの学園の生存戦略として、自分があの名門三雲家のエリート魔法使いであると経歴詐称しなければならない事から、このような勘違いは喜ばしくあるが、どこか面倒事を押し付けられたような気がするのだ。
それにしてもーーー
「……こんな何処の馬の骨かも分からない男に反対する奴はいなかったのかよ?」
いきなり現れたこんなパンピーに反対する者はいないのだろうか。
名家と同じ姓といえど、同じ魔法界にいて全く面識は無いというのを不自然がらなかったのだろうか。
何となくではあるが、魔法界というのは世間が狭そうな気がする。
「反対? あぁ、クラスのほとんどの連中はお前の事をすげぇ奴だって認識だったみたいだから反対はしなかったんだけど、桜花がな」
「桜花?」
なんか最近聞いた覚えある名字である。
「お前、覚えてないのかよ。 あの新入生代表で挨拶してた奴だよ。 桜花姫乃、魔法協会の上層部を仕切るあの名門桜花家の出身で入学試験が首席だったらしい」
「だから、新入生の挨拶なんかやってたのか。 ……って何でそんな奴が俺のことを反対するんだよ!」
そもそも同じクラスだったのが驚きだ。
桜花というのは、本物のエリート魔法使い。
現状、もっとも相手にしたくない相手である。
なにせ俺はエセエリート魔法使いなのだから。
それはもう天敵といえる。そんな奴に目をつけられたら、俺の学園生活は終わりだろう。
「あーそれは俺のせいかもしれねぇな」
「お前のせい?」
「最初、お前を推薦したのはクラスの委員長だったんだよ。 でも、桜花の奴、私は常に上を目指さなきゃいけないとかよく分からん意識の高さを見せて、委員長は私がやると自薦したんだ」
おいおい、何やってくれちゃってんの!?
なんでお前が俺の敵を作っちゃっての?
まずそこは新入生代表が居たんだから、そいつに話を伺ってだな……。
穏便に済ますという事を知らんのかお前は。
「はぁ……俺は別に役員なんてどうでもいいのに」
「まぁ、名門の桜花家に逆らえる人間はこのクラスにお前を除いて居ないからな。 その場に居なかったお前さんが副委員長になる事で丸く収まったんだ」
どうだ、俺の手腕は、みたいなドヤ顔をされても……お前は俺の敵を増やしただけだっての。
「ん? 俺が桜花に逆らえる人間?」
「あぁ、お前あの神道系魔法の名門三雲家の出身だろ、本家筋か分家筋かはわからないが。 うちのクラスは大半が魔力を持つただの庶民だからなー。 アイツには強く言えないんだ。 まぁ、悪い話じゃないだろ? 桜花の奴だって、自己主張は激しいが、黙っていればいい女なんだし」
確かに彼女は美少女である。とりあえず、同じような役職ならば、接点が多くお近づきになるのも容易だろう。
しかし、それは俺にとってはリスクを負う危険な行為だ。
今は美少女よりも保身だ。決して枯れているわけではない。
「いい女ってお前なぁ。 確かに美人だったけど……」
俺の記憶が確かならば、桜花は長い銀髪に利発そうな顔をした少女だ。
タイプか、そうじゃないかと言えばタイプである。
もちろん、お近づきなりたいさ。
だが、この俺の忌まわしき血のせいで……。
おっと、中二病が再発したようだ。
「まぁ、周りが自分よりもお前を推薦した事に少し苛立ちを覚えていたみたいだから、当分は恨まれるかもしれないが、まぁ、頑張れ」
「はぁ……何勝手に敵を増やしてんだよ」
そう、今後のリスクを考えて頭を抱えていると、
「ところで、お前は部活は何か入る気はないのか?」
傑が学生有志で作られた手作り感満載のこの学園の部活一覧が載っているパンフレットを手渡してきた。
錬金術部に魔法ラクロス部、召喚術研究会……ほとんど、魔法関連だな。
ただ、何故か野球部だけは普通だ。
やはり国民的スポーツだからなのだろうか。
高校生活といえば部活、であるが今の俺は色々と偽って生活しなきゃならない。
特に魔法が使えないってのは絶対的な秘匿事項である。
なので、必要以上にこの学校の生徒と馴れ合うわけにはいかないので、部活は控えた方がいいだろう。
……あれ?俺の学園生活詰んでね?
