会誌第一号
「えっと、ここかな。ってデカッ!」
渡された地図に描かれた場所を、もう一度確認してみるがやはり間違いないようだ。奥村真浩が視線を向けた先には、荘厳な造りの城のような建物が建っていた。
「なんだ……これ……」
数分固まっていた真浩は、その建物から聞こえてくる鐘の音で我に返った。
「ヤバッ!」
転校初日から遅刻はまずい。真浩は急いでその学校らしき建物に入って行ったのであった。
校舎に入って五分後。
「ま、迷った……」
真浩は完全に道を見失っていた。なぜなら、この学校の校舎は、学校というのに気が引けるほどの大きさだったからだ。まさに城である。
「困ったな~」
真浩がきょろきょろしながら歩いていると、階段から降りてきた誰かとぶつかった。
「痛っ!」
「っ!」
はずみで倒れてしまった真浩が前を見ると、すらりと背の高い男子生徒が目の前に立っていた。涼しげな切れ長の瞳に、少し長めの黒髪がよく似合うものすごい美男子だ。その男子生徒が、真浩を一度鋭い視線で睨む。その視線に固まっていると、男子生徒は、瞬時に表情を和らげて手をさしのべた。
「大丈夫か?」
最初の鋭い視線からは想像できない優しい言葉に、真浩はとまどいながら差し出された手をとった。
「見慣れない顔だな」
「あ、はい。今日からこの学校に転校してきました」
「そうか」
真浩の言葉を聞いて、男子生徒は穏やかにうなずいた。雰囲気からして上級生だろうか。
「見たところ、どこかに行くようだが?」
「はい。理事長室に行こうと思っていたんですが……迷ってしまって……」
かなり恥ずかしい状況ではあったが、嘘をついても何もならないと思い正直に今の状況を伝える。
「ああ、この学校は広いからな。初めての人間は大概が迷う」
「そうだったんですか……」
確かに、こんなに広ければ迷わない方がおかしいかもしれないと真浩は思う。
「よければ、理事長室まで俺が案内しよう」
「え! そんな……いいんですか?」
「ああ。こっちだ」
なおも穏やかな表情を崩さないその男子生徒が、真浩には天使に見えた。しばらく歩くと、理事長室と書かれた部屋の前に着いた。
「ここだ」
「あ、あの、ありがとうございました」
「たいしたことじゃない。じゃあな」
勢いよく頭を下げる真浩に笑顔で軽く右手をあげた後、男子生徒は去って行った。
「あ、名前聞くの忘れてた」
その男子生徒が見えなくなった後、はっと気づいてそう呟いたがもう遅い。今さら気づいた事実に、自分のふがいなさから一つ溜息をつき、真浩は理事長室のドアを叩いたのだった。
理事長先生へのあいさつを終え、担任の先生に連れられて真浩は自分のクラスに向かった。
「ここが、今日から君の教室だ」
一年A組と書かれた教室の前で、担任の滝本千歳先生が立ち止まってそう言った。滝本先生は、二十代後半くらいの体育会系イケメン教師だ。
「あ、はい」
「はは、ま、そんなに緊張しないしない」
明るく真浩を励ました後、先生が教室のドアを開けた。
「みんなおはよう! 今日は転校生が来てるぞ」
先生の言葉に、教室の中が一気にざわついた。
「どうぞ、入ってきて」
先生の言葉に、真浩は一度大きく深呼吸をしてから教室に入った。そして、黒板に自分の名前を書いたあとクラスメイトに向き合う。
「はじめまして、奥村真浩と言います」
真浩が短いあいさつをすると、教室は一度静まりかえり、そこかしこでまたひそひそ声ががおこった。
「うわ! イケメンじゃん」
「どっから来たんだろう」
「この時期に珍しいな。帰国子女か?」
ざわつく教室を滝本先生が静めた。
「はーい、みんな静かに。じゃあ、奥村くんは一番後ろのあいてる席に座って」
「あ、はい」
「となりは……篠原くんだな。篠原くん、奥村くんに色々教えてあげて」
先生がそう言うと、現在あいている席のとなりに座っていた男子が元気よく返事をした。
「は~い! 了解で~す!」
真浩が席に着くと、さっそくその男子生徒が真浩に話しかけてきた。
「ども、はじめまして! 篠原亮介です!」
右手を軽くあげて、にっこり笑いながら亮介が言った。亮介はワックスで髪を立て、淡い茶色の髪色をした今時の高校生といった感じだ。
