日課練習003.
「初羽くん、好きだよ」
彼女はボクの机に座り、真正面から見下ろしながらいつものように、恥ずかしげもなくボクに言葉をかける。
「あ……ありがとう……姫路さん」
それにボクはいつものように、慣れることなく顔を赤くし返事をする。
そんなボクを満足気に見つめながらいつものように、彼女は話を振ってきた。
「ねえ初羽くん、クローズサークルって知ってる?」
◇ ◇ ◇
「クローズドサークル……推理小説とかにある、絶海の孤島とか、陸の孤島とか、そういうのだよね?」
「そ。嵐の中の吊橋が落ちた屋敷とか、船がどこかに行ってしまった無人島とかね。もちろん、電話で連絡できない状況ってのが前提だけど」
「いや、無人島は少し違う気もするんだけど……それよりも、姫路さんからそんな話が出るとは思わなかったな」
「む、失礼だね、初羽くん。それじゃあわたしがエロいことと初羽くんを恥ずかしがらせることしか興味ないみたいじゃない?」
いや、それってあながち間違いじゃないんじゃ……。
「まあ、あながち間違いじゃないんだけどね」
自分でも言ったよ……。
……なんだろ……ちょっと恥ずかしい。
「ホント、初羽くんが魅力的なのが悪い。だからこそクローズドサークルに連れ込みたくなる」
「えっ、ボク殺されるの?」
「まさか。二人で孤立してそのまま恐怖に震えて、その恐怖が段々と好意へと錯覚していって――」
「そんなストックホルム症候群みたいなこと起きない!」
「――わ、わたしは犯罪者じゃ……そ、そんな……」
「しかも確実に犯人のパターンのはんのおおおおおおおおおおおう!!!」
「まあさっきの反応は冗談にしても、わたしだっていつか初羽くんを本当に誘拐して監禁して両手縛って下半身脱がしてその上で腰を振り続けるか分からな――」
「そこまで言う必要ないからねっ!?」
「え~? そう?」
「そうっ! っていうかその、今日のはあまりにも直接過ぎない……? いつもはもっとこう、回りくどいというか、こんな感じじゃないと思うんだけど……」
「だって……今日はなんか、発情してて……」
「え……?」
「もうアソコもびっしょりと濡れて……」
「なっ……!」
つい、スカートの上から足の付け根を見てしまう。
「ま、そんなぬれたヒロインみたいなキャラ設定は持ってないけど」
「嘘っ!?」
「え、当たり前だよ? 女性ってさ、そこまで簡単に濡れないんだよ……」
「またそんなシミジミと親父の体験談みたいな……」
「あれ? それとも濡れてて欲しかった?」
「そ、そんな訳ないから……!」
焦った態度が余計にそう思わせてしまうのが悔しい。……いやちょっとそうだったらどうしようとか思っちゃったけど……!
でも! 期待してた訳じゃないから! ホントに! マジでっ!
「そ、それで、どうしてクローズドサークル? だいぶ話が逸れてる気がするんだけど……」
「ああ、そうだったそうだった。最近、推理小説を読んでるんだけど、その小説は孤島タイプのクローズドサークルだったんだけど……それでまあ、大学のサークル? で行くんだけど……そこで、犯人とか被害者とか探偵とか……そういう風にプレートがリビングみたいな場所にいつの間にか置かれてるの」
「へ~……あ、それで、次々と被害者が出てきて、最後に残るのは探偵と犯人の二人だけになる、とか……?」
「たぶんね」
「た、多分……?」
「わたしまだそこまで読めてなんだよね~」
「じゃあなんでこの話振ったの……?」
「いや~……だっていつも寝るまでの眠気誘発剤で読んでるだけだからな~……」
「まあ、じゃあ仕方ないかな……」
にしても、寝るまでの時間潰しに読むのか……ということは、パジャマか何かでベッドに寝そべりながら読んだりしてるのかな……。
「ちなみにわたしはスケスケのネグリジェで寝てるから」
なっ……! ということは何もかもが丸見えで……!
「しかも下着は付けない派」
「そ、そんなの――って急になにっ!?」
「えっ、だって初羽くん、わたしのパジャマ姿とか想像してたでしょ?」
ニマ~、とした笑み。
対してボクは、自分でも分かるぐらい顔が熱い。
「し、してないって……!」
「そんなに顔を赤くして言われても説得力無いけどね」
ごもっとも……! これには何も言い返せない……!
「初羽くんって、そういうのに照れる割りによく想像して顔を赤くするよね」
「だ、だって、男だったら普通だよ……」
彼女の見た目は可愛い。そこで寝ている時の話だ。普通の男子なら誰しもが想像するだろう。……ボクみたいに顔が真っ赤になってあっさりとバレてしまうかどうかは別にして。
「男子だったら普通か~……普通って言えば、こうしたクローズドサークルの推理小説も普通なの?」
「え?」
「わたしってあんまり本読まないから知らないけど、でもこの方式って化石みたいに使い古された手段なんだよね? ネットに載ってたけど」
「それって確実にバカにした人の言い分だよ……まあ、よく使われてる手法ではあるかも。現にボクは結構雑多に本を読むけど、推理小説だけで考えたら結構あるかも」
それこそ二次元文化でもそうしたものは多用されている。最近はタイムリープや転生モノが多いイメージがあるけど。
「そうなんだ……でもやっぱりこれって、現実では中々起きないよね?」
「まあ、ね」
「じゃあ……初羽くんと二人きりでこうした状況に持っていくことは出来ないってことか……」
「……犯人と探偵?」
「じゃあ間違いなくわたしが犯人になるね」
そう言って、ニコリと笑われる。
「……っ」
それが、今までとは違う、恥ずかしさからくるものとは違う照れを、ボクに感じさせる。
……忘れそうになる。
いつも直接的なエロいことを言われて、照れて、大声で返しているから、つい。
彼女は可愛いのだ。だからこうして微笑まれるだけで、それを再認識してしまう。
……つまりは、なんだ……ただただ彼女のことを可愛いと、そう思ってしまっている感情が、コレなのだ。
「いや、でも、その場合だとボクが犯人の場合もあるんじゃ……」
「ないない。だってわたしじゃないと動機が無いもん」
「動機?」
それを訊ねようとしたところで、チャイムが鳴ってしまった。
「あ、それじゃあね、初羽くん。また明日」
「あ……」
聞けなかった。
これでいつもみたいに、今日の彼女との会話は終了。
ボクと二人きりになりたいから他の皆を殺してしまう……。
そういう動機であれば、きっとボクは、それが不謹慎であろうとも喜んでしまうのだろう。実際にされたらヒくし恐怖することこの上ないが。想像で、実際にする訳が無いと分かる雰囲気で話されるだけならば、きっと……。
「…………」
でも、それは大いなる勘違い。
彼女がボクのことをそうした目で見てくれるはずなんて、無いのだから。
お題は
「屋敷」
「化石」
「ぬれたヒロイン」
でした。