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会誌増刊号 -双龍の煌き-

 その光は眩しくて、一歩間違えば身を焼くほどの強い光だった。

 長く見つめすぎるとそのまま取り込まれてしまいそうで、必死に言い訳をしながら目をそらしていた。

 なのに、いくらそらしても光は強くなるばかりで、知らず知らずのうちにその光を掴もうと精一杯手を伸ばしていた。

************************************************************************************


 生まれたときから近衛亜門の人生はおよそ決まっていた。亜門は医療分野に特化して莫大な富を得た近衛家の七番目の子どもとして生まれた。非常に優秀な四人の兄と二人の姉は、完全実力主義である近衛家の掟に従い兄弟同士で日々能力を競い合っている。一方、兄弟たちとはずいぶん歳の離れている亜門は能力を競うでもなく、将来を宿望されるでもなくただ平凡な毎日をおくっていた。いまだ幼く力のない自分が、将来兄弟たちの下で働くという決められた道の上にいることを亜門は自覚していた。

 しかし、だからと言って全てをあきらめていたわけではない。何もしなければただ燻るだけの人生であると早々に気づいた亜門は、自分が生きていくために必要な人脈を若干五歳にして探し始めていたのである。


「おはようございます」

「おはよう」

「ごきげんよう」


 次々あいさつにを交わしながら園児たちが決められた教室に向かう。ここは龍徳学園幼等部の校舎である。笑顔であいさつを交わしう園児たちの中で目を引く色素の薄い髪と瞳、一見少女のような儚さをもった少年がいた。


「おはよう、近衛くん」

「おはよう」


 天使の微笑と噂される笑顔を貼り付け他の園児のあいさつに答える亜門の胸中は、その純真な微笑みに反して非常に打算的であった。


「今のはBランク、と」


 相手に聞こえない程度の声でつぶやくと、亜門は靴を履き替えて自分も教室へ向かった。亜門のつぶやいたランクとは、亜門が独自に作り上げた自分にとって利益となる人脈のランクである。AランクからDランクまで存在し、Aは非常に重要、Bはそれなりに重要、Cは付き合って損はない、Dは関わる価値なしと評価されている。もちろん、こんなランク付けをしていることは亜門だけの秘密である。自分にとって利のあるなしの判断は幼い子供にとって非常に困難なことではあるが、亜門は幼等部に入学して以来情報を集め日々ランク付けを実行していた。

 そんな亜門の人脈ランクに、最近新しい階級ができた。その名もSランク。Aランク以上の非常に希少な人脈で、今のところそのランクに該当するのは一人しか存在しない。その人物こそ、後に龍徳学園高等部において生徒の頂点に君臨することとなる御門聖司その人であった。


「おはよう、御門くん」


 教室に入ってまず最初に亜門がすることは聖司へのあいさつだ。


「ああ、おはよう。近衛くんだったな」

「覚えていてもらえてうれしいよ」


 あいさつを返してきた聖司に、お得意の天使の微笑を向ける亜門。


「覚えてるに決まってるだろ。俺の記憶力を甘くみるなよ」


 自信満々に宣言した聖司に、亜門は眩しいものでも見るかのように目を細めた。


「そういうわけじゃないんだよ。気分を悪くした?」

「いや、かまわないさ。それよりこの後俺が主催のカードゲーム大会をひらくことになった。お前も来い。拒否権はないからな」

「楽しそうだね。もちろん行かせてもらうよ」


 有無を言わせずそう宣言した聖司の言葉へ、亜門は迷わず頷いた。亜門の参加する意志を確認すると、聖司は軽く言葉を残してその場を後にした。亜門から離れた聖司には、二人の話が終わるのを待っていたかのように次々と他の園児たちが集まってくる。皆一様に聖司となんとかして言葉を交わそうと群がっていた。そんな集団にちらりと視線を向けた後、亜門は自分の席を目指して歩き始めた。



 一日が終わり、園児たちは各々帰り支度をはじめていた。聖司主催のカードゲーム大会は白熱を極め、次回の開催が今から待ち遠しいとそこかしこで熱く話し合う声が聞こえる。その輪に加わることなく、亜門は教室を後にして玄関に向かった。玄関にはすでに数名の生徒がおり、何人かが亜門に声をかけて玄関の門をくぐって行く。


