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楽園へのパスポート〔後編〕(3)

 慈悲もなければ話し合いの余地もない。相手は血潮の通わぬマシーンなのだと、ティマリウスの宣告を聞いた全ての者が理解した。


 黒鋼の裁定者が動く。


 人の形をした上半身の右腕で武装が展開する。弩弓のようなその機械こそが星をも砕くティマリウスの主兵装であることを、キャリルとシグナは知っていた。


「行くよ、シグナッ!」


 あれを最大出力で撃たせたら地球はおしまいだ。


 シグナの腰部にマウントされたウェポンラックへとアクセス。腰の両側面から巨大なナイフが射出された。左右のマニピュレーターで掴み取る。


 ――戦う!


 脳内を昂揚感が駆け巡り、怖れの感情を吹き飛ばす。シグナの脚部と背面スラスターが力を溜め込んだ一瞬の後、キャリルは敵をめがけて一気呵成に突っ込んだ。


 右を振り抜く。


 手元を狙った一閃を、しかしティマリウスはあっさりといなした。馬を思わせる前脚が高々と上がり、上体が大きく後ろに反れる。シグナのナイフが、コンマ数秒前までティマリウスの腕があった空間を虚しく切った。


 キャリルは流れる視界の端で、ティマリウスの武装が変形するのを見た。弩の翼にあたる部分が閉じ、右腕との接続基点を中心にぐるりと反転したのだ。


 弩弓が剣に変わっていた。


 シグナのシステムが危険を察知してアラートを鳴らす。


「ええいっ!」


 キャリルは体勢を戻し、頭上で左右のナイフを交差させた。受けの構えを作ったそこに、ティマリウスの初撃が落ちてくる。


 刃と刃が噛み合う凄まじい音。シグナの両腕から足元までを衝撃が突き抜け、踏みしめた地盤が蜘蛛の巣のようにひび割れた。


 体格においても重量においても、ティマリウスはこちらを遥かに凌いでいる。パワーの差を見せつけるかのようにティマリウスが剣を押し込んでくると、そのぶんだけシグナの関節部は悲鳴をあげ、じりじりと膝が地面に近づいた。サブウィンドウに目をやると、持ちこたえられる時間は残り十秒もなかった。


 が、キャリルは焦らなかった。


「今だよ!」


 シグナの後方、天体観測所のパーキングスペースから飛び立った二機のレーベンが、ティマリウスの頭部を発煙弾頭で狙った。


 竜貌が爆風と煙に包まれる。


 ダメージが通った様子はなかったが、ティマリウスはほんの刹那、状況を把握することに演算のリソースを振り向けた。剣にこもった力が僅かに弛み、その隙にシグナは横へと逃れる。


 同時にキャリルは、シグナの背面のウェポンラックにアクセスしている。そこには電磁投射砲が収納されていて、操縦者の合図ひとつで砲塔が左肩へとスライドし、暴動鎮圧用のスタンボールを撃ち出すことができる。


 キャリルの記憶する限り、惑星ネリヤにいた頃は一度も使われることのなかった装備だ。しかし銀河を漂流する中で、キャリルはその威力を試す機会に何度か恵まれていた。


 ――大気圏内でティマリウスのシールドが減衰するとはいっても、本体の装甲だって堅牢だ。普通に攻めても破壊できないと思う。


 SSSCの副長と昨日交わした通信が想起される。


 ――でもあいつの胴体には、開発のときに技術者が出入りしていたメンテナンスハッチがある。ハッチ自体は稼働直前に塞がれてしまったそうだけど、その部分だけは他のところと比べて構造的に脆くなってるはずなんだ。


 シグナの照準装置がキャリルの腕前を補正する。的は大きく距離は短い。あちらの機体が煙に覆い隠されていようとも、シグナのセンサーは絶対に狙いを狂わせはしない。


 ――そこにスタンボールを叩き込めば、勝てる!


