偽りの魔法使いⅠ
「……おいおい、マジかよ」
それはもはやテンプレートと化したボーイミーツガール。
冴えない主人公に訪れた非日常への入り口は戸惑いを生み出し、思いがけない彼女の行動は物語を加速させる。
ーーーそして、物語は現実へと顕現する。
季節は春。柔らかな日差しが差し込み、期待と希望が入り混じる入学シーズン。
十年来の天敵である花粉症がいい感じにウォーミングアップが終わり、俺のリンパ球を刺激していた。
ただでさえ地獄と言えるこの時期。
更なる苦行が俺を待っていようとは。
ちなみに今年から晴れて高校一年生になった俺は『友達百人できるかな?』というよりも彼女を百人作りたいといういわゆるハーレム願望を持った健全な男子である。
先ずは誰を引っ掛けようかと、期待に胸を膨らませ新入生という名目で女漁りを謳歌するはずだったのだがーーー
記憶はないけど幼い頃に親の転勤で離れ離れになった結婚を約束した幼馴染みや何かと目をつけて自分の側に置きたいがために生徒会に入れようとする生徒会長、そしてなんかよくわからんけど俺を好きになってくれるクラスメイト等、俺を待ち受けるべきものはギャルゲー、いや、ラノベ、いんやエロゲーの方がいいなぁ。
うへへへっ。
……あー、こほん、そんな彼女達が待ち構えてるはずだったのだ。
ーーーそう、待ってるはずだったんだ。
夕暮れ時の桜の花びら舞う並木道。
茜に染まる夕日が等間隔で並べられた桜の木を輝かせ、幻想的な空間を作り出していた。
まさに主人公とヒロインが出会うには最高のロケーション。
そこで俺は一人の少女と出会った。
しかも相手は美少女。
ここまでは完璧。
しかしーーー
あぁ、現実はかくも厳しいかな。
これは出会いではない。
接敵なのである。
「さぁ、三雲雪人。 私と勝負よ!」
目の前の少女は長く美しい銀髪を柔らかな春風になびかせていた。
その利発そうな顔と相まって一枚の良い絵になりそうな光景である。
原野風景がまだ残るのんびりとした田舎で彼女をモデルとして、ちょっと格好をつけて絵を書くのもありかもしれない。
そんな文化的な香りが漂う俺の感想もここでは何の役にもたたない。
性的に襲われるの言わずもがな。
全然ウェルカムなのであるが……。
実際に目の前の光景を見ると生命の危機を感じないでいられない。
そうそれはまるでアフリカのサバンナでライオンに遭遇してしまったヌーやインパラの気持ちである。
改めて痛感させられる弱肉強食の世界。
それが画面の向こうの出来事ではなく、現に目の前で起きている事態だった。
「覚悟はできたかしら?」
不敵な笑みを浮かべ挑発する少女。
無論、ちょっと待って欲しい。
色々と後ろ暗い事がある俺はどこか自信満々な彼女とは異なるのだ。
彼女の制服は俺と同じ高校のもの、ネクタイの色がグリーンなので俺と同じ新入生である。
なので同期のよしみとして少しぐらいの慈悲があってもいいのではないか。
しかしーーー
彼女の頭上に浮かぶのは、運動会で使われるような大玉と同じ位の大きさの火球。
……大事なことなので繰り返すが彼女の頭上には火球が浮かんでいるのだ。
もちろん、最近流行りのVRとかではない。
だってめっちゃ熱い。
「はろー、マジックワールド。 ようこそ夢と希望の……いや、絶望と叫喚の世界と言うべきか」
これは、これは。
ファンタジーな世界を認めざるを得ないというか……。
「アンタ、なにブツブツ言ってんのよ! ……気色悪いわね!」
