草賊(2)
荷車を引いていた、一頭のプフェが、嘶いた。
それに合わせるかのように、すべてのプフェが、呼応するように続いた。彼らは、仲間同士で心が通じ合っているとも言われているが、まさにそうなのだろう。
三台の荷車は、少しづつ速度を上げていくが、荷台に積んでいる『商品』の重さが、それを阻んでいる。
ついに、草賊どもの操るプフェの蹄の音が、聞こえてきた。彼らの数は、およそ五十ほどか。
「このままでは、追いつかれる。どこか適当なところで、迎え撃ったほうがいい」
レラズは、身を乗り出して、土煙が見える方を眺望している。
「よし。あそこに引き込むか――」
レージンは、思い当たったようで、手綱を思いっきり引き、方向転換を図った。
その時、近くを併走していた単騎のプフェが、崩れ落ちた。
「やられたか――」
レージンは、視線もやらずに、まっすぐ前を見続けている。
続いて、ぱらぱらと何かが、降ってきた。それに合わせるように、ばたばたと、二、三頭のプフェが倒れだ。
次の瞬間、荷車から身を乗り出していた、レラズの顔を何かが掠った。彼の頬に一筋の血が流れた。
レラズの座席のすぐ横に、矢が突き刺さる。しかし、まったく気にも止めず、矢が飛来した方向を見ている。
ついに、草賊の一団が、最後尾の荷車に追い付いた。
「まずいぞ。一番後が、やられる」
レラズが、彼にしては珍しく表情を険しくした。
「ああ。構わない。元々、あれは、囮だからな」
事も無げに、レージンは答える。一切、表情を変えない。
――この男、なかなかの策士だな。
その顔つきを見て、レラズは呆れると同時に、感心した。
最後尾の荷車は、草賊どものプフェの一団に取り囲まれた。同時に、荷車は引き倒され、中にいた奴隷たちが、外に投げ出された。
すると、歓声を上げながら、草賊は、我先に目ぼしい奴隷を追いかけ始めた。もはや、早い者勝ちの様相だ。
ある者は、体格の良い男の奴隷を縛り上げ、また、ある者は、肉付きの良い女の奴隷を犯している。
阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
「すまない――」
レージンが、前をまっすぐ見据えながら呟いた。
レラズは、それを聞き逃さなかった。この男にも、こんな人間的な面があるのか。改めて彼を見つめた。
「着いたぞ――」
レージンが、言った。
――ここが、彼の言った場所か。
残った二台の荷車が、止まった。前は、崖で行き止まりとなっている。
レラズとレージンは、荷車を降りた。
二台目の荷車に乗っていたリョースも、降り立ち、すぐさまレラズに駆け寄ってきた。
「おいおい、こんな状況でイチャイチャするなよなぁ、お前ら」
そう言いながら、レージンは苦笑している。しかし、その目は優しかった。
「レラズ、この傷はどうしたの?」
先ほど、流れ矢に受けた擦り傷を、目敏く見つけたリョースが、詰問した。まるで、レラズに責任があるような、そんな言い方だ。
「ああ。流れ矢だな」
いつも通りの、レラズの答えだ。
「な――何、言っているの。ちょっとずれたら、あなたの命に関わるじゃない! まったく、何を考えているのよ――!」
リョースが、気も狂わんばかりに、彼に不平を告げた。
「たく。夫婦喧嘩は、そのぐらいにしろや」
レージンが、半ば呆れ顔で注意した。
その言葉を聞いて、リョースは、ぴたっと動きを止めた。そして、すぐさま顔を紅潮させる。
「な、な、な、何いってるんですかああ。お、御館さまああ――」
彼女は、関係のないレラズの胸をぽかぽか叩きながら、否定している。何故、自分が叩かれているのか、レラズには理解できなかった。
「わははは」
レージンが、大笑いする。
「ほんと、面白い女だな、お前。やっぱり、レラズにやるの、止しとくんだったかなぁ――」
優しい目をして、リョースを見つめた。彼女は、さらに真っ赤になって、慌ててレラズの大きな背中に隠れた。
「それよりも、よ――」
レージンが、いつの間にか厳しい顔に戻り、迫りくるプフェの一団を仰ぎ見ている。
「――さて、どうするね?」
レラズが、一歩前に進み出た。
「俺が囮になる。奴らを引きつけている間に、荷車を二方向に一気に走らせろ」
「お前はどうする?」
「プフェを一騎残してくれ。後から追いつく」
「追いつくって。――お前、道が分かるのか?」
いぶかるように、レージンが問いかける。
レラズは、そう言われて、初めて気がついた。確かに、自分はこの地を知っている。何故なのか――。しかし、今、その答えを求める時ではない。
「大丈夫だ」
その答えを聞くと、レージンは事も無げに了解した。
「そうか。なら、ここから、2カロル程にある、山道の入り口で落ち合おう。――お前らもいいな!」
もう一台の荷車の方にも声をかける。
――分かりやしたぜ、御館!
レージンの手下が、声を上げた。
「よし、それじゃあ、早速取り掛かるぞ。――おおっと、お前はこっちだ」
そう言うと、レージンはリョースの手を掴んで、彼の荷車に押し込んだ。
「な――何するんですか!? お、御館さまぁ」
リョースは、思い切り嫌がっている。手足をばたばたさせて、彼女なりに抵抗していた。
しかし、レラズは、彼の真意が分かった。
レージンは、彼女を少しでも安全な場所に置いておきたかったのだ。レラズの後顧の憂いを断つために。
「それじゃあ、な」
レージンが、片腕を掲げて、プフェの手綱を大きく打ち下ろした。
プフェは、大きく嘶くと、力強くを駆け出した。二台の荷車は、それぞれ別々の方角へ走り出す。
それと、同時に草賊の一団が、到着した。
「おい、二手に分かれやがったぞ!」
草賊の一人が、声を上げた。
「どうする? 俺らも分かれるかぁ?」
「どっちに獲物が多いんだ? 多い方に行くぜ、俺は」
草賊たちが、口々に勝手なことを言い合っている。
「おい。お前等の相手は、この俺だ」
レラズだ。
彼は、大振りの剣を構えた。朝の日課のように。
「何だ? こいつ」
草賊の一人が、レラズに近づいてくる。
「ああ。置き去りにされたみたいだな、この奴隷」
完全に舐めきったような様子で、彼の周りを闊歩している。
「俺は、奴隷では、ない」
レラズの太刀が一閃した。
「え――な、な……?」
自分が、何をされたのか分からず、分離した下半身を見つめている。
次の瞬間、鮮やかな鮮血が迸り、あたりは赤い霧で覆われた。
草賊たちが、どよめいた。何をされたのか、理解ができないようだった。
「俺は、ミマメイズの戦士だ――!」
レラズが、駆け出しながら、一閃、二閃と繰り出していく。合わせて、プフェと草賊が同時に倒れていく。
「や、やばいぞ。こいつはいけねぇや――」
ようやく、レラズの恐ろしさに気づいたようで、草賊たちが散り散りに逃げ出していく。
しかし、レラズは容赦せず、近い者から薙ぎ倒す。まるで、柔らかいクーへを切り分けるように。
「おい! 逃げるついでに、あっちに行ったのを追いかけようぜ!」
草賊の一人が、レージンたちの荷車の行った方向を指さした。
「おお。そんじゃあ、そっちに行くかぁ――!」
仲間の十数名が呼応した。
――まずい。
少ない数とはいえ、追手を行かせては、万が一のことがある。
走り出した草賊を追いかけるため、レラズも手綱を手に取った。
絶対に、奴らを行かせてはならない。戦士の誇りをかけて――。