会誌第六号
閉められたカーテンから僅かに差し込む光で真浩は目を覚ました。ゆっくりと体を起こして見回すと、叔父の家にある自分の部屋でも寮の自室でもない景色が目にとびこんでくる。ぼんやりと部屋の時計を確認すると、針は七時五十分を指していた。
七時五十分…。
「……!」
ぼんやりしていた思考が一気に覚醒する。確か、昨晩聖司は八時に会議を始めると言っていた。つまり、あと十分しかない。念のため隣を確認したが、聖司の姿は見当たらない。真浩は急いで着替えると、ものすごい勢いで食堂に向かった。
派手な音をたてながら食堂のドアが開かれる。
息を切らした真浩の視線の先には、全員そろって長方形の食卓に座っている生徒会メンバーの姿が見えた。眠っていることの多い英も珍しく起きていて自分の席に座っている。
真浩から見て食卓の一番奥には聖司が座り、側面には右側に亜門、英、紅が、左側にはヒカリ、祥一郎、拓海が順に並んで座っていた。ある者は笑いをかみ殺し、ある者は憮然と真浩を見つめている。真浩は冷や汗を流しながら一応挨拶をした。
「……おはよう……ございます」
扉の前で直立する真浩に対し、食卓の最も奥で真浩と向かい合うように座っていた聖司がニヤリと笑った。
「ほお、重役出勤というやつか? 雑用係はいつからそんなに偉くなった?」
聖司の言葉に、真浩は凍りついた。なぜか、真浩の周りにだけブリザードが吹いているようにさえ感じられる。
「言い訳があれば聞こう」
ゆったりとした動作で腕と足を組みながら聖司が言った。そんな様子の聖司に、真浩が言い訳などできるはずがない。
「いえ……ありません。完全に俺の失態です」
「だろうな……」
しばしの沈黙が訪れる。真浩にとって非常に息苦しい沈黙だ。おそらく、今の真浩の気持ちは陸に上げられた魚に等しい。
「次は、ないと思え」
きっぱりと言い放った聖司の笑みを見て、魔王がいたらきっとこんな感じなのだろうとどこか遠い気持ちで考えていた。いつまでも動かない真浩に、聖司の表情が笑顔から厳しいものに変わる。
「おい、いつまでもつっ立てないで座れ。会議が始まらん」
「あ、はい。あの、本当にすみませんでした」
不機嫌そうな聖司の声に、真浩は身を縮めながら一番近くにあった椅子に座った。図らずも座った席は聖司と向き合う形となり真浩はいっそう身を縮めたのだった。
全員が食卓に着いたときを見計らい、給仕の者が朝食をそれぞれの前に用意する。軽く手を合わせ、朝食を食べながら会議兼朝食会が始まった。
「これが今日の資料だ」
そう言って全員に手渡されたプリントには、今年の学園祭の日程計画が記されていた。
「今年も例年通り今月末に体育祭を一日、その後一週間開けて文化祭を三日おこなう」
メンバーを見まわしながら聖司が説明を始めた。
「ひとまず、学園祭の細かな説明は後にするとして、一つ言っておくことがある」
聖司の言葉に、全員がプリントから視線を上げた。
「今年は……文化祭を、聖アンシェル女学院の生徒との合同開催とする」
真浩を除く全員の肩がピクリと反応した。疑問を感じ、真浩は斜め前に座る拓海にこっそり問いかける。
「あの、聖アンシェル女学院ってなんですか?」
真浩の言葉に拓海は快く答える。
「聖アンシェル女学院はこの近くにある全寮制の女子校だよ~。そうだな~、うちの女子校版みたいなもんかな~。かわいい子多いんだよ~」
「……説明ありがとうございます」
最後の言葉の必要性はわからなかったが、真浩は拓海に礼を言った。拓海の方はいえいえ~などといいながら微笑んでいる。
そんな拓海から視線を他のメンバーに移すと、亜門、ヒカリ、祥一郎の様子が違っているのがわかった。
「それは……大変だね」
困ったように笑いながら亜門がゆっくりと頬杖をつく。