「あ、うん、はじめまして奥村です」
「はは、それさっき聞いたよ~! 奥村真浩だっけ?」
「うん」
「真浩か~、んじゃ、マッピでどう?」
「え?」
「あだなだよ、あだな~それとも何か呼ばれたいのとかある?」
興味深々で真浩を見てくる亮介に、多少気押されながら首を横に振った。
「よっしゃ、じゃ、マッピで決まりな! ちなみに、俺のことは亮介って呼んでくれたらいいから!」
ニカッと笑いながら、亮介がそう言った。その笑顔に真浩も笑い返しながら、朝のホームルームを過ごしたのだった。
ホームルームが終わると、始業式があるとのことで、真浩たちは教室の外に整列し体育館に向かった。
「転校初日に全校集会だなんて、大変だねマッピ」
にやりと笑いながら、真浩の後ろを歩いていた亮介が肩を掴んできた。
「?いや、別に、集会なんて珍しくないだろ?」
「それが違うんだな~うちの学校は」
「どういうことだ?」
「ま、見ればわかるよ」
亮介の意味深な言葉に疑問を感じつつ、体育館に着いた真浩は集会が始まるのを待った。開始の鐘がなると、体育館内はにわかにざわめき始めた。そのざわめきは、そのうち絶叫と呼べるくらいの騒ぎに変わっていった。
「なにがおきてるんだ?」
その場の熱狂ぶりに真浩が目を白黒させながら問うと、亮介がニヤリとして言った。
「生徒会だよ」
「生徒会?」
「うちの学校の生徒会は、そこらの学校の生徒会とは違うんだよ。現生徒会長の御門聖司さんを筆頭に、ある意味この学校の象徴的な存在なんだよ。ま、アイドル集団って言ってもいいかもね~」
「アイドル集団…」
確かに、それならこの体育館の熱狂ぶりもうなずける。真浩がそう思い、体育館の入り口を見ていると、噂の生徒会らしき集団が入ってきた。その堂々とした姿に、体育館のざわめきはいっそう激しくなった。
「あ!」
その先頭に立つ人物には見覚えがある。
「あの人……」
「ああ、あの人こそ我らが生徒会長、御門聖司様だよ。なに、マッピ知り合い?」
「いや、さっき理事長室行くのに迷ってたときに、案内してもらったんだ」
「それ、すっげーレアじゃん! 生徒会長と話すなんて、ここの生徒でも簡単にはできないことだよ!」
横で、すげーすげーと一人盛り上がっている亮介に苦笑いをむけ、真浩はまた生徒会の集団に視線を移した。真浩が視線を向けた先には、会長である御門聖司を筆頭に、どこかの絵画から抜け出してきたように容姿の整った七人の生徒が、二つに分かれた生徒の集団の間を優雅に歩いている。周りの生徒たちに微笑んだり、手を振りながら歩いているため、七人はとてもゆっくりとした足取りで体育館のステージに向かっていた。
「なんか、チカチカしてないか?」
「マッピ、それを言うならキラキラでしょ」
「ああ、うん、そっか」
「え? マッピってもしかして天然?」
後ろでぼそぼそと何か言っている亮介を尻目に、真浩は生徒会長以外の六人を目で追った。そんな真浩に気づいた亮介が、横から同じようにメンバーを見ながら解説を始めた。妙なところで気の利くやつである。
「会長の斜め後ろを歩いてるのが、近衛亜門副会長。」
「ふ~ん」
「副会長は、いっつも優しい笑顔で、人当たりも良くて、困っている人間を決してほおっておかない人らしいよ~」
亮介が、色素の薄い長めの髪に、灰色の瞳をした男子生徒を指してそう言った。凛として歩く生徒会長の後ろで、穏やかに微笑み、周りの生徒に手を振りながら歩いている。
「で、その後ろにいるのが書記の大徳寺紅さん。あの人の声を聞いたことのある奴はいないって噂だ。その姿が、皆の憧れの的なんだよ」
「ん?なんで話さないのに憧れなんだ?」
「え~っと、確か、幼さの残る、憂いを含んだ瞳の持ち主。それでいて、何も語らない姿は、自らを厳しく律しているかのよう、だったかな」
「……なんか、うん、説明ありがとう」
書記だと説明された生徒は、生徒会メンバーの中で最も身長の低い男子生徒であった。金色のくせ髪に、青い瞳をし、白く透き通る肌をしたまるでフランス人形のような容姿である。
