日課練習009.
「初羽くん、好きだよ」
彼女はボクの机に座り、真正面から見下ろしながらいつものように、恥ずかしげもなくボクに言葉をかける。
「あ……ありがとう……姫路さん」
それにボクはいつものように、慣れることなく顔を赤くし返事をする。
そんなボクを満足気に見つめながらいつものように、彼女は話を振ってきた。
「ねえ初羽くん、あなたって夏と冬、どっちが好き?」
◇ ◇ ◇
「ボクは冬かなぁ……ちなみに姫路さんは?」
「あ、奇遇奇遇。わたしも冬派」
ふと思ったけど、ここ最近好きと言われた時は照れるのに、話題が移ればすぐさま恥ずかしさが去っている。
我が事ながら今まで気付きもしなかった。慣れてきているのかもしれない。
「やっぱり夏だとお化けが出るから?」
「は? お化けなんて怖くないんですけど?」
「あ、はい……」
上から睨みつけられるのって、結構怖い。可愛い顔してる子ほどそのギャップのせいなのかさらに、だ。
……まあ、昨日の自爆は無かったことにしておいた良いのだろう。
「それで、なんで冬が好きなの?」
とりあえず、無難な質問をしてみる。
「ま、暑くないしね……」
「理由が切実過ぎる……」
確かに、今日はかなり暑い。
おそらく今年一番の暑さだろう。教室内という環境のせいで尚の事だ。
一応クーラーがあるにはあるが、点けていいのは朝のホームルームが終わってからということになっている。というか、職員室で制御されているせいで、この時間は生徒の手で点けることは出来ないのだが。
「それに暑さってどうすることも出来ないじゃん?」
「? どういうこと?」
「寒さは着込んだりカイロ持ったりとかでどうにか出来るけど、暑さは脱ぐしか無いけど限界が来るじゃん? 現に今はコレで限界だし」
「まぁ……そうだね……」
つい、胸に視線がいってしまうのは男の性だろう。
「いやそりゃね? 初羽くん的にはもっと脱いで欲しいかもしれないよ?」
「いや、そんなことは……!」
「でも水着とか下着とかで過ごして欲しいでしょ?」
「いや……」
……なんとも言えない。こういう質問にはどう答えれば良いのだろうか。
「下着なんて水着と変わらないじゃんとか言って脱がしたいんでしょ?」
「脱がしたいはあり得ないから! そ、それに脱ぐのが限界って言うなら、そのベストだけでも脱げば違うんじゃないの?」
かねてから疑問に思っていたことだけど、女子は半袖シャツの上に袖のないセーターのようなものを着ている。
それを脱ぐだけなら服を脱ぐのとは違うし、多少はマシになるように思うのだが……。
「やっぱりエッチだな~、初羽くんは」
「えっ?」
「コレはね、透けブラ対策なの」
ベストの胸元を軽く引っ張って教えてくれた。
「夏のシャツってホント普通に透けるからね? それを見せないために着てるの」
「へ~……」
こればっかりは素直に感心。全く知らなかった。
「ま、初羽くんだけになら見せるのもやぶさかじゃないけど、不特定多数に見せるのはイヤだからさすがに、ね。というわけで、コレを脱ぐのは勘弁ってことで」
「い、いや、そういう事情があるんなら、うん。ボクも無責任なこと言ってゴメン」
「まあ、イザという時はちゃんと制服を濡らすプレイもさせてあげるから」
「イザ……?」
つい口を吐いてから、あっ、となった。
「セッ――」
「分かったから! ごめんっ!」
慌てて止めに入る。
「そう? S○Xのこと知ってるの?」
「全部言わないでよーーーーーー!」
女の子の口からそれを聞くだけで顔が赤くなっていくのが自分でも分かる。ホント勘弁して欲しい。
「ふふっ、なんか久しぶりに見れてもう満足できた。じゃあ雪の話でもしようかな」
「ゆ、ゆき……?」
「冬の寒い日に降るアレね」
「あ、ああ~……」
冷たいことの話題だから、というわけではないが、顔の熱が引いていく。
「でもこの辺の地域ってあんまり降らないよね?」
「まあね~。でもほら、だからこそ降ったら嬉しくならない?」
「それはまあ、ね」
真冬でもテレビの中でしか見ないし、実物を見ようと思ったら県外に出なければいけない。出ないとなると、オリンピック周期でしか見れないだろう。
「この前ね、死神の小説を読んだの」
「し、死神の……?」
「雪の降る地域で起きたバスの横転事故で、死んでいく命を導いていくって話だったの」
「それは……」
かなり悲しそうなお話だ。
「子供が死んで導かれていくのを親が知らず、ずっと子供を揺さぶるシーンとかさ……小説なのに読んでてキツかったのよ」
「…………」
「ああいう、転落死とか、事故とか、自分じゃどうしようもない死を見せられるのってイヤよね……」
「……うん」
「アレを見せられるぐらいならさ、暗黒の殺戮現場を見せられるぐらいの方が遥かにマシ」
「まあ……物語としてはそうかもね」
「……ねえ、初羽くん」
「ん?」
「事故死だけは、しないでね」
「それは……」
約束しかねる。
でも、なんとなく、それを正直に告げるのは躊躇われた。
そうこうして悩むよりも早く、チャイムが鳴った。
「うん、ちょっとは涼しくなったかな」
「え?」
急に、ガラリと声が明るくなった。
「真剣な話をしてるとさ、やっぱり集中するからか暑さなんて感じなくなるよね~」
そう言って机を降りて、こちらを見もせず立ち去っていった。
それがどこか誤魔化しに見えて……案外、言いたくない本音が出てしまった……なんて思うのは、いつもの都合のいい妄想だろうか。
だって彼女は最初、雪の話、と言っていた。
それが気付いたら小説の話になっていて、そして……。
……まあ、考えても仕方がないこと、か。
お題は
「雪」
「死神」
「暗黒の殺戮」
でした。