 燃え盛る星海を根城にしていた宇宙海賊。ワームホールの向こうから触手を伸ばしてきた怪生物。降りかかる火の粉は皆これで振り払ってきたのだ。純粋な戦闘用ではないが、一発の破壊力だけならヘタな兵器よりも信用できる。


 耳朶によみがえる自らの声に鼓舞されて、キャリルは電磁投射砲のトリガーを引いた。


 高圧電流を纏った球体が高速で射出され、煙幕の中へと吸い込まれる。稲光が二度、三度と瞬き、あたりは暫し、死んだような静寂に満たされた。


「やった……!」


 途方もない解放感が一気に押し寄せてきた。キャリルは我知らず詰めていた息をつき、はあはあと荒い呼吸を繰り返していた。


 ――センサーがティマリウスの健在を訴えるまでは。


『警告。回避を推奨』


 咄嗟には動けなかった。シグナのシステムが一時的に機体のコントロールを奪い取り、スラスターを噴かして横に逃げようとした。


 間に合わなかった。


 コントロールブロック全体が激しく揺さぶられた。油断しきっていたキャリルの意識が恐慌に溺れる。


「な、なに!? シグナ、どうなったの!?」


『被弾。損傷は軽微ですが、電磁投射砲が使用不能です』


 首を巡らせて左肩に目をやると、シグナの言葉どおり、無惨に大破した砲身が見えた。損傷はどうやら弾倉にも及んだらしく、落ちたボールが周囲の山林にめり込んでいた。


「スタンボールが当たったのに、どうして!」


『こちらの砲撃の寸前、ティマリウスの前方に高エネルギーが発生したようです。シールドを展開したのだと考えられます』


「シールドは地球上では弱まるはずでしょ?」


『一点に集中することで強度を上げたのでしょう。――キャリル、追撃に備えてください』


 そんな馬鹿な――。


 しかし心の底では、シグナの分析が当たっているのだろうとも理解している。シグナが「おそらく」と言い表したとき、その推測が外れたところをキャリルは過去に見たことがない。


 煙幕の奥からティマリウスが悠然と現れる。艶やかな黒い外装には、ほんの微かな瑕すらも見出すことができない。



『すべての生命に告ぐ。ただちに抵抗をやめよ』



 今度は電波ではなかった。飛び交う通信波から地球の言語パターンを解析したのだろう、ティマリウスは今や自らの音声で呼びかけてきていた。


 ソプラノとバスを一つの喉から重ねて出しているかのような、明らかに合成とわかる不気味な声だった。


『生命は自己を存続させるために、自らが生産するよりも多くのエネルギーを消費する。そのことが宇宙のバランスを乱し、侵食汚染を引き起こしているのだ』


 ――なんだって?


『君たちは世界の破壊者だ。生まれるべきではなかった子供たちなのだ。この宇宙が永らえるために、君たち「生命」は排除されなければならない。もし理性があるならば、抵抗をやめ、当機の決定を受け入れよ』


「生まれるべきじゃなかった……?」


 どこまでも冷徹な言葉が、キャリルの神経を逆さに撫で上げた。


「それは、ボクがおまえに言うセリフだ!」


 シグナの腕部に搭載された多連装ランチャーへとアクセス。右の前腕の装甲が縦横にスライドして、手首を取り巻くように六つの砲門が展開する。


 キャリルがトリガーを絞るや否や、砲門が唸りをあげて回転をはじめる。次の瞬間、嵐のような勢いで無数の火線が吐き散らされた。


 単純に砲弾を装填して連射しているのとは訳が違う。シグナの多連装ランチャーが備える六つの砲門は、徹甲弾と炸裂弾、さらにビーム弾が順繰りに撃ち出されるよう配置されているからだ。徹甲弾が敵機の装甲を割り、炸裂弾がその傷を広げ、ビーム弾が内部機構を焼き尽くすという凶悪な逸品。言うまでもなく、暴徒鎮圧のために投入されるような甘っちょろい装備ではない。


 シグナの最大火力であるこの兵器を、キャリルはできれば撃たずに済ませたかった。実戦で試したことがなかったからだ。そして実際に撃った今、これまで封印してきて正解だったと心の底から安堵を感じる。


