奴隷商人(1)
「御館様、連れてきやした」
レラズとリョースは、背中を突かれ、その部屋に足を踏み入れた。
そこは、先ほどまで押し込められていた『牢獄』とは打って変わって、きらびやかな光で満ち溢れていた。
その溢れんばかりの光に慣れてくると、徐々に中の様子が分かってきた。
部屋の真ん中に大きな円卓が置かれており、おびただしい数の料理が据えられている。料理に添えられている果物も美術品ように華やかに飾られており、数え切れないほどだ。
円卓の向う側に、一人の男が三人の美女を傍らに侍らせながら、ギラついた眼で二人を凝視している。
その男は、自ら酒瓶を傾けながら、口を開いた。
「お前か? あのガップの野郎をやったのは――」
この男がレージンか、とレラズは悟った。
かなりの飽食家のようだが、無駄な贅肉のようなものはなく、筋肉質の体格をしている。くすんだ金髪を後ろで大雑把に束ねている。眼光は鋭く、レラズを射抜くように鳶色の瞳を向けた。
「そうだ」
いつものように、素っ気なく答える。
ふと気付くと、リョースが彼の服の端を掴み、小さく震えている。
何だ……?
レラズには、彼女が怯える理由が分からなかった。
「おや――?」
レージンは、リョースに気がついたようだ。
「ああ。お前もいたのか。どうだ、ここの待遇は――?」
少しにやけたような表情を浮かべて、彼女に問うた。
「い――いえ……」
リョースは顔を伏せながら、肯定とも否定ともとれない返事を返した。
「ん? あまりお気に召さないか? ……だったら、やはり俺ところに来るか?」
彼女の震えが、強くなる。
レラズには、まったく理解ができなかった。何故、彼女がここまで怯えているのだ? それほど、この男を恐れているのか……?
「初めての男に、そんなつれない返事をするなんて、悲しいなあ。……そうだ、今夜も可愛がってやろうか――?」
下品な表情を浮かべながら、レージンはリョースを見ている。
ようやく、レラズは理解した。
「やめろ――」
思わず、口にしてしまった。その言葉を聞いて、レージンが不敵な笑いをする。
「お? お前たちは、そういう仲なのか――?」
突然、リョースが口を挟む。
「ち、違います――!」
顔を紅潮させながら、彼女は否定した。キッとした視線をレージンに向ける。彼女の凛とした意志が伝わってくる。
「まあ、いい――」
レージンは、少し呆れたような表情をして、再びレラズに向き合った。
「さっきの話の続きだが――」
彼の顔つきが変わっている。
「本当に、お前がやったんだな――?」
レラズは、うなずいた。
レージンは、少し考えてから、続けた。
「奴隷同士の争いは、厳禁されていることを 知っているか?」
「知らない」
「無許可の争いは、両者ともに罰せられることは――?」
「知らない」
繰り返し、同じ答えをする。
すると、唐突にレージンが笑い出した。
「わはははは」
その笑い声に、レラズは拍子抜けしてしまった。なんだ、この男は。
「お前、面白いやつだな。街道の真ん中でぶっ倒れていたときは、ドラヘの餌でもなりゃいいかと思って連れてきたんだが、まさかこんな拾い物になるとは……」
最後の方は、彼の独り言のようになっていた。
そして、再びレラズに向き直った。
「お前、名前は?」
「分からない。――ただ、リョースからは、『レラズ』と呼ばれている」
彼女の名前を聞いて、レージンはリョースを一瞥する。彼女は、再び硬直した。しかし、それも僅かな時間だった。
「ふうん。まあ、お前はこれからもやらかしそうだから、明日でもどこぞのお大尽さまあたりに高値で売っ払うか。で、そいつは、結構気に入ったから、俺の『モノ』にでもするかね――」
え――? リョースは、瞳を大きく見開いた。
「お、御館さま、どうぞ、レラズと一緒に、このわたしもお売り下さいっ!」
必死の形相で懇願する、リョース。
しかし、まったく意に介さないように、その男は応えた。
「ああぁ? 奴隷ごときが、何言ってやがる。質草屋じゃねぇんだから、お売り下さいって、何だよ。それに『商品』自身が、自分で売り先を决めるなんてあるかい」
再び、大きな声で笑う。
リョースは、今にも泣き出しそうになっている。その横顔を、レラズは見ていた。
そして、彼はレージンに向き合った。
「俺のことはどうとでもすればいいが、この娘は自由にしてやってくれ」
レージンの口元が、すっと上がった。
「おいおい。奴隷の分際で、奴隷を自由にできるとでも思っているのか?」
レラズは、言葉を続けることができなかった。このように両手両足を拘束された人間が、何を言っても無駄なのかもしれない。だが、それを認めたくはない……。
「しかし、まあ、奴隷の身分でなければ、自由に出来ないこともないわけだが――?」
そう言って、レージンはレラズにちらりと視線をやった。
「どういう意味だ」
レラズは、詰問するように言った。
「――では、レラズ。改めて提案しよう。俺の『モノ』にならないか?」
彼は、何を言っているのだ? 俺の『モノ』だと?
レラズが、困惑して固まっているのに気がついたようで、レージンは言葉を続けた。
「おいおい。誤解するなって。俺には、そっちの趣味はねぇよ」
レージンは大笑いする。
「どっちかって言えば、やっぱりそっちの娘――リョースって言ったか、こいつの方がいいぜ」
もう一度、じっくりと彼女を観察している。リョースの表情が再び曇る。
「まあ、冗談はさておき、レラズよう――」
彼は、初めて真剣な顔を見せた。
「俺の用心棒になれ――」
今度は、本当に当惑する。用心棒だと? この俺が? ミマメイズの戦士たる、この俺が、この男の……?
「まあ、お前に選択肢などないんだがなぁ――」
レージンは、顎のあたりに手をやって、にやにやしている。
「――それと、俺の用心棒になれば、報酬として好きな奴隷を一匹くれてやるぜ」
レラズとリョースは、同時に息を呑んだ。
「さて、どうかね――?」
答えるまでもなかった。二人は、光を見い出した――。