日課練習013.
「初羽くん、好きだよ」
彼女はボクの机に座り、真正面から見下ろしながらいつものように、恥ずかしげもなくボクに言葉をかける。
「あ……ありがとう……姫路さん」
それにボクはいつものように、慣れることなく顔を赤くし返事をする。
それは隣に立つ幼馴染のコノも同様で、このいつもの告白を視線を逸らして聞こえないフリをしている。
その言葉を発した当事者たる彼女は、照れるボクを満足気に見つめながらいつものように、話を振ってきた。
「ねえ初羽くん、イチゴ狩りの季節っていつか知ってる?」
◇ ◇ ◇
「いや、知らないかな。いつなの?」
「知らない」
「えっ」
じゃあさっきの質問は……?
「知らないから聞いたんじゃない」
「あ、そういうことか」
「イチゴ狩りなら、冬から春先ぐらいじゃない……?」
隣に立つコノがオズオズと教えてくれる。
「あ、そなの? じゃあまだまだか~……」
「急に、どうしたの?」
「いや、ふと苺が食べたくなってさ。ここ最近スイカばっか食べてるからさ~」
夏とはいえ、そんなスイカばっかり食べられる環境なんて得られるのだろうか……?
「というか、スイカばっかり食べてたから苺が食べたいなんて気持ちになるものなの?」
「え? ならない?」
ボクの疑問に彼女は隣のコノにすぐさま同意を求めるが、生憎と「う~ん」と困ったように首を傾げさせるだけだった。
「じゃあ初羽くんは、スイカばっかり食べさせられたら何を食べたくなるの?」
「う~ん……無難にお煎餅とか、しょっぱいものかな」
「お煎餅って言い方、なんか良いね」
「なんの話っ!?」
「エロい話」
「さっきまでそんな片鱗微塵も無かったよねっ!?」
「実は苺っていうのが男性のタマの隠語で――」
「だとしたらビッチ発言甚だしいことになるけどっ!?」
「あ、隠語ってのも淫乱な言葉って意味にしとけば尚良かった……!」
「どこで悔しがってんの!?」
つい大声でツッコんでしまうのは、赤くなった顔が恥ずかしいからではなくツッコミによる興奮だと思わせるためだ。
ちなみにこういう時、コノは顔を赤くすること無く、ちょっと引いたような顔で彼女のことを見ていてばかりだ。
「じゃあ、ネネは?」
「あたしも、しょっぱいものかな」
「あれ? もしかして、一つのフルーツに食べ飽きてきたからって他のフルーツを食べたがるのって、異端?」
「さ、さあ……? 珍しくはあると思うけど……」
「マジか……じゃあバナナは? 南の国の食べ物だから今じゃない?」
「国産だったら、そう――待って。これって男性のアレとか言い出す?」
鋭い。
ボクは全くその考えに至らなかったのに。
「……ネネちゃんって察しちゃうよね。やっぱりこの話は初羽くんに振るべきだったか……」
「いや止めようよそういうの……普通にボクでもドン引くよ」
「え? 顔真っ赤にして照れるでしょ?」
「そりゃ……女の子の口から、その……そんな言葉が出てきたら照れちゃうだろうけど……」
現に、説明している今も少し照れが出てきている。
「でも発想があまりにも親父臭いのは……なんていうか……」
「ダメ? ギャップ萌えにならない?」
「可愛い今時の子が親父っぽかったとしても、それがブームっぽくも見えるよね」
とは、コノの言葉だ。
「親父ギャグブーム? あ、でも案外そろそろ来るのかも。ブームは一周するって言うし」
「一周……? 一度でも親父ギャグブームなんて来たっけ?」
「来た事ないの? 夏場とか」
「そんな季節毎に来るものだったらさすがに覚えてるよっ!?」
まあでも、案外残念な子、というギャップはあるかも……。
……下ネタばっか振ってくるのもある意味ギャップなのかもだけど、ボクの中では外見的になんのギャップも感じないしなぁ……。
「あ、私のこと考えてる?」
「え、あ、まあ」
スバリ言い当てられ、つい正直に答えてしまう。
「エロいこと?」
「……というより、エロいことばっか言ってくるのが困るな、って考えてた」
「ドキドキする?」
「ギトギトする」
「ギトギトっ!? それって心情表す言葉としておかしくない?」
まあボクもなんとなくで言っちゃったしね……。
「全く……壊れた子供時代を過ごしてきからそんな言葉遣いになるんだよ……」
「その言葉姫路さんにそっくりそのまま返したいよ」
どこをどう育てたらこんな平気な顔して下ネタバンバン話せるのか。
「でも確かに、苺とバナナを下ネタに使うのは、行き過ぎかも……」
「え~? ネネもそういうこと言っちゃう? でも女子同士なら普通じゃない?」
「女子同士だったら、なんていうかもっと……深い」
深いんだ……。
「それこそ照れるよりも引くことのほうが多くなる……はず。でも姫路さんのは……浅い、というか……無理してる、というか……」
「む、無理とな……?」
図星を突かれたような反応……?
「な、なんとなく、だけどねっ!?」
慌ててフォローしている。
しかしまあ、彼女がここまで慌てるということは、案外コノの言い分は的を外していないのかもしれない。
そうか……無理矢理下ネタ言ってるのか……。
「あ、なにそのほっこりとした目っ!?」
「いや、そんなことはないよ?」
でもこの感情がギャップ萌えなのだろうということは理解していた。
「くっ……! 初羽くんの照れ顔を見るために無理矢理言ってたってのがバレちゃったか……」
がっくりと項垂れるが……。
「…………」
いやいや、その言葉に照れるから。
「……姫路さん、なんかアプローチの方向性、変えた方が良いんじゃない……?」
コノがそう彼女に提案したところで、キリ良くチャイムが鳴った。
「……そだね。色々と考えてみる……」
明日から試行錯誤することを決意し、彼女は自分の席へと戻っていった。
お題は
「南」
「苺」
「壊れた子ども時代」
でした。




