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会誌第十九号

 午前中の賑やかな様子とはうって変わって、龍徳学園のグラウンドは静寂に包まれていた。張りつめた空気は言い知れない緊張感を感じさせる。

 龍徳学園の体育祭ではその目玉である応援合戦が始まろうとしていた。


 真浩は応援合戦出場者の控室でグラウンドの映っているモニターを興味津々で見つめていた。応援合戦ではチームの演技内容を演技者以外が知ってはいけないという決まりがある。真浩と聖司が率いる黒龍の出番は一番最後であったため、演技まではこの控室を出ることができないのだ。


「他のチームはどんな演技をするんでしょうか」


 少し興奮気味に真浩が問うと、聖司が呆れたように答えた。


「なんだ、ずいぶん楽しそうだな。お前そんなに楽しみにしていなかっただろう。むしろ、嫌がっていたようにも映っていたが?」


 聖司に訝しげな視線を向けられ真浩は困ったような微笑みを浮かべた。


「いえ、今までこんな大勢の人の前で何かしたことがなかったので少しでもテンションを上げておかないとと思って」


 言葉にしてしまうと余計に緊張が増してきたような気がして、真浩は冷や汗が出るのを感じた。硬い表情になった真浩に一つため息をつくと、聖司は真浩が座っているモニター前の椅子近づいた。


「仮にも四龍会のメンバーがそんな辛気臭い顔をするな」

「すみません」

「何を不安がっているのか知らんが、俺がこのチームを率いている限りなんの心配もいらん。お前は黙って俺についてくればいい。それだけだろう」


 常と変らず自信満々で放たれた聖司の言葉に真浩はゆっくりと顔を挙げた。いつもならその傲慢ごうまんさにあきれていたであろうが、今の真浩にとってその言葉は何よりも安心できるものであった。なにせ、そう言い放った人物はその言葉を肯定させるほどの才能と実績の持ち主なのだ。これ以上頼もしい言葉はない。


「ありがとうございます」


 真浩の少し安心した表情を確認すると聖司は真浩の礼に何も返すことなく去って行った。そんな聖司と入れ替わるようにしてすかさず透が真浩のもとへとやってくる。


「ヒロぽん、会長と何話してたんスか?」


 興味津々で聞いてくる透に曖昧な返事を返しながら真浩はモニターに視線を戻した。はっきりと答えない真浩の様子に少し不満そうにしながら透もそれに倣う。グラウンドではいよいよ応援合戦が始まろうとしていた。



 軽快なトランペットの音が響くと、どこからか何かが近づいてくる音が聞こえ始めた。


「馬……?」


 驚きのあまりぽろりと零した真浩の視線の先では、白馬にまたがり蹄の音を響かせながら颯爽と現れた英と祥一郎の姿がモニターにはっきりと映し出されていた。

 二人は見事に馬を操りながらグラウンド中央に設置された舞台を駆ける。服装はさながら中世のヨーロッパの軍服とったところか。日頃眼鏡をかけている英にいたっては雰囲気を出すためがモノクルを装着しており、いつもとは一味違った魅力を醸し出していた。周りの応援団員も英たちには劣るものの手の込んだ細工のされた衣装を着ている。グラウンドは一気にタイムスリップしたかのような雰囲気となっていた。ひとしきり馬術を披露すると、英と祥一郎が馬を下りて自陣の応援席を向く。そして、まずは祥一郎が少し憂いを含んだ表情で声を響かせた。


「強い人間が勝つとは限らない。素晴らしい人間が勝とも限らない」


 祥一郎の言葉の後少し間をおいて、次に英が一転自信に満ち溢れた表情で祥一郎より高らかに声を響かせる。


「自分はできる、と考えた者が最後には勝つのだ! 我々に不可能はない! 必ず勝つと、そう信じようではないか」


 いつもの眠たげでどこか面倒そうな雰囲気など微塵も感じさせない英の言葉に白龍の応援席が一気に色めき立つ。モニター越しでその様子を見ていた真浩と透も思わず拍手をしてしまいそうなところを、自分のチームの応援団員が周りにいるということで何とかこらえる。


「ナポレオンの名言を捩ったセリフですね。去年も思いましたが、派手さでは白龍が一番ですね」


 急に後ろから聞こえてきた声に真浩と透が振り返ると、二人と同じようにモニターを見ている邦弘の姿があった。


「去年はどんな演技だったんスか?」


 座っていた椅子に邦弘が座れるだけのスペースを空けると透が問いかけた。


「去年は、確かインドをイメージした演技でしたよ。象の上に輿を乗せて舞台を一周していた記憶があります」


 空いたスペースに座りながら邦弘がこともなげに答えた。真浩はグラウンドを歩く象の姿を思い浮かべながら常識としてありえないとわかっていてもこの学園の、しかも四龍会のメンバーであればやりかねないと表情をひきつらせた。