「俺はいいよ、傑こそどうなんだ?」
「ん? 俺か? あー興味があるのはいくつかあるんだが帰宅部ってのも捨てがたいからな、当分は入る気は無いぜ」
「どうせ寮生活の俺たちに帰宅部のメリットってあんまりないように思えるんだけどなー」
「これは至言だな。 ……寝れる」
「それは違いない」
そんな他愛もない会話を傑が続けている内に窓の外の風景が茜色に染まっていた。
どうやら傑とはそれなりに気が合うようだ。
互いに年不相応の達観した考えを持っているからだろうか。
それに人当たりもよく、気さくで絡みやすい。
最初に出会うのがこいつで本当に良かったと思う。
……まぁ、学級委員に推薦さえしなければ、であるが。
教室には俺と傑の他はもう既に部活の見学に行っており、誰もいなかった。
傑は部活には入らないけど、お世話になった先輩に一言挨拶をしてくると、部室棟に挨拶周りに行ってしまったため、俺は一人で寮まで帰宅することになったのだ。
桜舞う学園前の並木道をガイダンスで渡された寮までの地図を見ながら歩いていたその時だった。
ドン、と肩が何かにぶつかった。
それは人だった。
同じ学園の制服、特徴的な長い銀髪に見覚えのある顔。
間違いない、桜花姫乃本人であった。
おそらく部活の見学帰りなのだろう。
顔が少し赤くなっている事から何かしら運動をした後なのだろうか。
……うわ、こんな場所で会うとか気不味い。
とりあえず、謝ってこの場をやり過ごそう。
何事も穏便に、それが俺のモットーなのだ。
そう思った次の瞬間、俺よりも先に桜花が口を開いた。
「ちょっと!どこ見て歩いてんのよ!」
「いや、ぶつかったぐらいでお前はどこのヤンキーだよ!」
あっ、つい口に出して言ってしまった。
いや、彼女のあの発言、突っ込まざるを得ない。
まさか、口に出るとは。
ただでさえ敵対している相手にとんでもないことを言ってしまった。
どう弁解しようか考えていると、
「はぁ、三下が何ほざいてのよ!どう落とし前つける気?」
いや、もうお前どこの反社会的組織の構成員かよ。
今度は心の中だ。セーフ。
それにしても彼女は名門のお嬢様なのか。
言葉遣いがなんとも汚い。
「落とし前って、ただ肩がぶつかっただけだろ……」
「魔法使いにとって一番最悪なのは相手に舐められる事よ!」
「舐められるって、そんな切った張ったの世界じゃあるまいし」
「はぁ、もういいわ。これじゃ、埒があかない。決闘よ!」
桜花は通学用のカバンから白い手袋を取り出してそれを俺に投げる。
「おっと、危ない。急に何するんだ……あっ!」
咄嗟のことで手袋をキャッチしてしまった。
これってアレだろ。
いわゆる決闘を受諾したって受け止められる行為だろ。
よく映画やアニメなんかで貴族同士が決闘するときにやつやつだ。
なんてことしてしまったんだ俺!
「取ったわね。あの名門の三雲家の出身のあなたがその意味がわからないはずがないでしょ」
どこか薄ら笑いを浮かべる桜花。
あぁ、そうか嵌められたのだ。
おそらく桜花の目的は俺との決闘。
その為に自分からぶつかって来たのだ。
完全なる計画犯。少し雑と思えるような展開ではあるが。
周囲を見渡すと部活帰りの新入生だけでなく、上級生までがぞろぞろと列をなして寮への帰宅するところだ。
この人混みも計算尽くって奴か。
大勢の前で名門三雲家の奴を倒す。
自らの力を示威する行為としてこれ以上にない環境だ。
ここで俺をボコボコにすればクラス内だけで無く、桜花の名が全校に轟く。
しかしーーー
「確かに校則で決闘は禁止されていなかったか?」
校舎の至る所に決闘禁止の張り紙がある。
確か決闘した場合は停学処分になるだとか。
そこまでリスクを負うほどの意味があるのだろうか。
「決闘だけど、決闘じゃない。そうね、これは秋に行われる魔術舞踏祭への練習ってとこかしら?」
魔術舞踏祭とは、よく分からないが彼女の口振りから生徒同士が戦い合うことが許される唯一のイベントなんじゃなかろうか。
それにしてもこいつ、思考が汚いな。
黙っていれば美人。確かに。
この時ばかりは傑に共感してしまう。
「そんなもんに参加する気、俺には無いんだが……」
「あら、あの三雲ともあろう家の者が戦いを拒絶できるはずないわよ。……あなた達は口ではどうとでも言うけど、本能は血を求める獣じゃない」
三雲一族はどんな戦闘民族なんだよ。
もしかして、俺、とんでもない一族の名を語る事になってる!?
