会誌第二十三号
そこかしこで興奮気味に交わされる会話。華やかに装飾された校舎や敷地内。華やかな衣装、軽やかな音楽。いよいよ龍徳学園と聖アンシェル女学による院学園祭が幕を開けたのであった。
********************************************************************************
学園祭の初日は両校の生徒による仮装パレードである。龍徳学園の敷地内を仮装した生徒たちがいくつかのグループに分かれて参加する。パレードが行われる場所は特別棟と一般棟でわけられているため、聖アンシェル女学院の生徒も二つの集団にわかれてパレードに参加する。この二つの棟の敷地に振り分けられた生徒たちが、さらに小規模なグループをつくって仮装パレードを行うのである。
また、このパレードはオープニングセレモニーを兼ねており、生徒向けのプログラムというよりは学園祭を見に来ている保護者向けの内容となっていた。そのため、ほとんどの生徒集団はよほどのことがない限り他の生徒たちに注目されることはない。ほとんどと表現したのは、中には奇抜な衣装や演出で注目されるグループが存在するからだ。しかし、そんな小細工を必要とせず生徒、保護者問わず注目を集めるグループがあった。言わずもがな両校の生徒会によって構成されるグループである。
「まだ来ないのか」
四龍会のために用意された更衣室兼控室には先ほどから不穏な空気が流れていた。原因は腕と脚を組みながら苛立たしげに指を動かしている聖司である。現在、パレードのために悪魔の衣装に身を包んでおり、顔にはうっすら化粧が施され頭部に角を生やした聖司の姿は通常よりも迫力が増している。そんな聖司の様子に、真浩をはじめとした四龍会のメンバーは困り果てていた。そんなとき、この場に似つかわしくない声が響く。
「たっだいま~」
所用を終えて帰ってきてテンション高く入室した拓海であったが、部屋の空気を感じ取ってだんだん語尾を小さくしながら周りを見回した。そして視線の先に真浩を見つけるとこそこそと近づいて問いかけた。
「ちょっと、ヒロちゃん。これどういう状況?」
拓海の問いかけに真浩はなるべく聖司を刺激しないように小さな声で答えた。
「それが、鳳先輩が出て行ったきり戻ってきていなくて」
真浩が同じくこそこそ話すと、拓海はきょとんとした表情になった。
「え、ヒカリンならさっき見たけど」
拓海の言葉にその場の全員が一斉に視線を向ける。中でも亜門は笑顔で拓海に近づいていきやや早口で話しかけた。
「どこで見たんだい?」
亜門の様子に構わず拓海は記憶を手繰り寄せるように答えた。
「え~と~、たしか屋上の方だったかと」
拓海の答えに亜門は一つため息をついて続けた。
「なんでまたそんなところにいるんだろうね」
亜門に続いて聖司も拓海の近くに歩み寄る。
「なんにせよ。探しに行った方がよさそうだな。京華院、それから奥村。お前たちは鳳を探しに行け」
聖司から受けた指令に真浩は二つ返事で、拓海はややめんどうそうにしながら部屋を後にした。
「なんかさ~、デートみたいだね」
なにやら楽しげな拓海の雰囲気に真浩は小さくため息をつく。
「なんでそんなに楽しそうなんですか? さっきはちょっとめんどくさそうにしてたじゃないですか」
「え~、まあ、こうなったからには楽しもうかなって」
いまひとつ掴めない拓海の態度に真浩は軽く頭を抱えた。
「本当に屋上なんですよね?」
「ん~たぶんね~」
ふわふわとした拓海の態度に、行き先があっているのか不安になった真浩は問いかけた。しかし返ってきたのは変わらず曖昧なものである。不安げな表情のまま、真浩は拓海に念を押すように続けた。
「近衛先輩も心配そうにしてたみたいですし、はやく鳳先輩を見つけて控室に戻らないと」
「心配……ね」
不意に聞こえた真面目な色を含んだ声音に真浩が視線を向けると、苦笑気味の拓海の顔がそこにあった。
「ヒロちゃんが言ってるのは何に対しての心配?」
拓海の様子と言葉に疑問を感じながらも真浩は答えた。
「えっと、鳳先輩に何かあったのかもしれないっていう心配……ですか?」