 真浩たちがそんな話をしているうちに白龍の演技が終わり、グラウンドは元の静寂を取り戻していた。しかし、一息ついたのもつかの間今度はグラウンド中の盛大に銅鑼どらの音が響きわたった。打ち鳴らされる銅鑼と美しい弦楽器の音色にあわせて現れたのは中華風の衣装に身を包んだ集団であった。その衣装が赤を基調に統一されていることから赤龍、亜門たちのチームであることがわかる。中華風の衣装といっても、一般的にチャイナ服と呼ばれるデザインのものではなく見事な刺繍ししゅうの施された王朝装束を思わせるものである。特に亜門とヒカリが纏う衣装は歩くのも大変そうであった。


「鳳くんだね」


 またも邦弘から突然発せられた言葉に真浩と透が視線を向ける。


「あれだけの衣装をデザインできるのは彼しかいない」


 邦弘の言葉に真浩は再度モニターを見た。そこには、皇帝を思わせる豪華な衣装をまとった亜門の横を歩く、こんな時まで女性ものの衣装を纏っているヒカリがいた。ヒカリに視線を向けた真浩とは対照的に、透が邦弘の言葉に興味津々で聞き返した。


「文化委員長しかできないってどういうことッスか?」

「え、ああ、鳳くんのご両親は世界的にも有名なデザイナーなんですよ。で、彼もその血を受け継いでいて未だ学生なので本格的な活動はしていませんがアパレル業界ではちょっとした有名人だったりします。二人は知りませんでしたか?」


 邦弘の言葉に真浩と透は一度顔を見合わせると同時に首を横に振った。


「まあ、興味がなければあまり関わりのない世界ですからね」


 微苦笑で返すと邦弘はモニターに視線を戻した。それに倣ってモニターを見つめながら、真浩は転校二日目の改造計画の時に聖司がヒカリに制服のデザインをさせていたことを思い出す。龍徳学園では指定のブレザーを基調としていれば色以外の部分で改造が可能である。わかりやすい例でいえば、ヒカリ自身が制服を本来存在しない女子生徒のものに改造している。どのような制服のデザインにするのかは個人のセンスが試されるが、一般生徒はほとんど四龍会のメンバーのデザインに倣ったものを着用していた。センス良く改造された自分のブレザーを思い出し、真浩はヒカリの才能に納得する。


「うわ、めちゃくちゃ動いてるッス。なんであの服装で動けるんスかね」


 過去の回想にふけっていた真浩は透の言葉で意識をモニターに移す。そこには非常に動きにくそうな服装で華麗に舞う亜門とヒカリの姿があった。


「あの衣装、意外と動きやすい作りになっているのかもしれないね」


 モニター前で邦弘が冷静に衣装の分析をしていると、舞い終わった亜門とヒカリが静かに前へ進み出た。2人の歩く花道の両側に立っている団員は一様にこうべを垂れ、先ほどまで響いていた優美な音楽も今は聞こえない。ゆっくりと進んだ亜門とヒカリは赤龍の応援席の前に立つとにっこりとほほ笑んだ。そして、高々と宣言する。


「彼を知り、己を知れば百戦するも危うからず。私は知っている。他の龍が強いことを、そして我らにはその強さを超える力があることを。集え、そして勝利を我らの手に!」


 亜門の言葉が終わるとヒカリが手に持った扇で合図を出す。その合図によって舞台には深紅の龍が描かれた横断幕が広がった。その荘厳な龍の姿に自然と赤龍の応援席は興奮状態となる。その様子に満足げに微笑むと亜門たち赤龍の応援団員は舞台を後にした。


「すごいッス」


 透が呆気にとられたように漏らした言葉を聞いて、真浩は先ほど小さくなった不安が再度大きく膨らむのを感じた。それほどに他のチームの演技は真浩が考えていたものとは違っていたのだ。真浩と透が不安げに顔を見合わせていると後ろからまた声がかけられた。


「またそんな顔をしているのか」


 真浩と透が同時に振り返ると、そこには先ほどまで2人でなにやら話していた聖司と康文の姿があった。康文は変わらず輝かんばかりの笑顔で、聖司はやや呆れたといった表情である。


「会長がいらっしゃるのは心強いですが……想像していたのとかなり違っていたので」


 視線をあわせずしどろもどろで答える真浩を見て、周りに配慮してかいつもより幾分穏やかな口調で聖司が答える。


「大丈夫だと言っただろう。自分たちのしてきたことに自信を持て」

「はい」


 素直に返事をしながらもまだ少し不安そうな真浩の頭を、横から伸びてきた大きな手がそっと撫でた。


「大丈夫さ、俺たちの演技だってどこのチームにも負けないよ」


 そういってキラキラとした笑顔を向けてきた康文に真浩は驚きながらも小さくうなずいた。そんな真浩の様子を満足そうに見ると、康文は邦弘と透を連れて次の出番に備えて備品のチェックに行ってしまった。


