会誌第二号
窓から差し込む光で、真浩は目を覚ました。自分が寝ている蒲団の感触に、違和感を覚え、まわらない頭で自分がどこにいるのか考える。
「あ―…」
昨日のことを思い出し、一気に憂鬱な気持ちになる。時計を確認すると、登校時間にはまだ早いことがわかった。一度体を起こし、ふと、少し離れた場所にあるもう一つのベットを見る。蒲団は綺麗にたたまれており、使われた形跡がない。
「いったい、どんな人なんだろ」
姿の見えない、同居人に首をひねりながら、真浩はゆっくりと朝の準備を始めた。
真浩にとって、終わってほしくないと願っていた授業が終わり、放課後になった。余談だが、真浩が確認した限りで、亮介が起きていた授業は一つもない。
どんよりと曇った気持ちで、真浩は中庭の温室に来ていた。
「龍徳学園生徒会心得、生徒会はすべての生徒の模範であれ、生徒会はすべての生徒の理想であれ、生徒会はすべての生徒の先頭を行け、そして、生徒会はすべての生徒、その誰よりもこの学園を愛すべし」
「まあ、いいだろう」
そして、現在、渡された一冊の冊子の表紙裏に書かれていた文章を暗唱させられている。泣く子も黙る、というか目線を向けただけで、泣いて喜ぶ者多数と思われる、龍徳学園高等部の生徒会長御門聖司の前で。
「あの~なんで覚えないといけないんですか?」
真浩は、おずおずと聖司に問いかけた。
「これから生徒会に入ろうという者が、無知では困るからな。あとは、そうだな、簡単な記憶力のテストだ」
「そう…ですか」
生徒会に入ることは甚だ不本意だが、生徒会長が言うことに逆らうわけにはいかない。ここでは、生徒会長こそが絶対の法なのだ。
早くも疲れきっている真浩を、副会長の近衛亜門、中央委員長の京華院拓海、文化委員長の鳳ヒカリが興味深そうに見ている。一方、体育委員長の鷹司祥一郎は興味がないのか読書をし、書記の大徳寺紅はケーキやクッキーなどを一生懸命に食べており、会計の一条英に関しては、昨日と変わらずソファーの上で眠っている様子がうかがえる。
「ねえねえ、かいちょ~、ヒロちゃんの役職は決まったの~」
「あ、それは俺も気になるな」
真浩と聖司のやりとりが一段落ついたのを見計らって、拓海が手をあげ、ニマニマと笑いながら質問した。横にいた亜門も、軽く手をあげながら同意する。
「それなら、もう決めてある」
「なになに~」
「生徒会補佐だ」
「ほさ~?」
「こいつには、特に役職を決めず、多方面で俺たちのサポートをしてもらうことにした」
「ふ~ん」
聖司の言葉を聞いて、拓海は理解したのかしていないのか曖昧な返事を返した。聖司はと言えば、真浩の方を見て意味ありげな微笑みを浮かべている。
「つまり、体のいい雑用ってことだね」
「まあ、そういうことだな」
「な!…は~」
亜門が穏やかに微みながら、恐ろしい言葉を口にした。そして、とどめは聖司がそれに同意したことである。真浩は、自分の不運を強く呪うしかなかった。
「あと、お前にはもう一つ仕事をやる」
「はい…なんでしょう」
半ば投げやりな気持ちで真浩が聞くと、聖司は英のところに歩み寄りこう言った。
「こいつの世話も頼む」
「え?」
「こいつは、ほおっておくといつまでも寝たままだ。適当に起こして仕事をさせろ」
「あの…」
「ちなみに、起こし方は自分で考えろ。終わらなかった場合、会計の仕事は、連帯責任として、お前にもやらせるつもりだからせいぜいがんばれよ」
「な!そんな!」
「わかったな」
「…はい」
自分に従うことは当然だという様子の聖司と、今にも魂の抜け落ちそうな真浩のやりとりは、はたから見ていて飽きないものである。そのやりとりを見ていた亜門は、これから楽しくなりそうだと心の中でつぶやいた。
「確認しときたいんだけど、奥村くんも一応、生徒会のメンバーなんだよね?」
「ああ、一応な」
「だったら、彼にも生徒会として、生徒を引き付けてもらわないと。雑用っていう利用価値だけじゃ、生徒会として働くならちょっと力不足だよ?」
「ふん、そうだな。いい案だ」
真浩は、一応という言葉を強調するなら、生徒会としての価値は必要ないのではという言葉を必死に呑み込んだ。なぜなら、聖司と亜門が、さも楽しそうに話を進めていたからだ。二人の笑顔を見て、真浩は自分にとって悪いことが起きるのだろうということを直感した。余計なことを言って、傷を深めるわけにはいかない。
「さて、どうしようか」
「京華院、なにかいい案はないか?」
聖司と亜門は、二人で首をひねった後、拓海に話を振った。
「ん?おれ~?そうだな~。じゃあ、まず容姿から変えたら?」
「え…容姿…ですか?」
拓海は、真浩の全身を一度見て一つの案を出した。まさか、容姿にダメ出しをされるとは思っていなかった真浩は、いやな予感に一歩退く。
「なんかさ~ひろちゃんって、花がないんだよね~。個性とも言うかな~」
「花?個性?それはどういう…」
「はっきしいって、今のままじゃ、ひろちゃん完全に俺らの中に埋もれるね!」
キャハハと笑いながら、拓海がおかしそうに真浩を見てそう言った。真浩が、こんな人並み外れて整った容姿の持ち主たちの中にいたら、自分じゃなくても埋もれてしまうだろうと言いたかったのは言うまでもない。
「もっと、インパクトがほしいよね~」
「はあ」
ビシッと真浩を指して、拓海が宣言した。
「う~ん。どんなのがいいかな。もとは悪くないんだよね~」