……しかし、そういう一族なら尚更、戦いに赴かなければ疑われる可能性がある。
……でも肝心の戦う力なんて俺に無いんだよなぁ。
「まぁ、どんな理由にせよ私と戦ってもらうわよ。そうね、勝負は対外的に決闘とする訳にはいかないから、どちらかの身体に触れた方が勝者って事でいいかしら?その方が明確だし、騒ぎにもならないでしょ?」
いや、もうめっちゃ騒ぎになっているような。
それにしても身体に触れれば勝利とか、どんだけこいつは自信があるんだ。
身体に指一本触れさせないって事だろ。
勝利条件さえ見れば簡単に勝てそうに思えるが……。
そもそも魔法使いではない俺にとっては難易度が高すぎる。
ここはーーー
「なあ、入学早々問題を起こすのも何だし、お互いここは冷静になってだなーーー」
最後まで和解の可能性を探るしか無いのだが……。
どうやら相手は話の通じる相手では無いようでーーー
「滾らせるは我が深淵、求めるは紅蓮、顕現せよ裁きの鉄槌よ!」
桜花は何処からか取り出した杖を振り翳し、厨二病っぽい詠唱を唱え、既に魔法を完成させていた。
まるで、運動会で使われるような大玉くらいの大きさの火球が彼女の頭上に浮かび、虎視眈々と俺を狙っていた。
「……おいおい、マジかよ」
俺は今世紀最大のピンチに陥っていた。
ーーーーーーーーーー
回想は終わった。
おそらく、これは走馬灯。
俺は死ぬのだ。
しかし、俺は何も座して死を待つタイプではない。
やれる事があるのならばやれるタイプだ。
一つ、俺は気づいていた。
桜花が何故自分から勝負を挑んで来た癖に勝負を急ぐのか。
それは上気した彼女の顔が、いや、瞳が鼻が悟っていた。
彼女の美しい翡翠色の瞳は赤く充血し、くっきりとした鼻は赤く染まっている。
これによって導き出される結論はーーー
彼女は花粉症だという事だ。
それもおそらく、朝方にでも飲んだ薬の効果が切れそうなのだろう。
身体を撫でる柔らかな春風に乗った花粉が彼女の鼻を刺激する。
俺が彼女へと突撃する瞬間、彼女の顔は歪んでいた。
今にも、くしゃみをしそうだ。
仮に死ぬのならばカッコ良く死のう、という俺の厨二病的発想がそうさせたのかもしれない。
魔法使いの名門、三雲一族の出身であると最後まで偽る為に。
彼女と目線を合わせると俺は笑みを浮かべ、パチンと指を弾いた。
さも、今から起こる事が俺の魔法によって引き起こされるかと錯覚させる為に。
「くしゅん!」
可愛いくしゃみがその場に響き渡る。
何故と言う表情の桜花。
あぁ、これは上手く行ったのかもしれない。
周りだけでもなく、原因を知っている彼女まで騙せたのだ。
人にくしゃみをさせる魔法なんてあるかわからない。
これだけ医療が発達している現代だ、神経とかに作用する魔法なんてあってもおかしくはないだろう。
なんて思って行動したのが吉と出た。
一世一代の大博打であるが。
彼女の様子を見る限り、人の感覚とかに作用する魔法はあるようだ。
後で何か問い詰められたら、そんな風に答えておこう。
「なっ!」
呻き声をあげる桜花。
元々、彼女との距離はそう離れていない。
距離としては大股で三歩くらい。
くしゃみで油断した桜花との間合いを俺は既に詰めていた。
あっ、これは勝った。
そんなまさかの勝利に浮かれようとしていた時、あまりに桜花を脅かしすぎたせいだろうか。
彼女の手元が狂い、大きな火球は俺たちの戦いを見学に集まっていた野次馬に放たれようとしていた。
マズい!