「国松のああいったところこそ、俺があいつを毎年応援団に引き入れる理由だ」


 モニターに視線を向けながら満足そうに言った聖司を見て、真浩はなんとなくもう一度康文を振り返った。


 しばらく康文たちの様子を観察していた真浩であったが、モニターのスピーカーから流れてきた箏の音色にはっとして意識をモニターに向けた。グラウンドでは箏や笛の音色が響き渡り純和風の雰囲気を醸し出していた。そんな雰囲気の中、美しい青色の着物に身を包んだ拓海と青色の着物に紺色の袴を穿いた紅が静々と現れた。ゆっくりと舞台に上り、拓海は舞台の中央へ紅は舞台の設置された紙の前に座る。2人が静止したことで止んでいた音楽が再び流れ始め、その音楽に合わせて拓海を筆頭に応援団が舞踊ぶようを披露し、その後ろで紅が紙に筆で何やら書き始めた。


「やはりそうきたか」

「そうきた、とは?」


 聖司の言葉に思わず聞き返した真浩をちらりと聖司が一瞥する。その視線を受けてまた小言を言われることを覚悟していた真浩であったが、予想に反して聖司は何ごともなかったように話し始めた。


「京華院の家は日本舞踊の宗家、大徳寺は家系もさることながらあいつ自身が書道の大家だ。今年で俺たちは卒業だからな。惜しみなく自分たちの得意分野で勝負に出たんだろう」

「京華院先輩はさておき、大徳寺先輩が書家っていうのは……ちょっとイメージと違いますね」

「大徳寺の見た目に惑わされるなよ。あいつの書く字は人を引き付ける」

「人を?」

「黙って見ていろ、そのうちわかる」


 聖司の言葉にモニターを見ると華やかな拓海の舞が披露され、紅は1人黙々と作業をしているといった様子だ。自然周りの視線は拓海に集中する。そして、楽器の音色が止むと即座に拓海たちが舞台の両側によける。それと同時に数名の青龍の応援団員が紅によって今書かれたばかりの文字を青龍の応援席に向かって掲げた。紙には力強い文字で『力戦奮闘』の文字。一見華奢な紅の記した予想外の力強い文字にグラウンド全体が一瞬のまれたように静まり返った。しかし、その力強い文字から声にはならなくとも紅のメッセージを受け取った青龍の応援席からは、誰ともなく拍手がおこり割れんばかりの喝さいがおこった。


 真浩がそんなグラウンドの様子を見つめていると、不意に隣に座っていた聖司が立ち上がって歩き出した。その背中が自分を呼んでいるような気がして真浩もそれに続く。控室の中央に立つと、聖司は自分の周りに集まってきた応援団員一人一人と目をあわせると真剣な表情をつくった。


「皆、わかっていると思うが他チームの演技は完璧だった。これは厳しい戦いになるだろう」


 聖司の言葉に応援団員の大半が心なしか不安げな表情をつくる。そんな応援団員の表情を見て聖司は一度目を閉じる。しかしその閉じた目を開いた瞬間、聖司の顔に自信に満ち溢れた微笑みが浮かんでいた。


「だが、俺たちに劣っている部分など何一つ存在しない。恐れるものなど何もない、俺たちが黒龍を勝利へ導こう!」


 聖司の強い言葉に応援団員たちの表情は次第に明るさを取り戻し始め、そこかしこで自分たちがチームを勝利に導こうという気合のこもった言葉が聞こえてきた。そんな周りの様子を見て、真浩は意を決して声を上げた。


「あの!」


 急に大声を出した真浩にざわついていた周辺が一気に静まり返り、聖司もわずかに驚いた表情をつくっている。聖司に何か言われたわけではないが、副主将として立っている以上自分にもその責任があるという使命感が真浩を動かし、くじけそうになる自分を奮い立たせていた。


「俺、他のチームの応援を見て正直少し不安になりました。でも、ここに立って思ったんです。このチームは負けない。そう自分をそして、黒龍をいうチームを俺は信じます!」


 真浩の言葉の後、一拍おいて聖司が笑みを深くした。そのまま真浩に近づくともう一度応援団員に向き直った。


「今の言葉を忘れるな。己を信じろ、チームを信じろ。そして、俺を信じろ。必ず勝利へ皆を引っ張り上げると誓おう」


 力強く胸の前で握られた聖司の拳に応援団員たちの熱い視線が注がれる。そのまま聖司は不意に身を翻すと真浩にだけ見える角度で不敵にほほ笑みながら高らかに宣言した。


「さあ、出陣だ」

 

 ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

 長らくご無沙汰しておりましたが、ようやく少しずつ書くことができそうです。

 前回番外編を投稿すると後書きで書かせていただいたのですが、話の流れとして次話投稿後に投稿したいと考えております。


 今後もこの話に目を通していただけると幸いです。

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