俺と彼女
「復讐、するの?」
消え入りそうな声でつぶやいた俺が顔を上げると、彼女の感情のこもらない顔が見えた。
「そう。」
「どうして?どうやって?」
「教えたら、どうかなるの?」
どう、なるのだろう。どうもならない。そもそも俺が知ってどうする。
ぐるぐると頭の中を疑問ばかりが飛び交って、俺のちっぽけな脳みそはショート寸前だ。それをわかっているのか、彼女はため息をついた。
「一生かけた復讐をする。それだけ。」
「長いね、一生…」
「常にあの二人より良い人生を送ることが最大の復讐。彼女たちよりも良い成績を収めて、良い企業に就職する。良い地位につく。そのためには嫌でもそばにいなければ。情報を得るために。そして貶めるために。」
一気に言いきった絵麻ちゃんは、そこで一息ついた。彼女にしては珍しく、随分と長くしゃべっていたことに気付いたが、今はそれどころじゃない。
「それって、絵麻ちゃんが縛られすぎてるよ。」
「別にいい。たった少しの高校生活が、一生ものの取り返しのつかない失敗に陥った時の、あの二人の苦しむ顔が見たい。絶望して、私を憎むところが見たい。」
「西脇のこと、好きだったのかと思った。」
「…っ」
一瞬だけ止まった彼女の呼吸が、西脇が好きだったと告げているようなものだった。
「好きだったのに、突き放せるの?」
「悠斗とどうこうなりたかったわけじゃない。少しは期待したけど、愛梨と付き合ったってよかった。でも悠斗がほしいからって、私から友達を奪う必要はなかったし、悠斗に私の悪口を吹き込むことはなかった。信頼していたのに、あっさり愛梨の話を信じて、手のひらを返す悠斗は許さない。信頼させて、今度は私が裏切るの。」
あれ、それって。と俺は思った。
もっと簡単に復讐できる方法を思いついた。彼女の計画が壮大すぎて、少しだけ呆気にとられてしまったけれど、そんなに難しいことでもないかもしれない。
「今日のプリントは、その“裏切り”に入るの?」
「たぶんね。悠斗はきっと、烈火のごとく怒るから。」
俺は笑ってしまった。彼女は不器用すぎる。頭が固すぎる。
「絵麻ちゃん、まじめ!」
「なにがおかしいのよ!」
少しだけ憤慨する絵麻ちゃんを見れば、やっと人間らしい表情を見られた気がした。
「それってさぁ、あの二人よりも良いトモダチとか、西脇よりも良い男とかって募集してないの?」
俺の顔を見て、彼女はぽかんとした。
「その広瀬愛梨って子、どうせ絵麻ちゃんから西脇を奪った優越感に浸ってるだけでしょ?西脇がいれば、絵麻ちゃんが何でもしてくれると思ってるんでしょ?」
彼女はゆっくりと頷いた。
「西脇は、絵麻ちゃんが自分の事好きだから何でもすると思って、そうやって調子よく使ってるんでしょ?西脇イケメンだから、過信してるよ。」
将来的に社会的に貶めることは、絵麻ちゃんにかかれば簡単だろう。彼女は頭が固いことを除けば優秀だから。でも、もっと即効性があって、今現在復讐にもっとも適切な方法を思いついた。間違いない、とは言えないけど。
「必要ならば、」
にっこりと含んだ笑いを浮かべた俺に気付いたのか、絵麻ちゃんは戸惑ったような顔をした。
「俺、良いトモダチにも良い男にもなるけど?」
彼女の視線が泳いでいる。ガラス玉は、もうガラス玉じゃない。
「てか、トモダチから始めません?俺、ぜったい西脇より良い男だと思うんだけど。」
「なにそれ…」
「まだ学生だから、社会的制裁はちょっと先になるでしょ?だから、絵麻ちゃんに良いトモダチと良い彼氏ができることって、今現在のあいつらにとって良い復讐になると思ったんだけどなーぁ」
わざとらしく軽い調子で言えば、彼女の顔がびしりと固まった。そんなことが復讐になる可能性を、全く考えていなかったわけではなかったんだろう。
「絵麻ちゃん。」
無言。
「絵麻ちゃん。」
刹那、俺を見上げた瞳がかち合って、また逸らされた。
「他人を巻き込むのは本意じゃないんだよね。絵麻ちゃんって、他人を寄せ付けないのかと思ったら、案外優しいよねー。信用して、傷つくのって怖いよねー」
ふるり、と彼女の肩が震える。
「絵麻ちゃん。俺は絵麻ちゃんが彼女だったら嬉しいよ?だから、俺を利用して?」
こんなに好き好きオーラ振りまいてるのにね、最近。いや、ずっとか。
少しの沈黙があって、彼女は顔を上げた。意を決したような瞳は、潤んでいたと思う。
「絵麻ちゃん。」
「信用、して、いいの?」
「もちろん!俺、思ったよりバカじゃないと思うよ。」
なぜか、彼女にため息をつかれた。信用してくれる気あるのか。
「私に利用されてもいいの?」
「うん。俺、絵麻ちゃん見てるの好きだしー」
「なにそれ。」
「復讐、楽しみだね!」
随分と不謹慎な発言をしたことは認める。だけど復讐の一環としてでも、絵麻ちゃんが俺のそばにいてくれるのなら嬉しい、と思う。たぶん。嬉しいけど、ちょっと複雑でもある。でも、巻き込まれてみたい。
「いっぱいトモダチ作ろうよ。」
「少数精鋭で十分。」
「絵麻ちゃん、愛想悪いんじゃなくて、人見知りでしょう?」
彼女はぴたりと固まった。図星だったらしい。今日、何度固まる気なんだ。仕方ないから彼女の腕をとって、俺はその辺のベンチを目指す。腹時計は、もう昼を告げている。
面白いから、俺は調子に乗ってみることにした。
「絵麻ちゃん、そのうち本気で惚れてくれてもいいよ?」
「馬鹿じゃないの。」
隣に並んで歩く絵麻ちゃんの口元が微笑んでいたのを、俺は見逃していない。
すいません。
なんか復讐が、あっけない……
お目汚し、失礼いたしました!!