マンガ、からの?
「え、ちょっと待って!」
夜の十二時を回ったところで、俺の部屋に遊びに来ていた佐藤が突然声を荒げた。
マンガを読んでいた俺は驚いてページを閉じる。
「なに!? なんなの急に!? 心臓止まるかと思ったわ!」
「だってさ、俺、人生間違えてたって今気が付いたんだよ」
「……は!?」
俺の呆れた声に構わず、佐藤は俺の読んでいたマンガを取り上げた。
「こんなもの、こうしてくれるわ!」
「ちょ、おま……」
佐藤の遠投によって勢いよく窓から飛び出した俺のマンガは宙を舞い隣の庭先に落ちる。
「なにやってんの? ねえなにやってんの君? あのマンガまだ読み終わってないんだけど、責任とって回収しに行ってくれるよね? ってかさっさと行ってこい」
「あれはマンガじゃない、紙だ。そう、ただの紙なんだよ君。いたって特徴もない再生紙を拾いに行く意味を私は見いだせない。なにせただの紙なんだからな!」
佐藤は、もはや暗示のように『紙』を連呼して高笑いをした。
「あら、わたくし何か間違ったことをなさったかしら?」
あくまでシラを切るつもりらしい佐藤が貴族言葉でドヤ顔をする。
俺は負けない強い子だ。対抗という言葉も知っている。
「あなた、ご自分が犯してしまった罪の重たさに気づいていらっしゃらないようね。残念なお人……嗚呼、なんて残念なお人なのかしら!」
「わたくしが残念ですって? 言いがかりはおよしになっていただきたいわ。卑しいあなたには、わたくしの高貴さゆえの行動と蛮行の区別もつかないようね!」
「卑しい…? あなた今、わたしのことを卑しいと言ったわね? わたし、見ましたのよ。昨日、既婚者のあなたが見知らぬ男と宿に入っていくところを! そのことはどう弁解なさるおつもりなのかしら? ぜひとも病的に素晴らしい言い訳を聞いてみたいものだわ!」
「あらあなた、お塾の時間じゃなくって?」
「ふざけんな! こんな真夜中に塾って何教えてんだよ! あれか? 夜の営み方でも教えてんのか?」
突然話題をシフトされて口調が戻った俺だったが、佐藤は冷静だった。
「よく御存じだこと。やはり卑しい身分の方は考え方が違うわね」
「って、お前も知ってんじゃねえか」
「……我々は交換条件を提示する!」
貴族で引っ張るのは限界だと感じたらしい佐藤が挙手した。
「言ってみたまえ、佐藤中尉」
「我々がただの紙を回収する代わりに、我々に素敵な飲料水を提供すること!」
「素敵な飲料水?」
「あの、いちごオ・レ…とか……」
「よろしい。落ちろ」
俺がひきつった笑みをうかべてぐいぐいと佐藤を窓際に押しやると、佐藤は全力で抵抗した。
「暴力反対! マハトマ・ガンディー来るぞ! 屍さらすぞ!」
「いいや、これは暴力じゃない。圧力を加えているだけなのだよ。そう、ただの圧力を」
「言い訳良いわけ?」
「悪いわけ!!」
とぼけたような佐藤の言動に俺がさらに圧力を加える。
「わかったわかった! 落ちるよ! 落ちればいいんだろう! だがその前に頼みがある!」
「なんだ。言ってみろ」
「ミスドのフレンチクルーラー買ってきて。あ、イチゴのつぶつぶがかかってるやつ」
「アナタノ言葉ニハリカイデキナイ単語ガ含マレテイマス。対象ワードハ『イチゴのつぶつぶ』デス」
さらに圧力。
「じゃあチョコでいいから!」
さらに圧力。
「後生だ」
さら(ry
「ちょっと待って!? 半身が宙に浮いてるんですけど!? 宙ぶらりんなんですけど!?」
「空中ブランコ~体現してみた~」
「いやいや、踊ってみた、とかそんなノリで言われましても!」
「おいおい佐藤、お前そんな背筋あったっけ? 羨ましいなあ~」
「むしろ椎間板ヘルニア的なの発症しそうですが!?」
本当に佐藤の背中が軋み始めたところで、部屋に戻してやる。
「はあ…はあ……ハードなイチゴ狩りだった…」
「ハードなイチゴ狩り!?」
「ハードだろ! お前ビニールハウスの上見なかったのか!? フルフルいたんだぞ!」
「んなもんホントにいたら、今頃お前の首から上無いわ!」
「フルフルは男性の左足が好物らしいぞ」
「おぉふ……冗談でも生々しいからやめてくれ」
「そうそう。俺昨日、妖精見たんだよ。川でさあ、人間みたいな顔っつうか宮崎アニメっぽい顔っつうか…」
「ポ〇ョか!? …お前、そいつの母ちゃん来なくてよかったな。グランマンマーレっつうゴツイ名前なんだぞ」
「タモを常備していた俺に死角はなかった。」
「うん、そろそろマンガ回収しに行こうか」
終わり。