そう直感するとともに思い出した。
俺の右手に付けている魔道具の正体を。
魔法封じ……理事長から与えられた魔道具だ。
これならばーーー
「届けっ!」
桜花に接近するスピードをさらに上げ、火球へと右手を伸ばす。
火球に触れたその瞬間、シュっとロウソクの火が消えるような音がして火球が消滅した。
それはほんの一瞬だった。
桜花の火球は俺に吸収されたのだった。
しかし、ホッとするのも束の間、俺は全力で桜花に突撃していたのだ。
完全なるスピード違反、衝突事故は避けられなかった。
「うわっ!」
「きゃっ!」
それは咄嗟の事だった。
ぶつかる直前の桜花の腰を左手で抱き、まるでシャル・ウィ・ダンスと言わんばかりの社交ダンスのような回転をその場でして、勢いを受け流した。
一連の動作を見ていた観衆からしたら、俺は優雅に桜花の攻撃を無効化し、まるで嘲笑うかのように実力差を見せつけ、その実力差の皮肉としてダンスに誘っているように思えるかもしれない。
「なっ、ななななな何をやってんのよ、馬鹿っ!」
その攻撃は単調、特にライトノベルを嗜む俺にとってはある意味テンプレートで何となくではあるが予想をできる反応だった。
別に俺は悪いことはしていない。
そもそもは目の前のこいつが悪いのだ。
だから、殴られる必要なんてない。
俺は彼女から繰り出される平手を先程魔力を吸収した右手で受け止める。
「おいおい、助けてやったってのに……」
「べっ、別に助けてって言ってないじゃない!」
いや、手元が狂ったままだったらあの火球、観客を襲っていたから。
いくら魔法学園の生徒であっても、あれは不意打ちだ。
防ぎ切れず、怪我をした者も多かったのではないだろうか。
「はぁ、お前なぁ。……とりあえず、俺の勝ちって事でいいんだよな?ほら、お前の身体に触れてるし」
「ちょっ!馬鹿!離しなさいよ!」
腕の中で暴れる桜花。
はて、今こいつを解き放ってもいいのだろうか。
こいつの性格を考えると、離したらよくもやってくれたわね、この三下がぁぁぁ!って再び襲いかかってくる可能性も否定出来ない。
今回の勝利は偶然だ。次に戦ったら勝てる見込みは万が一にも無い。
でも、こいつは諦めそうにないんだよなぁ。
負けたら勝てるまで挑むような性格っぽいし。
うーん、なんか言い方は悪いかもしれないけど犬の首輪みたいなものを付ける方法は無いだろうか。
「ぐっ!離せっ!馬鹿っ!」
どうしたものかと周囲を見渡すとざわめき立つ観衆。
確かに今の俺たちの格好は色々とマズい。
有る事無い事、噂されそうである。
ん?噂?