「そんで、その右隣が会計の一条英さん。ストイックな雰囲気が、謎めいてるって人気を集めてる」
「……ストイック……ね」
「うん、仕事命で少しのミスも許さない冷徹仕事人間なんだって」
「ふ~ん……」
会計だと説明された生徒は、眼鏡の奥から神経質そうな瞳を覗かせた男子生徒である。周りの喧騒が煩わしいといった感じで、眉間にしわを寄せ、前だけを見て歩いている。
「その後ろにいる二人が、体育委員長の鷹司祥一郎さんと、文化委員長の鳳ヒカリさん。体育委員と文化委員は、学園祭を取り仕切るだけじゃなくて部活の統括もしてる。運動部は体育委員が、文化部は文化委員が取り仕切ってるんだよ。あと、体育委員は保健委員を、文化委員は風紀委員を兼任してる」
「へ~そうなんだ」
体育委員長は屈託のない笑顔の眩しい長身の男子生徒。文化委員長はウェーブかかった赤髪に、光の加減で金色に見える瞳を持つの女子生徒であった。
「ん? ここ男子校だろ? なんで女子がいるんだ?」
「ああ、あれはあの人のスタイルなんだよ」
「スタイル?」
「あ~つまり、その……女装趣味」
「……」
少し言いにくそうにする亮介を、真浩は唖然としながら見つめていた。
「けどけど、めちゃくちゃ似合ってて、学園のマドンナなんだよ!」
「マドンナって……」
金持ちの考えはわからない、と真浩は軽い頭痛を覚えた。
「最後の一人は、中央委員長の京華院拓海さん。中央委員ってのは、各専門委員会を統括する立場にいる人のことなんだよ~」
先ほどのショックから抜け出せないまま、真浩は京華院拓海という男子生徒を見た。その生徒は、柔らかそうなオレンジ色の髪に、少しタレ目の男子生徒だった。その姿を見た後、真浩は気を取り直して亮介に訊いた。
「けど、なんでそんなに人気があるんだ。第一アイドルって……ここ男子校だろ?」
「マッピ、それ禁句だよ! 熱狂的なファンもいるからそういうことは言わない方がいいよ」
「あ、そうなんだ……気をつける」
「この学園の生徒は、寮生活で女っ気もない、いわば、隔離された空間にいるんだよ。そんな閉鎖的な学園生活に、良い意味で刺激をくれるのが生徒会なんだ。確かにここは男子校だけど、生徒会にはファンクラブもあるし、会長なんか美の化身だとか、龍徳の光源氏だとか、歴代最高の生徒会長だとか色々な肩書があるしね」
「美の化身……って……」
真浩の言葉に、亮介はいたずらっぽく笑いながら答えた。やはり、金持ちの考え方は庶民とは違うらしい、と真浩はどこか遠い気持ちで亮介の話を聞いていた。この学校に馴染めるか不安を感じ始めた真浩と、特に気にした様子もない亮介がそんな話をしているうちに、生徒会役員は全員ステージに上がったようだった。今までのざわめきが嘘のように、生徒は一心にステージ上を見ている。ステージ上では、教卓を前にして、生徒会長が全校生徒に向き合っていた。
「充実した夏休みを過ごせただろうか。今日から二学期が始まるが、皆気持ちを新たにし、学校生活に臨んでほしい。君たちの努力を、期待している。以上だ」
それだけを言うと、生徒会長は自らの席に戻って行った。体育館には、しばらくの間鳴りやまない拍手が響いていた。その後、理事長先生の話などがあったが、生徒の関心はもっぱら生徒会に向いているようだった。始業式が終わり、生徒会が退場する時も、最初と同じ騒ぎが起きていたのは言うまでもない。
「なんか……ここの生徒会ってホントにすごいんだな」
「だ~から、言ったじゃん」
「ここまですごいとは思わなかった」
「まあ、イケメンぞろいな上に、全員模範生徒、家柄も申し分なしとくれば当然でしょ」
「そういうものなのか」
始業式が終わり、体育館から教室に戻る道すがら、真浩と亮介は生徒会について話していた。
「そういえば、会長ってどんな人なんだ?」
「会長? そうだな~あんなに人気のある集団のそれもトップにいて、おごらず、常に謙虚な姿勢で物事に向き合う人物って言われてるかな」
「へ~」
「あの集団のトップなら、この学校をどうにかするくらい訳ないはずだからね~。ちなみに、生徒会中で一番人気があるのが会長だよ。まあ、会長はまだ雛を決めていないからね。それもあると思うけど」
