なりゆきふたり暮らし
夢から覚めた瞬間は、いつも現実なのかまだ夢の続きなのかわからない。
頭が働いていないだけだと言われればそれまでだが。
それでも私はその瞬間が割と好きだった。
数秒の間だけの夢と現の境目。
その境目から現実を教えてくれるのはいつも決まってこの声。
「おはよう、お姉さん」
「うん、おはよう。お茶でもいれようか」
この少年とは一緒に住むことになってしまったが、同棲ではなく、あくまで同居。
向かい合ってカップを置く。
にこにこと笑っている少年に毒気を抜かれ、聞こうと思っていたことを飲み込んだ。
まあ、いいか、という気にさせられるのはこの穏やかな朝の陽光のせいもあるのだろう。
ゆっくりと流れるこの時間があまりにも穏やかで。
「いい天気ですねえ。なんだかこの風に乗って飛んで行けちゃいそうな」
窓から入る風に私の髪が揺れ、少年は冗談めいて言う。
「まあ、でも僕この部屋から飛んで行くのはできそうにないんですけどね」
あはは、とからから笑う。
自分の名前も中身も何もわからないと言った少年。わりとお互い困る状況にあると思うのだが。
まるで真剣味のないその様子にこの状況で彼はどうしてこんなにも明るいのだろうと、一人悩む自分が馬鹿らしくなる。
自分のカップが空になり、私は立ち上がる。
「じゃあ、カップさげるね」
綺麗なままの彼のカップと重ねてシンクに持って行く。
洗っていると少年がふわりと傍に来てまたまた無邪気に尋ねてくる。
「お姉さんは彼氏さんとかいないんですか?」
「いたら毎度の休日こんな風に過ごしてないと思うわ」
痛いところをつかれ、皮肉めいて返してしまう。
「じゃあ、お姉さんに彼氏さんができるまで僕ここにいてもいいですか?」
「駄目って言ってもどうしようもないんでしょう?」
「まあ、そうとも言いますが」
またおかしそうに笑う。
この明るさは元々のものなのだろうか、それとも全てを忘れてしまった今だからなのか。
本人がわからない以上私はもっとわからない。
知ろうにも、少年の手がかりも何もないのだ。
明日はちゃんと聞こう、そう思って毎日が過ぎる。
「じゃあ、私が一生一人身だったら看取ってくれる?」
「あ、いいですねえ。看取りますよ、僕」
にこにこしながら会話の内容に反して楽しそうにふわふわと私の周りをまわる。
「その時は一緒に成仏しましょうね、僕お姉さんと一緒なら成仏できそうな気がします」
ガッツポーズをする能天気な地縛霊なんて、本当に現実味がなさすぎて私は今日も、結局、色々聞くのは明日にしようと思うのだった。
ーーまあ、こんな風に時間が過ぎるのも、悪くない気がするかなーー
現実と非現実の境目も、まあ悪くはないーー。