「Aランクと……Cランク、かな」


 今しがた声をかけてきた二人の園児の後姿を見ながらそうつぶやく。


「何がだ?」


 二人に気をとられていると、聞きなれた声が後ろから響いた。


「御門くん!」


 後ろからかかった声に亜門が振り返ると、そこには聖司が不思議そうな顔をして立っていた。


「AランクとかCランクとか、何だ、それ」


 やや上から目線で話し掛けてくる聖司に、亜門はどう答えればよいのか非常に困っていた。自分にとって利用価値があるかどうかのランク付けであるなどいえるはずがない。しばらく逡巡した後、亜門は引きつった笑顔で答えた。


「えっと……仲良い子のランク付け」

「ふ~ん」


 亜門が苦し紛れにした言い訳に、聖司は少し考えるそぶりをした何かを思いついたような顔をした。


「ちなみに、俺は何ランク?」

「御門くん? 御門くんはSランクだよ」

「Sランク? それはどのくらいのランクだと考えればいい?」

「Dランクが一番下で、一番高いのがAランクなんだけどSランクはその上。ちなみに、Sランクは今のところ君だけなんだ」


 亜門の言葉を聞いた瞬間、聖司が驚いたように目を丸くした。聖司の反応に首をひねった亜門だったが、先ほど自分が言ったランクの説明と聖司の順位を考えてようやく自分の失態に気づいた。これでは、亜門が聖司を非常に親しい友人であると宣言しているようなものである。実際、亜門と聖司が話したことがあるのは教室での他愛ない会話だけだ。


「ご、ごめん。いやだったよね」


 日頃周りから一歩引いて冷静に物事を見ることに長けているため、亜門は今の状況に対して非常に焦っていた。正直、聖司の性格からして図々しいと切り捨てられることも予想できる。せっかく築き上げてきた最高ランクの人脈を自分の失態によって失うかと思うと気が遠くなる。

 しかし、聖司からの返答は亜門が考えていたものとは違っていた。


「はは、いいな。何にせよ、俺を一番にしたことは褒めてやる」

「え」

「Sランクか、悪くない。友人という自分を決して下に見ているわけではないことも、ただ従順なやつらよりよっぽど見込みがある」

「はあ、どうも」


 どうやら自分の発言にひどくご満悦な様子の聖司に、さすがの亜門も戸惑いがちに返事をした。


「よし、お前、気に入った。俺もお前のことを一番の友人と認めよう。よろしくな」


 ニヤリと日頃の聖司には似つかわしくないどこか含みのある笑顔を浮かべたまま、亜門の前に右手が差し出された。その手と聖司の表情を交互に見ながら亜門が問い掛ける。


「そんな急に……いやじゃないの?」

「いやだったらこんなこと言うはずがないだろう。なんだ、お前から言ったことだろう?今更嫌になったのか?」

「そんなことないよ」

 

 怪訝そうにする聖司に、亜門は急いで首を横に振った。


「なら、問題はないだろ。俺が友人になっても良いと言っているんだ。素直に喜べば良い」


 先ほどの笑顔を浮かべたまま、聖司が自信満々で再度亜門の方へ片手を差し出した。少し迷っていた亜門であったが、聖司の強い光を放つ瞳を見ていると悩んでいることがどうでも良くなってくる。聖司の方に一歩踏み出すと、亜門も同じようにいつもとは違う笑みを浮かべながら差し出された手をしっかりと握った。


「へえ、そんな顔もできるんだな」

「お互い様だよ」


 若干五歳にして周りが一歩引いてしまうような笑顔を浮かべた二人は、そっと握り合っていた手を離す。

【改ページ

「じゃあ、また明日な」

「うん、また明日」


 そう言って玄関を後にする聖司の背中を、亜門はしばらくその場に立って見守っていた。最初考えていたのとは違う形にせよ、聖司と仲良くなることができた。しかし、すでに亜門にとって聖司の利用価値の有無はあまり関係ないように思えた。自分を認めて友人であると言ってくれた聖司の言葉に、ただただ心地よさと喜びを感じていたのである。玄関を抜け遠ざかっていく背中は、もはや亜門にとって最大の利用価値のある園児の背中ではなく、一人の大事な友人の背中へと変化していた。夕日を浴びて金色に煌く聖司の後姿に亜門はそっと目を細めた。