真浩の質問に答えながら、亮介は腕組みをし、なにやら感慨深げに話している。そんな亮介の雛という言葉に疑問を感じた真浩は、そのことについて訊いてみることにした。
「雛ってなんだ?」
「あ、そっか、マッピは知らないんだよね。雛っていうのは、そうだな~弟子みたいなものかな」
「弟子?」
「うん、この学校にはね、師弟関係を学園内で作る制度があるんだよ。上級生が、気に入った下級生と師弟関係を結ぶんだ」
「へーそんな制度があるのか」
「それで、師弟関係を結んだ生徒たちを、それぞれ上級生は辰、下級生は雛って呼ぶんだ」
「しん?」
「そ、十二支の辰からとって辰。うちの学園は、学園の名前や校章に龍が使われてるからね。その影響で。ちなみに、生徒会幹部は四龍、その雛は将来幹部になることがほぼ確定してるから玉雛って呼ばれてる」
「あー……なんていうか……すぐには覚えられそうにないな…色々と」
「はは、マッピはここに来たばっかりだし、ゆっくり覚えていったらいいよ」
そんな話しをしながら、真浩たちは並んで教室まで歩いたのだった。
午前の授業を無事に終え、昼食の時間が来たとたん、亮介は早々に学食に行ってしまった。真浩も誘ってくれたが、あいにく弁当をもっていたので断った。この弁当は、夏休み中世話になっていた叔父が登校初日だからと家の料理人に言って作らせたものである。真浩が、その弁当を開こうとしていると、周りに数人のクラスメイトが集まってきた。
「あの~奥村くんて、どこからきたの?」
その中の一人の男子生徒が意を決したように真浩に話しかけてきた。真浩は、その疑問に特に気にすることなく答える。
「え? ああ、梅園高校から」
真浩が返事を返すと、その男子生徒はパッと笑って他のクラスメイトと顔を見合わせた。そして、それからがすごかった。クラスメイトが、次々と質問を投げかけてくるのだ。一向に弁当を食べさせてくれる雰囲気にはならない。真浩は、仕方なく職員室に呼ばれているからと、弁当をもって教室を出た。
「はあ~、転校生ってこんなに疲れるものなのか……」
多少ふらつきながら、広い校舎の中を静かな場所を求めてさ迷い歩く。しかし、校舎内のことを全く知らない真浩が、ここに来た当初と同じように道を見失うのに時間はかからなかった。
「また迷った……」
こんなことなら亮介と一緒に学食に行って弁当を食べればよかった。今さら後悔にさいなまれながら、真浩がたどり着いたのは中庭らしき場所だった。
「どこだ……ここ……」
健康な男子高校生にとって、昼食を抜くことは拷問に近い。ふらつく真浩が歩いていると、中庭らしき場所の一角に一面曇りガラスで覆われている、こじんまりとした建物が見えた。ここならば、さすがに生徒はいないだろうと思い、空腹で痛いぐらいの胃を抱えながらその中に入っていく。周りに多くの植物が置かれており、温室として使用されている場所のようだ。少し進むと、人の声らしきものが聞こえてきた。
「……ろう……めろ……なら」
ここにも人がいたのかと、残念に思いながらそこを立ち去ろうとしたとき、ふとどこかで聞いたことのある声がしたような気がした。気になった真浩は、温室のさらに奥に足を踏み入れた。温室に置かれた大きめの植物の陰から様子をうかがうと、そこにいたのは生徒会の面々だった。しかし、少し様子がおかしい。
「は、よくも飽きずにこうも毎度騒げるもんだ。まったく理解できん」
「まあま、彼らは彼らなりに、いじましく生きてるんだから。こっちとしては、彼らがこちらに心を向ければ向けるだけ、利用価値が増えるってものだよ」
真浩の視線の先では、生徒会長が、足を組んで人を見下したような笑みを浮かべている。その横では、副会長が優雅にお茶を飲みながら、信じられない言葉を返している。
「二年C組の一番前にいた生徒、あの髪形は派手すぎ!あたしより目立つとかあり得ない!」
「でたよ、ヒカリンの嫉妬癖~いやならいっそ坊主にさせちゃえば~、なんてね~ヒャハハ」
「てめえら、いい加減黙れ!あんたも食うならあっちで食え」
「ん」
「どうでもいいけど、俺は疲れた。寝る……」