「……うぐっ」
どこか侮蔑を込めた彼女の表情。
何度も聞かされた侮蔑の言葉。
そして冷たくまるで相手を歯牙にも掛けないという態度。
少し素が出てしまうが、ふぅ、落ち着け俺、あれだ。
俺はスポーツ万能、勉強もそこそこ出来るそれなりにイケメン。
だから前を向け、陰キャラと蔑まれた時代は過去のもの。
時代は俺の時代、だからーーー
こういう時には主人公らしくするのだ。
こんな時に不謹慎かもしれないがーーー
「……おいおい、俺にはそれはご褒美だぜ」
嘘はない。
もっとも煽り八割強がり一割と言ったところであるが。
そんな煽りもこの場ではどんな意味を持つのか。
もちろん残り二割は本音である。
まぁ、その、あれだ。
彼女が展開する明らかな攻撃魔法ってやつだ。
というか攻撃以外に使い道があるのだろうかこの魔法。
「覚悟しなさい! 消し炭にしてあげる!」
どこからか湧いてきたかは分からない野次馬である同じ高校の生徒達が歓声を上げる。
『決闘』まさにそれだった。
野蛮な彼らのせいでこの場が古代ローマのコロッセオに変わってしまった。
さながら俺は猛獣と戦う剣闘士ってところだろうか。
ちなみに何故こんな事になっているのかと言うと、目の前の彼女と肩と肩がぶつかった。
ただ、それだけの理由でヤツは『決闘』を申し込んできたのだ。
どこぞのヤンキーもビックリの理由である。
ここは核戦争後の世界かよ。
……もうヤダ、帰りたい。
「なぁ、話し合いって選択肢ってのは…………」
「ないわ!」
「おぉ、一周回って清々しいな」
中にはスマートフォンで写真や動画まで撮影している。
やめてくれ、俺は入学早々悪目立ち……というレベルではないな。
こりゃあ不味い事になった……。
今の俺は目立ってはいけない状況にあるのだ。
今日は高校への入学初日、とある事情から俺は三年間灰色の高校生活を送らなくてはならなくなったのだ。
決して目立ってはいけない。
仮に目立ったとしたら俺には社会的な死が、いや、この目の前の状況から鑑みるに肉体的な死も降りかかるのではなかろうか。
はぁ……どうにかしてこの状況を打破する手段はないものだろうか。
この状況は、いわゆる魔法学園名物の決闘ってやつだ。
よくライトノベルや漫画ではお馴染みの光景である。
もっとも、うちの学校は決闘は禁止だったはずなのだけど……。
よく考えろ、月に約二十冊以上のラノベを読破する俺の頭をフル回転させるんだ。
オタクは伊達じゃない。この場合、主人公が取りうる手段としてはーーー
圧倒的実力で相手を打ちのめす。
この一択だった。
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!最近のトレンドの馬鹿野郎!
俺は魔法学園に入った、いや、入ってしまったものの魔法なんて使えない。
そもそも魔法のまの字すらも知らないただの一般ピーポーだったのだ。
ましてや何かしらの武術を身に着けているわけでもない。
……どうしろと!?
持ち前の交渉力で相手を丸め込むか?
そんなんあったら既にどうにかしている。
俺には同じクラスの女子にキモいと言われるだけの話術しかないのだ。
……ぐっ………しかし選択できる行動コマンドは既に交渉以外存在しない。
やるしかないのか。……あぁ、もうやってやらぁ!
もう俺には失うものしかないのだ、ここは自暴自棄になってもいいだろう。
俺の交渉スキルレベル1を見せてやる!
