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楽園へのパスポート〔前編〕(4)

 ECO機はしばらく島の上空を旋回していたが、やがて天体観測所の敷地内に着陸した。


 引き返さなかったということは、まだ捜索を諦めていないらしい。


 当然そうなるわなあと興一は思う。


 得体の知れないメカが島近くの海上に現れ、そのまま忽然と消えた――戦闘機のパイロットの認識は大方そんなところだろう。しばらく留まって警戒するという判断は実に真っ当だ。


「どうすんだ? これじゃ出て行けねえだろ」


「ボクたちだけ出ることはできるよ。岩壁のあたりに亜空間ゲートを繋ぐ。いつもそうやって出入りしてるんだ。ただ……」


「ただ?」


「相手がSSSCなんだよね」


 だから? という顔を興一はする。


「せっかくだからここでコンタクトとっちゃいたいけど、ボクが正直に宇宙人ですって名乗り出るのマズイよねやっぱり」


「たぶんな」


 あまり詳しくは知らないが、たしかSSSCというのは日本支部きっての精鋭部隊……みたいな連中だったはずだ。


 問答無用で拘束しにかかってくることは流石にないだろう、などと楽観できるのはあくまでも普段ならばの話であって、東京のエイリアン騒ぎが記憶に新しい今はとびきり時期が悪い。


「だよね。――実はボク、島に来たばかりの頃、情報集めようと思ってあの人たちの基地のコンピュータに忍び込んでさ」


「は?」


「絶対捕まらない自信はあったんだけど、むこうの腕が予想より良くって……最後はシグナの演算速度に任せてどうにか逃げ切ったんだけど、居場所はともかく『誰かがハッキング仕掛けてきた』とは気づかれちゃってて」


 絶句、


「あの人たちからしたら『ようやく尻尾を出しやがったな』って感じだと思うんだよね」


「いや、何やってんのおまえ」


 せっかくちょっと見直しかけていたのに。機械の扱いや社会のありようについては一家言あるようだが、もっと肝心な部分のネジがごっそり外れているらしい。


 シグナが飛ばしたドローンからSSSCの映像が送られてきた。総勢四人。輪を作るように立ち、何事かを話し合っている。


「声は拾えねえのか?」


「もっと近くまで行けば聞けるけど、気付かれちゃいそうだから……あ、でもほら、ズームで顔は見られるよ」


 ドローンの撮影モードが切り替わり、隊員たちを一人ひとり順番にクローズアップした。


 まず、メガネをかけた痩身の男。どちらかといえば研究室でフラスコでも振っている方が似合いそうな風貌だが、よく見ると彼だけ制服にラインが入っており、四人の中では最も上席だとわかる。


 次に、髪を短く刈り込んだ無骨な男。背も高く体つきもがっしりしていて見るからに強そうだ。こちらをロストしたことに相当苛立っているのが映像からだけでも推し量れ、真顔で「この人とは会いたくないや」とこぼすキャリルを興一は少しだけ不憫に思う。


 三人目は女だった。機内ではヘルメットに詰めていたのであろう濡れ羽色の長髪をおろし、首の後ろで一本結いに纏めようとしている。かなりの美人ではあるものの、切れ長の目と薄いくちびるからは抜き身の刀のような印象を受ける。