文化委員長は中央委員長に向かってわめき散らしている。そして、となりで騒ぐ文化委員長と中央委員長を怒鳴りつけ、ひたすら菓子類らしきものを食べている書記を追いやったのは体育委員長だ。勤勉だと言われていた会計は、一人ソファーで寝始めた。
「ありえない……」
朝の雰囲気とはうって変って、淀んだ雰囲気をもった生徒会のメンバーがそこにいた。思わずつぶやいてしまった自分の口を急いで押さえ、真浩はここでは何も見なかったと自分に言い聞かせ立ち去ろうとした。のだが…。
「うわっ!」
ゴンッ、という派手な音とともに、花の鉢につまずいた真浩は、危うく転びそうになるところを寸前でこらえた。ほっとしたのもつかの間。自分が、重大なミスを犯したことに気づいた。先ほどまでしていた話声が、いっさい聞こえないこの状況は、真浩の犯したミスがどれだけ重要なものだったのかを表わしている。
「誰だ」
静かだが、鋭い会長の声がとぶ。真浩は、あまりの衝撃に声を出すこともできない。黙っている真浩にしびれを切らしたのか、足音がこちらに近づいてくるのが聞こえた。
「誰だと訊いている!」
「あ、あの」
真浩が隠れていた植物の後ろまで来た会長は、真浩に鋭い視線を向けた。その視線に真浩は、焦ってしまい上手く話すことができない。背中を冷たい汗が伝うのが分かった。
「なぜここにいる」
「あ、えっと、お昼を食べる場所を探してて」
「ここは、生徒会の役員のみが使える場所だと言ってあるはずだが?」
「俺、今日転校してきたばかりで……あの、朝お会いしました……よね?」
真浩は祈るような気持ちで今朝のことを説明しようとした。今の会長は偽物で、朝の会長が本物であったと信じたい。
「覚えがないな。意味のないことは、記憶に残らん」
真浩の願いは、もろくも崩れ去った。真浩と会長が話していると、副会長が横から顔を覗かせた。
「重要なのは、どこから聞いてたかだよ。君、いつからいたの?」
「つ、ついさっきです」
「ホントに? 言っとくけど、嘘ついても何の得にもならないからね?」
終始笑顔で話しかけてきているはずの副会長を、真浩は本能的に危険だと察した。その灰色の瞳は、全てを見透かせるような不思議な色合いをしている。副会長の言葉に真浩は、何度もうなずいた。
「だって、どうしよっか?」
「どったの~」
副会長が真浩のことを見ながら、会長に問いかけた。その後ろから声をかけたのは、中央委員長だ。文化委員長と体育委員長も、そのあとから近づいてくる。生徒会の大半に囲まれた真浩は、まさに絶体絶命である。
「どうやら、話は聞かれていたようだからな」
「あの、俺絶対言いませんから!」
「ふん、そんな言葉信用できるか」
必死に否定する真浩を、会長が軽くあしらった。少し考え込んでいた会長は、何かを思いついたように真浩を見た。そして、チラリと体育委員長の方を見てこういった。
「確か、来週から学園祭の準備が本格化するんだったな」
「はい……」
話をふられた体育委員長は怪訝そうに答えた。そんな体育委員長を尻目に、会長は真浩をもう一度見て言った。
「よし、お前、今日から生徒会の犬になれ」
「え?……えーーーー?」
「文句があるなら言って構わないが、このことを受け入れない場合には、この学園にはいられないと思えよ」
選択肢が存在しない。答えは是しかないのだ。これは、立派な脅迫だと真浩は泣きそうになった。
「いい考えだね。君も転校初日で、学校を去りたくはないだろう?」
真浩は、この人の笑顔は、なぜこうも恐ろしいのだろうと焦りを覚えた。副会長の言葉を聞いて、真浩は勢いよく首を縦に振る。
「よろしい」
副会長が、にっこり笑いながらうんうんとうなずいている。真浩は、この人に一生勝てる気がしないと感じた。
「名誉なことだ。喜べ。で、お前名前は?」
「奥村真浩です……」
「奥村?……まあ、いい。そうと決まれば話は早い。さっそく明日までにお前の役職を生徒会に用意してやる」
「あ、はい、よろしく……おねがいします」
