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王城(1)

 グレイプの屋敷の中での生活が始まった。


 レラズは、日課である朝の訓練を終えると、剣を肩に担ぎながら、今日の計画を考えていた。


 彼に与えられた兵士たちは、それぞれ力はあるものの、統率が取れていなかった。何度か、実戦形式で演習を行ってみたものの、それぞれが自らの考えで行動するため、動きの効率が悪かった。


 この烏合の衆を、どう統率するか。それが一番の問題だった。


「なかなか、骨のある仕事だな……」


 彼は、呟いた。


「レラズさま、『お骨』って何ですか――?」


 ヴェッテルが、いつものように笑顔で彼に近づいてくる。


 レラズは、ふうっと大きく息を吐いて、大振りの剣を下げた。


「いや、何でもない」


 そう言いながら、いつの間にか彼にも笑みがうつっていた。


「そうですか……」


 少し不満そうな表情を見せたものの、それも一時ひとときのことで、すぐにいつものヴェッテルに戻る。


「あの、レラズさま。今日は、お父様と王城に行くことになりましたのよ!」


 ヴェッテルは、子どもが『お出かけ』に行けるのが、楽しみで仕方ないというような、そんな口調で言った。


 レラズは、すぐに理解した。すると、今日の計画は変更だ。本日の最重要事項は、グレイプおよびヴェッテルの護衛任務である。


「でも、お父様も急でいらっしゃるわ。今朝、ご挨拶しましたら、一緒にお城へ行こうだなんて。前もって言ってくだされば、着ていくクライトを新調しましたのに――」


 ヴェッテルはそう言うと、頬を少し膨らませた。こういった一つ一つの仕草が、レラズを和ませる。


「――レラズさまも、ご一緒されるのでしょう?」


 無邪気に問いかける、彼女。


「おそらく」


 いつも通りの簡単な答えだ。


 その答えを聞くと、ヴェッテルは飛び上がるように喜んだ。


「まあまあ。何て嬉しいのでしょう。……すぐに、支度をしなくては。では、レラズさま、ごきげんよう――」


 彼女は、あたふたと小走りに立ち去っていった。その後ろ姿を見送りながら、騒がしいやつだと、苦笑した。




 レラズは、グレイプへの定例の挨拶に出向いた。契約に基づく日常の業務である。


 グレイプは、執務室にいた。既に何か事務仕事をこなしているようだ。レラズは一礼して部屋に入った。


「今日は、王城に行かれるのか?」


 彼は、単刀直入に尋ねた。


「耳が早いな。娘にでも聞いたのかね?」


 レラズは、グレイプの問いかけに頷いた。


「なるほど、な」


 グレイプは、彼女を思い出したのか、目元を細めた。


「昨晩遅くに、王城から使いがあって、本日登城せよとのお達しだ」


「何の用だ?」


「それが、よく分からんのだ。特に商売の話でもないようだし、理由が、な……」


 グレイプは、腕組みしながら目を閉じた。


「それに、娘のヴェッテルも連れて参れとのことなのだ……」


 思案しているグレイプを、レラズは見ていた。


 あの鋭い、商売人の眼は、どこかにいってしまい、まるで赤子をあやすような、優しい目をしている。この男は、娘のことになると、人が変わってしまうようだ。


「……まあ、ここで思案しても仕方があるまい。とにかく、今日は登城するから、そのつもりでいてくれ」


 グレイプは、レラズに向き直った。


「分かった」


 彼は、了解した。




 昼過ぎになり、彼らは館を出立しゅったつした。


 レラズが、自らプフェの手綱を取り、グレイプ親子の荷車を操舵することにした。その周りに、前後左右、四頭のプフェの単騎を配した。あまりに、大仰おうぎょうな隊列であると、王城の衛兵に対して脅威を与えることになると考え、必要最小限の警備とした。


「レラズさま、どうしてこちらにいらっしゃらないの?」


 ヴェッテルが、少々ご機嫌斜めの様子だ。普段はあまり見せない、ふくれっ面をしている。ただ、その様子も憎めない可愛らしさがある。


 彼は、苦笑しながら、


「俺は、警護の責任者だからな」


 と、答える。


 彼女は、それを聞くと、今度は隣に座っている、父親に顔を向けた。


「ねえ、お父様。レラズさまは、わたくしたちとご一緒して下さらないのよ。せっかくのお出かけなのに……」


 娘の不満顔が気に入ったのか、にこにこしながら、グレイプは答える。


「ヴェッテルや、あの男は、お前を守りたいと願って、自ら手綱をとっておるのだ。今しばらく、我慢をしておくれ」


 一段と皺の目立つ顔の相好そうごうがくずれる。


「分かりました、お父様。仕方ありませんわね」


 ヴェッテルは、折れたようだ。この娘は、こういった聞き分けの良さも魅力の一つなのだろう。


 次第に、目的とする王城が見えてきた。人々を威圧するような、高い壁が周囲を取り囲んでいる。その壁も所々に矢を射るための覗き穴が穿ってあり、時折何かが輝きを放つ。おそらく、衛兵が目を光らせているのだろう。


「着いたな……」


 グレイプが、呟いた。かなり、緊張していることが、その声色こわいろで汲み取れる。


 レラズは無言で前を見据えた。神経を極限まで張りつめている。どのような突発事態でも対処することができると、自ら思った。


 そんな彼らの思いを知ってか知らずか――。


「お城です! お城ですわ、お父様。レラズさまも、ご覧になられていらっしゃいますか――?」


 まるで幼子のような声を上げる、ヴェッテル。その表情は、柔らかく、無垢の天使のような、それだった。


 荷車は、城の門扉の前で一旦停止する。そのとたんに、衛兵が周りを取り囲む。


「何用だ?」


 衛兵の一人が、問いただす。


「商人組合元締の、グレイプだ」


 荷車の小窓を開けながら、そう答えた。


 その言葉を聞いて、頷く衛兵。


「確認した。通れ――」 


 すると、静かに王城の扉が開いていく。じりじりと、ゆっくりと――。


 開け放たれた扉が、目の前に広がる。その中は、臣民の世界とは全く別の世界だ。現世と常世。この先は、言わば神の領域と言えた。


 グレイプは、呟く。


「頼んだぞ、レラズ――」


 レラズは、首肯しゅこうした。

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