日課練習008.
今回は一時間掛けてもいつもの文量に至らなかった。
「初羽くん、好きだよ」
彼女はボクの机に座り、真正面から見下ろしながらいつものように、恥ずかしげもなくボクに言葉をかける。
「あ……ありがとう……姫路さん」
それにボクはいつものように、慣れることなく顔を赤くし返事をする。
そんなボクを満足気に見つめながらいつものように、彼女は話を振ってきた。
「ねえ初羽くん、あなたは一つ勘違いをしていない?」
◇ ◇ ◇
「勘違い?」
「そう、勘違い」
スカートの中が見えないよう器用に足を組み、膝の上に肘を乗せ、手の上に顎を乗せてこちらを上から見据える。
「わたしは、怖いものは平気なの」
「……………………はぁ……」
「味気ない返事ね~……」
そう言われても……改めて言われるまですっかり忘れていたことをあえてほじくり返してくるなんて……。
……というかアレって、三題噺のためにワザとやっていたことだと思っていたのに……改めてこう言われてしまうと……やっぱり怖かったのか……。
「まあ良いわ。今日は、それを証明しようかと思ってね」
「証明……?」
「昨日やってた夏の幽霊特番で、沢山の怖い映像を見たのよ」
「怖いもの嫌いなのになんでそんなの観るの……?」
「怖いもの見たさ――じゃなくて、怖くないから観るに決まってんじゃん!」
本音が一度漏れてるんだけど……なんか余裕無いな……やっぱり苦手なんじゃ……。
でもそんなことをあえて言ってくるなんて……やっぱり怖くないってこと……?
……あ、三題噺のお題か……。
さてはイッパイイッパイだな、彼女。
「……で、それがどうして怖がりじゃない証明になるの?」
「その怖い映像をわたしが使ってるスマフォで観せてあげるからよ」
「……それって違法ダウンロード……」
「最近のテレビはね、大概のものは放送してから一週間は無料で観れたりするものなのよ」
「でも……そういうのを面白半分で観ると幽霊が寄ってくるって言って――」
「じゃあ初羽くんのスマフォを生け贄にしよう」
「――っていやいや、怖くないんでしょ?」
「怖っ……くはないけど! でもそういうので付いてきたり呪われたりは勘弁っていうか……!」
「でも、幽霊なんていないって考えなんじゃ……」
「初羽くんもそう思ってるんでしょ?」
「いやボクは普通にいると思ってるし」
「えっ」
「むしろ怖がってる方だし」
まあよくいる、実物を見たことはないけど怖いものは怖い派だ。
ただ彼女よりも怖がりじゃないだけで……。
……その分照れ屋ではあるけれど。
「というわけで、どうぞ」
「…………」
急にスマフォを見つめだし、思いつめた表情になった。
……なんか今日はからかってやろうという気分にならないなぁ……あの時は随分とからかわれた後だったから仕返しに、とか思えたけど、今日はもう最初からこんな調子だからかなぁ……。
「……そういえば、日本における最後の主従関係ってどういった人たちだと――」
「露骨に話逸らしたよね?」
「――ぐぅ……!」
悔しそうな顔だなぁ……。
「……もういい」
「え?」
「もうわたしが怖がりってことで良い。もう三題噺の話題を振り終えたし」
さてはさっきの話を逸らすために使った言葉の中にあったな。
無理矢理使って早々に話を打ち切るつもりだったか。
「そっか……ボクそのテレビ観てなかったから観てみたかったのに」
「じゃあスマフォに――」
「ボクガラケーだから」
「今それを言うっ!?」
いやだって今の今まで聞かれなかったし……。
「だからまあ、姫路さんが観せてくれたらありがたいなぁ、って思って」
「うっ……」
「……隣から覗き込んで、とか……?」
「うぅ……! それは魅力的……! だけど……だけど……!」
そうして悩んでいる間に、チャイムが鳴った。
「あ、ああ! 残念だな~! せっかくだけどお開きってことで!」
「ああ、うん。分かった」
こちらの返事を聞くのも程々に、自分の席へと慌てて戻っていく。
……結局、怖がりだって明かしに来ただけだったな……三題噺の運が悪かったな、うん。
お題は
「夏」
「いけにえ」
「最後の主従関係」
でした。