金貸し(2)
レラズは、男たちに囲まれていた。
「お前、昼間、ヨーラと一緒にいたヤツだな?」
アウドは、ようやく気を取り直したようだ。レラズをじっくりと見定めている。
「聞いた、とか言っていたが、一体、何のことだ?」
にやにやと笑いながら、レラズに視線を合わせた。この状況から、もはや恐るるに足らんと、判断したのだろう。
レラズは、無言で対峙していた。
本来なら、剣を手にして窮地を突破するところだが、彼は丸腰だった。素手でもこの程度の人数なら問題ないようだが、彼は躊躇っていた。
確かに、この男――アウドは下衆野郎だが、あの草賊と違い、直接、人を殺めたわけではない。〈発覚していないだけかも知れないが〉
この男に相応しいのは、暗く冷たい牢獄だ。彼は、そう思った。
「おいおい。お前、口がきけないのか? そういや、お前、相当ガタイがいいが……もしかしたら、奴隷なのかぁ?」
とうとう、腹を抱えて笑い出した。
「奴隷の分際で、よくもまあ、臣民様に楯突こうなんて考えたな。頭、確かか?」
その笑いは、狂気じみていた。まるで、気が触れたように、その笑いは収まらなかった。
「奴隷風情が、金貸しの仕事に口出すなんて、笑わせる。あんなもの、騙される方が悪いんだぜ」
レラズは、じっと聞いていた。
「ヨーラの嬢ちゃんのところも、言うがままに契約する方が悪いんだろ? 見ず知らずの俺なんかを信用するなんて、阿呆じゃないか――」
アウドはそう言いながら、周りの男たちに顔を向けた。
「お前ら、こいつを押さえつけろ――!」
それを合図に、わらわらとレラズに群がってくる。レラズは抵抗しなかった。
彼は、後ろ手に縛り上げられ、床に転がされた。
「呆気なかったなぁ、こいつ」
「旦那、これからどうします?」
「いっそ、簀巻きにして、海に放り込みましょうかい?」
男たちが、口々に言い合っている。
「レラズさん――!」
突然、聞き覚えのある声が、部屋じゅうに響いた。
そこには、息を切らしながら、大きく扉を開けている、ヨーラの姿があった。
アウドを含んだ全員が、一斉に殺気立った。
「お前もか! そいつも、捕まえろ! 一緒にまとめて海に沈めてやるっ!」
――!
その言葉を聞いて、レラズは意を決した。もはや、この男に慈悲をかける必要はない。
彼は、その腕にありったけの力を込めた。彼を拘束する荒縄が、みしみしと悲鳴を上げる。
その時――。
「派手にやってくれたね、アウドくん」
ヨーラの後ろから、ひょっこりとドローミが顔を出した。
「え……?」
明らかに動揺する、アウド。続けざまに、顔見知りを目にして、理解できなくなったようだ。
「まったく、レラズくんも血の気が多いのだなぁ。まあ、そういう正義感も悪くないが、な」
ドローミは、床に転がされている、レラズに視線を向けた。その目は、にこやかだった。
「どうして、ここがわかった?」
レラズは、疑問を口にする。
すると、笑って彼は、答えた。
「このヨーラだよ。彼女が、夜中に君が居ないことに気づいて、ここにいると思い立ったそうだ――」
ヨーラは、はにかみながら言った。
「だって、レラズさんがいなくなる理由って、それしかないと思ったものですから」
ドローミが、引き継ぐ。
「それで、商人組合の寄合所に駆け込んで来たという訳だな。寄合が長引いていたので、よかったよ。まあ、ちょうど、彼――アウドくんの件を話し合っていたところだったのだがね――」
アウドは、まったく状況が飲み込めない様子で、ドローミに強張った笑みを見せている。
「あ――あの、ドローミさん? な、何の用です……? たった今、ウチに入った、こそ泥を捕まえたところなんですが――」
アウドは、必死になって弁明を考えているようだ。
「そうそう。この賊に手を貸したのが、この小娘だったみたいで、一緒に取っ捕まえるところだったんですよ――」
