日課練習012.
「初羽くん、好きだよ」
彼女はボクの机に座り、真正面から見下ろしながらいつものように、恥ずかしげもなくボクに言葉をかける。
「あ……ありがとう……姫路さん」
それにボクはいつものように、慣れることなく顔を赤くし返事をする。
それは隣に立つ幼馴染のコノも同様で、このいつもの告白を視線を逸らして聞こえないフリをしている。
その言葉を発した当事者たる彼女は、照れるボクを満足気に見つめながらいつものように、話を振ってきた。
「ねえ初羽くん、小学生の頃林間学校って無かった?」
◇ ◇ ◇
「林間学校?」
「林間学習でも良いけど」
「う~ん……」
「あった……よ」
思い出を掘り返すボクの隣で、コノが遠慮がちに答えてくれた。
「どこに行ったかまでは、思い出せないけど……えっと……皆で一緒にカレー作ったり、一日目はテントで泊まったり、プールに鮎を逃がして捕まえて塩焼きして食べたり……」
「あ~……言われたらあったかも」
小学四年と五年の二回、あったかもしれない。四年の時に一回行って面白くなかったから、五年の時はズル休みしたような気がする。
そうか。一回しか行ってないからイマイチ覚えていないのか。
「カレー作りの時にコノと一緒の班になったんだっけ」
「うん、そう」
「男女でグループを作らなくちゃいけない決まりがあって皆照れとかで戸惑ってたけど、ボク達はすんなりと決まったよね。そうそう、思い出してきた。コノの手際が小学生とは思えないぐらい良かったんだ」
小学生に包丁を使わせるのは危ないからと、二日目に泊まるホテルの人数人がグループを見て回っ
ていくれていた中、コノがいたウチのグループだけはそんなに目を留められなかった。目を離しても大丈夫だと思われていたことの何よりの証拠だ。
「そ、そんなことは……」
ちょっとだけ顔を赤くし謙遜するコノ。
「そ、それを言ったら、ハネだって、火をつけててくれたり、お米研いでてくれたりしたし」
「そういうさり気ないフォローをしといてくれるのが初羽くんの良いところだよね、ホント」
高い背の割りに小さな声で話してくれたコノに、彼女はすかさず同意してくる。
「私の人を好きになるキッカケをくれたのは、ホント初羽くんのそういうところ」
「昔から、目立たないフォローばっかりしてた」
「そうそう。だから人によったら何もしてないように見えるんだよね~。でもそういう貧乏くじにも何も言わないで、徹底してフォローに回るその心意気。ホント好き」
「そ、そんなに褒めないで……」
二人してそこまで言ってくるのは止めて欲しい。
大体ボクのそういうのは、目立つような行動をとっても活躍出来ないことを分かっているからだ。ボクはフォローするのが性に合っている。能力的にも性格的にも。
人には向き不向きがあるのだ。
「そ、それよりも、なんで林間学校の話?」
このままでは恥ずかしい思いをしたままになる。
無理矢理なのは自覚しているが話を変える。
「あ、そうそう。そうした林間学校って私の小学校には無かったのよ。修学旅行すら無かったし」
「へ~……それはそれで閉鎖的、だね」
ちょっと驚きながらのコノに彼女は、そうなの、と続ける。
「だからまあ、泊まりの学校行事って中学からだったんだけど……言っちゃえばそれって、思春期に入っちゃってる訳じゃん」
あ、これイヤな予感がする。
「だから二人に聞きたいんだけど、思春期に入るか入らないか微妙なその小学生って時に、異性のお風呂に興味持たなかった?」
ほら。
「…………」
コノも無言だ。顔は赤くなってないから照れてる訳ではないだろうが、どう反応して良いのか困っている。
あ、ちなみにボクはとっくに顔が赤くなってるので、悪しからず。
「ん? さすがにそれぞれの部屋にお風呂があって入れた、ってことはないでしょ? あ、それともその時は同姓の成長度の方が気になってた感じ? まだ異性への扉は開けてない感じ? 胸の大きさとおチ○チ○の大きさとアソコの毛の量とか、そんなことばっか?」
「あの、姫路さん……朝にこの場でそういう話は……」
「ん? 大丈夫大丈夫。周りも騒がしくて聞いてないって」
コノの注意にあっさりと返す。
「で、どうなの?」
「ど、どうって……」
さすがに言い淀む。
「あ、さっきから話題に上らないようにしてる初羽くんはどう?」
「ぼ、ボクは、そんなの……」
顔が真っ赤なのが自分でも分かる。
「その当時の大きさ」
「なんのっ!?」
「ウソウソ。歪んだ子供時代を歩んでたの?」
「いやこの場合、興味持ってる方が歪んでるのかそうじゃないのか……」
「それを知るための質問だから。あ、ちなみに私は高校に入ってから異性に興味持ったクチだから」
「嘘だ!」
「ホントだって。だって初羽くんに会うまではホント異性になんて興味無かったんだもの」
あ~もう!
下ネタで照れさせた後に普通に恥ずかしくなるようなこと言うのは止めてっ!
「……あたしは、同姓の成長にしか興味無かったかな……」
不意に、コノがそう漏らした。
まるで照れてるボクを庇うかのように。
「ほら、胸がこんなだから……」
「えっ、でも小学生だったら皆そんなもんじゃない?」
「その時から成長してる人もいたし……だからつい、揉ませてもらったり……」
「あ、やっぱり揉むよね? 私も中学の修学旅行じゃあ一回だけ揉んだ」
「あたしは、割りと必死な形相で揉んだ。大きくなることを願って」
「それ怖がって揉ませただけじゃね?」
「その可能性は否定出来ない」
いやその会話余計に照れるから! ……なんて叫べない。
こんな女子トークになんて混じれないよ……。
「じゃあ私のも揉んでみたい?」
「う――いや、良い」
「なんで? 今頷きかけたのに辞めたの?」
「……どうせ本気になって揉んでも大きくなれないことは、その時に証明されたから」
「その……ごめん……」
彼女のほうが申し訳無さそうな表情を浮かべるのを見るのは初めてだった。
この高校でも今年の秋口には修学旅行があるからな……その時になってコノはまた、今と同じような気持ちになるんだろうな……。
お題は
「林」
「扉」
「ゆがんだ子ども時代」
でした。