「まー待て、少し誤解があるみたいだから話し合おうじゃないか!」
「はぁ! 何を言っているの! あなたからぶつかって来たくせに!」
普通ならばこういう場合、襲われる男の側は女の子のパンツを見てしまったり、胸を揉んでしまったりなどお決まりの少しエッチな事をしているはずである。
重要なので強調しておく。本来ならば。
しかし、今回に限ってそれは無かった。
まぁ、それもこれも現実的に起こりうる話ではないのだが……。
原因はーーー
「……単に肩がぶつかっただけで何を言ってるんだ」
「単にって何よ! 先に喧嘩をしかけて来たのはアンタじゃない!」
お前はどこのヤンキーだ、とツッコミを入れたい。
というか、今時のヤンキーでも肩がぶつかったぐらいで喧嘩にはならないだろう。
それに肩をぶつけて喧嘩をふっかけるとか……大丈夫かこの女。
完全にいかれてやがる。
「待て待て、ここは一旦冷静に考えよう。 まず俺はお前に喧嘩を吹っかけるつもりもないし、肩がぶつかった事は謝る、なっ、これでいいだろ?」
「いいわけないじゃない! 仮にそうだったとしてもこんなに人が集まっていたら、引くに引けないわ。私の沽券に関わるわ!」
そんな沽券、丸めて固めて細かくして川に捨ててしまえ。
「まぁまぁ、そこで矛を収めるってのが大人ってやつで……」
「ふん! 周りに舐められるくらいなら別に子供でいいわ! 大人しく勝負しなさい」
どうやら話が通じそうもない。ここは諦めるしか無いのだろうか。
完全に交渉決裂である。
はぁ……やるしかないのか。
これでも俺は魔法学園の生徒だ。
魔法の一つや二つ扱えて当然ーーー
「……ったく、しょうがねぇな」
なはず無いだろう。
というノリである。
とりあえず、舐められないような雰囲気は出しておかないとハッタリすら通用しなくなってしまう。
そんな実力は無いものの、まるで歴戦の魔法使いといった雰囲気を醸し出す。
もう手汗とか冷や汗とか止まらない状態なんですけどね。
なんとか彼女のスキを見て踵を返そうとするがーーー
「おっ!ついに三雲の奴も戦う気になったみたいだぞ!」
「あの名門の三雲と桜花の戦いか。見ものだぜ!」
お前らだよ、お前ら。
どうやら俺が戦う気に満々に見えている周囲の野次馬達のせいで逃げようにも逃げ出せない。
チクショウ、こいつら後でぶっ殺してやる。
「やっと、やる気になったのね。そうでなくちゃ。さぁ、かかって来なさい!」
何を勘違いなさっているのだろうか、この蛮族は。
俺は至って平和主義者なのだ。
暴力ダメ、ゼッタイ。
「なぁ、和解という選択肢はないのか?」
「そんなもの、最初から無いわ」
「では、話し合いという選択肢は?」
「無いわ!って言うかどっちも同じじゃない!」
「……俺、実はガンジーみたいな非暴力主義者なんだ」
「あっそう。 じゃあ潔く私にやられなさい」
ガンジーも殴りかかるような暴力主義者である。
というか、どうしても彼女は俺をボコボコにしないと気が済まないらしい。
……俺が何をやったっていうんだ。
「……わかった。 ……はぁ、しょうがないか」
「ふん!待ってあげた私に感謝しなさい」
もうこうなりゃヤケである。
俺は、喧嘩なんてした事は無いが、この真っ赤に燃える拳をあの女の顔面に叩き込んでやらなければ気が済まなくなってきた。俺は、男女平等主義者なのだ。
そうだ、俺には理事長ことヒルえもんが授けてくれた魔道具があるではないか。
拝啓、母上、父上、息子の先立つ不幸をお許し下さい。
気合では負けていないつもりであるが、あれを食らったらまともに生きていられるかはわからない。
あと親愛なる妹よ、どうか兄のPCのハードディスクは取り出して電子レンジでチンをしておいてくれ。
人を殴る時のフォームなんてわからない、とにかくがむしゃらだ。
俺は事の発端である魔法学園入学の経緯を思い返しながら、少女に向かって駆けていた。
もちろん結果はーーー
ーーーーーーーーーー
「……おいおい、マジかよ」
その光景が信じられなかった。
手に握られたのは自分の受験番号1120が書かれた紙。
その数字が目の前の掲示板に無かった。
ここはとある県立高校の正門近くの掲示板。
今日は高校入試の合格発表の日であった。