 こんなものを使っていたら、自分は、誰も殺めないままに地球まで辿り着いてはいなかっただろう。


「どうだ!?」


 攻撃は面白いように当たった。


 命中弾のうち、シールドを抜いてティマリウス本体にダメージを与えたものは一発もなかった。


 ティマリウスの赤い単眼がシグナを――否、コントロールブロックの中のキャリルを刺すように見据える。


『優先排除対象を確認。排除を実行する』


 長大な剣が煌めきを発する。


 天を衝く巨体が進撃を開始した。黒と金の鋼板が太陽を照り返して威風を吹かせ、四脚が大地を踏みしめるたびに足元で木々がへし折られてゆく。


「くっそう――」


 ティマリウスに意思はない。黒いボディから放散されてくるような殺気も、肺腑を握られるかのような重圧も、こちらの生身の脳ミソが勝手に感じ取っているに過ぎない。


 頭で理解していても、キャリルは息を詰めずにはいられなかった。


 そのとき、烏色の翼がティマリウスの眼前を横切った。


 垂直尾翼に施されたペイントから、キャリルにはそれがレーベン二号機であるとわかった。和泉が操縦し、桐島(きりしま)という女性隊員が砲手を務める戦闘機。ティマリウスの注意を引きつけるつもりなのか、単眼の視界のど真ん中をわざとらしく飛翔する。


 レーベンがミサイルを発射するのと、ティマリウスが斬撃を振り下ろすのが全くの同時だった。


 ミサイルがあっけなくシールドに阻まれた直後、ティマリウスの刃がレーベンの右の主翼を削り取っていった。


「イズミぃっ!」


 キャリルは思わず叫んでいた。


 傷ついた戦闘機が錐揉みをはじめる前に、後部座席が射出されてパラシュートが開いたのは見えた。しかし、和泉が乗っているはずのパイロットシートは、未だ火を噴く機体の中にあった。


 和泉を乗せたままのレーベンが、制御を失って戦場から遠ざかる。落ちていく先には崖があり、崖のむこうには一面の海を除いて何もない。


 派手な水柱があがった。


「そんな……」


 乗機が爆発したのだ。到底助かるまい。


 衝撃と動揺がキャリルの心を打ちのめす。そして黒曜の怪物は、心などとは無縁の存在に他ならなかった。


 紅蓮に輝く視線が、再びキャリルへと巡った。


 ――次はお前だ。


 そう告げているかのように思えた。


 水柱の中から銀色の巨人が飛び出したのは、そのすぐ後のことだった。


「――――!?」


 巨人が手を伸ばすと、指先から蒼い光弾が迸ってティマリウスの足元で爆ぜた。そのまま巨人は鮮やかに空を駈け、シグナの前へと降りてくる。踵から生えた光の翼が激しくはためき、着地の勢いを和らげていた。


 滑らかな銀色の肌。澄みわたる胸の結晶体と、そこから血管のように四肢へ向かって伸びる蒼い紋様。


 キャリルは、その巨人の名を知っている。


「来てくれたんだ、キリエス……」


 ECOのコンピュータを漁ったときに記録を見つけたのだ。キリエスというコードネームを振られたこの巨人は、出自や思惑こそ定かでないが、これまでのところ人類に味方してくれているらしい。


 しかし今、キャリルにとってはもっと重要なことがあった。


 いくつかの事件において、キリエスは明らかに和泉を守るような行動をとっているということだ。


 そのキリエスが現れたならば、きっと和泉は生きている。


「よかった……」


 ほっと安堵の息をついたキャリルは、スクリーン越しにキリエスと目が合ったことに気付いた。淡く光る大きな双眸が、じっとシグナのカメラを見つめている。


 まさかこちらの姿が見えているはずはない――そう思った。


 違った。


 シグナの中にいる自分が、キリエスには間違いなく見えている。その証拠に、全身にぽかぽかとした温もりを感じる。日なたぼっこをしているときのような心地よい感覚が、キャリルの体を柔らかく包み込んでいた。