真浩の答えに拓海は一度ちらりと視線をよこすと、先ほどの笑みを張り付けたまま返した。
「たぶん、それハズレ~」
「それどういうことですか?」
「ん? まあ、あの二人の関係は複雑だからね~。さ、そんな話はこのくらいにして、いっちょ本気出してヒカリン探しますか!」
そう言って急にぱっと表情を明るくすると、拓海は真浩を置いて人気の少ない廊下を走り始めた。小走りで進む拓海の背中からは、先ほどの話をこれ以上詮索することへの拒絶が感じられ真浩は言葉を飲み込んだ。
拓海と真浩が屋上につながる階段に差しかかかると、不意に二人を呼ぶ声がした。
「あの、京華院先輩! 奥村くん!」
声の聞こえた方に拓海と真浩が視線を向けると、そこには白い衣装に身を包んだ美咲が立っていた。
「佐倉さん。どうしたの?」
慌てている様子の美咲に真浩が問いかける。すると美咲はよほど急いでいるのかやや早口で答えた。
「あの、私、少し用事で出ていたんだけど、偶然鳳先輩と詩乃様が言い争っていらっしゃるのを見てしまって。奥村くんたちが急いでいるようだったからそのことかもしれないと思って追いかけてきたの」
美咲の言葉に拓海と真浩は顔を見合わせる。
「言い争ってた内容とかってわかる?」
真浩が問いかけると美咲は申し訳なさそうな顔をした。
「それが、パレードの衣装のことでもめていたみたいなんだけど詳しい内容はわからなくて」
「そっか、ありがとう。佐倉さんの予想通り鳳先輩を探してるところなんだ。先輩が見つかったら訊いてみるよ」
それから真浩たちと美咲はあとでパレードで合流すること確認しあい別れた。真浩は美咲の背を見送りながら、屋上につながる階段の前で独り言のようにつぶやいた。
「鳳先輩と藤原先輩って、前から思ってたんですけど特別な何かがあるんでしょうか」
拓海は考え込むそぶりをみせる真浩をちらり見て階段に歩を進める。その表情には何かを含んだような笑みが浮かんでいた。
「まあ、あの二人には昔からの因縁みたいなのがあるみたいだからね~。今回の合同学園祭での一番の不安要素はヒカリンっぽいし」
拓海の話した内容に真浩は首をかしげた。
「昔からの因縁……ですか」
「ま、俺も詳しくは知らないけどね~。なんか親同士が仲良かったから幼なじみらしいけど、その関係で昔ごたごたして今に至るって感じみたいだし」
へらへらと笑いながら話す拓海をちらりと見て、真浩は聖アンシェル女学院との会議を思い出していた。確かにヒカリは詩乃が現れたとたんに身を固くしたり、話し始めると妙に緊張したりといった様子を見せていた。すっかり忘れていたが、そのことについて拓海に訊いてみようとさえ思っていたのだ。
そんなことを悶々と考えていた真浩が拓海の声に顔をあげると目の前には屋上につながる扉があった。重たい扉を拓海が開けると、ふわりと優しい風が吹き込んでくる。
「あ、いたいた~」
拓海の視線の先には探していた相手であるヒカリの姿があった。一歩踏み出した拓海に続いて真浩もヒカリの元へ向かう。
「ちょっとヒカリン~勘弁してよ。かいちょ~めちゃくちゃ怒ってたよ。あと、モン先輩も」
拓海の声にゆっくり視線を動かしていたヒカリは、亜門の名が出た瞬間ピクリと肩を跳ねさせた。そんなヒカリの様子に構わず拓海はどんどん近づいていく。
「な~んかケンカとかしてたらしいけどさ~。ど~でもいいから早く戻ろうよ、俺まで怒られんじゃん」
しごくめんどくさそうに言葉をかける拓海をよそに、ヒカリは何も答えることなく視線をもとにもどした。立ち上がる様子のないヒカリに拓海が呆れたようなため息をつく。もういっそ強硬手段だと拓海がヒカリの腕をつかもうとしたとき、ヒカリが拓海たちがここにきて初めて口を開いた。
「あたし、行かない」
「……はあー!」
ヒカリの言葉を理解した瞬間、拓海は驚きの声を上げた。
「それはないでしょ、だいたいそんなことかいちょ~が許すわけ」
「行かないったら行かない!」
拓海の言葉を遮るようにヒカリが泣きそうな顔で叫んだ。拓海はそんなヒカリの様子を少しみつめたあと、立ち上がってへらりと緩い笑みを浮かべた。