俺が受けたこの高校は滑り止め。
全日制の普通科高校であり、模試では常にA判定を取り続けており落ちるはずがなかった。
第一志望である私立高校が落ちたため、渋々この高校を受験していたのだ。
必ず受かると思っていたから他には受けていない。
これの意味するところ、それはこの春中学を卒業する俺には行くあてが無いって事だ。
これは……マズい、マズすぎる。
高校浪人?いや、その決断をするのにはまだ早すぎる。
例えば、私立の通信制高校とかそういうところならば、まだ申し込みが間に合うのではないだろうか。
仮に通信制の高校でも、一年耐え忍んで全日制の学校に編入なんて事を出来るのではないだろうか。
……まだだ、まだ諦めるわけにはいかない!俺には、きゃきゃうふふのバラ色の高校生活が待っているんだ。
華やかな憧れの青春を諦めるわけにはいかなかった。
特に中学時代を地味に過ごしきた俺にとっては。
不合格の悲しみに暮れる暇なく、急いで家に帰ると俺は、インターネットでまだ申し込みが間に合う高校をしらみつぶしに探した。
不合格のショックで落ち込んでいる暇なんてなかったのだ
今は二月の中旬。
もしかしたら、一日のズレで申し込みが出来なる可能性が大いにあった。
もう自分の住む県以外の他県でもいい、とりあえずどこか、どこか俺を拾うような場所がと願いながら検索していると、全日制の私立高校で唯一、受験の申し込みが終わっていない高校を見つけた。
どうやら、受験を四回に分けて行なっているところらしい。
高校名は東日本魔法学園高校。……魔法、それはファンタジーでお馴染みの火やら水やらを出してブワァーってやるやつだろうか。いや、冷静に考えろ、それは非現実的だ。
魔法のようなものがこの世界にあるのならば、ファンタジーの世界と同じように一般人に秘匿されているものなのではないだろうか。
そんな中学生がネットで検索して出てくるような容易に探し出せる情報ではないはずだ。
これでも最近中二病が収まってきて、現実をしっかり認識できるようになったのだ。
魔法、まほう、まほ……。
おそらくどこかの地名とかだろうか。魔法地区とか魔法村とか……うむ、あり得ない話ではない。
まだ申し込みを受け付けている受験日程は募集人数が少なかったが、今はこれに賭けるしかない。
そう思った俺は早速親への土下座を敢行したのだった。
その高校は私立であり全寮制、多額の授業料だけでなく寮費もかかるため親の負担は大きい。
もっとも、高校段階で子供を躓かせるわけにはいかないという親心だろうか。
残念ながら、というのは今であるから言えるのかもしれないがその願いは無事に両親に聞き届けられた。
夜に帰ってきた両親に土下座すると、しょうがない、手のかかる息子だ。
大学に行くのならば国立、在学中の小遣いはアルバイトで稼ぐ事という条件はついたが。
それからはまるで何かの魔法にかかったようにトントン拍子に話が進んでいった。
気がついた時には既に俺は東日本魔法学園高校の募集定員二十名の第四期募集に挑むところだった。
しかし、いざ入試だと言うのに肝心の試験科目は不明だった。
いくら事前に資料請求したり、学園の事務に問い合わせても『答えられない』の一点張りだった。
その時の俺は単に国・数・英・理・社のどれかの学科試験がランダムに行われる、いわゆる運や総合力が試される試験であると勘違いしていた。
今思えば、入試の全体像も知らずに挑むとは我ながら大胆というか、それだけ切羽詰まっていたといえるのだろう。
あの頃の俺は既に進学先が決まった周囲の者たちに笑い者にされていたから、奴らを見返すというよりも自分というものに自信を持つ為に結果を残そうと必死だったのだ。
試験内容が発表されたのは受験生が集められた観客席がある体育館、というよりもアリーナでだった。
試験内容は全科目の学科試験に面接、実技試験というものであった。
学科や面接というのはわかるが実技というのは良くわからない。
おそらく何らかの体力測定みたいなものだろうか。
それとも学科試験のちょっとした応用問題が出るような筆記試験だろうか。
まぁ、これは高校入試なんだ普通の高校入試と変わることは無いだろう、なんて俺は都合の良い解釈をして臨んだのだった。
