謁見(1)
レラズの荷車は、王城に向かっていた。彼は、ずっと不機嫌だった。
「おいおい。もっと、にこやかになれないものかね、元締?」
彼の隣に座っているドローミが、呆れ顔で忠告する。
「仮にもアルフ商人組合の大元締なのだから、少しは愛想良くしてもらわんと困るんだがねぇ……」
ほとほと困ったように、ドローミは溜息をついた。
「俺は、元々こういう顔だ」
まるで取り付く島もない様子で、レラズは答えた。
今日は、レラズが新たに商人組合の元締に選出されたことを受け、王家に上奏するために登城するのだ。しかし、彼にとっては、そういう形式張ったことは大の苦手だ。それが、先程からの不機嫌な理由であった。
「レラズくん――いや、元締は、もっと社交的になる必要があると思うんだがねぇ……」
「元締は、止めてくれ。いつも通り、レラズでいい」
レラズは、真顔で言った。
その顔を見ながら、ドローミは苦笑する。
「まったく、君は変らないなぁ。――まあ、それだから、みんなから選ばれたのだろうけどね」
ふむ、と鼻を鳴らしながら、ドローミは嘆息した。だが、その表情は穏やかだった。
レラズが、元締に推挙されてから、その補佐役としてドローミが選ばれていた。彼の柔らかい物腰は、レラズのぶっきらぼうな態度にまさに打ってつけだった。
しばらくして、彼らは王城を目の前にしていた。
「商人組合の元締の車である。扉を開けられたい――!」
ドローミが、窓からの身を乗り出して、叫んだ。
すると、門の前に隊列をなしていた衛兵たちが、わらわらと動き出し、門の前に整列した。
「確認した。通られよ――!」
王城の門がゆっくりと開いていく。
そのとき、レラズの脳裏にあの時の記憶が蘇ってきた。
――お城です! お城ですわ、お父様。レラズさまも、ご覧になられていらっしゃいますか――?
ヴェッテルの優しい声が、頭の中にこだました。彼は、懐かしさで胸が熱くなる。
――この中に彼女がいるのか。
レラズは、期待している自分に気づいて、少し驚いた。今更、会ってどうなるのだ。もはや、彼女は一国の王妃なのだ。もし、会えたからといって、どうなるものではない。
彼は、自らを叱咤しながら、苦笑いする。未練がましい男だな、俺は。レラズは自戒した。
彼らは、王城の中に通され、来賓室に通された。
「こちらで、しばし待たれよ」
案内役の衛兵が、言った。
「もし、何か用があれば、この者に申し付けるがいい――」
そう言って、後に控えていた人物を指し示した。
すると、衛兵の陰から一人の少女がおずおずと姿を現した。
「あ――あの、わたくし、トゥローと申します……」
まるで、消え入るような、か細い声で、その少女は言った。
彼女は、42~3メルトほどの身長があるが、身体つきはその声のように痩せ細っており、縮毛である茶色の髪も、まるで彼女の容姿に相応しくも思えた。
トゥローは濃褐の瞳を伏せ目がちに、二人の大男たちを伺っている。
「おお、トゥローさんと言うのですか――」
と、ドローミがいつもの調子で、彼女に気安く声をかけた。
すると、彼女はびくっとして、身体をすくめた。まるで何かに怯えているような、そんな様子だ。
「は――はい。な、何の御用でしょうか……?」
彼女は、おずおずと尋ねる。
「え――あ、ああ。いやぁ、特には……」
流石のドローミも、成す術がない様子だ。
レラズは、その様子を眺めながら、違和感を覚えていた。
どうして、この娘はこんな表情をするのだ? 何が、この娘をこんな表情にさせるのだ?
「今は、用はないですね……。何かあったら、声をかけますから」
ドローミは苦笑している。
おどおどしているトゥローを見ていると、レラズは何かいたたまれない気持ちになっていた。
「怯えることはない。俺は、かつて奴隷だった男だからな」
レラズは、思わず口に出していた。
その言葉を聞いて、彼女は目を丸くしている。
「え? 奴隷――ですか?」
「そうだ。だから、まったく気を遣うことはない」
レラズは、無愛想に言い放った。
トゥローはその言い方に、少し可笑しさを覚えた。この御方は、他の高貴な人たちとは違うのかもしれない。彼女は、レラズに興味を引かれた。
「はい、分かりました……」
わずかに表情を緩ませて、トゥローは退出していった。
彼女の姿が見えなくなってから、ドローミは嘆息しながら呟いた。
「わたしって、そんなに怖く見えますかねぇ……?」
冗談めかすように言いながら、彼はレラズに視線を向けた。
「それはない」
レラズは、一言だけ答えた。
「あはは。それは嬉しいですな。元締の言葉には、重みがありますからな」
ドローミは、にやにやしながら返答した――。
しばらく二人は、手持ち無沙汰で部屋に閉じ込められていた。
5アーウほど何の音沙汰もなかったため、ドローミは痺れを切らしたようだ。
「ちょっと待たされ過ぎていないかねぇ? まさか、わたしたちのことを忘れているのじゃあ……?」
あの温厚なドローミが、いらいらしながら呟いた。レラズは、黙って目を閉じている。
もはや、限界と思われた、そのとき――。
突然、扉が開けられた。
「商人組合の元締殿、参られよ――」
扉の外に、数名の衛兵がいた。その中の頭役と思われる男が、彼らの前の立っている。
レラズとドローミは互いに目配せをして、ゆっくりと立ち上がった。
これから、王に謁見をするのだ。レラズは、自分が少し緊張しているのを感じた。
――この国の王が、どのような男か、見極めてやろう。
彼は、力強く一歩を踏み出した。