 ふと、その眼差しに既視感を覚えた。


『どうしましたか、キャリル』


「いや……何でもないよ。たぶん気のせい」


 視線の交わりは、時間にして十秒もなかっただろう。


 兜を被ったような形の頭が動き、銀色の顔がゆっくりと背けられていく。


 キリエスが振り返った先では、先程の光弾によって巻き上げられた土煙が薄まりつつあった。機械特有の駆動音がして、粉塵の中から無傷のティマリウスが歩み出てくる。


「気をつけて、キリエス!」


 キャリルはシグナの外部スピーカーに叫んだ。


「こいつは、キミが今まで戦ってきた相手とは格が違う!」


 果たして言葉が通じるのかという不安は一瞬にして払拭された。キリエスはしっかりと頷いてみせ、気迫の声を吐きながら構えをとる。


 万の援軍を得たような思いで、キャリルはシグナを前進させ、キリエスの隣に並び立った。


「一緒に戦おう。ボクらで未来を繋ぐんだ!」


「ゼァッ!」


 同時に地を蹴り、左右に分かれて走り出す。


 キリエスが右手から光刃を伸長させる。それを確認したキャリルは脚部スラスターを噴かして急制動。盛大に立ちのぼった土埃に隠れて腕部多連装ランチャーを再び展開、ティマリウスの上半身と下半身の間を狙った。


 人で言えば腰。馬で言えば首の付け根。そこにティマリウスの弱点が――メンテナンスハッチを溶接した箇所がある。


 横殴りに浴びせかけられた猛烈な弾雨を、やはりティマリウスはシールドを集束させて遮断した。


 そして、キリエスが反対側から懐へと飛び込んだ。


「ハァァアッ!」


 輝く刃が振り抜かれ、


『無意味だ』


 まるで予知していたかのように、黒曜の巨躯がゆらりと傾ぐ。


 四つの脚を巧みに操って斬撃の軌道から身を外したとき、ティマリウスはキリエスに背中を見せる体勢にあった。


 後脚が血も凍る速さで跳ね上がる。


 蹄をかたどった金属塊が圧倒的な重量を乗せて、おそるべき精度でキリエスの頭を蹴り抜いた。


「ガッ――」


 首から先がちぎれ飛ばなかったのは幸運だったとさえ言える。


 凄絶なカウンターをもろに受けたキリエスの体が、数十メートルも離れた山の斜面に叩きつけられた。樹木が潰れてメキメキと悲鳴のような音をたて、高々と舞い上がった岩塊が飛礫となって銀色の肌へと降り注ぐ。


 よろめきながらも起き上がろうとするキリエスに、ティマリウスが容赦なく追撃を浴びせようと弩弓を向ける。


「危ないっ!」


 叫び、キャリルはナイフを握って駆け、


『――無意味だと告げた』


『――警告。攻撃感知』


 寸前。ティマリウスの温度を感じさせない声が響き、やや遅れてシグナのアラートがけたたましく鳴った。


 キャリルは気付く。


 キリエスへを標的と定めていたはずの弩が、いつの間にかこちらに突きつけられている。


「うぇっ!?」


 心臓が鼓動を止める。反応が遅れる。


 シグナのコンピュータが今度こそ機体の制御を奪い取り、フルスラストで側方に逃げる。


 わずかなエネルギー充填の後に弩から放たれた光球が、一瞬前までシグナがいた位置で大爆発を起こした。


 吹き荒ぶ熱波が白い騎士を炙る。濁流のごとき爆風に煽られながら、それでもシグナは見事に機体を立て直した。ありとあらゆるスラスターを断続的に噴射して反動を殺し、足首の緩衝機構に物を言わせて接地を強行。撃ち返してティマリウスを牽制しつつ、爆発の痕にカメラを向ける。