今思えばこの楽観的思考が滑り止めの高校に落ちた原因だったのではないか。
しかし、むしろこれが魔法学園では怪我の功名とも言える奇跡を起こしてしまうのだが……。
「お前、三雲と言ったな。 あの三雲家の者か?」
俺の運命の歯車を狂わせたのは一つの質問だった。
俺は難易度は低いが死ぬほど問題数が多い午前中の学科試験をなんとかこなし、俺は午後一番に行われている面接試験に挑んでいた。
正直、学科試験の手応えは……あまり無かった。
その為この前の二の舞を避けるためにはどうにかして面接点を取る必要があり、どうにかしてここで得点を伸ばす必要があった。
ーーーだから、なりふり構っていられ無かったのだった。
たとえ嘘をつこうとも。
面接方式は個人面接。対面するのは三人の面接官。
現在俺はそのうちの一人、何か偉そうなちびっ子面接官に絡まれていた。
学園の教師というよりはその辺を歩いている小学校高学年の少女と言った方がしっくりくる。
面接官をしているのだからおそらく成人はしているはずなのだが……。
いわゆる、ロリババアと言った類だろうか。
まさか現実世界でそんな存在と出会うとは、世界は広いなぁ。
そんな今後巻き起こる悲惨なことを知らない俺は小学生並みの感想を抱いていた。
「はぁ……まぁ、一応そうなります……かね」
どこか自信なさげな表情で答える。
心の中ではドヤ顔である。
今の発言はーーー
ーーーもちろん嘘である。
父は中堅ゼネコン勤務の普通のサラリーマン。母は大手運送会社の事務員。遡っても祖父も祖母も特殊な仕事にはついていない事を考慮すれば、魔法学園で教師をやっているような者と我が家は接点などあるはず無かった。
だから彼女の『あの三雲』とは我が家とは違う『三雲』なのである。
要は名字が一緒なだけの他人なのだ。
冷静に考えれば調べられたら一発でバレる嘘なのである。
しかし、その時の俺は冷静ではなかった。
試験の緊張感やこの試験以外後がないと思うと心臓が早鐘を打ち、思考がまとまらなかった。
俺は切羽詰まると普通の人とは逆に気が大きくなるタイプなのである。
「ほう、そうかそうか。 大きくなったな」
「いやーそうですかね?自分じゃあまり実感湧かないですから……」
慈愛に満ちた彼女の表情を見ると僅かばかしの良心が痛むがここはなりふり構っていられない。
俺にはもう後がない、絶対にここに受からなければならない。
そんな気持ちが俺を嘘の道へと誘ったのだった。
それが仄暗く底のない沼である事を知らずに。
「……ふむ、三雲一族の実力は折り紙付きだ。 今期の実技試験は初心者向き、いわば適性試験だ。だから、免除しても問題ないだろう」
そう不敵な笑顔で宣言したのは後に嫌という程かかわる事になる魔法学園の理事長ヒルデガルド・
この一言は後に俺の人生を狂わす駄目押しの決定打となる。
正直、実技試験の内容が全くわからなかったので助かったと言えば助かったのだが……。
「このような場で新入生の代表として挨拶できることは光栄に思いますーーー」
場面は変わり、時は流れ晴れて合格した東日本魔法学園高校の入学式に移る。
スポットライトが当てられた壇上で式辞を述べるのは銀髪の少女。
俺と同じく魔法学園の制服を着ていた。
……しまった。俺はとんでもない事をしてしまった。
それを実感したのは既に時遅し、魔法学園の学生、いや構成員になってからだった。
俺は魔法学園には無事に合格した。あの面接の感触から言って当然であろう。
ただ、今、俺の目の前には『魔法』がある。
こりゃ、高校浪人したほうがマシだったかな……。
しかし、その時の俺はむしろ期待に胸を躍らせていた。
漫画やアニメなどの創作上のファンタジーな世界に
中二病と言われようが構わなかった。
現在、入学式は新入生代表挨拶へ移行しているが、この学園の入学式の開会セレモニーはまさに○グワーツ。
ローブ姿の白髭を蓄えた校長が杖を一振り、すると平凡などこにでもある体育館が一瞬でオペラ座の豪華な観客席へと変わった。
流石にここは日本の高校、お菓子は出なかったが……。
隣の席に座るクラスメイトが「はぁ……子供だましの幻術かよ。 いまどきそんなもん流行らねぇって」なんて呟いていた。