「俺のように、にじみ出るオーラのないやつは不憫だな」
「はい…そうですね」
「ホントのこと言ったら、奥村くんがかわいそうだよ」
「あの、泣いていいですか?」
うんうんと悩む拓海の横で、聖司が、哀れなものを見るように真浩を見た。亜門に関しては、フォローする気もないようだ。
「ねえ、髪を銀色にするとかどう?」
真浩の容姿について、四人が話していると、四人の横から声が上がった。
「銀髪に、両耳ピアスなんてどう?」
発言したのは、ずっとやりとりを見ているだけだったヒカリだ。
「うひゃ~、ヒカリンそれ、めいあ~ん!」
「インパクトとしては、申し分ないね」
「あの、それ完全にインパクトだけ重視してますよね」
「まあ、こいつなら、そのぐらいのインパクトあってもいいだろ」
「ちょっと!やっぱり、インパクトだけしか考えてないじゃないですか!」
真浩は、悪い方向に話が進んでいることを察知し、急いで拒否した。だが、真浩の意見を聞くような生徒会メンバーではない。
「いいじゃん、いいじゃん!ちょっと不良っぽいかんじで~」
「いや、俺不良になる気はないんですが…」
「キャラはどうする?」
「今の、奥村くんのままでいいんじゃないかな?今さら変えるのも難しいでしょ」
「お願いですから、俺の話を聞いてください!」
完全に、自分の抜きで話が進んでいると感じた真浩だったがどうしようもない。
「よし、まずは、髪を染めるところから始めるぞ」
「らじゃ~、いい暇つぶしになりそ~」
「ふふ。これで利用価値が上がってくれることを願うよ」
なぜかやる気満々の聖司と、本音が隠せていない拓海、本音を隠そうともしない亜門がそろって立ち上がった。
「鷹司、大徳寺!お前たちも手伝え!」
「ん…」
「チッ…」
聖司が声をかけると、紅と祥一郎がこちらにやってきた。祥一郎は、イライラを隠さず、紅は、手にたくさんの菓子類を抱えている。
「鳳、お前もだ」
「な~んか、雑用くんに、み~んなかまってばっかりでおもしろくな~い」
「あの、雑用くんって…俺ですか?」
「他に誰がいるのさ~」
不機嫌そうに腰かけたまま、ヒカリがプイッとそっぽを向いた。そこに、すかさず亜門がフォローを入れる。
「ヒカリ、今回は君の案なんだし、風紀委員の仕事として、生徒の容姿に関しては把握しとかないと。みんな君の案で動いてるんだから、君のために動いてるようなものだよ」
「まあ、亜門先輩が、そう言うんだったら手伝ってもいいけど」
「ふふ、そう言ってくれると助かるよ」
亜門の手際の良さに、この人にかなう者はいないと、改めて実感した真浩であった。
「よし、それでは、分担を決める。京華院は、こいつの髪を染めてやれ」
「おっけ~」
「鳳は、制服をアレンジしてやれ」
「は~い」
「亜門は京華院と鳳の手伝い」
「了解したよ」
「鷹司は、ピアスの手配」
「チッ」
「大徳寺は……全体の監督だ」
「……了解」
「そして、俺は、お前の生徒会への参加を正式に申請してくる。まあ、雑用ではあるが」
てきぱきと指示を出した聖司が、ニヤリと笑いながら申請書をひらつかせ真浩を見た。
「ちょっ、ちょっと待ってください!今からですか?」
「何か問題でもあるのか?」
「急すぎますよ!」
「善は急げだ。それとも、今からではだめな理由でも?」
「いや、今日はもう遅いですし!」
必死に時計を指しながら、真浩は聖司の説得を試みた。温室に置かれた、高級そうな柱時計は十八時半を指している。
「うん、確かに。そろそろ、校舎が閉まるころだ」
「で、ですよね!だから、このことはまた次回に…」
時計を見た亜門が、真浩に同意した。真浩は、ここぞとばかりに聖司の説得を試みる。
「学校では無理…か」
「そうですよ!だから…」
聖司の言葉に、あと一歩というところまで説得できていると感じた真浩は、言葉を重ねる、が。
「じゃあ、僕の部屋に来るかい?」
「…え?」
「やったー!亜門先輩の部屋行きた~い」
「俺も~」
「え…あの…」
先ほど、真浩の意見に同意していた亜門が、新しい提案をした。真浩は、思わずまじまじと亜門の顔を見る。亜門の表情からは、真浩が困っているのを見て楽しんでいる様子がうかがえる。そして、なぜか、ヒカリと拓海は盛り上がり始めた。
「いいのか?」
「うん、かまわないよ」
聖司が、亜門に近づき少し硬い表情で問いかける。それに、亜門はいつもと変わらない様子で返す。
「そうか…よし、では、亜門の部屋に行くとしよう」
「じゃあ、皆、南の三号室の俺の部屋で計画実行ということで」
ニコニコと微笑みながら、亜門が皆に指示を出し始めた。聖司は、真浩の申請書を提出するためにさっさと温室をでていき、他のメンバーも帰り支度を始めた。
「俺、やっぱり、行かないとだめ…ですよね?」
「そりゃ、主役が欠席しちゃまずいっしょ~」
「…そうですよね~」
なにやら、置いていかれたような気持ちになっていた真浩は、隣にいた拓海に救いを求めた。だが、ヘットフォンを首にかけながらニッコリと答える拓海のようすに、無駄だったことを知る。そんな現状に、一つ溜息をついて、真浩は帰り支度を進めたのだった。
今回一話に比べて少し短めですが、次話を入れるとかなり長くなりそうだったので、ひとまず区切ります。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。