表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/26

謁見(1)

 レラズの荷車は、王城に向かっていた。彼は、ずっと不機嫌だった。


「おいおい。もっと、にこやかになれないものかね、元締?」


 彼の隣に座っているドローミが、呆れ顔で忠告する。


「仮にもアルフ商人組合の大元締なのだから、少しは愛想良くしてもらわんと困るんだがねぇ……」


 ほとほと困ったように、ドローミは溜息をついた。


「俺は、元々こういう顔だ」


 まるで取り付く島もない様子で、レラズは答えた。


 今日は、レラズが新たに商人組合の元締に選出されたことを受け、王家に上奏じょうそうするために登城するのだ。しかし、彼にとっては、そういう形式張ったことは大の苦手だ。それが、先程からの不機嫌な理由であった。


「レラズくん――いや、元締は、もっと社交的になる必要があると思うんだがねぇ……」


「元締は、止めてくれ。いつも通り、レラズでいい」


 レラズは、真顔で言った。


 その顔を見ながら、ドローミは苦笑する。


「まったく、君は変らないなぁ。――まあ、それだから、みんなから選ばれたのだろうけどね」


 ふむ、と鼻を鳴らしながら、ドローミは嘆息した。だが、その表情は穏やかだった。


 レラズが、元締に推挙されてから、その補佐役としてドローミが選ばれていた。彼の柔らかい物腰は、レラズのぶっきらぼうな態度にまさに打ってつけだった。




 しばらくして、彼らは王城を目の前にしていた。


「商人組合の元締の車である。扉を開けられたい――!」


 ドローミが、窓からの身を乗り出して、叫んだ。


 すると、門の前に隊列をなしていた衛兵たちが、わらわらと動き出し、門の前に整列した。


「確認した。通られよ――!」


 王城の門がゆっくりと開いていく。


 そのとき、レラズの脳裏にあの時の記憶が蘇ってきた。


 ――お城です! お城ですわ、お父様。レラズさまも、ご覧になられていらっしゃいますか――?


 ヴェッテルの優しい声が、頭の中にこだました。彼は、懐かしさで胸が熱くなる。


 ――この中に彼女がいるのか。


 レラズは、期待している自分に気づいて、少し驚いた。今更、会ってどうなるのだ。もはや、彼女は一国の王妃なのだ。もし、会えたからといって、どうなるものではない。


 彼は、自らを叱咤しながら、苦笑にがわらいする。未練がましい男だな、俺は。レラズは自戒した。




 彼らは、王城の中に通され、来賓室に通された。


「こちらで、しばし待たれよ」


 案内役の衛兵が、言った。


「もし、何か用があれば、この者に申し付けるがいい――」


 そう言って、後に控えていた人物を指し示した。


 すると、衛兵の陰から一人の少女がおずおずと姿を現した。


「あ――あの、わたくし、トゥローと申します……」


 まるで、消え入るような、か細い声で、その少女は言った。


 彼女は、42~3メルトほどの身長があるが、身体つきはその声のように痩せ細っており、縮毛である茶色の髪も、まるで彼女の容姿に相応しくも思えた。


 トゥローは濃褐の瞳を伏せ目がちに、二人の大男たちを伺っている。


「おお、トゥローさんと言うのですか――」


 と、ドローミがいつもの調子で、彼女に気安く声をかけた。


 すると、彼女はびくっとして、身体をすくめた。まるで何かに怯えているような、そんな様子だ。


「は――はい。な、何の御用でしょうか……?」


 彼女は、おずおずと尋ねる。


「え――あ、ああ。いやぁ、特には……」


 流石のドローミも、成す術がない様子だ。


 レラズは、その様子を眺めながら、違和感を覚えていた。


 どうして、この娘はこんな表情をするのだ? 何が、この娘をこんな表情にさせるのだ?


「今は、用はないですね……。何かあったら、声をかけますから」


 ドローミは苦笑している。


 おどおどしているトゥローを見ていると、レラズは何かいたたまれない気持ちになっていた。


「怯えることはない。俺は、かつて奴隷だった男だからな」


 レラズは、思わず口に出していた。


 その言葉を聞いて、彼女は目を丸くしている。


「え? 奴隷――ですか?」


「そうだ。だから、まったく気を遣うことはない」


 レラズは、無愛想に言い放った。


 トゥローはその言い方に、少し可笑しさを覚えた。この御方は、他の高貴な人たちとは違うのかもしれない。彼女は、レラズに興味を引かれた。


「はい、分かりました……」


 わずかに表情を緩ませて、トゥローは退出していった。


 彼女の姿が見えなくなってから、ドローミは嘆息しながら呟いた。


「わたしって、そんなに怖く見えますかねぇ……?」


 冗談めかすように言いながら、彼はレラズに視線を向けた。


「それはない」


 レラズは、一言だけ答えた。


「あはは。それは嬉しいですな。元締の言葉には、重みがありますからな」


 ドローミは、にやにやしながら返答した――。


 


 しばらく二人は、手持ち無沙汰で部屋に閉じ込められていた。


 5アーウほど何の音沙汰もなかったため、ドローミは痺れを切らしたようだ。


「ちょっと待たされ過ぎていないかねぇ? まさか、わたしたちのことを忘れているのじゃあ……?」


 あの温厚なドローミが、いらいらしながら呟いた。レラズは、黙って目を閉じている。


 もはや、限界と思われた、そのとき――。


 突然、扉が開けられた。


「商人組合の元締殿、参られよ――」


 扉の外に、数名の衛兵がいた。その中の頭役と思われる男が、彼らの前の立っている。


 レラズとドローミは互いに目配せをして、ゆっくりと立ち上がった。


 これから、王に謁見をするのだ。レラズは、自分が少し緊張しているのを感じた。


 ――この国の王が、どのような男か、見極めてやろう。


 彼は、力強く一歩を踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