「――そのくらいにしておかないか」
また、新たな声がした。今度の声は、レラズの知らないものだった。
その男は、かなりの年配で、少々額が後退した、白髪混じりの黒い短髪の男だった。そろそろ初老を迎えようとしている年格好だ。
彼は、大きな黒い瞳で、転がされているレラズを見つめている。彼の人となりをじっくり観察しているようだ。
「グ……グレイプの元締まで、一体、何用でしょう? お話があるのでしたら、次の組合の会合の時にでも伺いますが……?」
アウドは、完全に混乱しているようだ。その目が、あちらこちらと泳いでいる。
「もう、お前には、その資格はない」
穏やかな口調で、彼は告げた。
「本日付けをもって、ハラルド国王の勅命による『金利令』が下された――」
はっと目を見開く、アウド。
「――不当な金利を得る者には罰を与え、臣民の証を剥奪する。また、これにより得た利益は、将来および現在、過去のすべてに渡り、返還すべし、と――」
レラズは、すべて理解した。これで、ヨーラは解放されるのだ。彼は、目の奥に熱いものを感じた。
がっくりと、うなだれているアウドをグレイプの背後に控えていた数人の衛士が、取り囲む。
「国王ハラルドの令により、お前を拘束する――!」
衛士たちは、力ないアウドを無理やり立ち上がらせ、部屋から連れ出して行く。他の男たちも、同様だった。
気がつくと、ヨーラは顔を真っ赤にしながら、涙を流している。そして、彼に駆け寄り、その小さな手で必死に縄を解こうとしている。
レラズは、しばらく彼女を見ていたが、なかなか解けないようなので、彼自身が縄を引き千切った。それは、いとも容易いものだった。
「まあ――」
目を丸くする、ヨーラ。そして、吹き出した。
「まったく、レラズさんは。全然、わたしが心配する必要なかったのですね」
泣き笑いをしている彼女を、レラズは抱き締めた。
「レ――レラズさん!?」
「本当によかった、ヨーラ」
その言葉を耳にして、彼女は再び泣きじゃくる。
しばらくしてから、レラズは声を掛けられた。
「お前が、レラズかね――?」
その声は、あのグレイプという男のものだった。
「そうだ」
「あの帳簿の仕組みを考えたのは、お前か?」
「いや、俺が考えたのではないが、それを知っていただけだ」
ふむ、と唸る、グレイプ。
「取引の打ち合わせで、王城から官吏が来ていたのだか、お前の帳簿の仕組みを聞いて、すぐさま上に報告することになったのだ――」
レラズは、さっぱり理解できなかった。
「それが、第二王妃・ヨルズ様のお耳に入り、大層感心されたとのことだ。その褒美に何か所望するものはないかと問われたのだが――」
ドローミが、後を引き継いだ。
「それが、あの『王令』だよ、レラズくん。それで、よかったのだろう?」
レラズは、ドローミの手を固く握った。
「ありがとう、ドローミ」
レラズは、グレイプに向き直った。
「手間をかけた。感謝する」
彼は、深々と頭を下げた。
「いや、大したことはない。以前から、厄介事になっていたことだからな。ちょうど、都合がよかった」
グレイプは、口元を緩めた。そして、続けた。
「お前は、『高級臣民』になる気はないかい?」
レラズは、その提案に驚いた。『高級臣民』だと――?
「もし、その気があるのなら、王城の官吏に掛け合ってもよいよ。今回の件もあろうから、おそらく問題はなかろう」
グレイプは、彼を見つめている。
「『高級臣民』になれば、儂のように王城への出入りも容易いものになる。もし、望むなら、いつの日にかハラルド様お付の近衛兵にもなれようて――」
――!
レラズは、反応した。かつて、戦士だった己の進むべき道なのかもしれない。いつの日にか、ミマメイズに戻るためにも。
彼は、決断した。
「お願いする」
グレイプは、大きく満足そうに頷いた。
「それでは、我が屋敷に来るがよい――」




