日課練習001.
「初羽くん、好きだよ」
彼女はボクの机に座り、真正面から見下ろしながらいつものように、恥ずかしげもなくボクに言葉をかける。
「あ……ありがとう……姫路さん」
それにボクはいつものように、慣れることなく顔を赤くし返事をする。
そんなボクを満足気に見つめながらいつものように、彼女は話を振ってきた。
「ねえ初羽くん、あなたの好きな暖房器具ってなに?」
◇ ◇ ◇
「この暑い時期にその話題なの?」
「そう。こういう話題なの」
彼女がボクに話しかける時、いつも彼女は携帯を手にしている。彼女曰く、話題を探すために『三題噺のお題提供サイト』を見ているのだそうだ。
そのせいでこんなに暑い季節にその話題なのかと思い至り、とりあえず考えてみる。
「そうだなぁ……ボクの家は床暖房だから、特に無いかなぁ……」
「床暖房なんだ、それは羨ましいね」
「姫路さんの家は違うの?」
「わたしの家はガスストーブとホットカーペットかな~……それでも十分暖かいし」
「まあ、確かにそうかもね」
「どうしても床暖房を我が手中に収めたくなったら初羽くんの部屋を占領することにするね」
「わざわざそのためだけに……?」
「そう。わざわざそのためだけに」
答えた後ふと、あっ、と何かに気付いたような表情を浮かべた。
「じゃあ、普通に遊びに行くことにするよ。だって占領だとほら、初羽くんと一緒にいられないしね」
「えっ?」
「領地は相手を打ち殺してこそ手に入る。占領だと、初羽くんを殺さないといけないから」
「サラッと怖いこと言わないでよ」
「だから遊びにね。あ~……でも遊びだとなぁ……床に座ることがないからなぁ……」
「ん? どういうこと?」
尋ねてからすぐ、さっきの言葉はまるで予め用意してたみたいだったな、と遅れて感じた。
そして、それは的中していた。
つまり、聞き返さない方が正解だった。
「だって初羽くんの家に遊びに行くと、確実にベッドの上から降ろしてくれないでしょ?」
「ベッド……? ……っ」
意味が分かった途端、顔が赤くなっていくのが分かった。
それを楽しそうに、ニンマリとした顔で見ている彼女。
彼女を喜ばせるだけだと分かっても、どうしてもこの手の話題は恥ずかしくなる。
ボクの恥ずかしがる顔を見て喜ぶ、そんな特殊な性癖を持っているのだ、彼女は。
そしてそのためなら、例え下ネタであろうともどんどんと発してからかってくる。
毎朝彼女がボクにしてくるのは、そうした羞恥行為なのだ。
「ふふっ、何を想像したのかな? 初羽くんは」
「べ、別に……!」
「あ~、でも、わたしの部屋に初羽くんを招待するってのもアリかもなぁ~」
「そ、そんな女の子の部屋なんて……!」
「入ったこと無い?」
「無いですよっ!」
「なんで敬語?」
「つ、つい……?」
「まさか本人すらも疑問系とは……まあ良いや。でさ、わたしの部屋は?」
「いや、部屋は? って言われても、その……」
「コタツに二人で向かい合って座ってさ、たまに足が触れ合ったりとかさ」
「そ、それは……まあ……」
「あり?」
「う、嬉しいとは、思いますけど……」
つい、視線が逸れる。机の上に座り、真正面から見下ろしてくるから、ナナメ横に逸らすしか無い。下を向くと彼女が履くローファーとソックス、それらに包まれる細い足首と小さな足が見えて、これまた恥ずかしい。
「よくさ、コタツの中で致す展開とか漫画の中であるけど」
「致す……? 何を?」
「S○X」
「止めて!」
つい大声を上げてしまう。が、朝のホームルームが始まる前の教室内の喧騒を思えば、その声が教室の温度を下げることは無かった。
だから構わず、動揺しているせいで下げられない声量で会話を続ける。
「女の子がそういうことを安々と言うの止めてっ!」
「あ、ごめんごめん。性交渉性交渉」
「そういう意味じゃなくて!」
「でさ、話戻すけど、あるじゃん?」
「あ、あるじゃん、って言われても……」
「読んだことあるでしょ? 初羽くんだけ嘘をつくのはダメだな~……」
「…………………………………………あります、よね……はい……」
これ以上集まらないぐらい顔に血液が集中している。もう目すらも開けられないぐらい顔が熱い。
「ああいうのってさ、たまにもう一人共通の友人とかいて、その人にバレないようにこっそりと、なんてシチュエーションあるけど、あれって抽送繰り返したらコタツが揺れるからすぐにバレるよね」
「……あの、どうしてその話題に……?」
「ん? いやだって、向い合って座って、相手の足と足の間に自分の足を入れてその根本をこすったら、って言おうと思ったらふと思いついて」
「ロクなことじゃないな!」
「あ、じゃあさ、虫姦についてどう思う?」
「もうやだ! 下ネタから離れてよぉっ!」
「よぉ! だって! 初羽くん、女の子みたいで可愛いよぉ! ホントにっ!」
「姫路さんは新人社員にセクハラする五十代の親父みたいで醜いよぉっ! ホントにっ!」
「何言ってるの! エロは人類の繁栄だよっ! もし初羽くんがコレを奪えばもう人類の殺戮者だよ!」
「もう殺戮者でも性犯罪者でも良いから姫路さんのエロトークを止めてっ!」
「止めないっ! ……というわけで虫姦の話に戻ろうか」
「いや――っていうかそれ普通にグロい話!」
「だってエロい話止めて欲しいって……」
「うわ~……言ったけど、大声で言っちゃったけど……!」
「わたしとしては好きな人だけを迎え入れる場所にあんな大勢の意思を持った存在を入れるってことは集団レイプと同じなんじゃないかって思うわけで」
「いやついていけない! その話ついていけないよボクっ!」
「え~? じゃあどういう話ならいける?」
「えっ!? えっ……と……」
「もしそれで話が広がって面白くなりそうならそれにしてあげるよ」
「………………………………」
「……何も無いならやっぱり虫姦の――」
「み、見て来たエロい漫画の中で一番興奮したシチュエーションっ!」
ザワっとした空気が教室に広がった。
……え? なんで今までの大声のツッコミは喧騒に塗れたのに、さっきのだけは上手い具合に静寂の隙間を縫ったの……?
「やだ……初羽くん、それってセクハラだよ……?」
「姫路さんが! 最初にっ!」
いつもほとんどの人が登校して騒がしくなってからしか下ネタを振らないから、他の皆はこの人がボクに向けてセクハラをしてきていることを知らない。
いつも隣の席で授業を受けているクラスメイトも、この時間は席を離れて他の集団に混じって話をしているから尚更だ。
「最初? 最初はわたし、暖房器具の話をしてたよ……?」
「がああぁぁぁ~~~~~……!」
声にならない叫びとは、こういう声なのだ。
と、ここでチャイムが鳴り響いた。
「あ、それじゃあ初羽くん、また明日ね」
そう言って机から降り、何事も無かったようにスタスタと自分の席へと戻っていく。
……なんか、隣の席の男子がボクを訝しむような目で見てくる。前に座るはずの女子に至っては隣を通る際にゴミを見るような目で見てきた。
……理不尽だ。
今までコタツの中にいるような熱さが顔と身体に集中していたのに、何故か夏とは思えないほどボクへと向けられる視線は冷えきっていた。
お題は
「虫」
「コタツ」
「人工の殺戮」
でした。