周囲を見渡すと、目を爛々と輝かせていたのは俺だけで、他はどこかシラケたという様子だ。
おそらく、みんなこれが子供だましの幻術だと知っているのだろう。
どこかノリノリで幻術をかけていた校長が少し不憫に感じられる。
まぁ、ここに一人、戦慄しながらもワクワクする心を隠し持っている奴がいるので気を確かに。
「はーい、一列に並んでくださいねー」
入学式の式典が一通り終わり、魔法学園名物の新入生魔力測定が行われようとしていた。
どうやらこの魔力測定いかんによって学内ヒエラルキーは決定するらしい。
後ろに並ぶ、先程入学式で愚痴っていたクラスメイトが教えてくれたのだ。
「おう、雪人! 勝負しようぜ!」
そのクラスメイト、丹羽傑が俺に勝負を持ちかけていた。
えーっ……マジですか。俺、素人中の素人ですよ。
魔法のまの字も知らない男がどうか勝てと。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
これは困った。この対応いかんによってもしかしたら俺の校内ヒエラルキーが決定してしまうんでなかろうか。
……確かさっき担任の先生が言っていたのだが、この学校には魔法についてほとんど素人も多いし、魔力量は潜在的なものだから魔法が上手く使えるかは関係ないとか言っていたな。
だとしたら、意外と俺にも勝機は残されているのかもしれない。
隠された俺の力がある可能性だってあるんだ、これは乗るべきだろう。
仮に負けたとしてもこのノリならばミジンコ以下の魔力量でもただの笑い話で済む可能性もある。
「しょうがないな。 その勝負乗った!」
「おっ、強気だな。 負けたら勝った方にジュース奢りな!」
おい、あいつら魔力量で勝負するらしいぜ、ザワザワ。
俺達のやり取りを見ていた他の連中もざわめき出す。
俺達に倣い各地で魔力量勝負が行われ始めていた。
その時だった。いよいよ俺の運命の時が来た。
「三雲君、入ってくださーい」
魔力測定のため、ライトグリーンのパーティションで区切られた個人ブースに、俺はついに招かれたのだった。
「じゃあ、行ってくる」
俺は傑に一言告げると死地へ赴いた。
さぁ、勝負だ。
「……無しか」
「はい。 残念ながら完全に一般人。 彼の魔法の才能は無いと言っても過言ではないです」
残酷な真実。それが急遽、理事長室に呼び出された俺が告げられた真実だった。
俺には、魔法を使うほどの魔力は無かったのだ。一般人が有する程度の魔力しか無い。
頭を抱える担任、まだ教育実習生と言っても通じるであろう若さの女性だ。
そして理事長室の執務机に自らの頭を打ち付けている幼女。
あの面接官の幼女だ。まさか、この学園の理事長だったとは……。
それより俺は、今後どうなるのだろうか。ま、まさか退学……とか。
この学園は、魔法使いの育成機関。一般人はお断りである。
あぁ、入学してたった一日で幕を閉じてしまうのか俺の高校ライフ。
でも、退学を免れたとしても俺はやっていけるのだろうか。
今日配られた授業のシラバスにはガッツリと魔法関連の授業が記載されていた。
……どちらにせよ、覚悟を決める必要はあるか……。
「……まぁ、こやつをこの学園に入れたのはこのわしじゃ。 全責任はわしにある。 こやつはわしの早とちりによってこの学園に入れられたいわば被害者……。 魔力がないからと言って、辞めさせるってことはできん」
彼女のいう早とちり、それは面接でのあの三雲家発言だった。
理事長である彼女、ヒルデガルド・フォルクマンは過去に三雲家と親交があり俺を本家筋の次期当主と見間違えたそうだ。
三雲家は日本でも有数の魔法使いの名門、その子弟の実力は火を見るより明らかだった。
何故それがわかったかと言うと、三雲家の分家筋の家の子弟がこの学園に入学しており、今朝挨拶に来て衝撃の事実をヒルデガルドに告げたという。
三雲本家は三年前、何者かによって皆殺しにされたと。
「……しかし、ここは魔法学園です。 魔力がなければ単位はおろか授業もまともにこなせませんよ!」
「授業……単位か……そうじゃ! こいつを特待生にすればなんとかなるじゃろ!」
