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草賊(1)

「わたしの村は、ニダヴェリの端っこの方で、ムスペルムに近い場所にあるの」


 リョースは、レラズの腕を枕にして、彼の胸に頬を寄せている。


「ただ、ニダヴェリは貧しい土地だからグァマルの習所ならいどころがなくて、恥ずかしいけど、文字が読めないのよね。あ、前にも言ったっけ。えへへ」


 レラズは、無邪気に語る彼女の声を聞いていた。


「村の近くには森と湖があって、とても綺麗なところなのよ――」


 そう言いながら、リョースは腹のあたりに手をやった。そして、あの貫通具に取り付けられている宝石を指で玩んだ。小さな美しい石は、窓から差し込んでくる月の光を受けて、煌めいた。


 宝石を転がしている彼女の姿を、レージンは優しく眺めていた。


「この石は、双子石なの。二つ揃って、一つの存在。もう一つは、どうしているかな……」


 独り言のように語りながら、かなり感傷的になっているようだ。最後の台詞を言ったきり、口をつぐんでしまった。


「リョース――」


 レラズは、腕枕にされていた左手をぐっと引き寄せ、彼女を片腕で強く抱きしめた。


「レラズ、ちょっと痛い……」


 彼女が文句を言う。ただ、それは動物の赤ん坊が甘噛みをするような、そんな愛らしい口調だった。


「――いつか、お前の村へ、共に訪れよう」


 その言葉に、リョースは涙ぐみそうになった。だが、あえて笑みを浮かべた。こんな彼に悲しい顔を決して見せないと、彼女は心の中で誓った。




 次の朝、レラズは一人で目覚めた。


 リョースがいた場所に、仄かな温もりを感じた。おそらく、彼の目覚める前に、この部屋を出ていったのだろう。


 本来であれば、奴隷の身分で夜中に出歩くことは許されるはずもなく、ましてや朝帰りなどもっての他だろう。


 咎めがなければ、いいのだが……。レラズは、思った。


 ゆっくりと、寝床より起き上がり、身支度を整えた。次に朝の日課だ。


 彼は、屋敷の中庭に出ると、大振りの剣を構えた。そして、一気に振り下ろす。


 下ろしたと同時に、今度は剣を振り上げる。この繰り返しを、数十回行う。時に力強く、時にしなやかに。


 6アーウほど続けると、身体全体に大粒の汗が吹き出してくる。彼は、滴り落ちる汗を拭おうともせず、続けた。


「もうそのくらいにしておいたら――?」


 背後から声がした。さっきから、気配を感じていたが、ようやく声をかける気になったのだろうか。


 リョースは、手拭いを彼に差し出した。


「ああ、ありがとう」


 レラズは、それを受け取ると、手荒く汗を拭き取っている。


 彼女は、その様子を確かめてから、言った。


「昨日は、わたしこそ、ありがとう」


 それだけ言うと、リョースは足早に立ち去った。


「――?」


 何故、彼女が感謝の言葉を口にするのだ。レラズは、不思議そうに彼女の後ろ姿を目で追っていた。


「よう、朝から精が出るな。感心感心」


 のほほんとした、その声はレージンだ。


「だが、あんまり今から精力は使ってくれるなよ――」


 そうだ。これから、都へ赴くのだから。


 都アルフは、ここからプフェの荷車で1ウィカ程の距離になるそうだ。


 途中、ヴアルホルムの中央樹海部を通るため、草賊に襲われることがよくあるらしい。レージンは、幾度か『商品』を横取りされたと、忌々しそうに語っていた。


「――なんたって、昨日の晩にも精力を使っちまっているんだからよぉ」


 下品な笑い方をしながら、彼を見ている。レラズは、顔を赤くした。


「それは、問題ない」


 レージンは、彼の反応を楽しんている。


「どうだった? やっぱり、なかなか良い女だったろう――?」


「やめろ」


 レラズは、本気で怒り出した。再び、剣を振り上げようとする。


「おいおい、冗談だって。お前は、ほんとに生真面目な野郎だなぁ」


 レージンは、グァマル正教の信者が目上の者にする『ニィトオル』と呼ばれる合掌をした。あくまでも、この男はこういった流儀なのだろう。


「何にせよ、自分の女を抱いておくことは、良いことだぜ――」


 彼は、にやりとした。


「何せ、また抱くためには、その女を命懸けで守らなきゃならんからな――」


 はっと、レラズは気づいた。


 そうなのだ。俺は、自分の目的とともに、彼女を守り、故郷へと連れていかねばならぬのだ。


「おい、早く飯をとってこい。すぐに出かけるぞ」


 そう言うと、またいつものように、暢気な足取りで立ち去っていく。レラズは、その後ろ姿に合掌した。




 プフェの荷車が、全部で三台に編成された。それぞれの荷台に手足を拘束された奴隷が、十数名詰め込まれる。


 その周りを、武器を手にした私兵が、単騎で取り囲むように併走する。その数、ざっと十四、五というところか。


 レラズは、レージンとともに先頭の車に乗り込んだ。リョースは二台目に乗っているようだ。


 下女であるリョースは、本来であれば、同行することはできないのだが、レラズの希望で〈当然、リョースの希望であるわけだが〉、帯同することになったのだ。


 荷車に揺られながら、レラズは考えていた。


 ――俺は、この世界に、何故いるのだろう?


 もしも、自由を得たならば、アルフの街でミマメイズの手掛りを得ることができるかもしれない。


「何、湿気た顔をしていやがるんだ? そういったところが、お前の悪い癖だ」


 レージンが、声をかけた。


「そうだ。都に着いたら、俺の行きつけの店に連れて行ってやろう。きっと楽しいぜ」


「酒場か?」


「まあ、酒もいいが、やっぱり、都といったら、女だろう?」


「俺には、リョースがいる」


「馬鹿をいっちゃいけねぇよ。愛する女と遊ぶ女は、別モンだろう?」


 この男は、本気でそう思っているのだろう。もはや、否定する気も起きない。そうレラズは思った。




「お、御館様ぁ――!」


 突然、見張り役の男が、叫んだ。


「――300カロルほど後ろから、砂煙があがっていやす――!!」


「来たか――!」


 すると、今まで座席にもたれ掛かっていた、レージンは、人が変わったように、馭者ぎょしゃから手綱を奪い取った。


「よしゃあ! 頼むぞ、用心棒!」


 レージンは、レラズに目配せした。


 彼は、大きく頷いた。ようやく、レラズの本領が発揮されるのだ。レージンは、その横顔を一瞥しながら、高揚していた。


レラズも、また同じように感じていた。これだ。この感覚が、俺が生きてきた世界なのだ。


 レラズは、胸の高まりを抑えることができなかった。


 本当の闘いが、始まるのだ――。

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