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彼女と彼女と彼

月曜日は毎週めぐってくる。そんなのは当たり前だ。

ミヤケンから変な情報をもらって、すでに3週間が経過した。

特に変わったこともなく、俺はいつもと同じように絵麻ちゃんの前を陣取る。そして、今日こそは!と振り向いて、俺は手を合わせながら頭を下げた。

「絵麻ちゃん、お願い!」

「ノート?プリント?それとも出席用紙?」

淡々と言い放った彼女は、一瞬だけ心底面倒くさそうな表情を浮かべ、それをすぐ引っ込めた。俺はがっくりと項垂れて、心の中だけで涙を流した。

反応が間違っている。俺はさぼりたかったわけじゃない。成績悪いし、そりゃあ授業よりも絵麻ちゃんと話しているほうが…でも、違う。断じて違う。

「お昼一緒に食べたかっただけなんだけど……俺、そんな風に見られてるの?いつも?」

最近、やっと少しずつ俺にも慣れてくれて、やっとわずかに表情の変化がわかるようになったというのに。この扱いはなんだ。

「それだけではないけど。」

「それだけじゃないなら、なに?ほかにもあるの?良いこと?!」

俺が身を乗り出せば、彼女は体を引いてため息をついた。良いことではなさそうだ。ため息をつきたいのは俺の方だ、確実に。

「ほんと、馬鹿じゃないの。」

視線をそらしながら、絵麻ちゃんは真っ黒のショルダーバッグからノートやら筆記用具やらを出している。珍しくワンピースを着ている彼女も可愛いな、とか思いながら見ていると、彼女の上に影が落ちた。

俺が顔を上げると、そこにはこの間ちらりと見たような気がする男が立っていた。

「エマ、必須の英語リーディングの宿題プリントってやった?」


「……西脇。」


彼女は振り返りもせず、うつむいたまま、背後の人物の名を呼ぶ。前髪に隠れた表情が、少しだけ曇った気がした。少しだけ、絵麻ちゃんの肩が震えた気がした。


ああ、絵麻ちゃんの男に対する価値観は、こいつで決まっているのか。


漠然とそう思っている俺を尻目に、そいつは絵麻ちゃんの横へ来ると、ひらりと手を差し出した。なんの罪悪感もない、嫌味なほどの笑顔で。

「絵麻の事だから、ちゃんとやってるだろ?コピーさせてくれー」

「この間、次はないって言ったよね?」

絵麻ちゃんのきつい視線に、ヘラリと笑った西脇という男は、男の俺から見ても甘いマスク系だった。頼むよ、と手を合わせるそいつに、彼女はこともあろうことにバッグからプリントを取り出して渡す。

いいのか、絵麻ちゃん。

「記号問題だけだし、自分の別にあるからそのまま持ってけば。」

投げやりな言い方をして、追い払うように手を振った彼女は、一度も西脇と目を合わせなかった。そんなことにも気づかないのか、そいつはラッキー!とか小躍りしながら去っていく。

俺はその背が十分に遠く離れてから、絵麻ちゃんの顔を覗き込んだ。

「よかったの?てか、良くないよね?」

「いい。あれ、先週のだから。」

「へ?!」

彼女は案外鬼畜だった。

俺の間の抜けた声に、彼女はやっとうつむいていた顔を上げる。表情はいつもと同じだった。何も映っていない瞳があった。

「西脇、授業聞いてないから。」

硬い声だった。なにかを押し殺したような、感情のこもらない声だった。

そして、彼女の表情が、また一瞬だけ崩れた。


「―――復讐。」


彼女の眉間にしわが寄った。一瞬だけ、彼女の瞳が痛々しい色を映した気がした。

「絵麻ちゃん、ちょっと来て!」

俺は自分のカバンを引っ掴むと、絵麻ちゃんのペンケースとノートを強制的にひったくり、乱暴に絵麻ちゃんのバッグに投げ入れた。ちょっと、と何か反論しかけた絵麻ちゃんの腕にバッグを持たせ、空いている方の手首をつかむ。

「まっ……」

「絵麻ちゃんは、俺待ってくれないんだから、俺も待たない」

無茶苦茶な論理だろうことは、俺自身が一番よくわかっている。でも、今だと思った。今じゃなきゃ、彼女のガラス玉みたいな瞳は壊れないと思った。



***



と言っても、俺が校内で思いつく場所なんて全くなくて。

とりあえず息を切らせて二人で立ち止まったのは、今しがた授業を受けようとしていた講義室がある校舎の裏手だった。

「ヒール履いている女子を走らせるなんて非常識。」

荒い息の合間に、彼女は一息で言い切った。相当機嫌を悪くしたのかもしれない。

「う、すみません…」

「授業どうするの。」

「一緒にさぼりましょう!」

そう言ったや否や、握っていた腕を全力で払われた。悲しい。

「馬鹿じゃないの。」

いつも通り一掃された俺は、もういっそ清々しくなってふき出した。はははは、と笑い続ける俺を、彼女は怪訝な顔で見つめるばかりだった。


ひとしきり笑いが納まったところで、俺は深呼吸する羽目になった。

やべ、緊張する。

「ミヤケンに聞いた。絵麻ちゃんさ、西脇と同じ高校だったんだろ?」

ピクリ、と彼女の肩が揺れる。

「仲、良かったって聞いた。でも、」

言っていいものか、これは。躊躇して視線を外した俺に、彼女の視線がぶち当たる。突き刺さるほどの鋭い視線。

「でも?」

「絵麻ちゃん、孤立させられたって…」

「愛梨にね。悠斗も悠斗だけどね。」

歌うように発せられた二つの名前は、何かを含んだ音色だった。と同時に、ミヤケンが言っていたことを思い出した。


<それだけの事されてんのに気付いてないっぽくて、大学でも一緒にいる高木って頭いいのか馬鹿なのかわかんねーよな。>


今、ミヤケンがいたら教えてやりたい。この人は随分と頭がいいみたいだよ、って。

彼女は全部知っている。知っているのに。知っているからこそ、広瀬愛梨と西脇悠斗のそばにいるんだ。

復讐のために。


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