はてしなく辞退したいが、真浩にとってそれを言うことは今のところ不可能だ。せっかく叔父が勧めてくれた学校を、転校初日で退学になっては申し訳が立たない。しかし、真浩にはどうしても納得できないことがあった。
「あの、皆さんは、学校内ではかなり……その、違った性格で見られている……というか……」
真浩はおずおずと、会長の様子をうかがいながら問いかけてみる。
「俺たちはこの学園の生徒のために、今の俺たちを演じてやっているんだ。おかげで皆は理想的な学園生活をおくれている。感謝されても、非難されるいわれはない」
一体その自信は、どこからくるのかというほどきっぱりと会長が言い放った。
「でも、学園の生徒を……その……だましてるってことですよね?」
「だます?は、お前は、相当頭が悪いらしいな。俺たちは、ただ、それぞれの仮面をかぶって役を演じているだけだ。この学校は、いわば、俺たちの舞台なんだよ」
会長は、真浩を見下すような視線で見た後、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。真浩は、不覚にもその顔が、なぜか体育館で見たときの顔より会長らしいと思ってしまった。
「この学園の生徒たちは、俺たちのことを理想の生徒だと思っている。その理想を崩さないでやるのは、俺たちの慈悲だ」
「どういう……ことですか?」
「真実の俺たちの姿は、ここの生徒が思っているほどお綺麗なものではないということだ。まあ、現実などそんなものだろ。俺たちは、いわばこの学園を理想郷にしてやっているんだよ」
不敵な笑みを浮かべながら、会長はそんなことを真浩に語った。その言葉を聞き、真浩は、とんでもない集団に巻き込まれてしまったことを知ったのだった。だが、今さら後悔しても遅い。
「まあ、授業も始まることだしもう行きな?明日の放課後、またここにおいで」
副会長の笑顔が、明日逃げることは許されないということを語っていた。真浩は、生徒会のメンバーに頭を下げると、急いでその場を立ち去った。副会長と中央委員長が手を振っていたが、振り返す気もおきず逃げるように校舎に入った。
なんとか自分のクラスに帰った真浩は、お昼を食べ損ねたことも忘れて、急いで自分の席に座った。
「マッピどこ行ってたの~俺探したんだよ~」
となりから、亮介が怒ったように真浩に話しかけた。
「ああ……ごめん」
「いや、まあ、いいんだけどね……マッピなんかあった?」
素直に謝った真浩に、亮介が少し心配そうにしながら問いかけた。
「いや、別に……何も」
「ふ~ん、ま、マッピが言いたくないならいいけどね。なんかあったらなんでも俺に相談してよね」
「ありがとう」
二カッと笑う亮介に、真浩も笑顔で返した。今しがた、魔窟のような場所にいたせいか、その笑顔が妙に眩しく思える。
その後、午後の授業を受け、真浩は帰路についた。学園の寮は、予想を裏切らず豪華な造りになっていいた。建物は、高等部だけでA~D棟まであり、各棟の一階で一年生、二階で二年生、三階で三年生がそれぞれ暮らしている。真浩が暮らすのは、その中のA棟である。玄関ホールは、シャンデリアが輝く広い空間になっていた。そこを抜けて、寮監に挨拶を終えると、真浩はさっそく自分の部屋を目指す。
「えっと~四〇二号室四〇二号室……あった!」
四〇二と書かれたプレートの張られているドアを開けると、そこは正にホテルの一室であった。生徒二人に一室提供される部屋は、いくら二人部屋であると言っても広すぎて真浩には落ち着かない。
「……まあ、もうそろそろ驚かなくなってきたな……」
真浩は、少しあきらめの混ざった表情で部屋に入った。荷物は、真悟の家から郵送したものがあらかじめ運びいれられている。
「あ~……疲れた~……」
とても濃い一日を過ごした真浩は、半ば倒れこむようにベットに寝転んだ。同室の生徒は、部活動にでも出ているか部屋には戻っていない。蒲団の柔らかさに、一日の疲れから吸い込まれるように眠りについた真浩であった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
今後、可能な限り続編を書いていきたいと思いますので、よろしくお願いします。