言葉とは裏腹に顔が笑っていないヒルデガルドが言い放つ。
無理もない、親交のあった家が滅びたというのを聞かされて、まだ大して時間は経っていないのだろう。
だが、今は俺の進退だ。三雲本家には悪いが、俺の人生がかかっているのだ。
もっとも、それはどちらに転んでも地獄に変わりは無いが。
それにしても……特待生って。俺、魔法の才能がないって今、全否定されたばっかりなんですけど。
「特待生……ですか。 確かにこの学園の特待生になれば、魔法科目の実技授業は免除、任意参加となりますが……しかし、魔法が使えない者が特待生というのは前代未聞ですよ!」
「……うむ。まぁ、バレなきゃ大丈夫じゃろ」
何とも楽観的な。代償はかなり大きそうな気がするのですが……。
「バレなきゃって、それはかなり難しいことなんじゃないでしょうか……。 彼は卒業まで魔法も使えないのに魔法が使えるエリート魔法使いを演じなければならないんですよ!」
「……そこはこやつのハッタリ等の権謀術数にかかっておる。 仮にバレたとしたらこやつとわしはもう終わりじゃ。 こやつは退学、わしはこの魔術界の表舞台に立てなくなるじゃろ」
「理事長がそこまでする必要は……」
「わしもこれでも教育者じゃ。 ……無辜の生徒を犠牲にすることなど出来ん」
「……それを言われてしまえば、私も同じく教育者です。 否定は……できません」
「納得してくれたか?」
「いえ、理解はすれど納得は……」
「まぁ、今はそれでいい。 このことは内密に頼むぞ、もしバレたとしてもお主に責任問題は及ばないようにするから安心せい」
「……それならば」
「こいつには、最低限ではあるが、わしの魔道具を与えたりすればなんとかなるじゃろ。 この学園は決闘は禁止だと言ってるのにも関わらず、なんだかんだ理由をつけて決闘なんてしておって物騒だからの」
「……それがいいかと」
「今から、わしはこやつに合う魔道具を揃えなければならん。 お主はまだ受け持つ生徒たちの魔力測定が終わっておらぬじゃろ。 先に戻って良いぞ」
「……はい、では。 いきなりのことで生徒も混乱しているのかと思いますので私はこれで」
発言は何も出来なかったけどこれで何とか首の皮一枚繋がったのかもしれない。
話の流れからすると、俺は学園には通えるが、その学園生活は特待生、いわゆる魔法使いのエリートとして振る舞わなければならないという事だ。
ようは、三年間嘘をつき続けなければならないことになるのだ。
これを不幸中の幸いと取るか、更なる不幸と取るか判断するかは微妙なところである。
俺のクラスの担任教師は、ため息を一つ吐くと踵を返し理事長室から出ていった。
その姿を見届けると、どかっと理事長室の革張りの豪華な椅子に深々と座り直すヒルデガルド。
そして、ふうとため息を一つ。
「……さて、これからが本題じゃ」
「本題?」
「この学園の理事長であり、魔法協会にも顔が利くわしが進退を賭けるんじゃ、それ相応の対価は貰って当然じゃろ?」
えっ、この幼女そんなに大物だったの?
率直な感想である。
外見は単なる我儘幼女にしか見えないのに。
しかしーーー
「先程、自分は教育者だからと」
「それは方便じゃ」
あっさりと躊躇いもなく、言ってのける。
なんという腹黒幼女。
……俺は一体何を要求されるのだろうか。
「お主にはこの学校でエリート魔法使いを演じるだけでなく、本来の三雲家の調査をして欲しい。 おそらく、同じ三雲姓のお前だから頼めることじゃ」
「本来の三雲家?」
「そうじゃ、わしがお主を勘違いした三雲家本家筋が皆殺しにされたという事件をじゃ。 ……あの魔術の名門である三雲家が安々と皆殺しにされるはずがない。 それに、いくら最近は交流がなくても三雲家が皆殺しにされたという事実はわしの耳に入ってきてもおかしくはない。 それくらいの情報網をわしは持っておる。 今日わしが知ったというのは、いささか不可解じゃ」
「……三年前の事件を何故今更知ることになったのか。 ……裏に何者かがいるとでも?」
彼女の感情論というのも否定できない。
しかし、疑問はある。
それに自分と同じ名字の家だ。親近感はあるし、どこか放っておけないような気もする。
それは安直な正義感かも知れないが……。