「そ、ならもういいや。ヒロちゃんあとはよろしく~。そのままヒカリン置いて行ってもいいし、連れて帰ってもいいしそのへんは任せるわ~」
「え、ちょっ」
「じゃあね~」
そう言うと真浩とヒカリを残し、拓海はさっさと屋上を出て行ってしまった。困ったのは残された真浩である。しばらくあたふたと考えた末、真浩は意を決してヒカリに話しかけた。
「あの~、鳳先輩」
しかし、ヒカリからの反応はない。
「えっと~やっぱり戻ったりは」
「戻らないって言ってるでしょ。さっさとあんたも行きなさいよ」
頑なに拒絶するヒカリに真浩は心底困惑した。それでもヒカリを一人で残していくわけにもいかず再度話しかけた。
「えっと、じゃあ、何か言い争っていたという理由を話していただけたりは」
「なんで雑用のあんたなんかに話さないといけないのよ」
視線さえよこさないヒカリにめげず真浩は言葉を続けた。
「でも、人に話したら少し楽になったりもしますし」
完全に無視を決め込み始めたヒカリに、真浩はその後もあれこれ話しかけてみた。すると、とうとう痺れをきらしたヒカリが投げやりに答えきた。
「あの子があたしがデザインした衣装に文句言ってきたのよ!」
「文句……ですか?」
「そうよ! フリルの使い方が下品だとか、色合いに独創性がないだとか、ぐちぐちぐちぐち。ホントあったまくる!」
怒りのあまり地団太を踏むヒカリをなだめながら真浩は続ける。
「お、落ち着いてください。俺にはデザインのことはよくわかりませんが、素敵な衣装だと思います」
「はあ~、あんたに言われてもね~」
困惑気味に衣装を褒めた真浩をちらりと見て、ヒカリがため息をつきながらつぶやいた。
「ま、一番気に食わないのはその文句のどれもが的を射ていること。そこまで言われて、そんな中途半端な衣装で歩くなんてあたしのプライドが許さないの」
遠い目をしながら悔しそうに話すヒカリを見て、真浩はどうしようもなくその言葉を否定したくなった。
「そんなこと……中途半端だなんて、そんなことないと思います」
急に大きな声を発した真浩に驚いてヒカリが視線を向ける。
「俺は今まで制服の時や体育祭の時に鳳先輩のデザインした衣装を見てきました。そのどれもが素晴らしいものだったと思います。今回だって一人一人の個性を生かしているデザインだと思いますし」
「……だから、あんたみたいな素人に言われたって仕方ないっての」
呆れたように返すヒカリに真浩は続く言葉が見つからずしょんぼりした。そんな真浩の様子を見てヒカリがまたため息をつく。
「はあ~、もう、わかったわよ」
そう言って急に立ち上がったヒカリに真浩は驚いて顔をあげる。
「戻ればいいんでしょ、戻れば」
戸惑いがちの視線を真浩が向けると、ヒカリはその視線にそっぽを向け足早に歩き出した。そして、屋上の扉の前まで行くと振り返らずにつぶやく。
「そこまで言われたら戻らないわけにいかないじゃない」
小さなつぶやきは真浩に届かず霧散する。そのまま一切振り返ることなく屋上を後にしようとするヒカリを、なぜ急に戻る気になったのか全く分かっていない真浩は急いで追いかけた。
タイミングを見計らったようにどこからともなく合流してきた拓海と控室に戻ると、般若のごとき怒りを隠そうともせず聖司が待ち受けていた。真浩などその表情を見ただけで今開けたばかりの扉を閉めて厳重に鍵をかけてしまいたくなったほどだ。
そんな聖司からヒカリはこっぴどく叱られ、パレード中もあまり元気がなかったのは言うまでもない。そんな中、真浩はヒカリが帰ってきても何の反応も示さない亜門に疑問を感じていた。しかし、そんな疑問も花園会のメンバーと合流し、二校のほぼ全ての生徒が両側に並ぶパレードの花道を歩くことですっかり忘れ去られてしまった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
前回の投稿から長い時間がたってしまい申し訳ありません。
読んでくださっている方々には本当に感謝しております。
今後の展開については少し活動報告にて書かせていただこうと思います。




