日課練習004.
かなり遅れたけど、気持ち的には29日分のつもりです。
「初羽くん、好きだよ」
彼女はボクの机に座り、真正面から見下ろしながらいつものように、恥ずかしげもなくボクに言葉をかける。
「あ……ありがとう……姫路さん」
それにボクはいつものように、慣れることなく顔を赤くし返事をする。
そんなボクを満足気に見つめながらいつものように、彼女は話を振ってきた。
「ねえ初羽くん、あなたって遊園地に行ったことある?」
◇ ◇ ◇
「遊園地? そうだな~……小学生の時に行って以来かな」
「友達と一緒に行ったりしない?」
「姫路さんみたいにアクティブじゃないしね」
決して友達がいない訳じゃない。朝いつもこうして姫路さんとばかり話しているからそう思われても仕方ないかもしれないが、ちゃんと教室で話しをしたり体育で組んだり放課後寄り道したりといった友達はいる。ただ皆深夜アニメをリアルタイムで観るせいでいつもチャイムがなるギリギリに登校してくるだけで。
「……大丈夫だよ」
「え、なにが?」
「初羽くんは、一人ぼっちじゃないから」
「いやうん、それはボクが一番分かってるからね?」
「……これから、次の休みの日に友達と約束した遊園地の話するけど、大丈夫?」
「いや大丈夫だから! その気遣いの方が逆に失礼だからっ!」
「そう……? ……あ、ちなみに行くのは女子ばっかりだから。嫉妬しなくて大丈夫だからね?」
「別に男子と一緒でも嫉妬しないからね?」
「……そのままホテルに入っていっても?」
「今そういう話だったっけ?」
「まあ真面目な話、男女集団で遊園地なんて行くと面倒なことになるだけだからなんだけどね」
「そうなの?」
「男の人って長時間待つアトラクションって苦手じゃない? 例えば一時間待ちってなったら、じゃあ別の所先に回らない? って言い出さない」
「あ~……それはあるかも」
といっても、ボクの場合も想像の域を出ない話だけど。
「そうやって他の所に行ってから戻ってきたら、次は二時間待ちとかになってるのなんて誰しもが分かることなのに、いつか勝手に空くと勘違いしてる層って絶対いるのよ。というか、わたしの周りにいる初羽くん以外の男子は皆そう」
「そ、そうなんだ……」
イヤに熱が篭ってる……これは過去に何かあったな。……つつきはしないけど。
「女の子はね、並んでる時に友達と話してるのもまた楽しんでるの。水があるアトラクションで泳いてる鳥見て「かわいい~」とか言っときたいの」
「……姫路さんって、そういう意味のない会話を嫌ってるイメージがあったけど、意外だね」
「む、失礼な。わたしだって普通の女の子なんだからねっ」
……普通? あんなに下ネタ振ってくるのに……?
プンスカ、という擬音が聞こえてきそうな可愛らしい怒り方だけど、言ってることにイマイチ納得が出来ない。
「メリーゴーランドに乗ったら股が痛そうだな、とか考えるぐらいには普通なんだからねっ」
ほら、やっぱり普通じゃない。
……いや、え……? それとも女の子って、皆こんなことばっかり考えてるものなの……?
……しまった……分からなくなってきた。そもそもボクが知ってる女性像って、小説と友達から借りる漫画や話してくれるアニメのエピソードと理想の女性像からしか得ていないから分からなくなってきた……!
「……何を悩んでるの、初羽くん。いつものキミなら今のエピソードでわたしの足の付根を見て照れるのに……今日は赤くしないで青くするなんて」
「いや……うん。大丈夫。ちょっと、ボクの常識が間違えてるかも、とか思っただけだから……」
「……あ~……でも、そうして悩む初羽くんも良いかも」
「Sかっ! いや、Sか……」
「その再認識からのシミジミ感はどういうこと?」
「そういうことだけど?」
「そういうことか……はっ! じゃあもしかして、Sらしく振る舞ったほうが初羽くんの好みってこと!? ……ドM!?」
「ちょっとボクの性癖勝手に決めつけないでっ!?」
「いやでも……初羽くんMっぽいし……」
「その再認識どういうこと!?」
「そういうことだけど?」
「そういうことか~……」
額を押さえて天を仰ぐ。してやられた気分だった。
「じゃあ初羽くんがドが付くMって決まったところで――」
「いや勝手に決めつけないでっ!?」
「――初羽くんって、ジェットコースターって乗れる?」
「いきなり話題が変わったような……」
まあでも、時間も時間だし、何か無駄に拘りを見せてる三題噺的にも乗った方が良いのか。
「えっと……ジェットコースターは……う~ん……ちょっと苦手かな」
「そうなの? 胸元が緩い服を着てる子の隣に座れたら中身見れるかもしれないのに?」
「あのハイスピードでそれって無理じゃないかな?」
素に答えてしまったけど、そもそもジェットコースター自体怖いボクとしては、絶対にそこまでの余裕が無い自信がある。
「それじゃあ初羽くんがもしわたしと二人きりで遊園地に行ったら何に乗れるの?」
「……大きな船が揺れるやつ……?」
「ジェットコースター無理なのにアレはいけるの?」
「ちょっと辛いけど……じゃあウォータースライダー――」
「あ、服が透けるのを狙ってる?
「――あ、じゃなくてお化け屋敷――」
「ビビってわたしに抱きつくつもりだねっ!」
「って途中から無理矢理そっち方面に持って行かれてる!」
「わたしの増えた必殺技の一つよ。っていうか、初羽くんの遊園地像って少し古いよね」
「え、今はこういうの無いの?」
「あるけど……もっと種類があると言うか……なんかちょっと、お父さんと話してる気分になった」
「ぐあっ……!」
同い年なのに……! そんな年上扱いされるなんて……!
「これはやっぱり、一度遊園地に行くべきじゃない? というわけで、一緒に行く?」
「いや……姫路さんのグループとは絶対に反りが合わない自信があるから良いや……」
リア充オーラ、とでも言えば良いのか。
あの馴れ馴れしい空気感がどうにも慣れない。
それに……女子ばっかのとこに男子一人とか……しかも男子の厄介さをあんなに話した後に……マジで拷問過ぎんだろ……。
「じゃあ……今度二人で?」
「えっ?」
不意に、突然。
こちらと目線を合わせるように、身体を傾け首を捻り、ボクのことを見つめてくる。
そこに照れてるとか、緊張してるとか、そんな空気は少しもない。
……それなのに、何故か、こちらの返事を待っている空気は、感じてしまって……。
「…………………………………………あ――」
答えなんて決まっていない。
それなのに、自然と口が開いた――瞬間、チャイムが鳴った。
「あ、チャイム鳴った。じゃあね、初羽くん。また明日」
まるでボクが感じていた空気感なんて勘違いだったと言わんばかりに、あっさりと、姫路さんは机を降りて自分の席へと戻っていった。
「…………」
一人、いつの間にか昂ぶっていた心臓を落ち着けている自分がいた。
……勘違いだ。からかわれているだけだ。今のボクの顔を見たかっただけだ。
そう言い聞かせながらも……顔の赤みが取れるのには、結構な時間が掛かった。
お題は
「鳥」
「メリーゴーランド」
「増える必殺技」
でした。