もしかして妙案が浮かんだかもしれない。
既に俺はこの学園で生き残るために自分の経歴を偽らざるを得ない状況、既にこの手は真っ黒に染まっている。
それに三雲本家の真実を知るには多少の汚いことをする必要はあるだろう。
理事長の考えた裏設定ってものあるし、更に嘘を嘘で塗り固めても今更、何か変わることは無いだろう。
「まぁまぁ、落ち着けって」
俺は神道系魔術の名門、三雲家の出身という事になっている。
桜花、いや姫乃も警戒するような家だ。それなりに格式はある家である事は間違いが無い。
一方の姫乃も西洋魔法をいち早くこの国に取り入れた名門、桜花家の人間である。
だとすると、釣り合うかもしれない。
「これが落ち着いていられるはず無いじゃない!乙女の貞操の危機なのよ!」
「貞操の危機って、相手の身体に触れた方が勝者って決めたのはお前だろう」
「はぁ!……まぁ、そうだけど、この状況は想定してないわよ!早く離しなさいよ!」
んー、やはりタダで離すわけにはいかないな。
涙目になっている姫乃の目は殺意に満ち溢れていた。
離したらは絶対飛びかかってくる。
間違いない。
ならば、
「まぁ、恥ずかしがるなよ。俺達、許嫁だろ」
わざと観衆に聞こえるように許嫁という部分を声を大きくして言う。
別に本当である必要はない。
周囲にその可能性を思わせるだけでいい。
「……は?」
何を言っているのだ、お前はという反応。
うん、確かにその反応だよな。
仮に俺と姫乃が許嫁ならば、互いの評判が足を引っ張り合うはず、互いに変な真似は出来ないのだ。
特に向上心の高そうな姫乃にはいい策かもしれない。
これで下手に彼女の方から手は出さなくなるはずだ。
もっとも、彼女が全力で否定し続ければいつしか噂は消えるかもしれないが。
この状況ならば噂は瞬く間に広まるはず。
我ながら恥ずかしい策ではあるが、この学園で生き残るためだ。
もし本当の許嫁がいたら色々とご破算であるが……。
ざわざわと先程以上に騒がしくなる観衆。
「おい、マジかよ……」
「確かあの男、三雲って言ったよな。……って事はあの三雲家と桜花家が……」
「名家同士の許嫁、なんかちょっと憧れちゃうかも」
「ちょっと、私みんなに伝えてくる!」
よしっ!俺の策略通りに噂が広まってるな。
あとはこいつをーーー
「ちょっと!どういう事よ!私とあなたが許嫁だってのは……」
どうするか。
姫乃のなんか真剣に考えてしまっている態度を見るとおそらく親が勝手に約束した可能性を考慮しているのだろう。
おそらく、魔法使いの名家というものは、親が勝手に結婚相手を決めるような事は日常茶飯事なのだろう。
確か、傑が魔法使いは家の為に生き家の為に死ぬ存在とか言ってたな。
傑自身はそんなの御免だ、なんて言っていたが。
どうする。姫乃まで欺くか。
いや、後々親に確認された場合が面倒だ。
三雲家と桜花家の具体的繋がりはよく分からない時点ではリスキーだ。
もっとも、モノは言いようだ。
嘘か本当か、どちらにでも取れるような言い方をして濁すのが得策だろう。
「……さあな」
出来る限り勿体ぶる。
ヤバイ、めっちゃ恥ずかしい。
意識するは少女漫画に出てくる思わせぶりなイケメン。
……これ、間違いなく黒歴史だよな。
「さあな、ってあんた!自分の人生がかかった話でしょ!なんでそんな無関心でいられるのよ!」
いい感じに勘違いしてくれてる姫乃である。
無関心……ふははは、言いおるわ。
内心、めっちゃ心臓がバクバクですわ。
話が話だけに親とか乗り込んできたらどうしよう、とかいろいろ考えてますとも。
でも、それを顔に出しちゃったら全てが終わりなんだよ!
俺の高校生活を一日で終わらせてなるものか!
「べっ別に……。俺はお前となら問題はないが」
うわー、恥っずかしいー!何いってんの俺ー!
……ちょっと調子に乗りすぎたかもしれない。
男のツンデレとか誰得だよ!
って言うか、姫乃さん?何顔を真っ赤にしてるんですか。
やめてください、本気になってしまいたくなります。
「なっ何を言ってるのよ、そんな親が決めた話なんてーーー」
「おーい、こらー!お前ら何をやっているんだ!」
少し離れた校門から走ってこちらに駆けてくるローブ姿の教師。
不味い、ここは潮時だ。ある意味、グットタイミング。
これ以上姫乃の相手をしていたら、いつかボロが出るかも知れない。
それに色々と訳ありの生徒である俺は教師に目をつけられるにはいかなかった。
姫乃を抱えていた手を離し、脱兎の如くその場から逃げ出した。
もう恥も外聞もない。どうせ集まった観客共も蜘蛛の子を散らしたかのように散っていた。
逃げたことを噂される可能性は低いだろう、皆、自分が逃げるので一杯一杯だ。
この学園は意外と罰則規定が厳しいのである。誰も彼もが教師に捕まるわけにはいかなかった。
「あっ、ちょっと待ちなさいよ!許嫁の件がまだ終わってないじゃない!」
過去の偉人は言った。
逃げるが勝ちと。