「察しが良くて助かる。 おそらく、今朝挨拶に来た分家筋の者が詳しく知っている可能性があるが、今朝は問い詰めなかった。 もしかすると彼らが主犯の可能性も否定できんしな。 三雲なら三雲を殺せるであろう」
「それって、調査の過程で三雲分家の横槍が入る可能性があるんじゃ……。 しかも学園にいるって……」
もしかしたら俺は高校生活と引き換えにとんでもないことを押し付けられようとしているのではないか。
一家を皆殺しにしたであろう者と相対させるとか命が幾つあっても足りない。
だが、……両親に土下座した手前、すぐに高校を辞めて実家に帰ることは出来ない。
無理を承知でも彼女の提案は飲むしか無いか。でも、リスクが大きすぎる。
「まぁ、なに、心配するでないお主にはわしが作った魔力を持たぬ者でも利用できる魔道具を渡す。 それで多少の危険は乗り越えられるはずじゃ」
「魔道具……?」
「そうじゃ。 まず手始めに……これかの」
ヒルデガルドはガサゴソと執務室の机を漁ると片手だけの手袋を取り出し、俺に投げつける。
ぱっと見、普通の黒革の手袋ってところだ。縫い目に沿って金色の細いラインが入っており、おしゃれだな、なんて感じる。どうやら、俺の中二病は完治してないようだった。
ふむ、この手袋がなんだというのか。
「これは?」
「それは魔法封じの手袋じゃ。 その手袋に触れた魔法はどんなに優秀な魔法使いの一撃だろうが伝説級のドラゴンのブレスだろうが魔法であれば吸収して自らの魔力とすることが出来る。 まぁ、作用が強力すぎて三回ほど使えば壊れてしまうがの」
おお、相手の魔法を吸収して自分の魔力にするとか、最高にカッコイイじゃないか。
とても中二心くすぐられる装備である。
これで俺も男女平等パンチを繰り出すことが出来るのか。
なんか主人公っぽくていいな。
「あとは……じゃな、んーこれも、あれもサイズがデカすぎるのぅ。 まぁ、魔法を使えないお主でも使えるようになる魔道具とかもあるが、色々と調整が必要でな今日中に渡せるのはそれくらいじゃ。 すまぬのぅ、今週中には色々と取り揃えておくことにするわ。どうだそれは気に入ったか?」
実際に手袋を付けてみるとサイズはピッタリ、片手だけという違和感はあるがここは魔法学園、多少中二臭くても許されるだろう。
能力としては、申し分ない。この装備は、対魔法使い装備としては最強だ。
……これならば、行けるかもしれない。
「……はい、サイズもぴったりですし」
「では、三雲の件受けてくれるかの?」
決断を迫るヒルデガルト。
彼女の提案によるリスクと俺の今後の人生、天秤にかけると……。
……やはり俺の人生の方が比重が重い。
今、この学園を辞めて高校浪人を選択することは、将来を考えるとリスクが大きい。
まぁ、場合によっては逃げ出すという選択肢もある。やれることだけやってみるか。
それに、魔法がある世界というのは、今まで諦めていた非日常であり、少しワクワクするのだ。
「……やりますよ、俺にどれだけ出来るかわかりませんけど乗りかかった船です。 やれるだけやってみます」
「おぉ、それは助かる。 あっ、ちなみにお主にはこの学園において生活する上で自らの出自などは極力隠してもらうことになるが、大丈夫か?」
「自分の経歴をひけらかす趣味はないですよ」
「それと裏設定としてお主を三雲家の次期当主であった三雲……えーっと零一だったかの。 その生き別れの双子の弟という事にする。 赤ん坊の頃に事件に巻き込まれることを恐れた両親がわしに頼んで魔法の才能の無い弟の方を一般家庭で育てさせたというのはどうじゃろうか?」
完全な経歴詐称である。
「……裏設定って……。 なんか映画で見たような設定じゃないですか」
「そのほうが色々とバレた時に動きやすいじゃろ。 三雲家に近いわしが関与しているとなれば文句を言うやつも少なくなるだろう」
「まぁ、そうですけど」
「ならばそういうことでこの件は頼むぞ。 なぁに、わしが全面サポートしてやるから気にせんでもいいぞ」
「はぁ……」
華やかな青春の一ページは何処に。
俺の青春は十五にして嘘で嘘を塗りたくったものになりつつあった。
……これからどうなるんだ、俺。