 カメラが最後の男を映したとき、キャリルが「あっ」と声をあげた。


「シン・イズミ!」


「なんだよ、おまえECOに知り合いがいるのか? だったらわざわざ危ない橋渡らなくても直接聞いたらよかったじゃねえか」


「ああ、だからその、ハッキングしたときに個人情報を抜かせてもらっただけなんだけど」


「……おまえが勝手に知ってるだけね。で、この兄さんがどうかしたのか?」


「最初に会うのは彼にしようって決めてたんだ」


 興一はもう一度スクリーンに視線を戻す。


 なるほど、他の三人に比べれば無難というか、温厚そうな顔つきをしてはいるが……。


「いいのか? 見た感じあの中じゃ一番若いぞ。メガネの人のほうが話通しやすくねえか」


「いや、イズミがいい。経歴からいって、彼ならボクの言うことを信じてくれると思うから」


 そこで唐突に、キャリルが興一の右手を握った。


「コーイチ、お願い。ボクを助けて」


 その瞳は真剣で、これまで彼女が見せたどの表情よりも重い気迫を放っている。


「シグナだけじゃティマリウスとは戦えない。ECOの協力が必要なんだよ」


「ティマ――なんだって?」


「後で説明する! とにかく、ボクをイズミに会わせてほしい。彼をここに呼んでほしいんだ」


 耳を疑った。こいつは一介の中学生男子に何を期待しているのか。


「できるわけねーだろ! 誰か他の大人に――」


「コーイチしかいないんだよう! ねえお願いだよ、ボクにできることならコーイチの頼みだって何でも聞くからさ」


 圧力に負けた。


「――だああーっもう!」


 興一は空いたほうの手で激しく頭を掻きむしり、


「行ってやるよ、行ってやるとも! だから何でもとかそういう事を軽々しく口にするんじゃねえ!」


 右手を振り払って立ち上がる。コントロールブロックの出口に向かおうとしたところで、どん、と体に強い衝撃が走った。


 覆う布のない背中に、柔らかいものが当たる感触。


 首筋に息がかかった直後、感極まった声が、


「ありがとーっ! コーイチ、大好きっ!」


「――そういうところだって何遍言ったら分かるんだよおまえはぁぁっ!」


 この先ずっと、キャリルのお願いは断れないのかもしれなかった。




 キャリルに説明されたとおり、亜空間ゲートの出口は島の岩場に通じていた。


 興一は真っ先に、岸に置きっぱなしにしていた衣服と通学鞄を回収することに決めた。半裸の人間なんてこの季節の海辺では珍しくもないが、人に会いに行くのはいくらなんでも躊躇われる。


 特に、ECOの隊員相手に宇宙人の肩を持つような場合には。


 シャツに袖を通そうとして、ふと、ずぶ濡れの下半身が気になった。


「こっちも替えちまうか」


 鞄から野球チームのユニフォームを引っ張り出して上下とも着替える。さすがにパンツの替えはないので多少の気持ち悪さは残るものの、端から見れば一番違和感のない格好だと思う。


 ズボンをぎゅうぎゅうに丸めてシャツで包み、鞄の隅へと突っ込もうとしたとき、妙に籠もったシグナの声がした。


『興一、出してください』


「――っと、そうか。悪い悪い」


 興一はズボンをしまう手を止めて、そのポケットから小さな球体を解放する。球体は折り畳まれていたプロペラを展開すると、興一の掌を離れて宙に浮かんだ。


 ECOの隊員たちのもとに放ったのと同型のドローンである。心強いことに、シグナが一機をこちらのサポートに回してくれたのだ。


「……今更だけどよ、スピーカー機能なんかついてるんだったら、向こうのドローン気づかれたほうがよかったんじゃねえの? おまえが和泉(いずみ)とかいう兄さんと話せばいいだろ」


『使者がヒトの姿をしているか否かで相手に与える第一印象に差異が生じる、とキャリルは考えています。その点、私の体は不向きですから』


「本人じゃないって時点で第一印象もくそもねえと思うけどな」


『まず興一が接触することで、キャリルが地球人と友好関係にあることをアピールする効果も期待できます。私からもお願いします』


「私っておまえAIじゃねえか。……まあいいや、もう引き受けちまったんだしな」


 興一は今度こそ荷物を鞄に詰め込むと、道路まで戻り、島の西側へ向かう路線バスに乗った。


 興一も含んでのことなのだが、島民が「島がせまい」と言う場合、それは「本土や本島の都市部と比べて市街の規模が慎ましい」という意味であることが多い。単純に面積の話をするならば離島としてはかなり大きい方であり、徒歩で島を横断しようとしたら少々どころではなく骨が折れるのだった。


 四〇分ほどバスに揺られた頃、天体観測所が見えた。


 興一はバスを降りると、周囲に誰もいないのを確認して停留所の裏に回った。ポケットからシグナの分身を引っ張り出す。


「SSSCの人たちは今どのへんだ?」


『三十三分前に建物内へ入っていったことを確認しています。追跡用のドローンは正門を撮影できる位置で待機していますが、四人ともまだ現れていません』


 つまり、観測所の中にいるということだ。


「あそこ観覧料いくらだっけなぁ」


『入館するのですか?』


「ここで待ったって、あの兄さんが出てこなきゃ何もできねえじゃねぇか。こちとられっきとした住民なんだ。堂々と行って探すほうがいいだろ」


 結果から言えば、観覧料は中学生ひとり五百円だった。


 あとでキャリルに請求してやろうと思う。

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