謁見(2)
レラズとドローミは、衛兵に導かれながら、長い回廊を歩いていた。
いつまでも続く回廊を進んでいると、まるで永遠の刻を彷徨っているような気がした。
このまま、終わりがない行進を永久にしなければならないのか。レラズは、神経が麻痺するような、不思議な感覚に陥っていた。
すると、その永遠は突然、終わりを告げた。
「元締殿、お控えられよ――」
心なしか、衛兵の頭役も緊張しているようだ。
目の前には、大きな扉が立ち塞がっていた。
「只今より、謁見の儀を執り行う――!」
頭役が、大音声を発する。すると、静静と大扉が開いていく。
一瞬、視界が眩い光に覆われた。すべてが、白い世界に消え去る――。
しばらくして、視野が戻ってくる。その途端、目の前に華やかな光が、飛び散った。
眼前には、この世のすべての富が、集められていた。華やかな光は、ここにある金銀宝玉が発していたのだ。
「頭を垂れよ」
頭役が跪きながら、レラズを促した。気がつくと、ドローミも同様の姿勢をとっている。
レラズは、まだ辺りが気になっていたが、仕方なく頭を下げた。
彼は、白いマルモア石の床を見つめながら、様子を伺っていた。すると、部屋の奥の方から数人が歩いてくるのを感じ取った。
その足音はいつしか止まり、今度は椅子に座る音が聞こえた。
と、同時に――。
「そなたが、レラズか」
凛とした、涼しい女性の声が部屋に響いた。
レラズは、思わず顔を上げてしまう。
そこには、まるまる太った、明るい栗毛の女性が立っていた。彼女は、にこにこしながらレラズを蒼い瞳で見つめている。
レラズは、答えようとして、口を開けかけた。
――だが。
「ヨルズさま、お戯れが過ぎますぞ」
別の女性の声がした。その声の響きは、嫌に耳につくような感覚を覚える。
レラズは、無意識にその声の方に顔を向けようとしたが――。
「控えよ――!」
その女性が、一喝する。
「臣民ごときが、許しもなく面を上げるとは、何ごとぞ」
怒りの口調で、彼女は続けた。
「まあまあ、ヨーレイ殿。そう堅苦しくすることもないでしょう。今日は、無礼講でよろしいのではないかしら――?」
ヨルズと呼ばれた女性は、朗らかに言った。
「――では、私が許しましょう。面を上げなさい、お二方」
その声に導かれて、レラズとドローミはゆっくりと顔を上げた。
目の前に、4人の姿が現れた。
真ん中に、ひときわ大振りな玉座に座っている、男性がいる。
この男が、王か――。
ハラルド国王。このヴアルホルムを治める、唯一無二の絶対君主だ。
かなりの高齢のようだが、背筋はびんと伸びており、壮年の男性と見劣りはしない。おそらく、彼の『地位』がそうさせているのだろう。
王家の血筋に違わず、黄金の髪に碧眼、透き通るような肌の色。だが、老いのために、その美しさは、かなり損なわれていた。
王の右側には、最初にレラズに声をかけた女性が座っていた。彼女が、第二王妃・ヨルズだ。そのにこやかな表情から、彼女の性格がよく分かる。
ヨルズの隣に、かなり若い女性が座っている。彼女は、第四王妃・ヒルドだ。小柄な彼女は、その身体をますます小さくして、椅子に納まっている。
対する左の席には、先程ヨルズを咎めた女性――ヨーレイが座っていた。
彼女も、黄金の豊かな髪を腰まで伸ばし、琥珀の瞳でレラズを射抜くように見つめている。痩せた身体つきも相まって、視線が冷たく感じる。
その隣に、誰も座っていない椅子が置いてあった。レラズはそのことに気づいた。主のいない席がこの場所にあるのは、かなり違和感を覚える。
「この度は、誠に残念なことでしたね」
ヨルズは、悲しそうな顔をする。グレイプのことを指しているのだろう。気配りのできる女性だな、とレラズは感心した。
「お前が、新たに商人たちの元締となったのですね?」
ヨルズは、レラズをじっくりと観察しながら尋ねた。その表情から、彼にかなり興味があろうことは想像にかたくない。
レラズは、無言で頷いた。
「そうですか。――そういえば、あの帳簿法もお前が進言したものですよね――?」
かつて、レラズが紹介した複式簿記のことに言及しているようだ。
「――あの帳簿の原理は、わたくしも驚きましたよ。勘定方の者たちも、皆、目を丸くしておりましたから」
ヨルズは目を輝かせて、彼を見つめている。まったく興味が尽きない様子だ。
「きっとお前ならば、商人の仲間たちを纏め上げてくれるものと期待します。精々、商売に励みなさい――」
ヨルズは、暖かい言葉をレラズに語りかける。
レラズは、思わず深く平伏してしまう。この度量の深さは、やはり一国の王妃に相応しいものであろう。
しかし――。
「ヨルズさま――! たかが、臣民風情に御言葉をお与えになるのは、過分でありましょうぞ。このような下賤の者どもに、御身を晒すことさえ厭わしいというのに――」
ヨーレイは、口惜しそうに吐き捨てた。本来は、この場所にいることさえ嫌なのかもしれない。
「まあまあ、ヨーレイどの。お固いことは、無用にいたしましょうぞ。久方ぶりに民草の声を耳にできます機会なのですから」
ヨルズは、やんわりと彼女を窘める。その言葉に、ヨーレイは反発した。
「ですが、ヨルズさま――」
彼女は、思わず椅子から立ち上がろうとする。しかし、それは、鋭い一声で遮られた。
「もう、よい――」
国王、ハラルドだ。
「これ以上、余を煩わせるでない」
深く玉座に座りながら、レラズに鋭い眼光を向けている。彼のすべてを見定めようとしているのかもしれない。
「レラズと申したか――?」
レラズは、さらに深く頭を下げる。
「其方は、決して余を悲しませることはなかろうな?」
ハラルドは、問うた。
レラズは、一体、何のことを意味しているのか理解できなかった。悲しませるとは、どういうことだ……?
しかし、王に答えなければならない。彼は、口を開いた。
「御意のままに」
王は、わずかに頷いた。
「よかろう。――では、下がれ」
――王の謁見は、終了した。




