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金貸し(1)

「わたしの家は貧しかったけれど、家族はいつも一緒で、幸せに暮らしていました――」


 遠い目をする、ヨーラ。


「でも、あの日、すべてが変わりました……」


 彼女の表情が曇る。


「三つの月が綺麗だった、あの夜。たまたま夜中に目が覚めて、気がつきました。何か焦げ臭いような気がして、表に出たら――」


 ヨーラは、口籠った。――だが、意を決したように、


「――納屋が燃えていました」


 彼女は、言った。


「そこには、農具や種籾たねもみが、ぜんぶ保管してあったのだけれど、それがすべて燃えてしまった……」


「そこには火の気なんか、絶対なかったのに、全然信じられませんでした……」


「途方に暮れていた、わたしたちの家に、あの男が現れました――」


 彼女は、一度言葉を切ってから、続けた。


「アウド、です――」


 レラズの考えていた通りだっだ。


「あの男は、言いました。――さぞ、お困りでしょう。こういう時は、お互い様です。ご優待金利で、お安くご融通いたしますよ、と――」


 ぐっと、唇を噛み締める、ヨーラ。


「わたしたちは、信じてしまいました。今思えば、何て浅はかだったんでしょう……」


 レラズは、悔しそうにしている彼女を見ていられなかった。よほど、無念に感じているのだろう。


「あの男は、こう提案してきました。『10ダイスで一割』でどうですか――?」


「わたしたちは、それがどういう意味か、まったく分かりませんでした……」


「藁にもすがりたい、わたしたち家族は、その申し出を『有難く』受け入れてしまいました」


 ヨーラは、続ける。


 ――とりあえず一〇万エウロをご融通いたしましょう。ご返済は急がずとも結構です。そうですね。1シザノ後でよろしいですよ。そのとき、利子を『10ダイスで一割』ということで――。


「騙されてしまいました……」


 悔しそうな表情を浮かべる。


「わたしたちは、一生懸命働いて、ようやく元の生活に戻ることができました。そして、いつの間にか時が過ぎて、約束の日になりました――」


 ――当社をご利用いただき、ありがとうございます。元金と利子を合わせて、この通りになります――。


「そう言って、あの男が見せた金額に、目を疑いました。それは、私たちが借りたお金の五十倍以上――五〇〇万エウロを超えていました……」


「後になって、ドローミの旦那さまに、教えてもらいましたが、初めから騙すつもりだったみたいです。普通は、その金利でこんなに返済を先延ばしにすることは、ありえないらしいのです……」


 『10ダイスで一割』――。つまり、一〇万借りると一〇ダイス後に一万の利子を返済する契約である。現代風に言い換えれば、いわゆる『トイチ』というたぐいのものである。


 短期で返済するのであれば、それほど負担は多くないが、期間が延びれば延びるほど、利子に利子がつき、途方もない金額に膨れ上がってしまう。


 ヨーラは、まさにその手口に騙されたのだ。


「もうそれからは、家族は、皆ばらばら。わたしは、この街に出稼ぎに出てくるしかなかったし、妹もムスペルムの親戚のところで働いています。両親は、二人ともノズンの鉱山に行ってしまいました……」


 彼女は、急に涙ぐんだ。もう、自分を抑えることができなくなったのだろう。ぽろぽろと大粒の涙をこぼし始めた。


 肩を震わせている彼女を見ているうちに、レラズは思わず、その肩を抱きしめてしまった。


「レ……レラズさん――!」


 ヨーラは驚き、身体を硬直させた。


「大丈夫だ」


 レラズは、一言だけ呟いた。


 彼女は、その囁きを耳にすると、一気に身体の力が抜けてしまった。


「大丈夫だ」


 レラズは、繰り返した。


 彼女は、突然、大声を上げて泣き始めた。その優しさと暖かさに、まるで赤子のように、泣きじゃくった。


 レラズは、彼女がすべての涙を出し切るまで、付き合うと強く思った。




「ありがとうございます、レラズさん……」


 辺りは、すっかり暮れていた。街の火が、徐々にともり始めている。


 彼女は、ゆっくりと身体を離しながら、彼に礼を言った。


「何のことだ?」


 レラズは、いつも通りだ。


「何のことって……。もう、レラズさんは、ひどいです」


 そう言いながら、ヨーラは笑った。


 彼は、その笑顔を見るだけで、十分だった。




 店に戻ると、まだドローミは組合から帰っていなかった。


 もう夜も更けてきたので、今日は仕事終わりにしましょう、とヨーラは告げて、夕餉の支度を始めた。


 二人は食事を取りながら、取り留めのない話をした。ほとんどが彼女の田舎話だったが、レラズは楽しんだ。


 食事が終わり、それぞれの部屋に別れた。 


 レラズは、寝所に横たわりながら、考えていた。


 ――あの、アウドという男、まだ何かありそうな気がする……。


 そう考えると、ますます疑問点が出てくる。そのことを確かめないと、気がすまなくなってきた。


 レラズは、身を起こした。


 寝所から静かに抜け出した。あとは、彼の独壇場だ。完全に気配を消して、建物の外に出る。


 辺りは、月の光に照らされていた。彼の記憶は、はっきりとしている。あの店へ一気に走った。


 『アウド通商』の立て札が見えた。すると、彼は店の中に身を滑らせるように、入っていった。


 店の中に入ると、人気ひとけが感じられなかった。しばらく、いくつかの部屋を覗いてみたが、どれも同じだった。


 ――やつは、いないのか。


 そう諦めかけた時、地下へと通じている階段を見つけた。


 その階段を降りていくと、扉があった。その扉がわずかに開いており、光が漏れていることに気がついた。


 ――この部屋か。


 レラズは、扉に耳をあてた。


 すると――、


「――いやあ、アウドの旦那も人が悪い。あの娘っ子、泣いてますぜ」


 アウドじゃない、別の男の声がした。かなりよいが回っているようだ。時折、さかづきの触れ合う音がする。


「もっと優しくしてやらあ、一発くらいやれるのにもったいねぇ」


 がはは、と大きな笑い声。


「あんな小便臭いガキ、俺の趣味じゃねぇよ。俺は、どっちかと言やあ、グレイプさんのところのお嬢がいいなぁ。あの肉付き、堪らねぇや」


 アウドの声だ。


「それにしても、あの娘の家は、うまくいきやしたね。火をつけるのも簡単だったし、利息も言いなりに払うなんて、馬鹿の見本でさあ」


 数名の男の笑い声がこだました。


「こういう、美味しい仕事があるから、やめられないんだよなあ、実際」


 アウドも、笑った。


 耳をそば立てていたレラズは知った。そう、すべてヤツの企みだったのだ。


 レラズは怒りを覚え、部屋の中に立ち入った。


 彼は、全員の視線の渦中にいた。


「な――何だぁ!」


 アウドが、上ずった声を上げる。彼を取り囲む男たちも、一斉に振り返った。


 もはや、開き直るしか、ない。


「すべて聞いたぞ」


 レラズは、身構えた――。

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