***********************************************************************************


 龍徳学園高等部生徒会いわゆる四龍会が所有している中庭の温室には、珍しく聖司と亜門の姿のみがあった。

 他の三年生はまだ教室からこちらにくる気配はない。二年生はたしか委員会の集まりがあったはずである。三年の中の一人に関しては来る途中で眠っている可能性もあるが、そこは良くできた後輩が面倒を見るだろうと考えて亜門は備え付けのティーポットを手にとった。

 聖司と亜門だけの静かな空間に紅茶を淹れる音だけが響いていた。温室には四龍会のメンバー以外入ることを禁止されているため、お茶の準備も自分たちでしなければならないのである。昨年から変わらないこの習慣に、今では亜門にとって紅茶を淹れることはひそかな楽しいとなっていた。上品な香りの紅茶を淹れた二つのカップを手に持ち、亜門は当然のようにテーブルで待っている龍徳学園の王様のもとへ向かった。


「だいぶ上手くなったな。良い香りだ」


 満足そうに紅茶を味わう聖司を見て、亜門もカップを口に運んだ。どうやら王様のお気に召したらしい。


「さすがは俺の友といったところか」


 冗談めかしてそうつぶやいた聖司に、亜門は微笑みで返した。


「気に入ってもらえて光栄だよ。君のお気に召す入れ方ができるようになるまでずいぶん苦労した」

「ふん、当然だ。なんせ俺はお前のSランクの友人なんだからな」

「ずいぶん古い話をもってきたね」


 人の悪い笑みを浮かべる聖司に亜門は苦笑で返した。


「どうしたの、急にそんな僕でも忘れてるような話題」


 本当は今でも鮮明にそのときのことを覚えている亜門であったが、あえて何食わぬ顔で聖司を見た。


「どうということはない。ただ、うちの雑用がこの間友人たちと戯れているを見て、昔の記憶がよみがえって少し懐かしくなった」


 穏やかに微笑む聖司の横顔を亜門はちらりと盗み見た。その笑顔は学園の生徒に向ける爽やかで自信に満ちたものでも、四龍会のメンバーといるときに見せるどこか傲慢さを含んだものでもない、ただ純粋に穏やかなものであった。亜門は聖司のそんな表情を見て、微笑みを引き出した存在である最近、まだ仮の状態ではあるが四龍会に入った後輩のことを思い浮かべた。


「彼、いい子だからね。前の高校では容姿のことでなかなか友人ができなかったみたいだけど、僕らの存在で慣れてる学園の生徒ならちゃんと内面と向き合って友情を築いていけるんじゃない?」


 亜門の言葉に聖司は満足げにうなずきながら答えた。


「ああ、いい傾向だ」


 嬉しそうにカップを口に運ぶ聖司を見て亜門は苦笑した。聖司が他人のことを嬉しげに語ることは珍しい。基本的に自分中心で世界が動いていると考えている聖司は、他人の動向に感情を表さないからである。そんな聖司の変化を亜門は敏感に感じ取ったが、そのことは表に出さずカップの飲み口をそっと指で撫でながら返した。


「彼のことを本当に理解してくれる素敵な友達が増えるといいね」

「ああ」


 聖司の短くはあるがしっかりと思いのこもった返事に、亜門は一度ゆっくりまばたきをするとカップに口を付けた。これまであまりにも高い場所にいることで周りにあまり興味を示さなかった友人が、嬉しげに誰かのことを語れるようになったことを純粋によかったと思える。しかし、その一方で少なからず寂しさを感じるのも事実だった。じんわりと広がる苦みに気づかないふりをして、亜門は自分で淹れた紅茶を飲み込んだ。

 

 ここまで読んでいただきありがとうございました。


 昨日に引き続き投稿させていただきました。

 書けるときに書いておきたいと思います。

 とはいえ、マイペースに書き進んでいますので気長にお付き合いいただけると嬉しいです。

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