 サブスクリーンに映った光景を目にしたとき、キャリルの背筋に痺れるような戦慄が走った。


 岩山が大きく抉れ、遠くの海上でもうもうと蒸気があがっていた。


「ほんのちょっとのチャージでこれか……!」


『直撃すれば大破は免れません。慎重な判断を求めます』


「わかってる。ありがとね、シグナ」


 メインスクリーンに視線を戻す。


 レーベン一号機が高高度から襲いかかり、レーザーを射掛ける様子が見えた。


 また地上では、キリエスが立ち上がっていた。胸の結晶体が輝くと、その光が蒼い紋様に沿って滑るように流れ、銀の指先から光弾となって放たれた。


 ティマリウスはどちらも防がなかった。


 黒い装甲表面で火花が咲くのにも委細構わず、腕の弩弓から真紅の光矢を迸らせる。


「――フッ!」


 キリエスが体を捻り、エネルギーの矢を紙一重で躱そうとした。


「ダメっ! まだ来るっ!」


 キャリルは血相を変えて叫ぶが、忠告するには既に遅い。あさっての方向に飛び去るはずだったティマリウスのビームが、刹那、飛燕のように翻る。


 ティマリウスに掴みかからんとしていたキリエスへと紅の矢が急迫し、横合いから膝を貫通した。


「グアッ……!?」


 がくりと脚が折れる。


 つんのめり、土砂を跳ね散らせながら倒れゆくキリエスをめがけて、ティマリウスの片手が素早く伸びた。


 鋼の五指が銀色の頸に食い込む。


 そのまま腕が上がっていくと、キリエスの足はいとも容易く地面を離れた。吊り上げられたことで首が絞まり、キリエスが呻きながら身をよじる。


 助けに入ろうとしたのだろう。レーベンがミサイルを放った。が、爆発に揺さぶられてもティマリウスの握力が緩むことはなく、衝撃を受けても墨色の重装甲は歪みもしなかった。


 ティマリウスの弩がレーベンに向く。


「やめろおぉ――――ッ!」


 キャリルは全速力でシグナを突進させた。


 シグナがしがみつくより一瞬早く、ティマリウスの弩が火を噴いた。


「ああっ……!」


 キャリルは絶望的な思いで矢の行く先を見やった。


 青空へと駆け上ってゆくレーベンを、赤い光が追尾する。高さを稼ぐだけでは避けきれない――レーベンのパイロットもそう察したか、機体を鋭くターンさせた。


 烏色の翼の下方には、島の陸地はすでにない。


 急降下に転じる。


 海面すれすれで機首を起こしたレーベンを、さしもの光矢も追いきれず、エネルギーの塊が海水に没する。噴き上がった水柱と蒸気を振り切るように、レーベンが再び空へと帰ってゆく。


 無理な機動が祟ったのだろう、飛行が危うい。失神しなかっただけでもパイロットは賞賛されて然るべきだが、もはや彼の援護を期待できそうにはない。


 そしてもちろん、ティマリウスのパワーをシグナの腕力で抑え込むことは不可能だった。


「――んくっ……!」


 力任せに振りほどかれてバランスを崩し、


『――警告。回避不能』


 ノータイムで射られた光矢がシグナの胸元で炸裂した。


「うわあああぁ――――っ!」


 コントロールブロック全体が震動に襲われ、至るところで火花が弾ける。


 視界が二度、三度と回転した直後、左半身がどこかに強く打ちつけられた。自分の肘が意に反して鳩尾あたりにねじ込まれ、吐き気とともに呼吸が止まった。


 反射的に涙が浮かぶ。滲んだ視界がスクリーンを捉える。


 ティマリウスが腕を振ったように思え、


 画面いっぱいがキリエスの背中で埋まって、


 ――激震。


 とうとうキャリルは操縦ブースから投げ出され、硬い金属の上でのたうった。身を起こそうとついた手に激甚の痛みが走る。


「……ぁっ……ぐぅぅ……!」


 食いしばった歯の隙間から搾り出すような声が漏れる。


 ――立たなきゃ……!


 自分を叱咤して立ち上がろうとするが、体が言うことを聞かない。


 機材や家具の散乱する床に蹲ったまま、キャリルは暫し、ただ息を震わせることしかできずにいた。

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