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王城(2)

 彼らの車は、城壁の奥へ導かれて行った。


 壁の内部は、グレイプの屋敷とは比べものにならなかった。これが、王家の館城なのか。広大な庭園が目の前に広がり、清らかな泉が点在している。


 庭園の間を進むと、やがて『館』が姿を現してきた。それは、白色のマルモア石で形作られている、巨塔だった。その圧倒的な大きさは、レラズたちを萎縮させるのに十分だった。これを前にして恐怖を感じない者は多分いないだろう、王家の血統以外には。


 その、白い巨大な『怪物』の中に、彼らは飲み込まれていった……。




 ――彼らは、控室に通された。


 そこで、かなりの間、待たされることになった。時間が、無為に過ぎていく。


「グレイプ殿、娘御と供にこちらに參られよ」


 ようやく、一人の侍従が呼び出しに来た。その声に従い、グレイプとヴェッテルは、部屋を出ていった。


 ヴェッテルは、立ち去る際、レラズに不安そうな表情を見せた。彼は、彼女に頷くことしかできなかった。


 レラズは、一人取り残された。本来であれば、警護を名目に同行することを申し出るのであるが、今回はどうも勝手が違った。


 ――この雰囲気は、何だ……?


 空気が、緊張している。一人、部屋にいるといたたまれない気持ちになった。


 


 ようやく、二人が帰ってきた。


 グレイプは、いつも通りの仏頂面だ。その隣のヴェッテルは、いつもと違っていた。


 彼女は、両手で顔を覆い、肩を震わせている。一体、何があったのか?


 先に口を開いたのは、グレイプだった。


「屋敷へ帰るぞ」


 彼は、歩き出した。その後を追うように、ヴェッテルが続く。


 レラズも、無言で彼らに従う。一体、何があったのか――。


 彼らは、静かに王城の通路を歩いていた。しばらく、無言が続く。


 ふいにグレイプが立ち止まり、口を開いた。


「娘は、城に上がることになった……」


 レラズは、一瞬、何のことか分からなかった。城へ上がる――?


「お父様……」


 今まで顔を伏せていたヴェッテルが、反応する。その目元は、赤くなっていた。


「わたくしは、まだ家を離れたくはありません。王様もどのような方なのか、よく知りませんし……」


 いつもの笑顔は一切なく、今にも大泣きしそうな様子だ。彼女の美しい、黒い瞳が、潤んでいる。


 そして、急にレラズの方に顔を向けた。


「レラズさま。わたくし、どうしたら良いのでしょう……?」


 レラズは、ようやく何が起こったのか、理解した。おそらく、国王・ハラルドにヴェッテルが見初みそめられ、側室として迎え入れられることになったのだろう。彼女の美しさは、王城にまで届いていたということか。


 ヴアルホルム、現国王・ハラルドは、現在、三人の王妃をめとっている。正室であった第一王妃は若くして崩御され、第二・第三・第四の王妃がお側についている。


 ハラルドの第一王妃に対する寵愛は、並大抵なものではなく、彼女の御隠れになった日から1マヌスもの間、一切公務を行わず、喪に服された。


 十数イエル経つ現在も、彼女への愛情の証なのか、未だ正室を定めず、現在まで第一王妃の座は空位となっていた。


 しかし、それが仇となり、それぞれの王妃に従う者たちの確執が問題となり、いざこざが絶えなかった。


 レラズは、彼女の問い掛けに答える術はなかった。


 おそらく、グレイプの『家』にとっては、この上もない名誉であるだろう。ヴェッテルの輿入れにより、家系は皇族に連なることとなり、貴族の称号を与えられることは確かだ。この話は、まさにグレイプ家にとって栄誉なことである。


 ただ、目の前の二人を目にすると、まったくそうは思えなかった。


 王家から下された命に背けるはずもなく、グレイプは受け入れるだろう。しかし、今まで見てきた娘の寵愛ぶりから察すると、心から喜ぶことはできるはずもない。


 ヴェッテルも、青天の霹靂のように言い渡され、恐怖のように感じているのかもしれない。


 レラズは、あれこれと思いを巡らせていたが、結局、一言だけ告げた。


「帰ろう、ヴェッテル」


 彼の言葉を聞いたせいか、ヴェッテルにかすかな笑みが戻った。あの、いつもの彼女だ。


「はい、レラズさま」


 その様子を目の端で見やりながら、グレイプは再び歩き出した。




 彼らは、しいんと静まり返った回廊を進んだ。


 ――すると、突然、くうを切る音と、陶器の割れる音が同時に響いた。


 一同は、音のする方向へ視線を向けた。そこには、グレイプの屋敷で見かけたような、細かい彫刻の施された卓台が置いてあり、その上に陶器の破片が散乱していた。


 おそらく、破片となる前は高価な花器であったそれは、見る影もなく、いくつもの欠片となっていた。


 それだけを見ると、あたかも花器が前触れもなく、割れたようにも思えた。


 しかし、レラズは床に落ちている物に気がついた。


 ――硬貨?


 彼は、一枚のエウロ硬貨を拾い上げた。


 その硬貨は、銀で鋳造された七二エウロ硬貨だった。表面には、建国の英雄=国父とされている初代国王の肖像が彫られている。


 レラズは、理解した。


 ――これは警告か。


 この硬貨を弓のような強い力で飛ばして、花器を破壊したのだろう。


 硬貨を当てたところで、相手に致命傷を与えることはできるはずもない。おそらく、飛ばした本人もそのような意思はないと思われる。


 しかし、これは明確な『敵意』だ。


 ヴェッテルが側室となることを嫌う何者かが、警告の意味で射掛けたのだろうか。


「花瓶が急に割れるなんて、不思議ねぇ……」


 ヴェッテルは、その大きな瞳を更に見開いて、じっと観察している。本人は、この意味が分からないのだろう。


 しかし、前にいたグレイプは、意味をすぐに理解したようだ。顔色がみるみるうちに変ってくる。


「ヴェッテルや、すぐ屋敷に帰るぞ! すぐに、だ!」


 まるで、怒ったような口調で言う。


「あ、はい。お父様――」


 早足で前を行く、父親の背中を追うように、彼女は小走りでついていく。


 レラズは、辺りを見回してみた。しかし、何事もなかったように、静まり返っている。


 おそらく、先ほどの物音を聞きつけて、あと数マニトもすれば、ここも騒然とするのだろうが、今は物音もしない。


「仕方あるまい――」


 彼も、この『警告』の場を後にした。

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