「あたし、あの人たちきら~い」
頬を膨らませながらつぶやいたのは不機嫌そうなヒカリである。
「チッ」
イラついたように舌打ちをした祥一郎は眉間に深い皺を刻んでいる。
一人嬉しそうな拓海はさておき、さして興味がなさそうな紅と英を除き、聖司までもが複雑な表情をしている。真浩は不安になって尋ねた。
「あの、聖アンシェル女学院ってそんなに心配なところなんですか?」
恐る恐る聞いた真浩に、亜門が困ったような笑顔を崩すことなく答える。
「いや、まあ、生徒の素行が悪いとか、そういうのはないんだよ。ただ、ね……色々と……」
珍しく言い淀みながら亜門は聖司に視線を向けた。難しい顔の聖司は、真浩の視線に答えながら話し始める。
「まず、ここは男子校だ。万が一にも、あちらの生徒に危害が及ぶようなことがあってはならない。そのための注意を万全にしなければならない。龍徳学園には、隣接された小学校や中学校、大学などかあるからな、当日はそこの生徒もくる可能性もある」
聖司の話しを聞き、真浩はやっと納得した。確かに、男子生徒ばかりのところに女子生徒を呼ぶのは危ないかもしれない。それに隣接する教育機関からの危険を考えると、途方もない規模になりそうだ。
「次に、統率の問題だ。人数が多いからといって、何か問題を起こしてお互いの品位を傷つけることがあってはならい」
真浩は多くの人がひしめき合う校舎を想像した。いくら城のような校舎であっても、その混乱具合は容易に想像できた。
「まあ、このくらいのことは準備を万全にすれば問題ない。だが……どうしようもない問題が一つある。それは……あちらの生徒会だ」
たっぷり間をおいて放たれたその言葉に、真浩は首をひねった。
「生徒会に、何か問題があるんですか?」
真浩の言葉に、苦虫を噛み潰したような表情をしながら聖司が答える。
「以前式典で顔を合わせたことがあるが、あいつらときたら人の話を聞こうとしない! 自分勝手に物事を進めて人の迷惑を考えろと言いたい!」
ゴーン……ため息をつく聖司の様子に、真浩は衝撃から頭の中でお寺の鐘が鳴り響くのを聞いた。全く同じ表現ができる人物が今自分の目の前にいる。そんなことは口が裂けても言えないが。
「……それは……大変そうですね」
それだけ言うと、真浩は朝食のスクランブルエッグを頬張った。
「くくく……それで、かいちょ~いつ聖アンの子たち来るんですか~?」
真浩の様子に必死に笑いだすのを堪えながら拓海が質問する。
「来週には一度顔合わせをする予定だ」
「え? 来週?」
聖司の言葉にヒカリが過剰に反応する。
「なんだ、都合が悪いのか?」
聖司に視線を向けられてヒカリは急いで首を横に振った。
「よし、ひとまず口頭連絡はここまでだ。質問のある奴はいるか?」
誰も手を上げないことを確認すると、聖司はプリントを置き中断していた朝食をとり始めた。そしてトーストに一口齧りつき、思い出したように真浩を見る。
「そうだ、雑用係」
不本意な呼ばれ方に若干の抵抗を覚えながら、真浩は朝食の皿から顔を上げる。
「今の連絡と、今後の連絡しっかり覚えて伝えとけよ」
そう言って聖司が視線を向けたのは、右側の真ん中に座る英である。その瞳はしっかりと閉じられており、朝食にもほとんど手が付けられていない。つまり、眠ってしまった英に会議の内容を伝えろということであろう。
「……わかりました……」
真浩は聖司の言葉に答えると、盛大にため息をついた。四龍会の一日は、まだ始まったばかりである。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
やっと学園祭の話が話題に上りました。
もう少し話し合いが続きます。
週末からの危機に備えて、できるだけ投稿していきます。